第九話
短め不穏回。
それは、ガラルドはまだ九歳になったばかりのことだった。
何の変哲もない、いつもの日常。
その日もガラルドは、魔法の授業や剣術の授業、帝王学の授業なんかをこなしつつ、休憩時間と称しては乳兄弟で幼馴染のリックスと共に、城の敷地内にある軍部に顔を出して、手合わせをしてもらったりガラの悪い言葉を教えて貰ったりするつもりで過ごしていた。
「おーい、王子様はまた授業中に抜け出してきたのか?」
「ノルマはとっくに終わってんだから、正当な休憩時間だっての。いいから、軍での訓練させろって」
「オレもオレもー!オレはもうすぐ入隊基準の年齢満たすし、いいだろ?」
「断ってもお前らいつも勝手に潜り込んで参加してんじゃねーか。この悪ガキどもめ」
軍部の入口で警備している恰幅のいい髭を生やした初老くらいの爺さんは、軍隊の機密を守る警備員だ。
これでもかつては軍で最高峰の実力者だったそうで、前線を退いた後に軍隊も辞めて実家に引っ込む予定だったが、当時の実力を買われてこうして警備員に抜擢されたそうだった。
「じゃあ、それをわかっててワザと見逃してるアンタは悪いジジイだな」
「よっ!悪徳警備員!」
「ハハッ、このクソ坊主どもめ。まあ、俺からしちゃあ、第二王子や騎士の息子が軍隊に入ってくれるってんなら大歓迎なんでな。うちのヤツらがボヤいてたぞ。お前ら優秀だそうじゃねーか」
快活そうに笑う爺に、嬉しそうな声でリックスがはしゃぎ出す。
「優秀だってさ!ラディ!」
「俺もお前も母上直伝のスパルタ教育が身に染みてるからな。当然だろ」
「……お妃様、こないだ銃も魔法も使わずに熊狩ってこい、って剣一つ持たせてオレもラディも森に放ってたもんな」
だが、ガラルドの言葉に先日の件を思い出したのだろう。すぐに萎えたような声色になった。
ガラルドの母はこの国において有名な女傑である。
剣や銃火器の扱いにおいて右に出る者は居らず、素手で魔獣を一捻りすることさえも容易く行う、正に武闘派王妃であった。
そんな母が稽古をつけてくれるのが、今代王家男児……ついでにその護衛……にとっての通例なのだが、その訓練方法は大の大人でも逃げ出すだろう困難の連続である。
小型の魔獣を狩って鞣して防具を一から作り大型魔獣に挑まなくてはいけないだとか、繁殖期で荒々しい怪鳥の卵を遠隔系の魔法を抜きにして取りにいかなくてはいけないだとか、無理難題はことごとく続く。
先日は防具と剣一つありとは言え、通常の熊でも常人の目ではその動きを追えない程の速さにも関わらず、その倍の速さは出るビックベアと戦わされた。
リックスと二人だとしても、片や今年になって漸く成人したばかりの十五の少年、もう片方は十歳にも満たない子供である。魔法もなしに挑めば必ず失敗するし、何より死ぬ方が早い。
結局与えられた剣で罠を作り、それに嵌めることで、ガラルドとリックスは何とかビッグベアを仕留めらたのだった。
「相変わらず王妃様は元気だなぁ。王様に見初められて、電撃結婚してから前線を退いたのが昨日のことのようだ」
「元気過ぎて困りもんだっての。手加減知らないのかよ」
「安心しろ。手加減してなかったらステゴロで熊狩りさせられてたぞ」
「じゃあ手加減しててあれだったんだなー」
尚更残念な王妃である。
武人としてはそれでいいのかもしれないけれど、うっかり王族……それも実の息子……を殺しかねないのは王妃としてはどうかと思う。
「それより坊主ども、そろそろ昼休憩に入るから、どの道訓練は二時間後だぞ」
「えっ!?じゃあ今日はもう無理じゃん!何で!?いつもより早くない?!」
「今日はほら、夜中に各国のお偉いさんを集めてやる会議かなんかがあるだろ?だから早めに昼食取って、ここら一体の警備に人を割くんだ。要人に何かあったらいけないからな」
「チッ!『協調和会議』か……」
『協調和会議』とは、十年に一度、ユートロピアにて開かれる一大会議。
各国の要人や国王、法王などを招いて行う平和の為の会議……という名の各国での情報の探り合いの場であり、最終的にはサンドール王家の国王がその軍事力で他国を牽制し、形だけの平和維持に貢献すると言う、馬鹿馬鹿しい恒例行事だ。
だがそんな恒例行事でも、やらなくては戦争を始めようとする国が出てくるのも確かなので、毎回律儀にやる必要がある。
そしてその集まりには第一王子と国王が出席し、王家の者たちは各国から来訪する客人たちを饗すことになる訳で……。
その後の結論を裏付けるかのように、遠くからガラルドを呼ぶ声が聞こえてくる。
つまり、ガラルドたちの休憩時間はここまでだ。
「そんじゃあな、坊主ども。また来い」
「ちぇー、ついてねーなー。ラディ、行こうぜ」
「……はぁ。俺まだガキだからって免除されねぇかな」
「一個下のティナちゃんも参加するだろうから無理だと思うぜ。んじゃーなー!警備員のじぃちゃん!」
「また来る」
そんな会話をしながら爺に別れを告げ、ガラルドもリックスも軍部から城へと戻って行ったのだ。
この日の夜に、あんなことが起こるとは露とも知らぬまま……。
ーーー
来客に来客、対応に対応と追われながらも、協調和会議は無事に終わりを迎えた。
と、言ってもガラルドが生まれる前に行われたそれと変わらず、結局ユートロピア国王であるジャスパードが、牽制という名の和平に持っていったようだが。
この頃から聡い傾向にあったガラルドは、一部の列強の国王やその要人たちが苦い顔や怖い顔をして出ていく様や、反対に弱小国家の国王や要人たちが安堵や疲れた表情で出ていくのを見て、その結末を察した。
十年に一度の大きな会議ではあるものの、毎回こんな状態だからかパーティーの一つも開かれないまま、それぞれの国のトップたちは早足に自国へと帰っていく。
こんな膠着状態とはいえど、国同士の大きな戦争には至っていないのだがら、平和には違いないのだろう。全く空々しいことだが。
それでも、これまでの数百年間がそうであったように、この国の平和も世界の平和もずっとこうして保たれていくのだろうと、そう思っていた。
今思うとそれは、とんだ勘違いだったのだが、その時はそう思っていたのだ。
だから、という訳ではないが、その当時のガラルドは早く軍隊に入れるくらいの年齢になりたかった。
それは軍と国王の仲を取り持つことで、国王の指揮も通りやすくなるだろうと、子供ながらに打算的に考えていたからだ。
これまでもそうだったように、これからも力があれば、平和を守れる。
そんな単純明快すぎて、真理からは程遠い夢想。
それでもガラルドは、膠着状態で平行線と言ってもいい、この平和の為に何かしら自分が出来ることを探していた。
王族として、恥ずかしくない自分になりたかった。
そして家族の為に、力を貸せる自分になりたかった。
だから、手っ取り早く軍人になりたかったのだ。
元軍人の母から筋が良いと褒められていたこともあるし、軍人ならば将来王になる兄の手伝いもできる、と言う何かしら役に立ちたいガラルドとしてのメリットもある。
リックスと度々軍部に赴いては、勝手に訓練に参加するようになっていた。
ガラルドのそう言った行動は、第二王子派に王になる気はないと言う対外的なアピールのつもりでもあったし、軍部の顔ぶれを覚えておく為でもあった。
十歳にも満たない子供の夢だと、大概本気にされていなかったが、ガラルドは本気で軍人になろうとしていたのだ。
そもそも王座など興味が無いし、兄以上に適任がいるとは思えない。であれば、有力な就職先に今の内から自分を売り込んでおいて何が悪いか。
とても子供らしい可愛さなどない思考で、ガラルドは当時そう思っていた。
だがそんな風に理想を描ける時点で、この時のガラルドはまだ若い、ひたむきな少年だったのだろう。
要人たちが帰った後、会議室という名の講堂から最後に出てきたのが国王である父と第一王子の兄だった。
「ただいまー。皆、賓客の接待ありがとね。王妃も、大分疲れただろう?」
「いいえ、貴方ほどではないわ。私の心配をしてくれて、ありがとう。早く貴方もお休みになって」
「流石は僕の妃だ!なんて素晴らしいお嫁さんなんだろう!さあ、子供たちも皆おいで!お疲れ様のハグしてあげよう!」
「いらねぇよ、このバカ親父。早く部屋戻って寝ろ」
「辛辣!!て言うかまた口が悪くなったね、ガラルド!」
「大丈夫だ。身内にしか使わないから」
「それなら安心……じゃないね!」
家族しかいない談話室にて、会議室から戻ってきた父親と兄を迎える。
父の出で立ちは、自分と同じ濡れ羽色の髪を横に流して結んで、その目は真紅色に金色の瞳。一目でこの国の国王だと分かる容姿なのだが、その顔も今は締まりきらず緩緩と垂れ下がるばかりで威厳の欠片も無い。
そして、それを受けた母は咎めるどころか喜ぶばかり。
相変わらずのバカップルぶりを見せる両親に半ば呆れながらも、こっちにも過度なスキンシップを振り撒いてくる父親をいつものように罵倒と共に躱すことにした。
ショックで喚かれたが、ガイラルトの知ったところではない。
最早恒例となりつつあるそんな日常に、笑いながら近づいてくるのは兄だ。
「ガラルド、あんまり父上を虐めてやるなよ。父上もガラルドにワザと乗らないでください」
「えー、だって漸く家族団欒の時間になったんだよー。ここ最近の業務に業務で全っ然、家族との時間取れなかったしさー」
「俺も付き合ってたんで知ってますし、それは俺も同じですから。お陰で俺たち二人が連日睡眠不足なこと、家族全員知ってますよ」
兄の容姿は、ホワイトブロンドの髪に碧瑠璃色の目。その瞳は金色に光っており、父と並ぶと白と黒で統一感の生まれる存在感を放つ。
自分と五つ離れている兄は、今年十四になる。
それでも十五歳のリックスがガラルドと幼馴染なのは、乳母が兄と違ったからだ。
兄の出産当時の乳母は母の生家の侍女で、母の結婚を期に自らも身を固め、乳母として雇われたとのこと。
だが第一子を儲けた後、子宝には恵まれなくなったようで、ガラルドの時には新しい乳母としてリックスの母が選ばれた、とそういう訳だった。
ずっと母の傍で父と兄を待っていたラウレンティーナが、不安そうな顔をして二人を伺っている。
「お父様、大兄様、無理しないで早く休んでね?」
「ティナ!ティナは大丈夫かい?お客様が多くて大変だっただろう?眠かったら運んであげるから、すぐ言うんだよ?」
「もう!ワタシもう八歳なんだよ!これくらい大丈夫ぅぅぅぅ……」
「おっと。お姫様はもう限界みたいね」
だが、文句を言った瞬間に緊張の糸が切れたのだろう。空気が抜けるように倒れ込むラウレンティーナを母が支えた。
父や兄に心配されまいと、ずっと気を張っていた様子のラウレンティーナも、八歳にしてはかなり頑張っていたのだ。無理もない。
ラウレンティーナは王子のガラルドと違って、朝から準備ということで一通りのケアやら何やらと引っ張りだこで、その後に大量の来賓に何度も挨拶をするという作業を何時間もこなした。
目も閉じかかっていたのに、それでも一目でもいいから兄と父に会いたいと待っていたのだ。
寧ろここまで起きて立っていられたこと自体、よく持ったと思う。
そんなラウレンティーナが眠ったのを皮切りに、苦笑した父が言う。
「うーん、名残惜しいけど。皆を部屋に送り届けて僕らも部屋に戻ろうか」
「そうね。ガラルドもいらっしゃい。皆で帰りましょう」
「……ああ」
「手を繋いでてやろうか?」
「うるせぇ、いらねぇよ」
母が導き、兄が揶揄う。それを自分が断り、妹は疲れ果てて眠る。そんな様子を微笑ましそうに父が後ろから見て、後に続いていた。
それが、王家一家にとっての、ひいてはガラルドにとっての最後の平和だった。
《その御身は呪われる》
そんな言葉が、王家に降りかかる、その時まで……。
「誰っ!?」
最初に反応したのは母だった。
ラウレンティーナとは少し色味の違うホワイトピンクの髪を揺らして、娘を抱えたまま隠し持っていた剣を抜き出す。
父は魔装機の銃を、兄は杖を取り出し、ガラルドも短剣を構えた。
ユートロピアは軍事国家、当然その王族も有事の際に対処できるように各々が得意武器を有し、もしもの時の為に持参している。
しかし何者かの姿は見えないまま、調子の外れた不気味な声が場内の廊下に響く。
《その魂は虚ろな鏡、その骸は砂上の楼閣、風吹けば流れる哀れな盲人よ。慰めたまえ、慈しみたまえ。永遠にその明は消え去った。悲しみたまえ、歌いたまえ。我らが王の凱旋を》
「これは……『禁呪』……!?」
「しかし、ここには結界が……!」
母はその声の発する意味をすぐに理解したが、それに反応するように父もまたそう返す。
禁呪とは、魔法の中でも禁術とされるものを指す大魔法だ。
それは詠唱にかかる時間も必要とする魔力も桁違いに要求され、一人でその魔法を使おうものならば生体エネルギーである魔力を枯渇させ死に至る。それなのに魔力や詠唱が足りなければ魔法は発動しないという劇物であった。
高位精霊が複数人の魔法使いを認めた上で初めて授けられるその大魔法は、軍隊でも許可が無ければ使用することはできない諸刃の刃だ。
そんなものが国王の許可も出していないのに城内で聞こえるというのは、明確な何者かによる敵襲だった。
だが父の言うように、このサンドール城には魔法使いのみによって構成されている魔法師団によって、あらゆる魔法に対する結界が張り巡らされている。
それは禁呪であろうと無効化させるほど強力なものだ。
だから相手は悪戯に魔力を消費するだけ。そうであるはずなのに。
禁呪は止まらない。
ガラルドの嫌な予感も止まらない。
《我は見た。彼の者の終焉を。我は見た。彼の者の生誕を。全ては御身に奉られ全ては汝に与えられん。解せよ、我が言霊を。世界は汝に捧げられた》
男とも女ともつかない声が、代わる代わるその音を変えて、しかし不気味な声のまま城内に響き渡った。
空気が嫌に冷える。バチバチと何処かともなく鳴り響く雷鳴のような音と閃光に、より一層警戒心は強まっていく。
底知れないものによって城内の何処かに澱が溜まっていくような気がした。
いつまで経っても魔法が無効化されるような気がしない。
寧ろ、どんどん結界が侵食されているような気さえしてくる。
そんな風に短剣を構えて不安に頭がいっぱいになるガラルドとは対照的に、両親はそれも想定内と言わんばかりに冷静さを保っていた。
厳つい声色と口調に変わった母が、父に言う。
「禁呪の術者は何処だ?」
「恐らく、実際はもっと遠くだ。さっきから探知しているけど少なくとも国境よりは遠い距離からだろう」
「しかしここに禁呪が届くとなると……」
「少なくとも、既に城内に工作された後だろうね」
「チッ、私も鈍ったな。そんな工作にも気づかないとは」
「僕も同意見だよ。ちょっと、日和すぎてたみたいだ」
淡々とそれ以上に軽口さえも挟んで、状況を分析し次の行動に繋げようとする二人。
どれ程普段は緩い雰囲気を醸し出していようが、片や元名将の女傑、片やこの王国軍全てを牛耳ることの出来る現総指揮感である。その余裕は、歴戦の猛者にも勝るだろう。
そんな両親に置いていかれまいと、兄も自身の仕事をしていたようだ。
「父上、母上、魔法が展開しようとしているのは城内の女神謁見の間です!」
魔力操作が卓越したものは、精霊や妖精の気配や彼らの魔法に対する感知能力が高いとされている。
そしてガラルドの兄は、その中でも特に魔力の流れを肌で直接感じ取り、その正確な場所まで割り出せるほどに、魔力操作に一切の無駄がない洗練された魔法使いだった。
「女神謁見の間って……」
だが、そんな兄の功績よりも、告げられた言葉にガラルドは思わず同じ場所の名を繰り返す。
女神謁見の間。
かつてサンドール城ができたその日、祭司の出であった初代サンドール王は城内の中で一番良い場所を、女神がいつでも訪れることができるように広間にして女神に捧げた。
それを喜んだ女神は、王族や神官たちにその場を訪れることを許し、そして現代ではそこは神官たちが『神託』を授かるための聖域として機能している。
そこに反応があると言うことは、その場所に禁呪を発動させる為の工作をした者がいる、と言うことだ。
それだけならば、ガラルドもここまで驚かなかった。
だがそれが聖域で行われたこと、その事実そのものが大問題だ。
聖域は先程も上げたように、王族または神官しか入ることが許されていない。
当然女神謁見の間に入る唯一の扉の前には見張りがおり、一般人は勿論、王族の傍系である貴族ですら入ることは不可能だ。
そして、今代のサンドール王家の殆ど全員がこの異常事態に対処しようとしている。禁呪を城の中で発動させるメリットもなければ責務の面からも、王家が工作員など招き入れるはずもない。
つまり、王族以外の誰か。見張りか神官か、城内で工作員を女神謁見の間に引き入れた者がいる。
王家に対する謀反を図り、この国に対する裏切り行為を行った何者かが。
そしてそれは王城に出入りできる、かなりの権力や実力を持った誰かに限られる。
ガラルドはその事実に舌打ちした。
「……ッチ!誰がこんなことっ……!!」
「ガラルド、怒りは尤もだが今は現状を対処する方が先だ。女神謁見の間が禁呪で吹き飛ばされれば、この城もこの国もただでは済まない」
だが、そんなガラルドを戒めるように父がそう言った。
父の言う通りだ。今は感情的になっている場合ではない。
分かってはいても、怒りを制御できない自分にガラルドは口を強く噛み締めた。
そんなガラルドを慰めるように頭にポンと手を置いて、けれどその目は真剣な色をしてガラルドの覚悟を問うように、兄が尋ねてくる。
「俺と父上たちは今から女神謁見の間にいく。お前はティナを連れて城外に避難することもできるが、どうする?」
この時これがただの敵襲であったなら、兄はガラルドに選択などさせずラウレンティーナを連れて城外に避難することを指示しただろう。
しかし今回は禁呪が聖域で発動しそうになっていることに加えて、裏切り者が城内を出入りできることから城外に出ても安全とは言いがたかった。
そもそももし禁呪が発動してしまったら、その範囲がどれほどに及ぶかわからない。
その際に対象が近くにいる方が魔法使いとしては移動がさせやすい、と言うメリットもあった。
兄はいざとなったらガラルドとラウレンティーナを同盟国まで飛ばすつもりで、そう尋ねていたのだ。
だがその時のガラルドは感情的な自分を抑え込むので精一杯で、兄にそんな考えがあることは知らなかった。
だから裏の事情など一つも考えず、ただ自分がどうしたいのかを、口にしたのだ。
「俺は、問題を前に逃げたくない。俺はティナを皆の後ろで守る」
この当時を振り返ってみても、ただこの時は青かったのだろう。
自分にできることなどないと分かっていながらも、家族に置いていかれたくなかったし、疲れ切って眠っている妹を置いて行きたくもなかった。
だが、ガラルドの決意を聞いた兄は寧ろ安心したように微笑んで、その碧瑠璃色に金色の瞳の目を瞑ると、次の瞬間には覚悟を決めたように力強い声で宣言する。
「それでは、今から女神謁見の間に移動します。魔力の流れが激しい場所に移動するので、決して移動中も到着後も油断はしないでください」
「ああ、始めてくれ」
父が了承の言葉を返すと、兄が杖を床に突き立て転移魔法の詠唱が始まった。
《山水巡りて彼方あり。運河巡りて此方あり。渡るは船、目指すは岸辺。今彼方に扉を設け此方への道を開かん。
ナフス・トゥーラ》
ガラルドたちを光が包み込み、魔法が国王一家を女神謁見の間まで連れていく。
光で視界が覆われていくのを瞼の裏で感じながら、まだ幼いガラルドはただ家族の無事を願っていた。
……この時の選択を、ガラルドは間違いだったとは思わない。
だがこの後に起こる全ての出来事は、ガラルドの家族全員にとって消そうとしても消せない傷になった。
それはまるで呪いのように、いつまでも膿み続ける祝福のように……ーー。
短かったのにかなり修正が必要になった話でした。
不穏の幕開けです。
一応、地の文でも少しだけ触れましたが、ガラルドの母は普段の喋り方と軍人の時の喋り方が違います。
そして蛇足。ガラルドは基本的に父親似ですが、こう言った口調がコロコロ変わるのは母親似になります。




