第八話
バチバチ回。
エステルの質問に、マリーは特に動揺した様子もなく淡々と返事をした。
「……予言の件でございますか?」
「うん。普通、王族の命を狙う時って王座でも国家転覆でも嫡男を狙うでしょ?」
「ユートロピアも、他国に漏れず直系の第一王子から順に男児を優先して王位継承権があるため、ですね」
「そう。うちの王家……珍しく正妻以外の側室や妾を取らないからね。第一王子、第二王子、第一王女で直系の王位継承者は全部でしょ?その中でもティナって一番王位継承権から遠いのに、何でネクロヌースから狙われるんだろうって」
通常、国力を削ぐ目的だろうが王位継承権を略奪するためだろうが、第一王子から狙うのが定石である。
王女が継ぐことも稀にあるそうだが、基本的にはサンドール王家は男児が継ぐのが基本となっていた。
いつ軍の総指揮官として戦場に赴くかもしれない国王は、子を身籠る期間のある女性には負担が大きいからだ。
故に、ラウレンティーナは仮に第一子であったとしても王位継承権は第三位であるはずで、実際は第三子で結局継承順位は変わらないが、立太子する可能性は他国の基準からしても相当低いはず。
そうであるなら、ネクロヌースがラウレンティーナを殺害しようとする理由に王位継承は関係ない、と言うこと。
だが、それにしてはネクロヌースの内通者候補が第一王子派の重鎮ばかりと言うのも気にかかる。
そこまで王に近い者たちが内通者にいるのなら、それこそ国家転覆くらい狙いそうなのがネクロヌースだからだ。それはゲームでも現実でも変わらない、彼らの在り方なので。
それなのに王位を持つ王自身や、その継承者である二人を差し置いて、国家の運営には一番遠いはずのラウレンティーナを狙う。
その意図が分からない。
今更な質問であることも承知の上だが、最初からガラルドたちに尋ねても答えてくれない気がしたのだ。
それはエステルが未だ信用を勝ち取れていない、と言うこともそうなのだろうが、それだけでもない気もしている。
何気なく情報を出しているようで、核心的な部分は厳重に秘匿しているような、そんな印象を彼らから拭いきれないのだ。
であれば、憶測を立てるしかない。
彼らの事情に無理矢理入り込むつもりはないが、いざという時にエステル自身が足手まといになるのは困る。
大体、ネクロヌースと国家の重鎮に繋がっている凄腕の目的も分からない刺客が、もしかしたらコックス領に踏み込んでくるかもしれない、と大雑把にも程がある穴抜けの情報しかエステルたちにはないのだ。
それくらいは許してもらいたいものである。
それに折角、ガラルドの指摘とマリーの協力もあって常識を更新できたところだ。
今ならこれまで気づかなかったことも、気づけるかもしれない。
そう期待してマリーに尋ねてみたのだが。
「そうですね、私もわかりません」
「バッサリ!!」
期待はあっさりと切り捨てられた。
思案する様子もなくぶった斬られたエステルの疑問に、思わず訝しげな顔をすれば、マリーはいつものように無表情でこう返す。
「そこに関しては王家の方々が言わないのならば、私の理解が及ぶことではございませんので」
「いや、それはそうだけどさぁ……何か考える取っ掛かりになりそうなこと言ってくれてもよくない?」
マリーの意見は全くもって正論だ。
それは実際にそうなのだ。エステルだって分からないから、こうしてマリーに話を振っている訳だし憶測を立てようとしていたのだから。
だがマリーにすげなく扱われようとも、エステルとしてはここで思考を打ち切りたくはなかった。
視察が始まって二週間が経つ。否、二週間以上も経ったのだ。
その間、何度もラウレンティーナとは一緒に湯浴みをしたり朝の身支度を整えたりしたし、何度も楽しい会話をした。
そして先程もコックス領のことを、年端もいかぬ幼い少女のような喋り方でも一生懸命褒めてくれたのだ。
ラウレンティーナがどう思っているのかは知らない。
だが、エステルは彼女を友人のように思っていた。
その友人を守る為に、少しは頭を捻らせたいと思ってもいいではないか。
結局、領地のことを考えているかと思いきや、全力で私情丸出しの理由だった。
それでも貫きたいと思うくらい、初めての友人だったのがラウレンティーナだ。
友人を守りたいと思って何が悪いか。
不満そうにしているエステルに、その考えているのか察したのか、溜息を吐いたマリー。それは少しの逡巡だったのだが、勿論エステルが気づくことは当然なかった。
マリーは何かを決めたように、エステルの方に体ごと向けると、その視線を真っ直ぐに向ける。
「私が現時点で答えられることとしては、ガラルド殿下の提示された御三方が皆、第一王子を支持する中でも急進派であられた方々、と言うことでしょうね」
「え?第一王子にすぐに代替わりさせたい人たちが内通者候補ってこと?」
そして彼女が放った言葉は、意外な言葉だった。
確かにガラルドは第一王子派が内通者候補と言っていたが……その中でも即座に第一王子を召し迎えいたいと思っている派閥しか候補がいないとは、言外にも情報を出していないはずだ。
しかし、マリーは確信しているらしい。
「ええ、調査に間違いがなければ。……お嬢様は、この国の国王、ジャスパード・サンドール・ハーデス様の近況については、どれ程ご存知で?」
「ジャスパード国王陛下について?」
またも意外な名前が出てきた。
ジャスパード・サンドール・ハーデス。
ユートロピア王国の国王。王妃と仲睦まじく、愛妻家としても有名な王様だが、ユートロピアの誇る国軍の扱いにおいては右に出る者がいないと言うほど優れ、戦略家としても名を馳せた人物である。
また機械の扱いにも詳しく、ユートロピアに強力な武器を大々的に広めたのもジャスパード国王陛下だ。
その件の武器、と言うのが『魔装機』という名の魔法を扱える武器のことである。
『魔装石のアルカディア』には、そのタイトルが示す通りに、魔装という概念があった。
それは、一重に魔法を用いて作られた武具だ。
その中でも、特に火力に特化して作られた武器の事を魔装機と呼ぶ。
時に炎を纏った剣だったり、時に氷の弾丸を飛ばす銃器だったりと、その範囲は種々様々。小さな物では小型のナイフ、大きな物で要塞型の物も存在するほどには、ゲームの中では象徴的な要素であり、その世界の住人であるエステルからすれば、薄ら怖い部分だ。
ゲームの中では厳つい武器や要塞が出ると凄い作り込みだと思えたのだが、現実はただただ物騒だなとしか思えないものなんだな、と言うのが正直な感想である。
話が逸れた。
その魔装機の理解者兼流行の火付け役が、ジャスパード国王陛下だ。
だが、マリーが聞いているのは近況。つまり最近の出来事のはずだ。
そこそこ噂になっている話なら、エステルも聞いた事があるので、それのことだろうか。
「近況って言うと、ここ何年かジャスパード王が積極的に紛争解決に助力してたとかそういうの?」
エステルも常識知らずであったとはいえ、国内の情勢にまで無関心というわけではない。
それこそ、資料室でガラルドとも話したコックスの一番近く……それでも片道数時間……の街が丁度、件の紛争場所だったはずだ。
噂を受けた時は紛争の火の手がコックスにくるかもと恐々していたものだったが、父も母も呑気で領民も健全なまま紛争が鎮圧されたと聞いて、安心したような肩透かしを食らったような複雑な気分になったのを覚えている。
だが、マリーの面持ちは何故かその当時の時よりも硬いものに見えた。
「……民間的には、そう伝えられていますね」
「じゃあ、実際は違うの?」
「大まかには違いません。しかし、より正確に言うならば、民族間の紛争に無理矢理介入した、と言うのが正しい有様だったようです」
「どういう事?」
「紛争の激化を促したのも、国王陛下だと聞き及んでおります」
「え……」
思わず言葉をなくした。
それが真実であるならば、かなりの大事件であるからだ。
民族紛争というのは、必ずし起こるものではない。
多くの民族はまず話し合いで優位に立とうとすることが多いためだ。その方が被害も少なく、取り分が多くなる。双方が平和に終われるならば、それに越したことはない。
その為、大概の場合はそうなるのだ。
だが話し合いでは解決できず、問題になる場合もある。
それが力関係が拮抗している場合だ。
両者はお互いの要求を通せないまま平行線になり、関係だけが悪化し続ける。
そんな状況下において紛争を起こすのは容易いこと。
どちらかに武器を融通してしまえばいいのだ。
相手と力が拮抗しているから要求が通せない。それを武器による単純戦力で底上げすると、どうなるか。
脅迫や略奪が始まるのだ。
そして、武器を融通していなかった方にも武器を与え始める。
すると、復讐と称した殺戮が始まるのだ。
反乱に抵抗、復讐に報復。両者ともに引くに引けぬ犠牲を前に、新たな犠牲者が積まれていく。途端に、民族紛争という名の地獄絵図の完成だ。
それを最後に国軍が鎮圧という名の総取りをする。
そんなのは、王家が救世主という立場を得るための完全な八百長だ。
思わぬ情報にゾッとするエステルだが、マリーがこういった情報を話す時はある程度の確証がなければ言い出しもしないことを知っている。
「一応聞くけど、それはオーデンに住んでるマリーの子爵家からの情報ってことでいい?」
「いえ。私が独自に調べて参りました。
うちの子爵家はお嬢様に劣らずちゃらんぽらんなので、王都に住んでいるとは言え、そう言った暗い話は全く知らないと思います」
「誰がちゃらんぽらんか!!」
驚愕の情報も吹き飛ぶ慇懃無礼さである。
自分の生家に対する意見とは思えない辛口だ。身内や距離の近い者ほど辛辣なのは、マリーあるあるなのだろうか。
その話は置いておくとしても、そもそもの話である。
「マリーは私に殆ど付き従ってるのに、どうやってそういう情報を聞きつけて来るわけ?」
「私には『目』があり、『耳』があるというだけでございます」
「いや、それなら私にもあるけど」
「だからお嬢様はちゃらんぽらんなんでございますよ」
「だからの接続詞の意味をもうちょっと分かりやすくしてぇっ!?ちっともだからの意味が分かんないからさぁっ!あと、さっきから思ってたけどちゃらんぽらんって今時意味通じるのかなぁ??!!」
ガラルドも秘密主義だが、そもそもマリー自身もこういう意味では秘密主義かもしれない。
話がまた逸れたが、この国の王であり、ガラルドやラウレンティーナの父親が……まさかの紛争誘発者。
国王陛下と言えど、決して穏当ではない。
「さっきの陛下の話、本当だとしたら第一王子を早く玉座に迎えたいって急進派が出るのも無理ないね」
「ええ。ユートロピアは軍事国家ではありますが、現在はその圧倒的な軍事力で他国が無闇に戦争を起こさぬよう、牽制する抑止力として機能しています。その指揮権を持つ国王が紛争を誘発していたと他国に知れたら……」
「戦争推進派として他国への抑止力は失われ、それまで築いてきたサンドール王家の威信はガタ落ち。国土や海域を奪い合う戦争や内乱が起こる可能性がある……よね」
「ええ。だからこそ、表向きには紛争解決に手を貸していたという話で出回っているのかと」
「でも、王の側近とかは当然このことを知っているはず」
つまりはリュグルド・テラー公爵、ローマン・ニュクス侯爵、レオナルド・ハッター伯爵は第一王子派の中でもこの事実を知り、すぐにでも代替わりをと進言した人物たちだった、と言うことだろう。
彼らが次代の王にと望んだ第一王子は、領内に引きこもっているエステルでさえも聞き及んでいる程には、性格の穏やかな青年だ。
ジャスパード王が魔装機を広めたのなら、第一王子は生活に役立つ魔法を主に研究し民間に広めた立役者だった。彼のお陰で顧客や働き口が増えたという実績もある。
国の評価を落とすような王よりは、抑止力として働きかけることの出来る平和主義者の方が、まだ国は安定するかもしれない。
そう考えて彼らが世代交代を進言した可能性が大きいだろう。
そしてそれが今回の『予言』と繋がり、関与しているのだとしたら、通りでガラルドの上げた内通者候補が大物ばかりな訳だ。
結局の所ラウレンティーナ暗殺の件は、国の命運を分けた何かに巻き込まれている可能性が高いと、そう言うことなのだろう。
だが、まだ納得できない部分がある。
「でも紛争が終わった直後から、パッタリとジャスパード陛下の戦争絡み話は聞いてないよ?陛下の話をしてたアイツも、無理な嘘ついてる感じはしなかったし」
ガラルドはジャスパードについて何度か語っていたが、バカ王と呼びながらもちょっと外れた所のある親バカな父親に呆れているだけに見えた。
そもそも、令嬢のフリをしているガラルドはかなり面が分厚いが、素のガラルドは割と表情の変化がわかりやすい。特に身内に対してはそれが顕著な気がする。
だとすると尚更、あの時のガラルドがジャスパードに対して語った言葉に嘘はなかったはずだ。
否、今までのガラルドが実は全て嘘で、エステルがそう思いたいだけかもしれないが。
それでも少なくともそう感じた自分をエステルは信じたいと思う。
その思いが伝わったのか、それとも別の事情か、意外にもマリーは首を縦に振った。
「はい、私も同意見です」
「え、じゃあ何で……」
「恐らく、という仮説はありますが……。それを知っていらっしゃる方に聞くのが一番かと。
そうでごさいますよね?ガラルド殿下」
「……ッチ」
ガチャリ。
そんな音を立てて舌打ちと共に現れたのは、いつの間にか素のままの姿に戻っていたガラルド本人だった。
よく見てみれば、その後ろにはラウレンティーナもリックスもいるではないか。
「どえぇぇぇぇっ!?いつの間に!?」
「アンタがそこのメイドと相談し始めてからですよ」
「最初も最初!!何で立ち聞き!?」
驚きのあまり声を上げるが、不満そうな顔を隠しもせずに堂々とガラルドに言い返された。
いや、理不尽すぎる。立ち聞きされていたのはこちらの方なのだから、少しは申し訳なさそうにしてほしい。
と、言うか仮にも令嬢の部屋に聞き耳立てないで頂きたい。
そんなエステルを気遣うように、謝罪を口にしたのは護衛のリックスの方だった。
「いやー、ゴメンネー。楽しそうに本読んでたティナちゃんが、突然不安そうな顔してエステルさんの部屋の方見てたからさー」
「嫌な予感がして部屋の前で待機してたら案の定だったな。おたく、相当『耳』のいいメイドをお持ちのようで」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
「しかも度胸もあるときた。エステルさん本人も、のほほんとしたお人好しのお花畑なのかと思いきや、ちょっと説明聞いただけでここまで踏み込んでこれるとは……
誤算だったな」
スッと目を細めたガラルドは、容姿の端麗さ、令嬢のフリをしていた時よりも何処か険がある雰囲気も合わさって、より剣呑な圧を感じさせた。
そうやって彼はただ目を細めただけの、一分にも満たない僅かな時間で、そこに居る者たち全員が冷えた心地のする場所へとエステルの部屋を様変わりさせる。
そうであると言うのに、不安そうな顔をしたラウレンティーナも、ガラルド程ではなくとも険しい顔をしたリックスもガラルドを止める様子も咎める様子もない。
その様子を受けて、この状況を察していたのだろう、マリーもその柘榴色の目を鈍く光らせた。
部屋の中が、かつてない程の緊張感に包まれていく。
言葉を発すれば、一瞬即発のなにかが起こりかねない。
そんな重い沈黙で、誰もが動かずにいた。
のだが、
「だ・れ・が!頭お花畑かぁぁぁぁっ!!
今遠回しにバカって言ったよねっ?!私一応辺境伯の一人娘なんだけどもっ!?時期伯爵までの繋ぎなんだよ、これでもっ!!そんな吹けば飛びそうな頭で務まる訳がないんですけどぉっ!!!
そもそも踏み込んでくる云々、お前にだ・け・は・言われたくないわっ!!
この問題お抱え迷惑上等の押しかけトラブルメーカーがぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
そんな空気よりツッコミを優先してしまうのがエステルという存在である。
響き渡る大声に、呆気に取られたのはツッコまれた当人で、細めていたはずの目をぱちくりと瞬かせて驚いていた。
その後ろに控える二人も同様である。
しかし、エステルにもエステルの限界と言うものがあった。
資料室に居た時は親身になって事情を聞いてくれたかと思いきや、部屋に帰ってきて早々聞き耳立てられるわ、嫌味な言い方されるわ、不信もここまでくれば悲しみを通り越して最早怒りである。
ガラルドの警戒心が限界突破していようが知ったことではない。
信頼はまだしなくてもいいが、ここまで非難されるような対応をされる覚えもエステルにはないのだ。
そもそもこちらはまだ何の情報の確証も得られていないのである。
そうやって立腹する、彼女の深刻な空気を保たせることが出来ない、と言う性質は彼女の短所でもあり、長所でもあった。
だが、少なくともこの場で腹の探り合いという名の詰問が始まるのを、空間ごと壊した今回ばかりは、長所として働いたようだ。
「……アンタ、本っ当に空気読めませんね」
「ふふっ、エステルさんだからね!」
「あのー、ティナさん?それはどう言った意味の接続詞で?」
あまりの緊張感のなさ……もとい、真っ直ぐな怒りにかえって気の抜けてしまったガラルド。
それを見てラウレンティーナが硬かった表情を和らげてにこやかに笑い、リックスも安堵したように視線を和らげる。
そして、先程のガラルドの視線を受けて鈍い色を光らせていたマリーの眼光も、徐々にその光を下ろしていった……。
警戒が解かれたのを双方確認し終えたのだろう。
マリーとガラルドはお互いにアイコンタクトを交わすと、ガラルドの方が会話の口火を切ることにしたようだ。
「……王城でも箝口令を厳重に敷いた機密をすっぱ抜かれるとは思わなかったな。いつから調べていた?」
「はい。初日の夜に、そちらの部屋から穏当ではない言葉が聞こえた為、その日に無礼を承知で探りを入れました」
頭を下げて説明するマリーに心当たりがあったのだろう。
ガラルドはリックスの方を見ると咎めるように言った。
「リックス、お前やったな?」
「えっ!?オレのせい!?」
「機密が漏れるような単語を不用意に口にしたのはお前しかいない。お前は諜報に向いてないんだから気をつけろって昔から言ってただろうが。さっきもバラしやがったし」
「じゃあ、あれも知られちゃってるんだね」
「え?あ、あぁぁぁぁ!初日のあれか!あれ聞かれちゃってた感じ!?ゴメン!ラディ!!」
三人、否マリーも含めて四人だけは理解出来ているらしい会話を繰り広げられて、少しハブられ寂しい気持ちになるエステル。
だが、そんなエステルのことはお構いなしに、ガラルドは話を進めていく。
「それで?どうやって調べた?」
「人の口は塞げても、現地の状態は隠しきれないでしょう。そこに『目』を飛ばし破壊された武器や紛争の痕跡を特定し、酒場で情報をやりとりしている情報屋や闇商人に『耳』を飛ばしてルートを調べました」
「この短期間で勘付かれはしても、確証まで持っていくのはこの辺境では厳しいとは思っていたんだがな。そういったことが出来るなら、難しくもないか。
それで?俺たちの部屋を『聞いた』のも『耳』を使っていたわけか」
先程マリーも言っていた『目』と『耳』。
だが、マリーやガラルドの言い方としては遠方の状態を把握出来る何かの比喩としての方がしっくりくる。
もしかして、森の見張りの件を買ってくれた時のツテも、この『目』と『耳』のことだったのかもしれない。
通りで少し前のマリーに呆れられた訳だ。
その意味を漸く理解しながら、エステルは黙って二人の会話を聞くことにした。
「はい。私はこれでも辺境伯爵家のメイドでございますので。協力関係を結ぶ以上、お嬢様に害の及ぶ可能性を把握することこそ、私の本分であります」
いつになく真剣な面持ちで、そう言うマリー。
確かに彼女は視察の翌日から、ずっとエステルに必要な物を用意してくれていた。
尋ねてから初めて言ってくれたのは、きっと彼女がエステルの意向や、その覚悟を確かめるため。
そして、それは辺境伯爵家やエステルのことを守る為に行ってくれているのだ。
自分の危険も、そっちのけで。
「マリー……」
「でなければ、私の雇用先がなくなりますので」
「あれぇっ!?いい話かと思ったんだけどなぁっ!?違った感じぃっ!!??」
だが、そうやって感動しているエステルを裏切るのも、マリーである。
清々しいばかりの宣言に、思わずツッコミを入れてしまうと、それを受けて耐えられなかったと言わんばかりにガラルドが吹き出した。
「アッハハハハッ!!アンタたち、ホント普段からそんな感じですねぇ?あー、全く愉快な人たちですし……何て、言うか……腹痛てぇっ……!」
「笑いすぎ!!別に好きでツッコんでる訳じゃないからね?!」
「えっ」
「何でそこで驚いてんのマリー!!」
慇懃無礼なメイドに腹を抑えて笑いを堪え始める第二王子。
そして、それに振り回されるようで一番引っ掻き回していることに気づいていない辺境伯爵令嬢。
現場は資料室の時のように、混沌を極めていた。
「おーい、話が進まないぞー」
そうとなれば致し方なし。
これまでのようにリックスが三人を宥めるようにして口を挟んだ。
笑いすぎて涙が滲んでいたガラルドも、目を擦りながら呼吸を整えると話を戻すことにしたらしい。
「……そういうことなら、こっちは特に何もしない。信頼できる相手かどうか見定める為に、先に情報を秘匿していたのは、こちらだしな」
「寛大なお心に感謝します。差し出がましいとはございますが、殿下に置かれましてはお嬢様も私も信頼に足る相手と認識して頂けた、と受け取ってもよろしいので?」
「そんな堅苦しい言い方でなくていい。ここまで本当に誰にも言わずに匿ってくれてたしな。十分だ」
僅かに笑うガラルドに、黙礼で返すマリー。
エステルには分からない紆余曲折の攻防やら心理やらが何処かであったようだが、どうやら今の会話で落とし所をつけて話は纏まったようだった。
「……それにしても、辺境伯はとんでもない人を雇っていますね、エステルさん」
「ん?マリーが無礼な性格してるとかそういう話?」
「アンタ、ホント口悪いですね。そういう話じゃなくて、種族の話ですよ。
純粋な人間って分類じゃないでしょ。アンタの所のメイド」
だが、その後の発言に思わぬ爆弾を落とされた。
「え?」
「『吸血鬼』とか、そう言った感じかね?能力的にも」
「左様でございます」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?そうなの!?!」
「いや、何でアンタが知らないんですか」
リックスの発言にあっさりと首肯するマリーに、驚きを隠せないエステル。
ガラルドに珍しくツッコまれたが、それどころでは無い。
マリーが吸血鬼っぽいとはエステルも常々思っていたが、本当にそうだとは思っていなかった。
吸血鬼とは獣人やエルフ同様、人類のカテゴリーに分類される人間である。
ただし、その寿命は純粋な人間より百年ほど長い反面、苦手とする物も多い種族だ。
物語に出てくるような致命的な弱点という程でなくとも、日光の下では目眩がし、ニンニク等は生理的に食べられない。そんな種族のはずだが。
「だってマリー、日光とか全然平気だよ?!炎天下で力仕事普通にするし、ニンニクとか食事に出ても普通に食べてるし!!」
「何とも都合のいいことに『吸血鬼』の能力だけ遠い祖先から先祖返りしたので」
「そんなのあり?!」
「実際になっているので。代わりに寿命は純人間並みのようですけど」
どうやらそういうことらしい。
マリーの生家である子爵家の先祖に、吸血鬼の血筋の誰かがいたのだろう。
段々と血は薄まっていったが、マリーには何がきっかけか、その能力だけが覚醒したようだ。
そういえばエステルも何度かマリーの父である子爵には会ったことがあったが、確かに子爵にマリーのような夜のような美しさはなく、レッドブラウンの髪をしたどこか弱々しさを感じさせる小柄な男性だったのを覚えている。
「そうなんだ……。このこと、お父様は知ってるの?」
「それを見込まれて旦那様直々にスカウトされたので、ご存知かと」
「それも初耳ぃっ!!何で私付きのメイドにするのに私に教えてくれてないのお父様!!」
「曰く
『吸血鬼って言っても能力だけなんでしょ?だったら殆ど純人間な訳だし説明とかいいよー。君が安全な出自かつ安全な人間なのは僕が知ってるし。どっかで僕が教えとくー』
とのことです」
「お父様ぁぁぁぁぁぁぁ!!今の今まで知らなかったんですけどぉぉぉぉぉ!!??報・連・相は早めにしろって言ってんでしょうがぁぁぁぁっ!!」
「なんと言うか……お互い苦労しますね。父親で」
憐れむような視線をガラルドに向けられつつ、エステルはプロローグぶりに床を叩きつけた。
何故こうも報告も連絡も相談も軒並み遅いのか。否、マリーから勤め始めてから五年も報告放置は流石に遅いどころではない。
あの父親、絶対伝えた気になっていたか、気分で伝えなかっただけである。
それにも関わらず、大体後回しにしても上手くいくことが多いのもミクリオだ。同時によく訳のわからない重傷を負ってくることが、度々あるのも父の謎ではあるけれど。そんなことは最早どうでもいい。
流石に遺憾なので、次に会った時には思いっきり肩を揺さぶって詰問しようとエステルは心に決めた。
閑話休題。
「……私、吸血鬼の能力に関しては伝承も入り交じって正確なこと知らないんだけど、マリーはどうやって城の情報を調べたの?」
結局のところ、エステルだけがマリーの言う『目』と『耳』の正体が何か分かっていないのだ。
吸血鬼は存在こそ有名だが、その数はかなり希少な数まで減少してしまっている。
弱点が多いと言うが、能力の代わりに特殊な虚弱体質というデメリットを持っているとも言い換えられる吸血鬼は、それだけで子宝に恵まれにくい境遇でもあるのだ。
それ故に、その特殊な虚弱体質こそ世間に広まっているけれど、長所の部分にはかなり眉唾物の創作なども入り交じって伝えられてしまい、正確性がない。
「まあ、人口そのものが減ってしまっている種族ですからね。私が使用している『目』と『耳』がこちらになります」
マリーがパチンと指を鳴らすと、黒い霧の様な物が彼女の周辺に漂い始める。
その霧はそれぞれマリーの左右に集まったかと思うと、ポンと音を立てて二対の蝙蝠の姿が現れた。
「紹介するのはこれが初めてですね。私の眷属であり、『目』を担当するフルールと、『耳』を担当するチスィになります。私は彼らと同調することで視覚や聴覚を一時的に共有することができます。この子たちが移動してさえくれれば、屋敷から私が移動せずとも情報収集が可能です。また短い距離ならば、私自身が霧になって気配を悟られずに移動することも出来ます」
そう言って自身の指を僅かに霧状にするマリーの右肩で、頭をかいているのがフルール。小柄で右耳に柘榴色のピアスをつけている。そんなフルールよりも大柄で、左の耳に柘榴色のピアスをつけているのが、マリーの左肩側で欠伸をしているチスィのようだ。
見た目も若干違うことから、フルールは『目』がよく、チスィは『耳』のいい眷属なのだろう。
それに眷属、と言うからにはマリーと蝙蝠たちは精霊と妖精に近い関係のはずだ。
妖精というのは精霊からの魔力により誕生し生きる存在である。
そうであるならば、この眷属たちもマリーによって生まれ、マリーの魔力によって存在を保てる、そんな者たちなのだろう。
だが、眷属と一部の感覚を共有でき自身も霧状になれるとは、エステルにとっては未知の領域だ。
マリーは元より線の細く見える外見とは裏腹に体力や胆力があるなとは思っていたが、改めてエステルからしたら、それこそ伝承の人物のようである、と言うのが正直な感想だった。
「アンタのところのメイドは、正に諜報員向きの能力者って訳ですよ。しかも、かなり一級品のね。辺境伯に雇われてなければ、城で雇われてたかもな」
「大変光栄なことではございますが、私はこの地でしがないメイドをしている方が性に合っております故」
「だろうな」
マリーが深々と辞退することを知っていたように肩を竦めて笑ってみせるガラルド。
先程までギスギスした雰囲気を作り出していた二人だが、この短い時間で何か通じ合うものがあったようだ。
それこそ先程の資料室の時までより、余程仲が良さそうである。
「えーと……まぁ、マリーが屋敷に居てくれるって言うなら、マリーの話はここまででいいかな」
そうであるならば、話は本題に戻るべきだろう。
「それで、初日の夜に言ってた『あれ』?について教えてもらいたいんだけど」
そう、エステルだけが未だに知らない、リックスが漏らしたらしい不穏な言葉。
そして恐らくそれが、マリーとエステルが話していた王女暗殺の予言の謎に繋がるのだろう。
だがそう質問した途端、ガラルドのその葡萄酒色の目は少し歪んだ。
エステルのそれとは違い、そんな歪で深い色に染まる目の中で、それでも金色に輝く瞳は、祝福のようでもあり…………彼にとってまるで切っても切り離せない呪縛のようにも見えた。
声色さえも少し重くなった低い声で、ガラルドが言う。
「……ここからは本当のトップシークレットです。城内でも知っているのは国王一家と、少しの協力者を除き、リックスだけ。あとは誰も知らない、知ってはいけない、ただただ表に出してはいけない話です」
「……うん」
エステルが飲み込むように返事をすれば、どこか遠くを思い出すように、目を閉じた彼は、浅く溜息をついた。
そしてエステルの部屋にリックスもラウレンティーナも引き連れて訪れると、そっと部屋の扉を閉じ鍵を閉めた。
ガラルドは今まで決して、エステルの部屋の中に入ることはなかったのに。
この時をもって彼らは全員で、エステルの部屋の中に入ってきたのだ。
それは秘密を明かすため。
二度と掘り起こしてはいけない、国の底に眠らせておくべき禁忌を、紐解く為だ。
その口が小さく呪文を唱え出す。
《我、ここに秘密の扉を設けん。ここは堅固な街、隙を見出さぬ要塞、何人たりともこの城壁を崩すこと叶わぬ不屈の聖域なり。
アグラフォズノモス・アーギオプネヴマ》
ガチャリと音を立てたのは扉ではなく、エステルの部屋という空間そのもの。
魔法によって閉ざされた、物質は勿論、声さえも脱出することは出来ない、秘密の部屋。
高等魔法に分類されるその魔法を片手間にあっさりとかけてしまったガラルドに、エステルは目を見開いた。
秘密を共有するのに、これほどまで強固な魔法をかけるとは、どれほどの秘密なのか。
彼の警戒心の一端が、少しだけ垣間見えた気がした。
そして彼のその……実力も。
どれほど楽しげに領内を巡っていようが、どれほど少年のように笑っていようが、彼は『魔装石のアルカディア』の裏ボスなのだ。
本来ならば、ガラルドは先程のように圧などかけずとも、その気になればその魔法によって、エステルの口を塞ぐなど容易かったのだろう。たった今、尋常ならざる力をもっていたことが分かったマリーですら、きっとそうだ。
殺す以外にも、幾重にも渡る手段と実力を持っているのが、彼なのだから。
それほどまでに、ガラルド・サンドール・ウィクリフという人物は……この世の中で数多の魔法を操ることの出来る、歴代最強の魔法使いだ。
だが実感させられたそんな事実よりもエステルが気になったのは、今のガラルドの表情だった。
眉間に皺を寄せ、瞼が重いように半分ほど下がった目、引き結ばれるようにして歯を食いしばっているだろう口元。
今ここに居るガラルドが、いつかのゲームの彼と僅かに重なって見えたのだ。
ゲームの中盤、勇者が自分を裏切った仲間の一人を、それでも何か理由があったと信じたいと言っていた時の『魔装石のアルカディア』のガラルドと同じ…………期待と諦めのような、悲しい顔が。
「結界魔法でごさいますか。しかも機密用の」
「本当に聞かれたらマズイ内容なんでね。このバカはうっかり喋ったが」
「ゴメンって!」
「ゴメンで済むなら軍隊はいらねぇんだよ」
だが、そんな顔はマリーやリックスとの会話ですぐに霧散する。
一瞬すぎて見間違いかと疑ったが、どうもそんな感じはしなくて、何故自分がそう思うのかも分からないエステルは戸惑ってしまう。
だがそんな見当違いな方向で困惑しているとも思っていないラウレンティーナは、エステルが不安がっていると思ったのだろう。エステルの近くに来ると、ガラルドをフォローするように言った。
「大丈夫だよ、エステルさん!お兄様は内緒話の為に結界をかけただけだからね!今回は尋問とか拷問するためじゃないよ!!」
「何故だろう、フォローのはずなのに余計に怖くなった」
「あれー?」
だがしかし、あまりに物騒な物言いにフォローどころか逆の効果を齎すラウレンティーナだった。
迂闊に今回は、とか言わないでもらいたい。兄同様、何処かズレた感性の王女様である。
エステルの引き顔に思った反応と違ったと、悩むようにして首を傾げるラウレンティーナ。そんな彼女を宥めるように、ガラルドがその頭にポンと手を載せる。
「尋問や拷問とかではありませんし、エステルさんはただ聞くだけでいいんですが、聞いていて気分のいい話ではないですね。準備はいいですか?」
真っ直ぐな目でこちらを見るガラルドに、思わずギュッとした感覚を覚えたエステル。
いよいよ、後には引けない。引く気はないが、改めて問われると戸惑ってしまうのが、人間性というもので。
「……えっと」
「では始めますね!!!」
「あれ!?待ってはくれない感じ!?」
戸惑うようにしていたはずのエステルを無視して、ガラルドが勢いよく言い放った。
心の用意が整うまで待ってくれるのかと思いきや、もう始めてしまうらしい。
この語り手、相当なマイペースだ。
否、初日から知っていたが。
魔法で閉ざされた部屋に、聞き馴染みのあるテノールボイスが響き渡る。
「では話しましょうか。
これはそんなに遥か昔でもない話。昔話なのに、面白くもない話。
とある家族想いのバカな王様が、その家族も巻き込んでこの国を守ろうとした、そんな始まり方をする癖に……ハッピーエンドにはならない、巫山戯た物語です」
自嘲めいた言い方で、麗らかに言葉を奏でる彼は、最初の音をそう紡いだ。
結界によって、実際の外の雨は見えないし音も聞こえない。だが、彼の言葉はその雨を代弁するかのように降り注いだ。
その葡萄酒色に金色の瞳の目は、深海のように暗く濁ったようにも満天の星空のように煌めいているようにも見える。
全てがチグハグで矛盾しているような、そんな確かな歪さを持って、この悲劇の幕は上がったのだ。
そうやって、この国にとっての大災厄を描いた物語は始まった……ーーー。
まさかの怒ったのはエステルでした。
理不尽に黙っていられなかっただけのエステルですが、ガラルドにとっては、今回の件で初めてガラルドに怒った人でもありました。
彼は自分が警戒心の塊になっている自覚がなかったのです。
次回はいよいよ過去編。
物語の核心に迫っていきます。
ガラルドの近くで物語が動くのでシリアス多めですが、お付き合いくださいませ。




