第十二話
激ヤバ回。
それからのガラルドは、ひたすら鍛錬と勉学に励むようになった。
ガラルドの周囲の多くは、それを兄に追いつこうと努力していると解釈したようだったが、ガラルドにとってはどうでも良かったし、あながち間違いとも言い切れないので否定はしなかった。
兄に追いつくどころかこの国で一番強い強者すらも追い越し、最強の魔法使いになるつもりだと言うのは、我ながら子供じみすぎていて、喋ろうとも思わなかったと言うのもある。
なのでこのことを知っているのは、異世界の記憶を共有したリックスだけ。
リックスはガラルドのこの目標に対し、一頻り笑い飛ばした後に、晴れやかに笑うとこう言った。
「最強の裏ボス?だっけか?いいじゃん!なろうぜ!!んで、皆でハッピーエンドだ!!」
勿論、笑い飛ばしたことには制裁と言う名の物理を食らわせておいた。
だがそんなこともあってか、リックスもガラルドの鍛錬や勉学に、度々付き合うようになっていた。
試したいことがあればない知恵を絞って協力したり、ガラルドが難しい魔物討伐に挑みに行くとしても一緒に着いてきたりと、ガラルドが目指す裏ボスのため、多くの手伝いをしていたのもリックスだ。
それがなければ、ガラルドの魔法や剣術の腕は今よりも余程稚拙だったことだろう。
そうして鍛錬を重ねたガラルドが、初めて妖精を呼び出しに教会へ行った日、十歳のガラルドは妖精ではなく精霊を呼び出した。
それは歴史上としても、とても稀な快挙だった。
しかしガラルドの目標はそこではなく、もっと先にある。
周りの貴族は思惑のありそうな顔で褒め称え、兄や母、リックスは本当に嬉しそうに喜んでいたが、後者だけはありがたく受け入れて後は無視することにした。
ガラルドは研鑽を繰り返す。
精霊を呼び出し、魔法が使えるようになってからは魔法にも打ち込んだ。
裏ボスとしてガラルドが使っていた技を編み出すには、どんな精霊たちに認められどんな試練を通過しなければならないかをリックスと相談し、無茶を承知で挑んだりもした。
魔力操作の鍛錬も欠かさず行い、自身の特異性が少しわかり始めてきた頃だっただろうか。
十二歳の時、ガラルドは史上最年少で軍への入隊と称号を授かった。
ガラルドが精霊を呼び出したこともあり特例で受けることのできた入隊試験。
その試験内容としてリックスやその他の新人と共に受けていた遠征にて、それは起こった。
想定より遥かに危険な巨大な魔物、ウッドゴーレムが現れたのだ。
それを他の参加者たちと共に誘導し、リックスが引き付け、最後にはガラルドが倒した。
その功績だった。
この頃になると、ガラルドは神童と呼ばれるようになっていた。
憧憬の眼差しを向けられることもあれば、嫉妬の対象になることもあり、どちらにしろ面倒な問題をガラルドを中心に軍部内で引き起こされるようになった。
軍人が何をやっているんだか。
なので上官にその全員を呼び出してもらい、模擬試合と称して全員平等にボコボコにした。
向けていた感情問わずに男女平等に積まれた軍人たちの山を、ドン引きして見ていたリックスを横目に、やっと静かになると無傷のままのガラルドは肩の荷を下すように溜息を吐いた。
そして後日、何故かリックスを含めた小隊の隊長を任されるようになっていた。
解せぬ。
だが、ガラルドのこうした躍進をよく思わなかったのは同僚だけではなく、第一王子派の貴族の連中も同様だった。
ガラルドの名声が上がれば上がるほど、第二王子派の声が大きくなるのだから動機が分からなくはない。
よって中々階級が上がらないように上層部が圧を掛けられていたり、わざと攻略が難しいそうな嫌らしい場所に部隊を配置されたりもしたのだ。
しかし元々王位には興味がないガラルド。別に階級など上がらずとも気にしなかったし、難しい攻略ならば尚のこと腕を試せるいい機会だと喜んで受け入れていた。
だが、そんなガラルドの心中を察しているのがリックスだけだったのが災いしたのか、ガラルドの部下や気にかけてくれていた上司たちが動き始めていたらしく。
ガラルドがリックスを連れて辺境のドラゴンを倒して軍部に帰ってきた直後、ガラルドは中佐の称号を与えられ大隊の隊長を任されることが決定していた。
一体どんな出世街道まっしぐらだ。
そうした躍進を残した頃、ガラルドは十四歳になっていた。
ラウレンティーナはまだ目覚めないが、父の容体は大分回復したと母から伝えられたこともあり、ガラルドは確実にあの未来に近づいていると安堵していた。
きっともうすぐ、もうすぐこの研鑽は実るのだと、そう信じていた。
そして、父が目覚める。
「父上!」
「貴方!」
「親父!」
それぞれが目覚めた父に声をかけた。
時折うっすら意識を取り戻していたらしいが、ここまではっきり覚醒したのはこの日が初めてだった。
ずっと寝たきりだったからだろう、動かしづらそうに体を揺らしながら母の手伝いもあって何とか起き上がる父。
その目は虚ろだが、確かに家族の方を見て、途切れながらではあるが、その口は言葉を発した。
「み、んな……心配を、かけたね……」
母も兄も、そしてガラルドも、その言葉だけでもう大丈夫なんだと安堵した。
弱々しくはあるが、確かに父の言葉だった。
父が、漸く帰ってきたのだ。
まだ完全回復とは言い難い父を時折休ませながらも、兄はこれまでの経緯を父に伝えた。
本来まだ安静にした方がいいのだが、国王とその国王代理として、双方はやらなければならないこの国の責務を、全うしなければならないからだ。
ラウレンティーナのこと、その後のことを聞いた際には眉間に皺を寄せていたが、それでも父は最後まで報告を聞き続けていた。
そして全てを聞き届けた後、父は再び口を開く。
「そう、か。ティナ、が。秘匿に、したのは……正しい、判断、だ。これから、も、彼女が、目覚める、まで……王妃、世話を、頼む」
「はい」
「僕は、まだ、表面舞台に、戻れる、ほど……回復して、ない。もう少し、後を、頼む」
「しかと、心得ました」
「ガラルド、お前は……」
「いいからはよ寝ろ、怪我人」
「冷たい……」
そうして母や兄に、そしてガラルドに続きそうな言葉を、ガラルドはバッサリ切った。
萎えたようにベッドに落ち込む父だが、そんな父に、ガラルドはただこう返す。
「分かってるから」
それだけ話すと、父は弱々しくはあるがガラルドを見て、満足そうに微笑んだ。
母を支えることも、兄を手伝うことも、妹を守ることも、ガラルドには分かっている。
全部自分の意思で、父に言われずともやり切ると決めているのだ。今更言葉に出す必要もない。
そうして微笑んでいた父を見届けた後、ガラルドは寝室を後にした。
まだまだやることは多くあるし、父の問題はもう少し安静にすれば片付くのだから、後はラウレンティーナが目覚めるまで、より研鑽を続け強くなっていなければと。
そんな風に、異常など何処にもないと、無根拠にも信じながら……。
ーーー
異変を感じるようになったのは、いつからだろうか。
意識を取り戻してから一年後、父は歩き回れるようになった。
その頃は、国王としての復帰よりもまず自分が急に消えたことで止まっている魔装機の開発について、整備を整えたいと言っていた。
意識を取り戻してから二年後、父は健康上の問題は最早ないところまで回復していた。
だが大きな開発が滞り、各所の詰まっている部分の調査を洗い直したいから、もう少し復帰は待ってほしいと言っていた。
意識を取り戻してから三年目、父は寧ろこのまま復帰するつもりがないのではと疑いを持たれるようになり始めた。
「親父!いい加減にしろ!!」
その時になってやっとガラルドは、父にそう怒鳴りつけた。
彼が十七歳になった頃だった。
「あのなぁ、お前の倒れた事情は公爵含めて上流貴族や側近たちには全員共有されてんだよ。去年には全快したこともな。それなのに、いつまで魔装開発部に引き篭もって兄さんに国王代理続けさせる気だ。貴族のお偉方から何て言われてるのか、知らない訳じゃねぇだろうが」
父が引き篭るようになった魔装開発部にて、圧をかけながら父に詰め寄るガラルド。
ラウレンティーナが聖女であるという事実は秘匿されたが、城内の人員全てを巻き込む大事件、その事実と顛末とは事情を知るべき側近たちや外交を担当する者、また一部の上流貴族には話を通されていた。
それは城内で起こった国家存亡の危機に加え、聖域にまで侵入され荒らされ、王までもが表舞台から一時的とは言え消えることになった今回の事件、全てとは言わないが貴族社会の一部を牛耳る上流貴族たちに説明しない訳にはいかなかったからだ。
勿論、国外秘としてこの事実は明るみに出さないように箝口令は敷かれていたのだが。
王不在の影響は恐ろしく、貴族社会のあらゆる疑念や思惑が、この時王の代理である兄に乗せられるようになっていた。
この不安を取り除くには王が復帰することが一番であると、誰よりもわかっているのは国王である父のはず。
それなのに、この三年間王座に帰るどころか研究員のように引き篭もる日々を続けている。
当然貴族間で王は第一王子にこのまま王位を譲るのではないか、と囃し立てられていたのだ。
こうなってしまえば、ガラルドとしても我慢の限界だった。
「ま、まぁまぁ。落ち着いて。本当に後ちょっとなんだよ。思ったより難航しててさ。現地の原材料なんかの独占が激しくて、それを開発費で何とか補おうとしてたから資金の流出まで酷くてさ。それを解決したらすぐ戻るから!」
「そんなのは側近にでもやらせろ、このバカ王」
しかしまだ引き伸ばそうとしてくる父に、とうとうガラルドはその胸ぐらを掴み上げて、半ば脅すようにその首を圧迫した。
「ギブギブギブ!!ホント後ちょっと!!半年後には戻るから!!締まっちゃいけない所締まってるって、ねぇ!!」
「……」
そして、その口がしっかり期限を吐き出したのを聞き届け、深く溜息を吐いたガラルドはそのまま父を落とすようにして解放した。
父が尻餅をついていたが、知ったことではない。
「いだっ!!」
「いいか、半年後だぞ。次はどんな言葉で濁そうとしても無理矢理にでも王座に引き摺っていくから覚悟しとけ」
「!ありがとう、ガラルド!」
仕事を抜け出して来たというのに、とんだ結末だったが言質は取れた。
半年後は絶対に玉座に縛り上げてやると有言実行を決めていたガラルドは、そうやって父の感謝の言葉を聞き流しながら開発部を後にしたのだ。
その結果の焦土に、呆然と目を見開くことになるなど、考えもせず。
「……は?」
それは、王都から離れた西にある街での出来事だった。
その街の更に西は高台から谷になっているが、北側には鉱山があり、珍しい鉱石や『魔装石』と呼ばれる特殊な石も豊富に取れる、貴重な採掘場でもあった、そんな街。
だが、その鉱山の利権が街の中で割れており、より大きく豊富な魔装石を取れる採掘場を巡って住民はよく争っていた。
しかし、利権を争い合う住民たちの力関係は拮抗しており、その後一歩をどちらもが取りきれない状態で街は二分化し、数年に渡って争い続けていていたのだと。
そんな時だったという。
『おたくの魔装石を安く売ってくれれば、アンタたちに最新の魔装機を融通してやるよ』
そんな風に、声をかけてきた商人が居た。
最初は街の住人も、最新の武器で相手に脅しをかけるつもりで使っていたのだという。
しかし誤って、一人の住民がその武器によって命を落とした。
そこから先は、最早言葉にするまでもない。
乱闘に次ぐ乱闘。いつしか脅されている側にも魔装機が渡り、利権を巡って争っていたはずのそれは命の奪い合いに取って代わり、紛争へとその様相を変えていった。
犠牲による復讐によって、再び犠牲が積まれ、報復と言う名の双方に渡る虐殺は続き、瞬く間に焦土を作り出す。
そうして民族紛争が完成したのだと、ガラルドは後付けで知った。
その時はただ、目の前の光景に、信じられないものを見るような目で眺めることしか、できなかった。
家は焼かれ、死体が地面に転がり、瓦礫の下で子供が泣いている。
だがその事実以上に、ガラルドの目に飛び込んできたのはとんでもないものだった。
ガラルドは、その住民たちの手に握られている新型の魔装機に、見覚えがある。
あれは数ヶ月前、魔装開発部の壁一面に立て掛けられていた…………父が愛用していた銃型の魔装機の新作。
父が三年間、引き篭もって開発に協力していたはずの、魔装機だった。
それはその日の昼過ぎ、たまたま酒場で遅い食事をしていた時に、聞いた噂だった。
『西の街で、銃型の魔装機を見た』
そんな会話をしている旅団が、たまたま同じ酒場に同席していたのだ。
西の街の小競り合いの事情は、よく耳にしていた。
ただそれだけのことだったが、ガラルドは食事もそっちのけで、傍に居たリックスさえも置いて、一人西の街を一望することのできる、街の西側にある崖まで転移魔法で飛んでいった。
嫌な予感がしたのだ。
いつまで経っても王座に戻らない父。
各所で詰まっているところを洗い直していると話していた父。
そして、独占された原材料の問題を、解決すると言っていた父。
果たして、それはそこにあった。
父が開発に協力していた魔装機は、数年にも渡って王座にも戻らずその手がかけていた結実は、こんな所でこんな形で、その材料と需要を回収していたのだ。
失望、絶望、失意、感嘆、そのどれとも言い難い感情がガラルドの胸中を通過しては、澱のように溜まっていく。
形容し難い吐き気が巡る頃、後ろから声がした。
「おや?ガラルド、お前も来てたのか」
「父、さん……」
それは今一番会いたくない顔だった。
一番会いたくて、会いたくない相手だった。
すぐにでも問い正したくて、でも問い正せば後には戻れないことを知って、口が思うように動かない。
最早戻ることなどできないと、知っている癖に。
幼子のように愚図る体が、ガラルドの言うことを聞いてくれないのだ。
だがその迷いさえも許さないと言うように、父が軽やかな口調で喋り始める。
「うん、やっぱり威力は問題なさそうだな。問題点としては、初動がどうしても遅いことか。遠距離戦なら兎も角、接近されたら殆ど対応できなそうだ。やっぱり、近距離でも使えるようにナイフでも仕込めるように……」
「やめろ」
その言葉を遮るように、ガラルドが重い口をやっと開いた。
言葉を発する気になったガラルドに満足したのか、父は……否、ジャスパードはにこりと優しげに微笑んだ。
まるで、目の前の紛争など、最初から見えていないかのように。
「お前のことだから、もっと問い詰めてくるかと思ったよ。昔から気に入らないことがあると、すぐに口が悪くなって怒鳴ってくるんだから、さ」
「……うるせぇ」
「でも、そうってだけでもないか。お前、意地は悪いくせに良い子だからな。ああやって人がどうしようもない苦しみにいるのとか、見てられないんだよな」
「うるせぇ」
「僕が仕掛けたって分かってても、皆のことを思うと『お前がやったのか?』って、言い出せないんだよな」
「うるせぇっ!!!!!」
それが、答えだった。
それが、残酷で認めざるを得ない、ジャスパードの真実だった。
いつから、いつからだ。
いつから父は、こんなにおかしくなってしまったのだろう。
怒りなのか悲しみなのか、震える手を握り込むガラルドに、ジャスパードは何がおかしいと言うのか歪なまでに優しい顔で笑ったまま、ガラルドに語りかける。
「ここの資源はとても上質なものだった。ここで採れる魔装石を使えば、今よりもっと高性能な魔装具を作り出すことも可能だろう。でも、原住民が鉱山を巡って利権争いをしている上に、魔装石を卸す商会までその数を渋っていた。それでも、彼らはその少量の魔装石といくつかの鉱石で生活が維持できるくらい、その魔装石の市場での値段は、釣り上がったものになっていたんだ。どれだけ交渉しても、彼らは値段の減額は受け付けなかった。
……だったら、利権争いを利用させてもらおうと思ったんだ」
そうしてジャスパードが語る間にも、街は燃える。
そうであるというのに……自国の民が苦しんでいるというのに、ジャスパードの顔つきは変わらぬのまま。
「ああ、一応言っておくけど、この件に僕は直接関与はしてないよ。利益を求めていそうな貴族に、人を使ってちょっとこの街の情報と魔装機の宣伝をしただけ。あとは彼らが勝手にやってくれる。利益の為なら、人を人とも思わない連中だからね」
それは、最早王と呼べた男など、何処にもいないと言うこと。
あの日、自身を楔にしても国を守ろうとした父の姿は、ガラルドの誇りだった父は、何処にもいない。
「でもこのままじゃなんだし、僕が王座に戻った後はこの街の粛清から始めようか。魔装機の性能は調べられたし、十分だろう。
ガラルド、手伝ってくれるね?」
異世界を通して、ガラルドがいつか来ると信じていた未来は、この世界の…………何処にもない。
「ああ、わかった」
だから、ガラルドはそう返した。
「でも、お前は死ね」
そう言って、父親だったその人を、谷の底へと切り落とした。
谷底に落ちていく、ジャスパードの顔が視界の端に見える。
彼は驚き、目を見開きながら、最後に笑っていた。
ガラルドのその行為さえも、楽しかったと言わんばかりに、歪んだ顔で笑いながら、彼は落ちていった。
それなのに最後にガラルドの視界に映る真紅に金色の瞳の目は、まるでお前も同じだ、と訴えかけているようだ。
それはガラルド自身が、そう思いたかっただけなのかもしれない。
それでも、それで構わなかった。
「ラディッ!!」
血のついた剣を片手に、父の返り血のついたその姿のまま、ガラルドは振り返る。
そこには自分とはまるで正反対に、綺麗な姿のまま、真っ白な毛を携えた白狼の幼馴染が居る。
「……リックス」
名前を呼んだ声は、思いの外低かった。
だがそんなことも、最早どうでもよかった。
「見てたのか?」
「……うん。……ごめん」
「いや、説明が省けた」
リックスに見られていたことに、驚きはなかった。
そもそも、リックスならば追いかけてくると知って、ガラルドは彼を置いていったのだから。
全てが億劫になった今、説明が不要になったのは寧ろ気が楽だった。
この手で、望む未来を終わらせたのだ。
あるかもしれないと、ただそれだけを縁にして駆けてきた自身の過去も、今も、未来も、希望も、全て……この手で。
リックスがガラルドに尋ねる。
「……これからどうするんだ?」
「第三魔法軍の奴らに連絡を取れ。今からこの街の紛争に介入し、武力をもって全ての魔装機を破壊、鎮圧させる。これは最後の王命だと思え」
「……わかった」
リックスが伝令に向かうのを見届け、ガラルドは父を切り落とした谷底に、再び目を向ける。
王は死んだ。
でも、ただでは死なせない。
魔装機の横流しを知った王が第三魔法軍と紛争の鎮圧に向かい、指揮権を取るも紛争鎮圧の際に不慮の事故に遭い、亡くなる。
そう言う筋書きだ。
そう言う筋書きの、歴史にする。
これから先、王を無為に死なせたと、ガラルドを責める声が大きくなるだろう。
きっとガラルドがわざと国王を死なせたのだ、と言う嫌疑でさえ出てくる。
そうなれば降格も有り得るだろうし、母や兄でさえ庇いきれない時がくるかもしれない。
実際に手を下しているのだから、それは覚悟の上だった。
それでも。
絶対に、ジャスパードを……『紛争を主導した王』のままでは終わらせない。
ユートロピア王国の威信を汚した王として、彼が死ぬことは許さない。
愚王のまま歴史にその名を刻むことは、断じてさせない。
例えその命が尽きたとしても、最後の瞬間は『国の為に貢献した王』として、その名を刻んでもらう。
そして、ガラルドが誇りに思ったあの日の父まま、人々の記憶には語り継がれてくれ。
それがガラルドの、最後に父だった人に望んだ、我儘だった……。
【王家直属魔法師団第三魔法軍は、ジャスパード王の命により西の紛争に介入。反抗に使用される全ての武器を破壊し、鎮圧を完遂させる。しかしその凱旋の最中、ジャスパード王が西の谷底へと転落。直ちに谷の全範囲に捜索を行うも、発見には至らず。今も行方を捜索中とのこと。】
数日後、新聞にはそのような記事が載っていた。
この内容はあっと言う間に各所に広まり、紛争の終結と共にジャスパードは生存が絶望的な消息不明の賢王として、王国中に知れ渡ることになる。
こうして、ガラルドはこの一連の事件に一切の終止符を打ったのだ。
ーーー
「取り敢えず、紛争の真実はこんなところです」
現在に戻って、ガラルドはそれまでの話をこう纏めた。
「いやいやいや、逆に謎が増したんですけど??陛下谷底だしティナまだ目覚めてないし、まだまだ現代とピクリとも掠ってないんですけど??」
そして、エステルの返答が上記の通りである。
十分衝撃的な事実だったが、まるで次回に続くと言わんばかりにそこで仕切られても、気になりすぎて夜も眠れない。
だが、ガラルドはそんなエステルを見て、寧ろ意外そうな顔をして言う。
「アンタ意外と平然としてますね?もっと驚くかと思ってたんですけど」
「いや普っ通に、驚いてるよ。でもティナは此処に居るし、陛下もこの後、身も心も無事?に帰ってくるのは分かってるから。お祭り騒ぎで王城に人呼び込もうとしてたって前に聞いてるし」
驚いていないと思われるのは心外なのでそう言い返せば、今度は何とも言えない表情をガラルドにされた。
何故。
「エステルさんはお兄様が嘘ついてるとか思わなかったの?」
「え?だってこいつ、そんな悪趣味な嘘つかないでしょ」
ラウレンティーナが首を傾げて尋ねてきたので、すかさずそう返せば、尚更ガラルドの何とも言えない表情が深くなった。
だから、何故。
「諦めなよ、ラディ。お前が家族のことで出まかせ言うような奴じゃないって、もう皆にバレてるから」
「うるせぇ」
「ぐふっ!!」
そんな微妙な顔をしたガラルドに、ニヤけ顔のリックスが茶化すようにしてそう言うと、照れ隠しと思わしき肘鉄が数話ぶりにリックスに飛んだ。
鳩尾を的確に抉るようにしてガラルドによって突き出されたそれに、腹を押さえるようにしてリックスが膝から崩れ落ちる。
それは宛らコントのようであった。
思わず拍手を送りたくなったが、そうすると次のガラルドの標的になるのはエステルだ、とその気持ちを抑える。
誤魔化すように、エステルは取り敢えずこれまでの話と自分の感じていた違和感を纏めることにした。
「つまり今までの情報だけで少し整理すると、ティナの見た目が実年齢よりずっと幼いのは、時が止まったまま眠ってたからなんだね?」
「ええ。実際に目覚めたのは、視察に来る半年ほど前になります」
「えっ!?じゃあ、ティナって今まだ八歳ってこと!?」
「そうだよー」
「軽いっ!!」
衝撃的事実である。
つまり、ラウレンティーナは十年丸々眠っていたことになる訳だ。
『目覚めたら十年後』。記憶主が転生物を読み漁っていた時期に、似たようなジャンルの小説や漫画を読んだような記憶があるが、実際に現実でそんな話を聞くとなると、とんでもないことだなと思ってしまった。
ややこしいので、念の為に復習しよう。
本来ラウレンティーナはエステルより年上の十八歳だった。だが、実際は八歳から十年間程、時が止まっていたので現在の実年齢はエステルより年下の八歳で間違いない、と……。
(年下のようにしか感じたことないから、今更違和感とかないな)
何ならここ最近はラウレンティーナが十八歳であるという事実すら忘れていた。
しかし言動も行動も十歳未満にしか見えないラウレンティーナだ、仕方の無いことだと思いたい。
これで実は、彼女の中身は十八歳だった、とか言われた方が驚いただろうが、そんなことがなくてエステルが安心したのはここだけの話である。
何せ最近はずっと、孤児院の幼い子供たちと同じような扱いしかしてこなかったので、自分より年上相手にそれは流石に失礼過ぎたかもとは思ってはいたのだ。
そんな風に普通なら有り得ない超常現象を前にしても、変な焦りを抱くだけのエステルは、やはり何処か感性がズレていた。
「教育係の人たち酷いんだよー。『こんなことも分からないなんて有り得ない!』って詰め込み教育しようとするんだから」
「教育係にはお前が聖女であることは伏せられてて、お前は今まで病気で寝込んでて見た目が幼いのも病気の後遺症ってことになってるからな」
「もー!!子供なんだから手加減してー!!」
「昔は子供扱いされたら怒ってた癖に」
やっと自分の不満を言えるようになったからだろう。ラウレンティーナがそうやってぷりぷりと両手を振りながら怒っている傍ら、ガラルドが詳細を補足してくれた。
それは詰まる所、教育係からしてみれば病気を理由に八歳までの勉強しかしていなかった、王族の自覚が甘い十八歳の王女が相手だと思っていたと言う話で。
あらゆる心配や葛藤の末の教育係による結果の詰め込み教育と、当然難しすぎるそれから逃げ出すようになるラウレンティーナ。そしてそんなラウレンティーナの行動を受けて、更なる認識違いの悪循環が教育係の起こり、更に厳しくなった勉強、と言うことなのかもしれない。
通りでラウレンティーナが勉強嫌いになる訳だと、エステルの顔に苦笑いが浮かんだ。
「まぁまぁ。一旦それは置いといてさ。それで、どうやって陛下は戻ってきたのか、続きを教えて貰ってもいい?」
だがまだ憶測の段階を過ぎない考え。
特に口には出さず、エステルが兄妹の間を取り持つように宥めて、話の続きを強請った。
しかし、その瞬間。
「ええ。
……っ!?マリー!!魔法を解く!!眷属を使え!!」
続きを話そうとしたガラルドが、何かを察知したように外を凝視し、そう叫んだ。
パチンと鳴る音と共に閉ざされていた空間に、豪雨の音が窓の外から聞こえ始めた。
ガラルドが、結界を解いたのだ。
それを受けて、マリーの柘榴色の目が鈍い光を発する。
既に彼女は眷属のフルールを飛ばし、その視界を共有し始めていた。
何かを探るように、マリーの目が左右に動く。遠くに眷属が飛ばせると言っても、この大雨の中だ。視界はかなり悪いだろう。
だが、それでも探り当てるのがマリーだ。
「!あれは……旦那様?お嬢様!旦那様がたった今、カタロスの森へ入っていかれました!」
「お父様が!?」
マリーの報告に、エステルは驚愕する。
こんな土砂降りの中で、何故ミクリオがカタロスの森へと向かっているのか。
理由は分からないが、深い森でもあるカタロスの森に、こんな視界の悪い中入っていくのは普通ならば有り得ない。
父の場合その普通が通じないからあれだが、少なくともミクリオの今日の予定は執務室で嘆願書や計画案の見直しだったはずだ。
外に出るのも大変な大雨に「これは良い機会ね」と朝食後に母に執務室まで引き摺られて行ったのを、確かに覚えている。
それなのに何故、今外に……それもカタロスの森の中に入っていったのだろうか。
だが、それに心当たりがあったのだろう。
ガラルドはマリーに自分の考えが当たっているのかを確認するように、言った。
「マリー、伯爵が入っていった森は
……東の森だったか?」
「……、はい」
マリーの返事を聞いたガラルドは、その眉間に皺を寄せ大きく舌打ちした。
「チッ!!!抜かった!あいつ、森が見張られてること知ってて伯爵を呼び出しやがったな!!」
「え?な、なに?どういうこと?」
ガラルドの言っている意味がわからない。ガラルドは一体誰のことを言って、こんなにも怒っているのか。
エステルが困惑したように尋ねると、途端にガラルドは悔しげな顔でエステルに向かって答える。
「すみません、エステルさん。内通者候補の一人が、伯爵を森に呼び出しました。恐らく、足のつかない、何らかの方法を使って」
だがそれは、とんでもない情報だった。
「はぁっ!?え、内通者候補がコックスに来てるの!?しかも、お父様を呼び出してって……何で!?」
「分かりません。ですが、接触して何をするか分からない以上、至急向かう必要があります。マリー、伯爵の後はつけてるな?」
「はい。座標はお任せ下さい」
僅かに焦りを見せながらも、指示を飛ばすガラルド。
そしていつの間にかエステルの部屋を出て、客間に一度戻っていたリックスが、ガラルドに向かって剣を投げてよこしていた。
「ラディ!」
「サンキュ。ティナ、お前には悪いが俺たちと一緒に来てもらう。その方が安全だ」
「知ってるよ。大丈夫、お兄様とリックスさんが居てくれるなら、どんな人だって敵う訳ないんだから」
剣を受け取ると、ガラルドはラウレンティーナに目線を合わせて、言い聞かせるように指示を出す。
だがラウレンティーナもまたそれに異論はないようで、兄の手をしっかり握りしめていた。
リックスも自分の剣を片手に、ガラルドの傍まで近づき、マリーは先程のガラルドからの指示に従うように、ミクリオの座標の説明をしている。
着々と各々がそれぞれの役割を受け持ちながらも準備をする中、エステルだけが取り残されそうな雰囲気で話が進んでいく。
残されるかもしれない不安で、おっかなびっくりしながらも、エステルは小さく手を上げてガラルドに尋ねた。
「えっと、一応聞くけど私も一緒に行っていい感じ?」
「え?何で連れて行かれないと思ったんですか?アンタに安全圏で粛々と待ってる権利なんてないですよ」
「あれっ!?こう言うのって普通同行拒否されるものだと思ってたけど、違う感じっ!?」
だが、まさかのエステルも強制連行の予定だったようだ。
意外な展開に思わずツッコミを入れれば、ガラルドが呆れたような顔をして当然のように言い放つ。
「アンタのとこのメイドだけ借りるのも変じゃないですか。それにお父様のこと、心配でしょ?心配ですよね?なら俺たちとさっさと現地に行きますよ!!」
「いや圧!!!圧が強いっ!!んでもって、やっぱり心の準備は待ってくれない感じかぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
なんという強引な展開なんだろう。
エステルの部屋の中で、ガラルドの詠唱が始まり、ラウレンティーナがガラルドとリックスの、リックスがマリーの、そしてマリーがエステルの手を握り、魔法陣が全員の足元を覆うようにして展開される。
徐々に光が強くなる室内に、思わず目を瞑るエステルだが、ふと森に父を呼び出した内通者候補の名前を聞き忘れていたことに気がついた。
三人いる内通者候補の中で、誰がこんな遠方までやってきたと言うのだろうか。
しかし、エステルがそれを聞こうと思った瞬間に、彼らの姿はエステルの自室から消えた。
そして、次に目を開いた瞬間には、その答えは目の前に広がることになる。
ーーー
雨がしとしとと葉を濡らし、葉に溜まった水滴が地面を叩くようにしてまたその地に還っていった。
雨に濡れた土の匂いが広がる深い森の中、伽羅色の髪と灰色に水晶のような空色が乱反射した目の男が、木々を掻き分けるようにして歩いている。
その男の前に先導するように飛んでいるのは妖精。
目の前の妖精に案内されるまま、ミクリオと言う男は東の森の一本道をやや外れた場所の奥まで、革靴や綺麗に仕立てあげられた服が汚れるのも気にしないで歩いていた。
深く深く森を進んでいくと、この地の領主を継いでからは慣れ親しんだ、薄い膜のような不思議な何かを通り抜けたような感覚がする。
これを感じれば目標まではあと少しだ。
そうして進んでいくと、少し開けた森の中、座るに丁度良さそうな岩の上で傘を差すでもなく、雨を一身に浴びて座り込んでいる男性の姿が目に入ってきた。
その男は上質な服を着込んでいるようで、上から下まで漆黒のシルエットが浮き立つコートとズボンを身に纏い、その中で白いシャツとスカーフ、そしてその胸元に光り輝く黒真珠のブローチが、唯一際立つようにして配色されている、そんな紳士風の男だった。
だが、今やその服は雨を大量に含み、小洒落たような片目だけのモノクルにも雫が波のように伝い、その立派な髭も雨露の重みで下に垂れ下がっている。
相当な時間、ここで待っていたのは想像に難くなかった。
「いやぁ、遅くなってすまない。待ちくたびれたんじゃないか?」
そんな紳士に、ミクリオは気さくな喋り方で声をかけた。
それは少しでも安心できたらという彼なりの心遣いだった訳だが、人によってはその神経を逆撫でする言い方になっていることもしばしばだ。
だが、今回の御仁はそんな雰囲気を微塵も感じさせないどころか、岩の上から立ち上がるとミクリオに余裕の礼をもって応えた。
その口がゆっくりと開く。
「いえ、あの男が訪れた森をこうして眺めることが出来て、大変充実した時間でございました。この度は森の禁を犯した私の為に、領主様自ら御足労いただき誠に感謝申し上げます」
「いや、いいんだ。それで、君は何の禁を破ってしまったのかな?」
「うっかり、祭事用の道具が納められている蔵に入ってしまったようで……」
「あー、あれ『讃礼回祭』の時以外はメンテナンスする職人以外入っちゃいけないんだよ。突然森に閉じ込められて、びっくりしたでしょ?」
ミクリオの傍で案内してきた妖精が、我々は怒っているぞとポーズをとっているのを、ミクリオが宥めるようにその頭を撫でている。
その様子を目を眇めるようにして眺めながらも、頭から全身ずぶ濡れのその男は、暗灰色の毛並みの尻尾をゆらりと揺らめかす。
「いいえ、聞き及んではいましたので」
「……森の禁のこともだけど、此処のことをよく知ってるんだね?君、名前は?」
男の回答を珍しく思ったミクリオが、暗灰色に斑らな模様の入った山猫の獣人、その人の名前を尋ねた。
そして、その人はこう答えた。
「私、レオナルド・ハッターと申し上げます」
こうして、内通者候補の一人、ハッター伯爵ことこの国の宰相は、コックスと言うこの地に足を踏み入れていた。
あっさり纏められましたが、余程なろう主人公してそうなガラルドの出世街道まっしぐらでした。
そして驚きの真実からの、ハッター伯爵襲来。
次回は序盤以降活躍のなかったミクリオについても、触れていきます。




