第三話
御者の居ない馬車が今日も領内を走る。
目的地さえ伝えれば自動で馬車を引いてくれる魔法のかかった鉄馬を使っているらしく、御者が居なくても目的地まで安全に送ってくれるという、これまた相当手の込んだ王家秘蔵の馬車だ。本当に最小人数で、この王族たちはやってきたらしい。
二日目に案内することになったのは、昨日の麦畑とは対岸にある南にあるミカン畑だ。
一日目と同様に端側にあるので、当然また道中の馬車で二時間のコースである。
「内通者の件だけど、その候補って分かってるの?」
つまり昨日と同じように長い自由時間でもあるという訳で、建設的な話をしようとエステルはそう尋ねることにした。
だが、巻き込んだ癖に意外そうに目を丸くしたガラルド。
自分から巻き込んでおいて、その反応は何なのだろう。
「割と協力に積極的ですね?もう少し反抗的な態度になるかと思ってましたが」
「無理やり巻き込まれたことは納得はしてないけど、実際に王族殺しが起きそうになってる訳でしょ?貴族として放っておけないよ」
「てっきり貴族の自覚のない能天気な田舎貴族かと思ってました」
「真っ当に失礼!うちは辺境を守る伯爵家!国防担ってるのに王家の危機に無関心とかないから!!」
辺境を守る伯爵家、というのは未開拓地や国境を守る貴族のことだが、コックス伯爵家は後者に当たる。
否、前者も含む後者かもしれない。
特殊な立地をしているコックスは、周囲をぐるりと森で囲まれている上に、森を抜けた先は谷や険しい山岳になり、かなり攻めづらいが流通もしづらい場所だ。
都心に向かう道も一本しかないことからも、未開拓地とまではいかないが中央と比べると片田舎もいいところ。
こうして馬車で移動するのもエステルたちだけで、行き交う人も疎らに現れるだけのコックス領と言うのは、かなり初期の方で開拓が止まってしまった土地なのだろう。
対して以前、成人する頃に一度だけ訪れた首都のオーデンでは、大通りの店舗の数々やそこを行き交う馬車の多さ、人口の密度も含めて圧巻の一言だった。
ここが未開の辺境と言われても、全肯定はしないが否定もできない。
そんな土地を治める領主の娘として生まれ育ったことに不満はないし、これと言って不便もしていないが、先程のように国防や国家の安寧に無頓着と思われることは不満である。
だがこちらの反論に対し、ガラルドは意味深な言葉を混じえつつ、肩をすくめるだけだ。
「……それが出来ない貴族もいるんですけどねぇ。まあ、今回は俺が悪かったです。そんな、忠義のあるエステルさんを見込んで内通者候補についてはお伝えしておきましょう」
「どうしてだろう。とても悪かったと思っているように聞こえない」
「気のせいです。では、こちらの写真をどうぞ」
そんな風にエステルの不満を颯爽と流したガラルドは、スカートのポケットから三枚の写真を取り出した。
この世界において、写真とは紙に高度な魔法で念写して初めて写すことの出来るかなり貴重な物だが、それを片手間に出せるのは彼が王族だからだろうか。それとも彼の自前の実力で作った物だからだろうか。
そんな見当違いな感想を抱くエステルの疑問は分からぬままに、ガラルドは右端から順に説明を始める。
「太り気味の丸眼鏡の人物が顔役として国外との外交を担当しているリュグルド・テラー公爵。貴族保守派のトップである痩身でキツネ顔のローマン・ニュクス侯爵。そして山猫の獣人のレオナルド・ハッター伯爵。ハッター伯はこの国の宰相でもあります」
リュグルド・テラー公爵はガラルドの言ったように肥えた体格に丸眼鏡、鼻下には短い髭を生やした如何にも裕福そうな男性だった。銀糸のあしらわれた上質なコートは彼の地位を伺わせる。
ローマン・ニュクス侯爵は、顎髭と厳つめにつり上がった目が特徴的な男性で、こう言ってはなんだが嫌味っぽい性格の人物に見える。白く大きなスカーフがやけに印象的だ。
最後にレオナルド・ハッター伯爵だが、リックスと同じ完全獣型の獣人のようで、暗灰色に斑模様の入った毛と、紳士服に片目にはモノクルと言う出で立ちが嫌に様になっている底の知れなさそうな男性だった。
「……内通者が大物ばかりなのはツッコんでもいいところ?こう言うのって普通はもっと端役と言うか、切り捨てられそうな立場の人間が使われる場面じゃないの?うちの国、大丈夫?」
「まあ、大丈夫ではないですけど。今回の事情は王家としてもかなり複雑で、色々あった結果第一王子推進派の重役が候補ってところまでしか調べられなかったんですよ」
「大丈夫じゃないんかーい。てか、第一王子推進派って……」
つまりガラルドの兄を王位に迎えたい派閥の重役が、暗殺計画の内通者ということになる。
ガラルドは辺境伯爵令嬢と婚約した訳だが、彼は第二王子。勿論、王位継承権はある。
当たり前のことだが、嫡子が増えれば派閥も増えるのだ。ガラルドを王位に据えようと考える派閥もいるはずだが。
「第二王子派は今回無関係ってこと?」
「そのようですね。俺としては、そっちの方に容疑者いた方が好都合だったんですが」
「どういうこと?」
「だってその方が王位継承に不利になるじゃないですか」
思わぬ返答にエステルは目をパチパチと瞬かせる。
「不利になりたいの?」
「ええ。
だって国王とか面倒くさいもんに俺はなりたくないんで!!!」
「この王子様大きな声でとんでもないこと仰ってるんだけどぉぉぉぉっ!!?」
が、思わぬ元気な発言に勢いの良いツッコミを入れざるを得なかった。
王位継承権第二位とは思えない嫌がりっぷりであるし、そもそも発言が王族としてアウトすぎる。
だが、そんな言い分は慣れっこと言わんばかりにリックスがへらりと笑いながら手をひらひらと振った。
「ああ、ラディは昔から国王陛下にも王様になる気は無いで一貫してるから平気平気」
「貴族のおっさん共が勝手に派閥組み立てて第二王子こそが……なんて担ぎ上げようとしてるだけなんで、こっちからすればいい迷惑ですよ」
「そこは普通にお兄さんの手伝いがしたいから国王になりたくないでいいんじゃねー…………ぐふっ!!!」
「おっと、手が勝手にー」
リックスの更なるフォローに、ガラルドの容赦ない肘鉄が入る。
家族想いのところを指摘されるのが気恥ずかしかったのだろうか。
それにしても照れ隠しが過激だとは思うが。
そもそも、こうしてラウレンティーナ暗殺阻止の為に時間がなかったとは言え、彼が女装に影武者と妹のためにかなりの労力や危険を背負っていることから、そういった一面は意外でもなんでもない。
寧ろ家族想いと言われた方がしっくりくるぐらいだ。
だが、それを指摘するとエステルにまで肘鉄が飛んできそうな気がしたので、黙って本題に戻ることにした。
「それで、第一王子派の三方が内通者だとして、暗殺なら実行犯がいる訳でしょ?そっちの方の情報とかはないの?」
「軍部所属の近接武器が獲物の兵士、暗殺技術の優れた者が該当しますね」
「その根拠は?」
「予言の暗殺方法は全て、刃渡り十五センチほどの短剣による刺殺だったからですよ。的確に心臓か首を一突き。訓練を積んだ手練でなければ不可能です」
ガラルドのその言葉を聞いて、先程まで寡黙なメイドとして馬車の座席に座っていたラウレンティーナの手が、僅かに握りしめられた。
まるで十歳かそれより少し下くらいのような見た目だが、齢十八歳の少女だ。自身の死因について怯え惑うわけでもなく、しかし無反応でもいられなかったのかもしれない。
彼女のいる場所で聞く話ではなかったかもしれないとは思ったが、護衛対象が彼女でありその事情を知るのが護衛を兼ねているガラルドたちしかいない。尋ねない訳にもいかなかった。
恐らくガラルドもそれを見越して早々に言ったのだろう。
或いは、ラウレンティーナにより警戒してもらう為に言ったのかもしれない。
その内情を悟ることは出来ないが、エステルはエステルの役割を果たして彼らから信頼をもぎ取る必要がある。
そうでなければ、これ以上の情報を開示してもらえず、領地にどのような損害が出るかもわからないのだから。
動機としては冷たいたようだが、これが王族貴族の普通の価値観でもあり信頼のやり取りでもある。平和ボケしている辺境領地の娘であるエステルだってそれは知っていた。
分を弁え、双方に利益が齎されるように動き時には制し、時には権力者に駒として動かされることも辞さない。
そうして初めて対等な関係がとれる。権力という名の下には、そう言った形が一番円満な平和を築ける関係と言うものが存在するのだ。
そして、それは王族側からの信頼、大義を任されることにも繋がる。
つまり、結局のところ本当の意味でラウレンティーナのためにガラルドたちと協力したければ、まずは辺境伯爵令嬢としての役割を先に果たさなければならないと、そういう事だ。
「それでその三方は、それぞれ自分で動かせる師団もしくは個人を雇ってるってことで合ってる?」
「ええ。元々顔役のテラー公爵は前々王の兄弟筋の家系で、外交の際の護衛も兼ねて一個師団を任されており、いずれも精鋭部隊。ニュクス侯爵は保守派のトップとして多くの人材を軍部に派遣しています。ハッター伯爵は、直接軍部の人間を雇ってはいないようですが、『影』の存在を持つことを許されています」
「影?」
「ええ。裏で諜報や護衛、あるいは襲撃なんかも担当する所謂仕事人です。表沙汰には雇えない腕の立つ人材を『影』として雇い入れ、宰相が国王の命を受けて使うんです」
「そういうのって、普通国王が直属で雇うものなんじゃないの?」
『影』という非公式の精鋭部隊を雇うのなら、普通は制御するために国王直属の部下にして秘密裏に仕事を任せ内々に処理を行い、場合によっては宰相など側近に状況を説明するのが通例では無いのだろうか。
エステルのそんな疑問に応えるように、ガラルドが説明する。
「一般的な国ならそうなんですが、うちはその中でも軍事国家かつ、この世界で一番の戦闘力を誇る大魔法国家。しかも、その指揮系統が国王にあるんで、暴政を防ぐために宰相が仲裁役として『影』の所有が義務付けられているんですよ」
そう。コックスのような田舎の辺境があると勘違いされそうだが、ユートロピアは軍事国家なのである。
それも二、三国が束になっても敵わないほどの戦闘力を持つ、強大国。
だからこそユートロピアの最西端にある国境沿いのコックスの戦力より、首都であるオーデンの方が周辺の磐石は固いし、圧倒的な精鋭揃いで安全なのだ。
ガラルドが言うように、その戦力の中核である司令塔さえも国王の手にあるのだから、確かに権力が国王に集中しすぎている。
そのための抑止力として宰相に『影』という一部の権力や武力が移っているのは、妥当な措置なのだろう。
この国の宰相は多少の地位が必要とは言え、必ずしも貴族だからなれる役職という訳でもない。国王の推薦でその候補が選ばれ、国民投票によって就任することができる、ある意味国民の代表とも言える立場の人間だ。
時に国王の脳となり、政治の進行も任せられる宰相ならば、他の貴族も反感はあれど文句は言えないだろう。
だが、それが内通者候補にいるとなると話はより面倒なことになる。
「仮に宰相が内通者候補だった場合、かなり大変じゃない?国家の頭脳に加えて一級の暗殺者を阻止するって、この五人で何とかなる気がしないんだけど」
「なんなら他の二人が内通者でも権力とか世間を牛耳るだけの方法をいくつも持っているので、基本的には無理ゲーですね!」
「おいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
エステルは思わずツッコんだ。
薄々そうではないかとは思ったが、持ち込んできた側の人間が言うものではない。
そんな事に申し訳なさそうにする所か、なんなら楽しげなガラルドである。
こちらの慌てふためく顔で満足しているようで、大変性格のよろしいドSであった。
恨めしげにガラルドを睨めつけるエステルを慰めるように、ラウレンティーナが言う。
「まあまあ。落ち着いてエステルさん。それほど脅威な相手だから、一旦相手の陣地から離れたんでしょ、お兄様?」
「まあ、そういうことですね。ここの領地は王都とは殆ど隔絶していて、どの勢力とも関係性は薄かった。なのでそういう意味ではコックスは避難地として最適だったんですよ。移動の不便さも含めてね」
「交通が不便な片田舎で悪かったな」
内通者と結託している容疑者ではないと判断されているのは有難い話なのだけれど、全くもって嬉しくない評価である。
「まあ、それはいいや。じゃあ、予言について話を戻すけど……そうだね。マリーは何か気づいたことはない?」
だからその当てつけに、という訳ではないがエステルは自分の従者の方に意見を求めることにした。
「私、でございますか」
「だって、マリーはよく物事の裏側とか事情とかに鋭いところあるでしょ?私以外の意見も聞いてみたくて」
そもそもエステルだけの疑問提議には限界がある。
大変残念なことに自分でも割と抜けている性質なことは、風邪っぴきで仔牛に吹っ飛ばされ川に落ちたことがある故に自覚しているので。
できるだけ情報があって損はないし、頭の切れるメイドが傍に居るのに聞かない手はない。
王族側もこちらに突っ込まれるのを承知で、今こうして無礼講を許しているのだろうから。
だがエステルの問いに答えるように口を開いたマリーは、特になんて事のない物を言う口振りでこう言った。
「そうでございますね。であれば、『予言』の精度に疑問がございます」
それはエステルにとって、否、王族側の三人にとっても驚きの着眼点だった。
「精度?何か不足な点があるってこと?」
「はい。本来『予言』とは『神託』と同義でございますが、その精度は国のお抱えの神官が授かり国王に提言が許されるほどのものがございます。ですが、今回の件の場合
あまりにも、情報が少なすぎるかと」
マリーの言い分に、心当たりがあるかのようにリックスの表情が僅かに固くなる。
その隙を見逃さず、追い詰めるかのようにマリーは更に捲し立てていく。
「ティナ様が殺されるという決定的な瞬間は見えているのに、何故殺害者の外見もその特徴の一つでさえ捉えることが出来ないのでしょう?二ヶ月と言う期間さえ曖昧すぎます。本来なら明確な日付、最低でも一週間以内にその事実が発覚する日時を定められるはずです。けれどそれも極端に長い時間に定められている。これではまるで……」
「何者かに妨害されているかのよう、だろ?」
だがその追撃を遮ったのは、リックスの主であるガラルドの声だった。
目を細めてマリーを見る視線はどこか冷ややかなものがある気がしたが、その真意までは測れない。
けれど、また一つの秘密を話す切っ掛けにはなったようだ。
「当たりだ。今回の暗殺計画、内通者の相手による妨害工作がなされている。しかも、かなり何重にもな。だから、『予言』にしてはこれまでにないほど先の未来に靄が掛かり、内通者への手掛かりさえも殆ど掴めないときた。お陰で、神威を借りれない俺たちは、地道に人を使いながら裏を探ってるって訳だ」
「王城に居られなかった本当の理由も、そちらで?」
「バカ王が実際にバカなことしようとしたのは事実だがな。それでも最初から避難するのは決まっていた。そう言えば満足か?」
嘲笑する言い方で、まるで煙に巻くかのようだが、恐らくそれが真実なのだろう。
つまり、選りすぐりの聖なる力を持つ神官の『予言』を掻き消すほどの存在が王城に近づいており、暗殺者や内通者以上にその存在によって王城そのものが現在は危険な状態なのだ。
どうしてその存在が脅威なのかと言えば、本来女神の『神託』を妨害するなどできはしないことが理由として上げられる。
女神はこの世界における秩序であり自然の理そのもの。一度、聖なる者との道が出来た場合、女神は人類の進退が低迷しないほどにその者を通じて助言を授けてくれる。
それはまるで河川のが水が上流から下流に流れるようにそれは自然と辿り着くものであって、水流自体を止めることなど出来ないように、何人たりとも『神託』を妨害することはできない。
それが、不変であり絶対なのだ。
だが、例外的な事例も存在する。
自然の理に干渉する力を、世界の秩序を否定する力を持つ者たちが現れた場合だ。
「もしかして……『ネクロヌース』?」
エステルのその言葉に、ガラルドが更に目を細めたような気がした。
ネクロヌースとは、『魔装石のアルカディア』に存在する敵の総称だ。
その存在は精霊や妖精に嫌われ、それらから加護や魔法を授けられない危険な存在。
何故なら、彼らは精霊や妖精を捕らえ、自らの動力源として使役するからだ。
彼らにとって魔法は契約ではない。呪文さえ必要としていない。一方的な略奪をもって行使する力であり、世界を呪う術なのだ。
そしてそれは現実のこの世界でも、世界の脅威として恐れられていた。
精霊とは女神がこの世界を生み出した時より存在する、世界の楔であり自然界そのもの。
それを一方的に支配すると言うことは、世界の理に干渉するということでもある。
故に、女神の神託でさえも、完全に根絶することは叶わずとも妨害くらいのことはやってのけるのだ。
それは女神を生活の中心として据えるこの世界の住民にとって、脅威以外の何者でもない。
ネクロヌースは強さやその干渉力が捕らえた精霊や妖精によって異なっていたり、大きすぎる魔法には相応の呪文が必要な場合があったりと、それなりに独自の制約こそあれ、どの時代であっても彼らは危険人物だ。
この世界にとっての常識を根本から否定し、秩序さえも破壊しようとするネクロヌース。
彼らが出てくる場所に、話し合いで和解という概念はない。
「恐らく……それが裏にいる可能性が、かなり高いかと」
ガラルドはエステルが零したその名前を否定せずに首肯した。
それは、つまりこの世界の敵が今回の黒幕ということ。
ゲームの主人公である勇者が相手取らなければならないほどの相手が、だ。
「……いや待って。もしかしなくても、とんでもなく厄介で面倒な事件にコックスを巻き込んだね?」
流石に、エステルは片手で顔を覆いながらもう片方の手を突き出して待ったを掛けた。
おかしい。ただでさえ国家レベルの厄災が世界レベルまで跳ね上がった気がする。
だがそんな抵抗も虚しいかな数秒ほどの間の後、先程と打って変わってガラルドはにっこりと笑いながら、カラッとした声でエステルに言う。
「……今更ですか!暗殺事件に巻き込まれるって言うのに呑気だなーって、俺はずっと思ってましたよ!」
「いや、内通者くらいなら防衛くらいは……って思ってたけどさ。ネクロヌースだよ?あっという間に激ヤバ案件に早変わりしたんだけど??ネクロヌース関わってるのと関わってないのとじゃ雲泥の差なの分かってて言ってる??」
「はい!!!!」
「いい返事!!でもそうじゃない!!」
そもそも本来ならネクロヌースが関わってくる、というだけで特別精鋭で構成された警備隊や軍隊が動く案件なのだ。
それを名ばかりの防衛軍こそあれど辺境には有るまじき平和ボケ気味の領地に、ラウレンティーナごと持ち込んできたというのは大変宜しくない。
だがしかし、持ち込んできたガラルドは先程の冷めた目はどこへやらと言うほど笑顔である。
「いやいやいや、何でことしてくれちゃってんの?うちの領地、教会こそあるけどネクロヌースに立ち向かえるような神官はいないんだよ?」
「大丈夫です。王家お抱えの神官が干渉される時点で、うちの国に太刀打ちできる神官は現時点で誰もいません」
「寧ろ悲報っ!!全っ然大丈夫じゃないんですけどぉっ!!何で最初に言ってくれなかったのっ?!!」
グッジョブが如く親指を突き立てられたが、誠に残念なお知らせ以外のなにものでもない。
喚くエステルに更に追い打ちをかけるかのようにガラルドに言われたのが、以下の言葉。
「怖気づかれようが拒否されようが最初からゴリ押すつもりだったので。
エステルさん見るからにお人好しで押しに弱そうですし、後でも問題ないかなって」
「酷い!!」
こちらの事情は理不尽によって潰された。
嗚呼、王族とは非情なり。
暫く項垂れていたエステルだが、そんな嘆きをしても現状は変わらないので、無理やり思考を切り替えることにした。
こうなれば、辺境伯爵令嬢としての意地で切り抜けるしかない。
「……とりあえず、これからどうするの?」
「おや、怒らないんですね?」
「怒らせる気だったの?!……じゃなくて、どうせ拒否権もないし、あったところで国家問題、世界問題含めてどうにかしなきゃ、うちの国にも領地にも未来はないでしょ。これで終わるとも思えないし」
結局のところ、逃げてもキレ散らかしてガラルドたちを追い払っても、結果に訪れるのは最悪たる未来だ。どの道、今この問題に対して向き合わなければ、エステルたちに明るい未来はない。
ネクロヌースとはそれだけ、それこそガラルド以上に理不尽極まりない存在なのだから。
ため息混じりにそう言えば、満足そうにガラルドは笑う。
「いいですね。賢い人は好きですよ」
「そもそもラディは頭が悪い奴は、大概物理で沈めるもんな」
「流石にお兄様でも権力を下手に持ってない人に限るけどね」
「後が面倒だからな」
などと、色々アウトな発言を添えて。
ガラルドの普段の素行をリックスやラウレンティーナが次々と語るが、とても褒められた行動ではないし、エステルが物理で沈められることを被っていたかもしれないと思うと、評価されたとしても何も嬉しくない。
そんな風に考えているエステルを、マリーが宥めるように肩を軽く叩いて言う。
「お嬢様、大丈夫です。とんでもなく箱入りの常識知らずではありますが、お嬢様は最低限度持っていなければならない貴族としての諸々は持っております。辛うじて」
「何のフォローだ!! 貶すところは具体的な癖に褒めるところはフワッフワだし!取ってつけたような辛うじてが逆に不安を煽るわ!!!」
否、マリーとはこういうメイドだ。
エステルは王族組どころか身内の使用人にすら微妙な評価を受けてツッコむという、変なルーティンを今日も今日とて履修することになった。
閑話休題。
話を戻すと、ネクロヌースと言う存在がいた上で内通者は国王陛下に仕える上層部ばかりということから、ガラルドたちは王城からラウレンティーナを連れ出して逃げたのだろう。
度重なる城内暗殺という予言も、明らかにラウレンティーナが王城に居てはいけないと示しているように、今の彼女の運命はネクロヌースによって脅かされているのだ。
「だからまずは、相手の手段を一つ潰す為に最西端で敵の一派と関係も無さそうなコックスを逃避先に選びました。遠距離であればあるほど、魔法は隠密向きではなくなりますからね」
ガラルドはコックスに来た理由をそんな風に纏めた。
彼が言ったように魔法とは対象が遠距離であるほど、隠密……つまり秘密裏に使うのが難しくなる。物理的な距離や効果の強力さに伴って準備に時間がかかるのだ。
その代表的なものが呪文だが、発動する魔法が強力であればあるほど長くなるのが特徴である。
また、魔法は光源としても機能する面があり、発動の際に術者の足元に展開される魔法陣や発動箇所から光が発生する。
なので、秘密裏に大きな魔法を展開するなら、窓の無い屋内にそれ相応に長い時間いなければならない。
しかし、そんな行動を取る兵士はまず人目に付く。窓の無い部屋など早々なく、そこに長時間留まるといることは、許可されてもいない大魔法を使おうとしていることに他ならない。
王族が予言の件で警戒する中、少なくとも王城でそんなことをする人物は即刻捕縛対象だ。
故に、死因は刃物による刺殺だとしても、その状況を安易に作り出しかねない魔法に枷をはめることは出来たということ。
また、ガラルドは続ける内容曰く、ツテというツテを使いまくったらしい。
「神官や王家には予言の内容は周知されています。予言に何かあれば王妃が魔法で連絡を取ってくれる手筈を整えました。また、テラー公爵の精鋭部隊も所属は軍部ですから、そちらの動向はどこの息もかかってない革新派側の兵士から動向を逐一報告するように手配済みです。幸い、俺には軍部のツテがあったので」
その手腕たるやまるで一介の軍師のようだった。
不利な状況でも諦めることなく、策という策を講じる。
しかもそれが機能すると人に話せるほどに、ガラルドは人望にも厚いようだった。
(ドSなのに……!!)
「何か失礼なこと考えてるようですけど、手刀と肘鉄どっちがお好みで?」
「それは物理でってことだよね?ごめんなさい、謝るから既に構えてるその手を下ろしてごめんなさい」
あまりにも意外すぎてよからぬ事を考えていることがバレた。
声に出していないのに何故。
既に手刀をねじ込もうとしているガラルドに謝りながら待ったをかけていると、ラウレンティーナが助け舟を出してくれた。
「凄いでしょ、エステルさん。城を出る前に必要な警備はお兄様がパパっと準備してくれたの」
「そ、そうだね。……そういえば兵士からの情報って通信機で?あれって専用の魔法がかかった道具が必要じゃなかったっけ?」
それも遠方までとなるとかなりの高性能な道具が必要になる。
そんなものが何台も用意できたのかとエステルが尋ねれば、ガラルドは手刀を収め、スカートから手のひらサイズほどの菱形の装置を取り出す。
「それは特殊任務ってことで、王家の名で複数用意させ貸し出しました。登録済みの相手ならば、これでいつでも連絡が可能です。今回は相手も事情も、かなりの事態なので」
流石に事態が事態なので王族側もしっかり動いたらしい。
これで一応、テラー公爵に関しては何か動きがあれば事前に動くことはできるだろう。
これほどまでに王城から離れた距離にいるラウレンティーナを暗殺しようとすれば、魔法以外の方法で短時間に移動できるものはない。厳戒態勢の王城で遠距離まで移動する魔法を使う兵士がいたら目立つし、そんな足の着く兵士を雇う公爵でもないだろう。
下手をすれば師団の面目は丸潰れだし、自身の名誉にも汚れがつく。
外交官にとっては致命傷のはずだ。
そうであれば、公爵側の牽制は済んでいるので、ネクロヌースが直接動くような例外を除き、公爵側に動きがなければテラー公爵はシロと見ていいだろう。
問題は、各所に勢力が散らばっているニュクス侯爵と、『影』を持つハッター伯爵の二名だ。
ニュクス侯爵により軍隊に就くことのできた兵士を洗い出すのは難しくないだろうが、相手は保守派のトップ。
場合によっては恩を売った相手ではなくとも、家ごと掌握して一兵士を牛耳るくらいのことはやってしまえるのだろう。そうなると、刺客の候補の選定が一気に難しくなる。
また、ハッター伯爵の『影』に至っては特定する以前の問題だ。『影』と言うと、表向きには処刑されていたり他国の刺客、あるいは逃亡者など訳ありの者揃いな上に、その素性は秘匿される。
姿形、能力でさえ、その全貌は宰相以外は知りようがないのだろう。
刺客の特定、牽制などの攻略は一番難易度が高く、不可能に近い。
「うーん、泥沼ってやつ?」
「呑気なこと言ってる場合か」
「リックスさん、もうちょっと真剣に考えてよね。ワタシの命が掛かってるんだよ」
思ったことを共有しあえば、そんな風に感想を言うリックスに、珍しくツッコむガラルド。自分のことを言っているとは思えないラウレンティーナと、揃いも揃ってどこか緩い。
少し前までもう少し緊張感があった気がするのだが。ちっとも空気感の読めない三人組である。
否、わざとそうしているのかもしれないけれど。
「まあ、少なくとも今の状態で何かしらの問題が起こった場合、少なくともテラー公爵は一先ずシロでいいでしょう。公爵家に地下室ぐらいはあるでしょうが、実行犯がその場に行かないことには何も出来ないでしょうから」
「大掛かりな転移魔法は例外を除いたら、その場にいる人にしか掛けられないからな」
「ああ。今の警戒網の中でテラー公爵が兵士を変装させていたとしても、自宅に招けばすぐに顔が割れる。その上大規模な魔法を公爵家で使ったとなれば、即捕縛だ」
ガラルドとリックスがそう纏め上げるのを、納得しつつも安心しきれないのは彼らの存在があるからだ。
ネクロヌースという存在がある以上、どの人物も完全にシロとは断定できない。
他の策を次から次に出しては、世の中を引っ掻き回すのが彼らなのだから。
だが、これ以上テラー公爵の話を引っ張っても無駄な時間になるだろう。
内通者候補は他にも二人居るのだから。
しかもテラー公爵に対して、こちらはもっと対応が難しいと言ってもいいだろう。
「ニュクス侯爵とハッター伯爵には、どんな対応を?」
手段も手数も、圧倒的に多かったり未知数であったりするこの二人こそ、寧ろより警戒しなくてはいけない相手だ。
エステルの質問に、苦い顔をしたガラルドは溜息混じりに言った。
「その二人ですか……。これは『影』といううちの国特有の存在もあって苦肉の策になってしまいましたが……ハッター伯爵に王が命を下して、ニュクス侯爵に『影』を使った見張りをさせています」
「……毒を以て毒を制す的な?」
「ええ。王族も色々面倒で、ユートロピアの王族は暗殺に特化した者を表向き雇えません。なので、そういう時は宰相直属の『影』に命じて調査させるので、今回もそのパターンですね」
「でも、今回は宰相も内通者候補だから殆ど捨て身だと」
それはガラルドも殆ど手を打つことができなかった苦渋の部分なのだろう。先程よりも露骨に苦い顔をして頷いていた。
ラウレンティーナ暗殺の予言が二週間ほど前からだったとのことだが、それまでに方々の連絡体制を整えて、遠方でも情報が入るようにした上でそこまで牽制や監視の目をつけてこられたというのは、エステルからすればかなり上策な方だとは思う。
だがそれでも足りない、といわれた場合、残念ながら同意できてしまうのも確かだ。
それほどまでに、相手が強敵すぎる。
「ニュクス侯爵側には監視の目を、ハッター伯爵には『影』の人材消費を、という正に苦肉の策ですよ。共謀の事実がないかの裏取りはこれまでの調査でギリギリ取れているので、表向きは宰相に対する信用を、実際には牽制させ合うために無駄な労力を、ですね」
「でもそれだと宰相側がサボって虚偽の報告をすれば、宰相が内通者だった場合、宰相側はフリーにならない?」
「そうはならないように、本人と『影』の居場所を常に表示する道具を、宰相側に貸し出しました。生体反応がなければ信号がロストするようになっているので、数人の手練はニュクス邸やニュクス侯爵が懇意にしている貴族に着いているのを確認済みです。宰相が足をつけずに他に人員を割けるとも思えないので、信号元はハッター伯爵と『影』で間違いないかと」
そういう事であるならば、一応牽制としての役割は機能はしているとみていいのだろう。だが、これ以上は何かしらの動きがなければ追加の捜索は難しいということでもある。
いずれも内通者としてボロを出す面々ではないだろうし、内通先であるネクロヌースは表舞台にごく稀に現れるが、その存在はまるで幻のように足取りを掴ませてくれない異端の存在だ。
事が起こって欲しくはないが、何かしらの動きがあるまではラウレンティーナが予言の現場である王城を離れ、監視の目を緩めない今が、現時点で王城側ができる最善の状態なのだろう。
つまり、これ以上は彼らだけで出来ることがない。
「はぁー、本っ当にうちの辺境領には荷が重い案件持ってきてくれたねぇぇぇぇ」
ため息とともに唸るように吐き出せば、何故か満足そうな顔で微笑むようにして笑うガラルドは言う。
「はい。なので、王都から兵や使用人がやってきたら俺の方に案内してくださいね。ラウレンティーナに用があっても、俺に用があっても、貴方や貴方のご両親に用でもです」
「そうなったら、取り敢えず俺とラディで叩いてふん縛って要件聞くから。エステルさんは気にしないで部屋で休んでて」
それに合わせるようにしてリックスもそういうが、後半は優しげなだけに前半の内容が好青年風な彼から発された言葉としては大分衝撃的だ。
「対応がバイオレンス!!腹の探り合いが先じゃないの!?」
「そんなまどろっこしいことする時間なんて生憎ないんで。沈静化させて脅した方が無駄がなくて良いんですよ。
あと、そっちの方が俺好みですし」
「知りたくなかったなぁっ!寧ろそっちの方を優先させただけじゃないの的な情報はぁっ!!!」
だが、主人のガラルドに付き従えるという時点で察して余りある話だったかもしれない。
残念なことに、目の前の第二王子は天性のドSであられるのだ。
その従者も好みは合致してしなくても乗るぐらいはするのだろう。否、深くは知らないけれども。
「っていうか、うちへの客も誘導するの?王都から来たお客様はまず私の方が接待するから応接室に一先ず通してもらえるように、お父様たちと掛け合ってはみるけどさ」
「念の為、ですよ。辺境伯爵ご夫妻については何も知らせずに巻き込んでいる訳ですからね。そもそも、こちらに王都から客なんて殆ど来ないんですから、このタイミングでくる客なんて殆どクロですよ」
「その為に、秘密の視察って名目で来たもんねー」
曰く、内密の視察の裏にはそんな思惑があったそうで、ラウレンティーナとガラルドの素性を隠すため以外に、もしこの時にコックスに王族が居ると知って訪れる者が釣れるかを図る目的でも、未公表ということだったらしい。
秘密の視察に裏があったのは事実だが、それがエステルが最初に疑っていたような友好(仮)目的ではなかったことに地味に安心したのは、蛇足だがここだけの話である。
「あとは、領地に侵入してくる手練の対応を考える必要があるよな」
「ああ。エステルさん、この土地の侵入しやすい場所は分かりますか?」
「うーん……余程の相手じゃない限り大体王都に繋がる東と、他国に唯一通じる南から刺客は侵入すると思うから、そこのあたりにコックスの領民には見当たらない特徴の人が通れば分かると思うよ」
「?他に侵入経路はないの?」
エステルの意見に目を瞬かせるのはラウレンティーナだ。
実際、コックスは険しい立地の中にある広々とした領土とは言え、森に囲われた土地などというのは侵入や隠遁にはもってこいの場所だから、そう思うのは当然だろう。
だがコックスにとってはその森こそ、平和ボケ気味の辺境領地を守ることの出来る最大の要塞である。
「コックスの森はね、地元の人には『悪戯の森』や『精霊の棲家』って呼ばれてるんだよ」
「……地図上では、カタロスの森だったと記憶していますが」
「オレたちも来る時通ったけど、特に変わったことのない普通の森だったぜ?」
「一本道を通ってきたら普通の森だよ。精霊との決まりで、そうなってるからね」
カタロスの森。領地の周囲を円状になるようにぐるりと囲み繋がった、コックスを他領から隔絶し、また守る神秘の森。
その実態は、この領土が始まって以来より続く、精霊たちとの掟によって守護された彼らの棲家だ。
「カタロスの森はね、殆ど精霊や妖精の棲家になってるんだよ。あそこでは生き物たちの生活が崩れない程度に狩りをすることも、木材や薬草なんかを取りに行くことも許されているけど、領民であろうとどんな手練であろうと、無遠慮に森を荒らす者や害意のある者には容赦がないの。精霊も妖精も悪戯程度にしか魔法は使えないけど、人をずっと同じ場所で迷わせたり食物が手に入らないように自然に動いてもらうくらいは普通にするんだよね」
それ故に、毎年どこかしらの悪戯な子供が森で泣きわめき、親や辺境伯爵に取りなしてもらいながら、やっとのことで精霊たちから許してもらい森から出る、なんてことがあったりもする。
一応領民が相手の場合には妖精を介して親や領主に知らせてはくれるので、容赦はないが無情ではない、というのが領民にとって幸いではある。
そんなことからもコックスでは精霊や妖精、自然や動物、人を大事になさいと言うのが親の教育としては定番になっていた。そうでなければ、精霊や妖精に惑わされて二度と家に帰れなくなるよと、半ば事実の脅し文句を付け足しながら、だが。
「でも、コックスの流通の為には害意があっても中に招かなきゃいけない人がいるでしょ?だから、一本道だけが例外的に精霊たちに干渉されずに渡れる通行路になってるの。昔の領主が精霊とそういう契約をしたんだって」
故に、コックスにとっての唯一の侵入経路は殆ど一本道に集約される、という訳だ。
ラウレンティーナを狙う存在ならば、当然悪意はなくとも害意はある。そんな人物が森に入れば抜け出せないだろうし、領主に仲裁して貰わなければ余程脱出は無理だろう。
「まあ、ネクロヌースが直接乗り込んできたら話は変わっちゃうんだけどさ」
だが、それを凌駕する……或いは超越するのがネクロヌースという存在である。
そもそも、彼らが現れるところには精霊や妖精は近づかない。よって、迷わせたりするような行動は一切行われないのだ。
「ネクロヌースに関しては、大丈夫でしょう。彼らは精霊や妖精に嫌われている……自然豊かな森に出てきたら場所がすぐ割れます」
だが、ガラルドの考えではその線はないらしい。
ネクロヌースは自然そのものである精霊たちに嫌われている。それはつまり、自然その物に嫌われていることと同じ。
つまり、ネクロヌース本体がカタロスの森に入れば自然そのものの活力が消える。葉は萎れ、果実は腐り落ち、動物たちは逃げ惑うとのこと。
確かに『魔装石のアルカディア』でもそんな登場シーンがあったことをエステルも思い出し、納得した。
彼らの出現場所は良くも悪くも分かりやすいのだ。
「ネクロヌースって基本的には隠密集団だしな。直接コックスに乗り込んで姿を晒すことはしないと思うぜ?」
続くリックスの言葉にも同意だ。
ゲームの中での彼らも、基本的には暗躍者として随所に現れていたが、本人が出てきて戦うのは本編の中盤から終盤にかけて。
現時点で直接乗り込んでくる可能性は、除外してもいいだろう。
「うーん……じゃあ、取り敢えず東と南の一本道に見知らぬ人たちが通った時にわかる人を探して雇う必要があるってこと?」
「そうなんだけど……問題は人手不足なんだよねぇ」
「お嬢様、見張りならお任せを。私にツテがあります」
少人数故の人手不足にエステルが頭を悩ませているとマリーが珍しく名乗り出る。
それを意外に思ったのは王城側の人間ではなく、エステルの方だった。
「えっ?マリーってそんな知り合いいたの?」
「……まあ、特殊なツテですので。お嬢様が知らないのも無理ないかと。言葉は話せませんが、情報伝達と機密保持については折り紙付きの実力をもっている者が二名ほど。それでもよければ、手配させていただきますが」
そう言ってマリーが目線を向けるのは、ガラルドの方だ。
これまでの流れや采配の器量からしても、決定権はガラルドにあるのは間違いないが……マリーとガラルド、この二人が向き合うとどこか寒々しいものが駆け抜けるような雰囲気になるのは気のせいか。
暫く目線を合わせていた二人だったが、一息つくとガラルドが頷いた。
「この場で言い出したことから、相当な実力者だろうし秘密を知る人数が少ないことに越したことはない。お前の方に一任する。頼んだ」
「はい。殿下の仰せのままに」
それで話は纏まったらしい。
取り敢えず、これで周辺の守りは一旦確保したということでいいだろう。もっと時間がかかるかと思ったが、想像よりスムーズに運んだというのが、正直な感想だ。
ほっと一息ついた辺りで、馬車が止まる。
どうやら、ミカン畑に着いたようだ。
折角休憩できると思ったのにと次なる仕事にげんなりしたのは、仕方のないことだと思いたい。
しかし、そうではなかったとエステルが気づいたのは、馬車の中に妖精が窓からすり抜けるようにして入ってきた時だ。
「わっ!な、何だ!?」
リックスが慌てたような声を出しているが、それもそうだろう。
入ってきた妖精たちは十人以上はおり、いくら手の平サイズとは言え馬車の中ではかなり多い。
妖精たちはわちゃわちゃと馬車の中に現れては、いつもとは違う珍しい馬車内の装飾や、そこに居る人々の様子をじっと見聞していく。
あまりに唐突な妖精による馬車見学に呆然とする一同だが、そこはコックスの辺境伯爵令嬢たるエステル。
慣れたもののように妖精の一人に軽く指先で肩を叩くと、早々に苦言を申した。
「ちょっと。今日はお祭りじゃないの。馬車が珍しいとは思うけど、これはうちのじゃなくてお客様の乗り物なの。取り囲んだらいけないんだよ」
すると、目を瞬かせた妖精が次の瞬間には声なき声を上げて、他の妖精にそのことを伝えたようだった。
因みに、妖精の言葉は契約を持ちかける時や本人が話したい時以外は、人間には聞こえない言語で喋っている。
なので、無音の声量が馬車に響きそれに気づいた他の妖精たちが、急に動きを止めるという状態になった。
そして何やら妖精たちがヒソヒソと聞こえない言語であるはずなのに内緒話を始めると、一斉に集まってガラルドたちに向かってお辞儀をして詫びる。
それに驚いたのは、王城の三人組……だけではなく、なんとエステルも同様だった。
なにせ、妖精が自主的に謝りお辞儀までしているのを初めて目撃したからだ。
それはマリーも同じだったようで、思わずマリーの方を見れば同じように驚いた顔でこちらを見る彼女の姿があった。
だが、衝撃はそれでは終わらないようで、一人の妖精がラウレンティーナに近づいたかと思えば、その頬に親愛の口付けを送り、ガラルドにはその頭を撫で、リックスにはこれまた何故か尻尾の毛を抜いていた。
「えっ?」
「は?」
「痛っ!!」
王族側の反応は見ての通りである。
非礼を詫びたかと思えば、次の瞬間には見たこともない祝福と盗みとは自由奔放な性の妖精とはいえ、流石に無法が過ぎる。
「いや、なにやってんのっ!!?
てか、いい加減に馬車を取り囲むのをやめなさい!!!」
見ていられなくなったエステルがそう叫べば、怒られたとはしゃぐようにして妖精たちが再び窓から出ていき、再びゆっくりと馬車が動き出した。
たった今起こったことに放心しているのは、当然ながらちょっかいにあった王族組の三人だ。
「今のは……?」
あまりに衝撃的だったのか、驚いた表情のまま固まりそう零すガラルド。
同じく固まったままのラウレンティーナとリックスは喋ることもなく驚いたままだ。
「えーと……こっちから謝っておくね。ごめん、多分一年に一回やるお祭りの馬車と勘違いされてたみたい」
「……お祭り?」
やっと、声を出せるまでになったのか、ラウレンティーナが不思議そうにそう声をかけてくるので、エステルも首肯する。
「うん。コックスでやる女神と王を讃美するお祭り。『讃礼回祭』って言うんだけどね。それで馬車を数日かけて領地全体に走らせるものだから、それと勘違いされたみたい」
「……女神を讃える馬車だと思ったから、妖精たちがこぞって集まってきた訳ですか」
「そういうこと。妖精たち、女神が好きな人も好きだから、お祭りの時もよく馬車を取り囲んで中にいる人たちを見にくるんだよ」
『讃礼回祭』以外でコックスと言うこの広大な土地を走る馬車など、滅多にあることではない。
その上ただでさえこの馬車は、昨日も北の小麦畑に行ったばかりで今日は南に向かっている。
祭りの時に開催される領地を巡る馬車だと勘違いされても、妖精たち目線では仕方の無いことなのだろう。
彼らは女神が好きで、同時に女神を讃える存在を大切にしている。馬車の中に人がいれば無邪気で気さくな彼らの性質もあり、それは見聞したくなるに決まっているのだ。
それをなにも王族の馬車でやらなくてもいいだろうと思うエステルの気持ちなど知らないままに、だが。
「じゃあ、オレの毛が毟られたのも何か理由があったりする?」
そう言いながら、毟られたであろう場所を摩るリックス。どうやら、抜け毛ですらない場所を引っこ抜かれたらしい。
哀れだと思う反面、エステルはその質問に寧ろこっちが聞きたいと思わざるを得なかった。
何故なら。
「生きた人の一部を持っていくのは、私も初めて見たのでわからない、んだけど……」
「えっ!?じゃあ何でオレは毟られたの!?」
「普通なら、要らなくなった物や壊れた物、収穫するには傷んだ果物くらいしか持っていかれませんので、我々にはなんとも」
「オレって腐った果物と同じ扱いなの?!」
エステルとマリーが揃えて困惑することで、リックスは余計に傷ついたようだった。
申し訳ないとは思うが、領地にいる他の獣人でもそのような話は聞いたことがなければ見たこともないため、フォローのしようがない。
なんなら、頬にキスされることも頭を撫でられることも他の領民や高位精霊と契約を結んでいるはずの母ですら、されている所を見たことがないのだ。
そう、王都からやってきた王族の二人にその護衛、この三人の妖精からの扱いがそもそも妙だった。
まるで慈愛のような親愛の寄せ方は、無垢な子供のようにはしゃぎ喜び怒り泣く普段の妖精の姿からは考えられないほど、驚きの所作だ。
なんなら、お辞儀をすることですら普段の彼らなら有り得ない。
それほどまでに、悪戯好きで怒られても先程のように悪びれもせずにはしゃいで逃げるような者たちなのだ。
それなのにお辞儀をしてからの……人によって変わるが……見たこともない愛情表現にも似た動きまで付け加えられれば、妖精を見慣れているはずのエステルですらお手上げという、まさかの状態に陥った。
故に、エステルは王都から来たこの三人がおかしいのではないか、と思った次第だが彼女もまた知らないでいる。
そもそも妖精とはこの世界の人々にとって、慣れ親しんだりするほど数も関係を結べる人もそう多く日常にはいないということを。
一般的な認識では馬車を取り囲むほどの妖精たちが一挙に現れることなど、天変地異が訪れたと同等なほどに有り得ない現象であるということを。
そして、この世界の何処をとっても、妖精たちが礼儀を弁える相手など、精霊や女神に等しい相手をもって他にいないということを。
ゲームの中の知識とは、神視点の勇者側を主とした情報を遊んで体験するものである。
それはつまり、特別な存在に簡単になれる体験ということだが……そんな世界に唯一しかいない存在の体験しかない、特殊な領地出身の彼女には分からなかったのだ。
気づけていたかもしれないとても大きな情報を、取り逃していたことに。
そしてそれに気づいた時には、事は大きく動き出していた……ーーー。
ゲーム内の勇者と一部の仲間たちは普通に妖精を呼び出せますし、勇者の周りを彼らが親しげに飛ぶのも普通です。
でも、それはゲームの世界の人々にとっては普通ではありませんでした。エステルはそれを知らないでいるのです。




