恋の逃げ道
駿河からのメールを無視してから二日目の朝。また駿河からメールが入っていた。内容はただの挨拶だが、俺は駿河からのメールに返信しようか悩んでいた。
やっぱり、ちゃんと話すべきなのだろうか。いっそ、このまま放っておこうか。そう思ってみるがダメだな。それなら市松が好きだ、と言ってみるか。いや、それも何か違う気がする。
携帯電話を見つめながら、かれこれ三〇分は過ぎてしまっていた。
『そんな状態なら、駿河さんが悲しむだけになりそう』市松の言葉が、何度も頭の中で繰り返されている。
もちろん、駿河のことが嫌いなわけじゃない。いや、むしろ、好きになっても良いかもしれない。だが、市松が俺の心を占領してしまっている今は、駿河と距離を置きたかった。
このままの状態で駿河と距離が近づけば、どうにもならなくなってしまう。駿河とはもう会わないでいよう。そう決めたはいいが、何て断ろう。別に付き合っているわけではないし、邪険にする理由もない。
結局、返事を返さないまま時間だけが過ぎていた。すると、その日の夜、チャットに入ると駿河からメッセージが来た。駿河がチャットに入っているのを見るのは久しぶりだった。
[駿河]:どうして返信くれないの?
[高井]:あぁ、ごめん。色々考えててさ
[駿河]:この前は言いすぎました。ごめんね
[高井]:いや、謝る必要無いよ。俺の方こそごめん
[駿河]:こうしてチャットするのって、久しぶりね
[高井]:そうだな、駿河がハローメイツを辞めて以来だな
[駿河]:ずっとメールしてたもんね
[高井]:俺達って、何か変な関係だよね。何なのか分からなくなってたよ
[駿河]:私もそう思ってた。でも、高井さんは、私にとって大切な人ですよ
大切な人。また駿河の曖昧な言葉が出てきた。好きでも嫌いでも無く、大切な人。大切って一体何だろう。だが、今はその言葉には触れないでいた。触れるとどうなるか分からなくなるからだ。
[高井]:あのさ、連絡を控えようと思うんだ
[駿河]:どうして?
[高井]:このままだと、何か変な関係になりそうな気がする
[駿河]:いいじゃない。変な関係でも
[高井]:正直言うと、俺、ずっと虚しさを感じていたんだ。勝手だけど
[駿河]:私が嫌いってこと?
[高井]:いや、決してそういうわけじゃない。俺の身勝手なのは分かってる。でも、今は何も考えたくないんだ
[駿河]:市松さんのことを考えてるから?
[高井]:頼む。その話にはふれないで欲しい
[駿河]:分かった。高井さんがそう決めたなら、私は止められないけど、寂しいよ
[高井]:本当にごめん
[駿河]:じゃ、また会うって約束してよ
[高井]:うん、分かった。また会おう
俺は駿河とのチャットを止めた。これでいいのか。いや、これでいいんだ。市松が俺の心に居る間は、駿河とは距離を取るべきだ。駿河が今、どんな顔をして、どんなことを思っているのかは分からないが、きっと、俺の思いを分かってくれただろう。本当は分かってもらえないかもしれないが、今はそう思いたかった。
次の日の朝を迎えた。駿河からは連絡が無い。お陰で、あんなにも騒がしかった俺の携帯電話は、ゆっくりと休息を取っている。ただの友達で居られれば良かったのかもしれないが、今は市松のことだけを考えたかった。
あんなにもメールが来ていたのに、急にパッタリと止まると、付き合っていたわけでも無いのに、何だか変に失恋したような気分になる。だが、こんなにも穏やかな朝は久しぶりだった。全ての荷が背中から降りたような気分だ。
市松から放たれている光へと真っ直ぐ向かうことで、俺は変わったはず。追い風が俺の背中を押している。運にも縁にも救われながら、俺は市松を好きで居続けよう。
通学のバスで、あのよく喋る夫婦が乗っていたが、それが気にならないほどの上機嫌だ。運なんて、俺が良いと思えば良くなるものだ。
そして、学園ビルの喫煙所に向かい、歩いていると、喫煙所には珍しく熊田が立っていた。遠くからずっと俺の方を見ている。よっぽど俺のことが好きなのかと思ったが、近くなるにつれ、熊田の目が痛みを感じさせていることに気がついた。警戒心が頭をもたげて来る。俺は熊田から目をそらすこと無く熊田を真っ直ぐに見た。何だコイツ。俺の上機嫌を止めるつもりか?
「高井さん、駿河さんに何を言ったんですか」
突然、熊田がそう言った。俺は、かっと頬が熱くなるのを覚え、熊田を睨みつけた。これほど気に障るものの言い方をされる理由が、俺には見当たらない。
「お前は何が言いたいんだ。朝から俺の気分を害しに来たのか?」
「駿河さんが泣いてたんですよ。高井さんのせいで」
熊田は少し肩を震わせている。どうやら、俺に怒りを感じているようだ。それにしても、駿河が泣いていたというのはどういうことだ。しかも、俺のせいで。まぁ、仮に俺が駿河を泣かせていたとしても、それが、この男にどう関係あるというのだ。
「どうでもいいが、お前に言われる筋合いではないと思うがな」
俺は、タバコを一本取り出し火を付けた。殴り合いになりそうな雰囲気だが、まずは頭を整理したかった。
円満解決だと思っていたはずの駿河との問題は、どうやら違ったようだ。駿河が泣いたのか。俺には駿河が泣いているところを想像出来なかった。怒るか、笑うか、食べているところしか思い出せない。
「何で駿河さんを泣かせたんですか」
「そんなこと、泣いた本人に聞けよ。お前は女と話も出来ない、シャイな奴なのか? もしかして、童貞じゃないだろうな」
とりあえず、この場をどう収めるか。正直、この歳になって殴り合いになるのはあまり気持ちのいいことではないが、相手がやる気なら仕方がない。俺はそう思い、灰皿でタバコをもみ消し、構える準備をした。
「よくも駿河さんを泣かせたな!」
熊田が壊れてしまった。いや、俺が追い込んで壊してしまったのか。熊田は俺を見下ろしながら左手で胸ぐらを掴んできた。服が伸びる、俺はそんなことが気になった。
俺は、熊田の左手を捻るため両手で掴み、ゆっくりと息を吐き、身体の重心を下に下げた。さて、一気に捻ってしまおうか。そう思った時、熊田の目を見て俺は驚いた。熊田は、大粒の涙を流している。とても悲しい目で俺に訴えかけていた。
「お前……」
俺は抵抗する気が失せた。体から力がどんどん抜けていく。熊田は俺が腹立たしくて殴ろうとしているんじゃない、悲しくてどうしようも無いんだ。こいつも俺と同じ悲しみを背負っていたんだ。いや、熊田だけじゃない。市松も駿河も、皆同じような悲しみを背負っている。俺だけが辛いようなことばかり言ってきたが、そうじゃない、皆、辛いんだ。
俺はいったい、何をしてきたのだろう。市松が良いだの、駿河が良いだのとフラフラと逃げては傷つけてばかりいるじゃないか。
俺は、掴んでいた熊田の左手から手を離し、殴られる準備をした。熊田の右手が震えている。殴ることに対し悩んでいるようだ。
「殴る勇気も無いのか、お前は」
「なんだと!」
熊田は右手を振りかざし、俺の頬を殴った。
殴られた瞬間、今朝のことを思い出した。バスの中であの煩い夫婦だ。あまりに上機嫌だったので気にしなかったのだが、やっぱり、あの夫婦に会った日はろくなことがない。何が運は思いようで変わるだ? 運なんて、良いと思っていても無駄じゃないか。
熊田は、俺の胸ぐらから手を離し、その手で涙を拭い始めた。泣き声を堪えようとしているのか、しゃっくりをしているかのような声を発している。
こんなにも悲しんでいたのか。口の中が切れたようだが、熊田の拳がとらえた俺の頬よりも、心のほうが悲鳴をあげていた。
「――悪かったな」
もう、それしか言葉が出てこなかった。
熊田はまだ怒りが収まらない様子だが、俺の言葉を聞いてか、腕先で涙を拭きながら喫煙所から離れていった。
駿河が泣いた、熊田も泣いた、たぶん、市松も泣いただろう。結局、俺だけが、こうして悩んでいると言いながら、何事もなかったかのように過ごしている。
そう思うと、俺まで泣きたくなってくる。だが、何故か涙は出ない。いっそ熊田のように声を出して泣いた方が楽だということは分かっているのだが、何故か涙が出なかった。
身から出た錆。自業自得。まぁ、仕方がないか。俺は壁に持たれ、死の真似事をしてその場をごまかしていた。俺はもう死んだ、と思いたかった。
すると、甲本がいつの間にか俺の横に立っていた。あぁ、何でいつも良いタイミングで居るんだ。きっと、今の無様な姿を見ていただろう。嫌なところを見られてしまった。
「おはようございます」
俺がそう挨拶すると、甲本は口の中でぶつぶつと挨拶を返し、話を始めた。
「タバコっていいよな」
甲本はタバコに火を付け、ゆっくりと煙を吐き出した。何が言いたいのかさっぱり分からない。よっぽどタバコが好きだって言いたいのか、それとも、他に何か意味がある言葉なのか。
俺は返事をためらった。もちろん、俺もタバコは好きだが、たぶん、そういう意味で言ったのでは無さそうだ。
「こうして、時の流れを教えてくれる」
「時の流れ?」
「一度火がついてしまえば、何をしてなくても勝手に灰に変わっていくだろ?」
なんだ、甲本はタバコに人生を教わったのか? どんな人生を送れば、タバコでそう思えるようになるのだろう。
「お前がいくら悩んで立ち止まろうとしても、時間は待ってくれない。過ぎてしまえば全て灰になっていくだけだ」
なるほど、そういうことか。要するに悩んでいる俺を慰めてくれようとしているのだな。普通に言ってくれたら分かりやすいのに。
俺は静かに笑い、同じようにタバコを吸い始めた。少し頬が痛むが、体の奥がしびれるように美味い。俺達は、タバコを吸い終えるまで言葉を発することはなかった。
俺はふと、近くの工事現場に目が行った。古いビルを破壊している。毎日通っている道なのに、ここに何があったかなんて、すぐに忘れてしまうのだろう。今こうして悩んでいることも、きっと、いつか忘れてしまうはず。灰になっていくのか。
そして、俺達は教室に入った。殴られた痕が気になるが、隠すことはしなかった。
だが、妙だぞ。顔のあざに誰からもツッコミがはいらない。さっきのことがすでに全員に知れ渡っているということか。まぁ、それならそれでいいが、問題は俺達四人の関係もすでに噂になっているかどうかだ。もし知られていたら最悪な状況ってことか。そうだとしたら、恥ずかしくて帰ってしまいたい気分になるな。いや、いっそ、訓練校なんてやめてしまいたい。
熊田はまだ泣いているのだろうか、居眠りするかのように机で顔を隠している。あ、そうか。こいつ、泣きながら教室に帰ってきたのか。それを察して、みんな俺に声をかけてこないのか。
俺は、今までのことをゆっくりと考えていた。もちろん、講師の話は全く耳に入らない。
思えば、枯れた道をさまよい続けているような四ヶ月だった。毎日が昨日の続きの続きになっている。今日が何曜日だったかも分からない。
職業訓練。就職をするための訓練校なのに、俺は何にも頭に入っていないじゃないか。馬鹿らしくなってくる。やはり、辞めるべきなのだろう。このまま時間を過ごしても無駄になるだけだと思った。今日が何曜日かも分からないなんて、続ける意味が無い。
もちろん、それは市松とも離れるということになる。それは分かっている。いつまでも側に居たいとは思うが、彼女とは遅かれ早かれ、離れる時が来る。そう、あの花が枯れるまでの間に、俺はその覚悟を決めないといけない。
この日、俺は訓練校を辞める決心をし、学校側へ退学申込書を提出した。期限は来週になった。俺は終幕への階段を、ゆっくりと降り始めた。
ハローメイツに退校願いを提出してから、二日が過ぎた昼休み。いつも小さな弁当箱を食べている市松が、何も食べずに慌ててカバンを手にして出かけて行った。なんだ、弁当でも忘れたのか、それとも、何処かの店で美味しそうなスィーツを見つけ、急いで買いに行ったのかもしれない。市松ならありえることだと、俺は深く考えていなかった。
そして、昼食を終えた俺は、いつものように喫煙所でタバコを吸っていた。冬なのに陽射しが強く、気持ちがいいせいか、タバコが美味しい。
すると、そこへ、白くて大きな紙袋を手にし、小走りで走ってくる市松が見えた。視線はどうも俺を見ている。何を持っているのだろう。袋の大きさからして、ケーキを丸いままで買ってきたのかもしれない。そう思いながら見ていた。
市松は走り方まで不器用だ。少しうつむき加減に顔を伏せ、荷物を持っていない手を斜め下に伸ばし、小さく飛び跳ねるように走っている。
「あの、これ。誕生日おめでとうございます」
市松は、白い紙袋を俺に手渡してきた。
「え、誕生日?」
俺は今日が何日なのかを考えた。日曜日から何日経ったっけ……。そうか、俺、今日が誕生日だったな。
「忘れてたのですか?」
もちろん、自分の誕生日を忘れたことなんて一度もない。単に今日が何日かが分からなくなってしまっていただけだ。
「え、あ、いや。」
俺は言葉が上手く出なくなっていた。あまりに突然すぎたからだ。
俺は、白くて大きな紙袋の中を確認してみた。薔薇だった。赤い薔薇が五本入っている。その中には、また、飾り気のない茶色い封筒が入っていた。恐らく手紙だろう。
「もしかして、今買いに行ってきたの?」
「はい。薔薇を渡すって約束したじゃないですか」
「約束?」
そう言えば、以前そんな話をしたことがあった気がする。たしか、まだ市松を素直に思い続けていたときだった。
バラの花は本数で花言葉が違う、という話をしていた。俺の誕生日には、薔薇の花を七本持ってきてくれと、冗談混じりに言ったことがあった。七本の薔薇、花言葉は『密かな愛』だ。
だが、七本ではない。今日は五本なので意味は違うが、市松は、俺自信が忘れているような軽い冗談で言ったことを、ちゃんと覚えていてくれていた。
「七本じゃないの?」
「七本は無理ですよ。だから五本です」
はて、薔薇が五本の時の花言葉は何だったかな。残念ながら思い出せない。
「五本って、意味は何だったっけ」
「あなたに出会えて良かった、ですね」
出会えて良かった、か。言葉としてはとても嬉しい言葉だ。ただ、どうとでも捉えられる言い回しだな。友情としてなのか、好きということなのか。いや、七本の、密かなる愛を拒否しているのだから、ここは友情としてなのだろう。
「まさか、これを買いに行くために、昼ごはんも食べずに?」
「今から食べるので平気ですよ」
この、耳を澄まして音程をたどりたくなる声が、とてもやさしく心に響く。
「ありがとう……いや、ほんと、嬉しい」
嬉しくて、声まで浮足立つ。俺は、一オクターブほど上がりそうな声を、何とか平常に保っていた。俺なんかの為に、わざわざ昼飯も食べずに買いに行ってくれていたのか。だめだ、こんなことされたら、俺……。
「高井さんに出会えて良かったです」
市松は、そう言って微笑んだが、何処か寂しさを思わせる笑顔だった。俺の勘違いなのだろうか。
「なぁ、今度の日曜、どこかに行かないか?」
「いいですよ」
市松はそう言って、また、変な走り方で喫煙所を去っていった。
俺は辺りを見渡した。こんな時はいつも、甲本がたばこを吸っているはずなのだが、今日は居ないようだ。良かった、と思う反面、少し残念な気もする。
見られたくないような、見られたいような。自分でもどっちなのかが分からない。多分、見せたいけど恥ずかしいのだと思う。
出来るだけ平静を装っているが、たぶん周りから見れば一目瞭然なのだろう。なんだか周りとよく目が合う。やけに見られている感じがする。
家に帰り、俺は市松から貰った薔薇を、インスタント珈琲の空き瓶に挿した。中に入っていた手紙と思われるものは読む気になれなかったので、暫くの間、珈琲のコースターとして使っていた。何故読みたく無いのか。それは、何となくだが、嫌な予感がしたからだ。嫌な予感と言うのは、さようならの手紙では無さそう、ということだ。優柔不断な自分が、何を理由に迷いだすかは明白だ。自分が一番よく分かっている。
折角、訓練校を辞めて、市松とも距離を取ろうと思ったのに、その決意がすぐにひっくり返されてしまうかもしれない。俺の決意なんて、市松にかかれば、簡単にひっくり返されてしまう。なので、こういうものには細心の注意が必要だ。
まずは時間をかけて、気持を落ち着かせた。出来るだけ、貰った薔薇は見ないようにしている。だが、気になって仕方がない。封筒を触った感じでは、何かボコボコと膨れている。何だろう。珈琲が置きにくいじゃないか。
気になって、気になって、何も手に付かない。仕方ない、開けてしまおう。大丈夫、俺はクールな人間だ。何があっても鼻で笑って見せる。俺は自分にそう言い聞かせ、珈琲を退かせ、ゆっくりと封筒を開けてみた。
中には、飛び出す絵本のような作りで、赤い紙の薔薇があった。市松の得意分野だ。年賀状もこんな感じだったが、それ以上に凝った作りをしている。どっちが面倒かは、見ればすぐに分かった。
そして、書いている文字達に目をやった。
『薔薇が枯れるとセンチメンタルな気分になっちゃう高井さんへ。本物の薔薇と、この枯れない薔薇を贈ります』
やっぱり見るんじゃなかった。市松の手紙は、予想以上に俺を惹きつける内容だった。思わず目が潤んでしまう。こんなことをされると、離れられなくなるじゃないか。
市松は、付かず離れずを希望しているのだろうか。俺が離れようと思うと離れなくさせようとするが、どれだけ愛を語っても首を縦に振ることはない。半径一メートル。これが俺と市松の距離だ。
心に熊田という存在が居るからだろうか。いや、それだけではないような気がする。地で悪女なのか、そう作り上げているのか。いや、それもなにか違う。
『あの娘は、自分を好きだと言ってくれる人を側に置いておきたいだけよ』
やはり、駿河が言っていたとおりなのだろうか。だが、それだけじゃしっくりとこない部分もある。きっと何かあるに違いない。
その答えを見つけ出したい。そう思っている反面、その答えを知らない方がいいと心が騒いでいる。あと一週間。残りの訓練校生活を出来る限り満喫しよう。ハローメイツを辞めてしまえば、恐らくもう、会うことはない。
目的が同じだから、一緒に居た仲間たちだが、みんな自分の道を歩き始め、生きるために必死になり、離れていくだろう。だからこそ最後の最後まで、楽しい思い出を作ろうと思い、俺は最後の時間になるまで、朝も昼も帰り道も、できるだけ市松との時間を過ごした。最後まで諦めないというような精神論的なものではない。少しでも長く、彼女の笑顔を見ていたかったからだ。
周りの奴等に勘違されているだろう。視線がそう語っている。俺と市松は恋人じゃない。でも、誰がどう見ても恋人同士だ。俺はそれが嬉しかった。市松は俺の女だ。そう言いてくてウズウズしてくる。
もちろん、市松には俺が辞めることは言っていな。と言うより、講師達以外、誰も俺が辞めることは知らないだろう。
言いたくなかった。最後のお別れなんて俺には似合わない。恐らく、駿河もそんな気持だったのかもしれない。
楽しい時間は早く過ぎる。俺の気持に関係なく。時の流れはが早すぎて、気持が追いついていけなかった。瞬きを数回しただけで、もう日曜日になっていた。




