第七話
短めです。
あまりの情報にエステルの思考は一時停止した。
『精霊の都』とはコックスの渾名ではなかったのだろうか。それが最後のやり込み要素で辿り着く最後の場所?そんないかにも聖域と言われそうなそんな場所が?いやでも確かにコックスには精霊や妖精が住んでいるし、カタロスの森は精霊の領域だから有り得なくはないのか?でもだからといって、そんな、勇者たちが最後に辿り着く場所がコックス?特殊な祭壇もそんな物がある場所もカタロスの森にあるなんて聞いたことがないのに?いや、勇者たちしか辿り着けないならエステルが知らないのも無理はないのか?あれ、そもそも何の話で何を考えなければいけないんだ、っけ……。
「お嬢様!」
「あだっ!!!!」
後ろからかなりの衝撃がエステルの後頭部を襲う。
思わず大きな声で叫んだ後に振り返れば、マリーが手刀を掲げてこちらを見ていた。
「マリー……」
「大丈夫ですか?呼びかけても返事がございませんでしたが」
「あー、それはまあ今大丈夫になったけど、刈り取るように手刀を叩き込まれた後頭部が大丈夫じゃないかな?」
「気絶しないように叩き込みましたので、そちらは大丈夫ですね」
「痛いって言ってんだけど伝わってる!?明らかに後頭部が無事じゃないって方向で大丈夫じゃないよ!?」
ジンジンと痛む後頭部を押さえながらツッコミは入れてしまったが、正直な話マリーが気を取り戻させてくれたことはありがたい。
思ったよりも衝撃的な内容にかなり動揺してしまっていたので。
「エステルさん、本当に大丈夫?お話、続けられそう?」
ラウレンティーナも今まで空気を読んで黙っていてくれたようだったが、流石に心配が勝ったのかそうエステルに尋ねてきた。
それに申し訳ないと思いつつ、しっかりと返事をする。
「うん、大分動揺はしたけど大丈夫。因みに、だけど……『精霊の都』って言うのはゲームの中だけの名前じゃない、ってことでいいのかな?」
一番最初に気になったのはそのことだ。
『精霊の都』が本当にコックスのことを指すのか、ガラルドが嘘を言っているとは思わないが、どうしても信じられなかったので。
そもそも、『精霊の都』なんて渾名がコックスにあるというのも今さっき知ったばかりなので、当然と言えば当然かもしれないが。
「そこは、オレが明言しとく。有名な話って訳じゃないけど、巷の精霊や妖精好きな奴らはよくこの国の西の方には『精霊の都』があるって言う話をするんだ。多分、コックスから王都とかに移住した奴らが、そう言った名前で話してたんだと思うぜ?それでこの国の西でその内情も殆ど知らない場所って言うのは、辺境伯のコックス領じゃね?って噂になって、知る人ぞ知る渾名として広まったんだ」
だが、リックスにそう言われて納得する。
確かに、他の場所で精霊や妖精を殆ど見ることがないのなら、コックスはまるで『精霊の都』だと領民だった者たちが言いたくなるのも分かる話だ。
その上、谷や山岳で隔てられていると言われても過言ではなく、殆どの人々が来たこともなければ内情を探りようがないコックスだ。
この国の最西端にあることからも、結び付けることは、そう難しい話ではなかったのだろう。
こんな領地、他国にだって早々ない。
「あれ?うちって思った以上に変な場所だな?」
「今更ですか。まぁ、ここまで他の領土に交易もしないで自給自足出来てる領地っていうのも他には中々ないので、自領での生活で満足してしまったんでしょうけど」
溜息混じりに吐き出されるガラルドの言葉にぐうの根も出ない。
実際に、コックスはユートロピア王国の中にあるというのに、殆ど自治領として運行していると言ってもいい領地だ。作物の生産数もそうだが、大半は自領でなんとかしてしまえる。
そんな余裕が有り余っている領地を、よくここまで放任されていたものだ、と思わなくもないが、それは王都……と言うより王家であるサンドール家が許してくれていた、と考えるのが妥当なところだろう。
それはコックスを、と言うより精霊や妖精、率いてはその最たる存在である女神を立てて、なのかもしれないが。
マリーが持ってきていてくれた最後の本のタイトルをそっと見る。
【王家と女神にまつわる歴史について】。
恐らく、王家と女神はエステルが考えている以上に近しい存在であるようなので。
「出不精だったのは改善できるように努めることにするよ、本当に。でもゲームの中のマップじゃ、その前の街までがギリギリだったし、コックスが実装されてるとは思わなかったなぁ」
「まぁ、普通にこんな普通の領地の三倍弱はありそうな広大な領地や、そこまで辿り着くまでの巨大なマップ作るの普通に面倒くさいですよね。しかもプレイヤーとしても殆ど移動オンリー」
「それなんだよなぁ。だから一部だけでも実装されてた喜びはあるのに、私(の記憶主)は行けなかった場所なだけに素直に喜びきれない」
「俺はしっかり楽めました。エンドコンテンツ最高」
「このガチ勢め……」
謎の敗北感である。
コックスに生まれていのはエステルのはずなのに、最近ここに来たばかりのガラルドばかりが得しているのは何故なのか。
もしかして、視察の時にやけに元気なのは聖地の一部に足を踏み入れていたからだったりするのだろうか。
否、あくまで影武者兼護衛で来ているはずなのでそこまで呑気ではない、はずだ。
ガラルドのことになると、こう言ったエステルの予想が悉く外れる気がしてならないのは何故だろうか。
しかし、彼はそんなエステルの思考など関係ないと言わんばかりに、微笑んだ顔のままそっと付け加える。
「だからこそ、と言う訳ではないんですがね。コックスと言う場所がどれだけアイツらにとって良い意味での特別なのかは、アンタにはよく分かったんじゃないですか?」
「……まぁ、ね」
だがそれは、エステルにとっても、否、『魔装石のアルカディア』の記憶を持っているエステルだからこそ、響く言葉だった。
『魔装石のアルカディア』は特別だ。
それは、ゲームをしていたエステルの記憶主にとってもそうであるし、この世界に住んでいるエステルとしてもそうだった。
いつかこの世界にとってのラスボスが現れて、勇者が女神によって呼び出されこの世界を救うために立ち上がるかもしれない。
そんなこの世界の、もしかしたらの未来が描かれていた『魔装石のアルカディア』。
そんな苦境な未来を勇者たちが迎え、ラスボスを倒し終えても尚、あらゆる困難を乗り越えた先に辿り着く場所が『精霊の都』であるのならば。
そしてそれがコックスであるならば……エステルにとってはそれ以上に誉れなことはないのだ。
それは、それまでの勇者の旅路を労うに値する場所に、コックスが……エステルにとってのこの上なく愛しい土地が選ばれていたと言うことなのだから。
「あ、そうか……」
そうして、やっと先ほどまで抱えていた胸を締め付けるような痛みが何かわかった。
特別が嫌だった訳ではない。
非常識や贅沢を忌避していた訳でもない。
他のものたちと比べて、あまりにも隔絶されていたコックスを、ただ哀れに思いたくなかったのだ。
エステルにとっては愛おしい領土。
精霊たちや妖精たちが自由にのびのびと過ごせる場所がここだけなら、守っていきたいとさえ思った。
だが、あまりにも悲しかったのだ。
それでもコックスは精霊や妖精にとって、牢獄のようだと考えてしまったら……。
コックス以外では自由に過ごせない、というのはコックスの中でしか自由はないのと何が違うと言うのだろう。
女神の創造の下、生まれる精霊や妖精たちは自然界そのもの。
本来ならば世界のどこにでも当たり前に行き交い、あらゆる生物と共に生活を送りたいはずだ。
それなのに、彼らはコックスの中でしか自由に羽ばたけない。
それが悲しくて悲しくて、そんな事も知らずに楽園に閉じこもったまま十六年も過ごしてきたエステルが申し訳なくて、こんな領主の娘で申し訳ないと、可哀想と言う烙印をコックスに押し付けた。
それは宛ら、自身の不甲斐なさを理由に子供を可哀想だと思う親の如くに……。
だから、泣いてしまったのだろう。
コックスはただ、精霊や妖精たちに愛された祝福された領土だったと言うのに……。
「いいですか、エステルさん。コックスが特別な場所と言うのは決して悪いことではなく、寧ろ女神を生活の中心に置く俺たちにとっては見本となるべき場所なんです」
そしてそれを見透かしたように、ガラルドがそのテノールボイスでゆっくりと諭すようにして、言葉を紡ぐ。
リックスやラウレンティーナも、ガラルドの言葉に大きく頷いて、後に繋げた。
「まだ来て二週間くらいだけどさ、街の人たちも飢えてなくて、領主と領民の関係もよくて、本当にいい領地だったぜ?」
「果物も皆美味しくて、お土産もいっぱい貰ってワタシ、ここ大好きだよ!」
「無駄がないように工夫してるって、工房の人たちもその知識を惜しみなく与えてくれるしさ」
「小川も綺麗で、牛さんたちが美味しそうに飲んでたから、ワタシまで飲みたくなっちゃったよ」
認められる、というのはこう言うことだろうか。
工房が、農場が、田畑が、市場が……それぞれこの二週間の内に思い出せるだけの内容を語っているのだろう。
次々と溢れ出てくる内容は、エステルにとってもこの地で好きだと思えるものばかりだ。
エステルは殆ど領地から出たことがない。
友人と言える関係も今までなく、他領の事情をたまに耳に挟む程度で世間知らずもいいところだった。
そして、そんな彼女は自分の大切なものを、何も知らない他者から認めてもらうことが、どれほど勇気づけられるのかも知らなかったのだ。
「お嬢様、ハンカチをどうぞ」
「えっ!?エステルさんまた泣いてる!!??」
「あーあ、お前らがうるさすぎるからー」
「ラディ絶対そんなこと思ってないよな、それ!!!てか、本当に大丈夫か!?」
だから、これは嬉し涙だ。
先ほどの悲し涙ではない。苦しくもない。
コックスと言う場所を、今まで通り真っ直ぐに愛してもいいのだと、背中を押してもらって出たそんな涙は……ただただ嬉しいだけの、優しい温かみだけが残る、そんな涙だった。
ーーー
「結局、そんなに本を読む時間取れなかったよね……ごめん」
「まぁ、あの流れでそのまま勉強!って流れでもなかったしな。また今度でいいと思うぜ」
「ワタシは貸し出してもらえたから客室で読めるしね!」
「じゃあ、次の資料室はまた一ヶ月後とかでいいな」
「あ!お兄様のいけず!!まだ読めてない本いっぱいあるんだからね!!近い内にまた行くの!!」
あの後、このまま再びそれぞれの調べ事へ、という雰囲気でもなくなり、全員でお菓子と茶を楽しんだ後に早めに戻ることになった一行。
発端が発端なだけに、案内しておいてと落ち込むエステル。そんなエステルをフォローするように、リックスやラウレンティーナが和気藹々と話しかけてくる。そうするとガラルドが揶揄うように身内を弄り始め、ラウレンティーナも負けじと噛み付いていた。
気のせいかもしれないが、この一件で前よりこの面子が馴染んだ気がする。
大袈裟かもしれないが、エステルにとってこの五人で談笑することが、それだけ気安いものに感じ始めていた。
それが気のせいでなければいいと思いながら、客間の前にて一度止まる。
「それじゃあ、お昼まで私は部屋で借りてきた本を読むつもりけど、三人はどう過ごしてる?」
「ワタシも娯楽小説読むつもり!丁度盛り上がってていいシーンなの!!」
エステルの質問に、意気揚々とラウレンティーナが答える。
そちらは、しっかりと握られた数冊の娯楽小説からそうだろうなと当たりをつけていたので、問題は残る二人だ。
「俺たちは……交代で仮眠でもするか」
「確かに、ここにきてから三時間睡眠?くらいだもんな」
だがあまりにもさらりとそんなことを言うので、面食らってしまった。
「三時間って……二人ともそれでよく長距離移動とか平気だったね」
「まぁ、オレら普通に見張りとか演習とかで徹夜なこともあるから、まだ寝てる方だぜ?長距離移動とかも軍隊ならよくあるし」
しれっととんでもないことをリックスが言っているが、その言葉の内に違和感がある。
眉根を顰めたエステルは、思わず尋ねた。
「ん?待って『オレら』って言った?しかも『軍隊』って……」
「あ」
「このバカ」
うっかりとでも言いそうなリックスの頭に、ガラルドの拳が落ちる。
それほど強くは見えなかったが、相当な力で叩かれていたのだろう、リックスは頭を抱えてしゃがみ込むと悶絶していた。
「えっと……リックスもお前も軍人なの?」
だがやはり気になるものは気になったので直接尋ねれば、盛大な溜め息と共に仕方がないと言わんばかりに嫌々そうにガラルドが答える。
「自分は王家直属魔法師団、第三魔法軍大隊長、ガラルド・サンドール・ウィクリフ少佐。
こちらは同じく第三魔法軍補佐官、リックス・カーデン大尉であります」
簡潔な言葉だった。
簡潔な、軍人宣言だった。
「うえぇぇぇぇぇぇぇっ!!??!!」
「声が大きい!!!」
「ぐふっ!!!」
鳩尾に鋭い手刀が入った。
いや、確かに大きな声を出すべきではなかったかもしれないが……このドS、とうとうガチ目に手を出してきた。男女平等と言えば聞こえはいいが、痛み的な意味では大変よろしくない。もっと手加減しろ。
と、言うか婚約者がドSで女装で第二王子で軍人のお偉いさんだった件について。
要素が大分渋滞どころか玉突き事故を起こしているレベルではなかろうか。
「軍人が民間人に手を出すなよ……」
「大丈夫です、吐かない程度に抑えてありますし時と人は選んで手を出しますから」
「問題しかないわ!!」
兎に角不満という名のツッコミだけは済ませておく。
今更すぎるが、こいつと結婚する相手が心配でならない。婚約者であるという時点で自分のことだが、そこには見て見ぬフリをした。
一方で先程のガラルドの宣言を聞いて、より納得できる過去の会話もあったのだ。
「じゃあ、前に言ってた軍部へのツテってそういうこと?」
「はい、俺の部下たちです」
「てっきり王族お抱えの軍人の中で、お前用の軍隊かと……」
「確かに指揮権を王から分け与えられることはありますけど、そう言うのは流石に一軍隊の監視として信頼を置けるほど近い存在じゃないですね。
なので、自分で直接統制できるように軍部にて全員躾……いえ、逆らえないくらい叩きのめしました!!!」
「言い直しても性癖隠せていませんがぁっ!!??」
どうやら自分で直接指揮権を握るために軍隊に入ったばかりか全員倒して従わせたようで、流石裏ボスと言うか流石ドSと言うべきか……どの道エステルのやれることは、第三魔法軍の軍人たちに幸あれ、と祈ることくらいだろう。
尤も、軍隊で少佐と大尉になるレベルなのだからきっと言わないだけでガラルドもリックスも相当苦労したはずだし、第二王子が必要以上に権力を持つことを認めたがらない貴族もいたはずだ。
そこを敢えて暈してエステルに伝えているのは、仲良くなったとエステル自身は思ったとしても、やはりガラルドにとってはまだ信じるに値しない人物だからだろうか。
その事実に少し寂しくなりながらも、ガラルドは警戒心強そうだし、エステル自身も人のことが言えない秘密を抱えているのだから、そこはお互い様だろう、とそう思うことにした。
「まあいいや。兎に角仮眠するんだね。用があったらノックして入ってきたらいいからね。じゃあ、またねティナ」
「うん!またお昼ね!エステルさん!!」
そう言ってラウレンティーナに挨拶をして、エステルも部屋に戻ることにした。
因みに、リックスは未だしゃがみ込んだまま悶絶しているので、無理をさせるのもと思って敢えて放っておくことにする。
決して、先ほどのように半ば自業自得とはいえ、流れでガラルドの一撃を食いたくないとかそう言う訳ではない。そう言う訳ではないのだ。
しかし、そうやって別れたエステルはガラルドの秘密主義に対してお互い様という認識で流してしまったが、全員が同じ認識とは限らない。
一見ずっと正直に内情を話し、真摯に問題に取り組み続けるエステルの姿に対し、ガラルドの煙に巻くような態度が周囲にどう見えるか。
そして、そんな対応をされ続けている主人に対して、仕える従者がどんな思いでいるのか。
エステルの後ろに控えながらも、柘榴色の目を光らせていたマリーは依然沈黙を貫いていた。
ーーー
【王家と女神にまつわる歴史について】。
それは、このユートロピア王国の創建の物語と、それを受けた学者たちの解釈について描かれた本だった。
かつて、ユートロピアがその王国の名を冠するまで、この地は未開の誰も居ない土地だった。
だがある日、南方より逃れた人々が、こう言ってその地へと住み着いたのだと言う。
『我らは女神の為の国を打ち立てよう』
彼らはその言葉通り女神を第一とし、あらゆる飢餓や病床に悩まされても、女と子供を守り、数々の犠牲を経ながらも女神の為の聖堂と女神の思想を体現するための学院を打ち立てた。
そうして初めて聖堂で礼拝を捧げた時、奇跡は起きたのだ。
『貴方たちのような人々を待っていた』
精霊や妖精を伴い、女神が降臨したのだ。
女神は国民たちにこの国が栄え、国民の中でいずれ聖なる者が生まれる地として祝福を与えた。
そして南の国から人々を導き、祭司を務めた始まりの人物が王として召し迎えられ、その際に女神から授かった名前こそ『ユートロピア』。この王国の名前だった、という話である。
この物語をあらゆる学者がユートロピア建国から今日までの歴史と検証を重ねつつ、付け加えれれた解釈が以下の通り。
【ユートロピア王国が軍事国家になる前四百年あまりは、女神の思想を体現する為の学院で魔法教育を中心とした学業が盛んであった。
魔法専制時代と言われたこの時代では魔法適正のある人間の数は、現在の六割増だったと記録されている。
また、この時代の文献は時代の変化と共に多くのものが失伝しており、影に埋もれた歴史も少なくないとされている。】
【ユートロピア王国が魔法による世界の覇権を制したのは、創建約六百年後のユートロピア王国にて開催された『協調和会議』にて過半数以上の国が出した無条件降伏宣言が為された時である。
この過半数の国には同じく軍事国家として多くの領土を占有していた以下の国も含まれており……】
と、思った以上に大事な事が書かれていた。
つまり、昔のユートロピア王国には魔法適正の高い人々が多くおり、それが軍事国家になって大きく減少してしまったのだ。
だが、それで国力が弱まるかと思いきや実際はその逆で、寧ろ国力は伸び現在に至るまで軍事力において世界を牛耳るほどにまで至った。そしてそれは現在まで続いている、と言う。
(確か、ユートロピアは数年後に建国千年になるから……大体四百年くらい世界のトップとして君臨してる訳か)
一応歴史として軽く復習ってはいるが、こうして魔法適正を含めた数と照らし合わせながらその歴史を振り返ってみると、色々な気づきが出てくる。
(ここには精霊や妖精の数は書かれてないけど、コックスの人たちの魔法適正の高さから見ても魔法専制時代には精霊や妖精の数も結構いたんじゃないかな?でも、軍事力と精霊たちの数は関係ないみたい。ってなると、もしかして量より質に特化したってことも考えられるかな?精霊や妖精の数が少なくなったとしても、その根源である女神に対する信仰心……と言うか生活の基準に女神があるって思想は、コックスもオーデンもそんなに変わらない気がするんだよね。あの三人を見る限り)
そもそも、物質の種類の潤沢さで言ってしまえば首都であるオーデンが遥かにコックスより秀でているし、魔法使いの数や質ともなると段違いだ。
エステルの母であるレティーシャも有数の魔法使いだが、出身は王都に近い南の街出身だったことからも、質の高さはオーデンに近い方がより洗練されていると言ってもいいのだろう。
(やっぱり、建国当初からある学院の存在が大きいのかも。確か、今は建国当時よりもかなり拡張されて世界でも名門学院かつマンモス校になってるって、マリーからは聞いたけど……)
こうして見てみる限り、殆ど神話に近いユートロピア王国創建の物語を信じるとするなら、女神の思想を体現する限り形は変われど繁栄の約束は果たされている、と考えられた。
そしてそうであるならば、女神が伝えたとされる聖なる者の存在も、居るとみなしていいのかもしれない。
……ゲームの中の記憶、或いはこの世界のある可能性の未来とも言える光景の中で、二つの存在が思い起こされる。
女神によって救世の主として選ばれた少年、『勇者』。
そして、その勇者の命を繋ぐ者、『聖女』である。
前者は言わずもがな『魔装石のアルカディア』の主人公だが、後者の聖女と言うのは物語には一切登場しない。
だが、確かに彼女は存在する。
勇者一行が全滅すると一度画面が真っ暗になるのだが、その際にこんな一言が表示されるのだ。
『勇者よ、どうか立ち上がって』
そんな言葉と共にコンティニューの選択肢が現れ、そのままコンティニューを選択すると『勇者は聖女の力により教会に転送された』との表示が現れ、命拾いしたと言う扱いになるのだ。
エステルの記憶主は裏ボスであるガラルド以外でも度々全滅していたので、よく目にしたことがある台詞だったのだが、逆に言うとそれ以外で聖女が出てくる場面はない。
彼女はゲームのフレーバー的な要素だった。
だがこの世界が『魔装石のアルカディア』の現実であるならば、恐らく聖女と言う存在は居ると見てもいいだろう。
そして聖女と言うのだから女性なのだろうが、姿形もわからない、なんならテロップのみでの登場なので声さえもわからない彼女だ。ゲームでも深堀らしい深堀もないので、現実に居るかもしれない、と思ってもどうにも興味が湧きにくい。
別に興味が湧いたからどうという話ではないが、ゲームでは大変よくお世話になったので記憶主の代理で感謝くらいは伝えたいな、とそんなくらいの感情だ。
思い入れは流石に勇者やその仲間たちの方がどうしても大きくなるので、それは仕方の無いことかもしれない。
話を戻そう。
つまり聖なる者が現れるのだとしたら、その逆、邪なる者も現れるのが、ゲームの鉄板な訳で。
その代表的な存在こそ、ネクロヌース。世界にとっての敵だ。
そしてそれはエステルたちにとって現実の、この世界に実際に存在する巨悪でもある。
勇者にとっての救済措置とも言える聖女と、世界そのものを救う勇者。
聖なる二人が生まれるとされる、このユートロピア王国。
ゲームの中で巨悪として描かれているネクロヌース。
そして、そんなネクロヌースが糸を引いている、今回の第一王女暗殺の予言……。
本を置いたエステルは、そのまま後ろに控えていたマリーにこう尋ねた。
「マリー、ネクロヌースに第一王女が狙われる理由って、なんだと思う?」
それが、誰にとってのどんな怒りを買うのかも、まだ知らぬまま。
エステルは口も悪く人のことを言えないくらいには無礼ですが、責任感と愛情はしっかりもっているタイプの子です。
そして案外、突然ボロっと声もなく泣き出します。それを恥ずかしいとも思わないので、隠しもしません。
周りはとても驚くような泣き方をする子、という印象を持っていただければいいかと。




