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第十一話

ガラルドのターン。




 ラウレンティーナがガクリと倒れ込む。それをガラルドが短剣を放り出して慌てて受け止めた。

 すやすやと眠る妹は、いつものように抜けた顔をしていて、とても先程までの伝承の精霊のような言葉を話していた人物と同じには見えなかった。

 それでもその時はただ眠っていることに安心してホッと息をつくと、母や兄にそのことを伝える。



「大丈夫、眠ってるだけだ」



 すると母も兄もまた安心したように顔を僅かに緩ませる。

 そのまま魔力も殆ど使い切り吹き飛ばされた重たい体を、それぞれが引き起こすように立ち上がると、二人は父の方へと向かっていく。

 血溜まりは既に黒い魔力によって散らされ、父を中心に巨大な血痕のように広がっている。その中で横たわる父は、とても大丈夫そうには見えなかった。


 だが、皆何処かで確信していた。


 そしてその確信を肯定するように、母が父の口元に手の平を当て、その息があるのを確認するとこう言った。




「お父様も大丈夫。皆、よく頑張ったわ」




 力が抜ける、と言うのはこんな感覚だったか。


 受け止めていたラウレンティーナごと、床に膝を着くガラルド。

 兄も噛み締めるような笑みを浮かべて、両親の方を見ていた。

 月明かりがいつの間にか朝日に代わり、荒れ果てた広間を照らしている。




 こうして、悪夢のような一夜は終わりを迎えたのだった……。




ーーー




 一夜にして色々なことが起こった、あの日。

 無傷とはとても言えない状態ながらも、何とか国も城も守ることが出来た王家。

 ガラルドはこれで全てが解決に向かっていくだろうと、そう思っていた。

 城の中は改められ、妹も目を覚まし、父が癒えるその時まで兄と母と共にこの国を守ってさえいれば、また家族皆で暮らせるのだと。



 だが、それもまた淡い幻想に過ぎなかったのだと思い知らされたのは、それから僅か数日後のことだった。




 ラウレンティーナが、目を覚まさないのだ。




 重症の父は兎も角、怪我もしていないラウレンティーナが目覚めないのはおかしい。

 有り得る可能性は、呪刻を打ち破った時に見せたあの時の異常なラウレンティーナの姿だろう。

 だが、あの時のラウレンティーナは魔法のようなものは使っていなかった。変な喋り方ではあったが、あれは呪文ではないし十歳にもなっていないラウレンティーナは妖精を呼び出したことすらないのだから、魔法を使えるはずもない。

 仮にあれが魔法であったとしても、こんな長期的に眠るはずのものでもなかったはずなのだ。魔力を使っている欠片さえ、ラウレンティーナからは感じられなかったのだから。



 それなのに、何故か目を覚まさない。


 ガラルドたちには分からない、特殊な力でも働いていたと言うのか。



 母はすぐに医者を呼んだが、健康上問題はないのに眠り続けているようで打つ手はないと言われた。

 医者でそうであるならば、他の人が手を尽くしても解決は難しい。

 こう言った時、頼る先は一つしかなかった。



 清掃だけ済まされた女神謁見の間。

 そこから半日の時間をかけて出てきた大神官は、こう言った。



「ラウレンティーナ様は、目覚められません。彼女は……いえ、『かの御方』は、時を早めて女神より賜りし御力を、この国のためにお使いになられました。




故に、時(・)を(・)早(・)め(・)た(・)時(・)間(・)の(・)分(・)だ(・)け(・)、(・)彼(・)女(・)の(・)時(・)は(・)止(・)ま(・)り(・)、(・)来(・)る(・)時(・)代(・)ま(・)で(・)眠(・)り(・)続(・)け(・)る(・)でしょう。




それが、女神より仰せつかった、神託にございます」



 神官は神託の内容に対して嘘をつくことは許されない。

 この国では神託を偽ることは重罪とされ、その親族諸共極刑に処されるほど重いものだからだ。

 そして彼らは、神官と名のつく称号を受け入れると同時に、それを受け入れることを誓っている。

 そこまでしてやっと、神官たちは国の行く末についての進言を許され、女神とユートロピアの架け橋たり得るのだ。


 そしてそんな神官たちの中でも、最も聖なる力を女神より賜っている大神官が、ラウレンティーナを『かの御方』と呼んだ。


 その言葉を引き金に、あの日、ラウレンティーナが言っていた言葉の一つが、脳裏に思い起こされる。




『お前が踏み入れるは女神によって与えられし



聖(・)女(・)の庭』




「ラウレンティーナ様は、『聖女』にございます」




 大神官の言葉が、王族以外は他に誰も居ないラウレンティーナの眠る部屋に、重々しく響いた。


 ……それは、本来ならば喜ばしい知らせであったはずだ。


 聖女とは、王家に伝わる女神最愛の乙女。


 その声には魔力を従える力があり、この世界で唯一、魔法を使えない代わりに全ての魔法を支配下に置くことが出来る、天性の申し子。




 精霊や妖精に愛された、女神唯一の寵児だ。




 しかし、そんな知らせを受けて、寧ろ悲壮感にその碧瑠璃色に金色の瞳の目を滲ませる兄は、それを隠すように瞼を閉じると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「そうですか。……この事は箝口令を敷きます。今見聞きしたものは、この場をもって部外者は勿論、他の神官たちにも決して漏らさぬように。貴(・)方(・)は(・)今(・)日(・)、(・)私(・)と(・)打(・)ち(・)合(・)わ(・)せ(・)を(・)し(・)に(・)来(・)た(・)だ(・)け(・)で(・)、(・)神(・)託(・)を(・)行(・)わ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。いいですね」


「御意に」



 兄はそうやって、この事を直ちに秘匿した。

 神託の内容を騙ることは重罪だが、神託の公開そのものの権利は王族にあるからだ。

 神託そのものを秘匿することは、罪ではない。

 情勢や内容によっては、そうしなければならない神託も少なからず存在すると、そういった理屈だった。


 大神官が去った後、兄は疲れたように溜息を吐いてラウレンティーナの部屋に加えられた見舞いの椅子に、その腰を下ろす。

 母が宥めるように兄の肩に手を当てて、ラウレンティーナの様子を心配そうに伺っていた。


 そんな二人の様子を見ながら、ガラルドはかつて習った歴史を思い出す。


 上流階級の中でも、王族とその傍系である公爵家ぐらいにしか伝わっていない、古い歴史。


 ユートロピア建国以降、聖女と言う存在が現れたのは二回。たったの二回だ。

 だがどの時をもっても、聖女という存在は強大だった。


 魔法専制時代、魔法を使えない少女がいた。彼女は当時の魔法適性のない人々と同様に周囲に冷遇されていたが、成人を超えて暫くすると、あらゆる人々に魔法を与えていた精霊や妖精が、何故か彼女の前では頭を垂れ始めた。

 それに激昂した魔法使いが、彼女に対し対決を挑み魔法を持って屈服させようとしたのだ。

 しかし、彼女が手を振れば瞬く間にその効力は失われた。彼女の前で魔法は無力だったのだ。

 精霊や妖精に真に愛されていた彼女の実力に、全ての魔法使いたちもまたその存在を認め、彼女に頭を垂れたのだと言う。


 二人目は、ユートロピア王国が世界の覇権を握った百年後。

 ネクロヌースによる不死の軍隊が進軍してきたことにより、ユートロピア国軍が酷い損耗を受けた。ユートロピアの軍隊は不死の軍隊に囲まれ、最早決壊は一歩手前とされていた、その時。

 戦争に巻き込まれたある一人の女性が聖女として目覚め、ユートロピアの軍隊を、彼女が住んでいた村の住民諸共纏めて移動させた。

 魔法も使わず大勢を移動させたそれは、後に聖女の奇跡と呼ばれる。

 そうやって自軍の拠点まで戻ることのできた軍人たちは、敵の情報を持ち帰り、その情報によってネクロヌースの不死の行軍を殲滅することができた。

 この戦況に大きく貢献した女性は、国王より褒賞を頂き、神殿へと召し迎えられ、後に聖女の称号を授かる。

 そしてそんな彼女の前には、精霊や妖精たちが集まり、皆揃って彼女に頭を下げたと言う。



 伝承にある聖女とは、そんな者たちだった。


 そんな、女(・)性(・)たちだったのだ。


 聖女とは、どの時代においても他の人類と同じに扱うことができない特別な存在。

 



 少なくとも、齢八歳の妹が受け継いでいい代物ではなかった。




 これが王族の一人であったことは幸いなのか、不幸なのか。

 彼女の正体が明るみに出れば、彼女を傀儡にして祀りあげる存在が貴族社会に出てくることは想像に容易かった。

 しかし、もし平民や貴族の中でも身分の低い者ならば、それだけでその身を都合のいいように利用する輩も大勢出ていたことだろう。

 舞台が違うだけで、その身は欲の深い者たちによって、野心の為に利用される。


 結局伝承に残るほどの力とは、そう言うものだ。


 どれだけ体裁を美しく飾り立てようとも、背後にある彼女たちの事情は全て無視されているのだから。



 そうであるとも知らないラウレンティーナはあの日、彼女にとっては不運にも、聖女の力に目覚めてしまった。

 本来ならばもっと後の時代、数年後か数十年後に目覚めるはずだったその力は、父に対する呪刻を解呪する、その為に揺り起こされたのだ。

 この国や父にとっては、とても幸運なことに。


 だからラウレンティーナはその時まで成長することもなく、眠り続ける。


 彼女に対して、女神が理によって与えた、長い長い眠りという名の罰。




 それが、目覚める時ではないものを、目覚めさせた代償だった。




 ガラルドはそんな事実に、血が出るほど口の中を歯噛みした。


 そんなバカな代償があっていいのかと。

 あの時、父は死ぬべきだったとでも言うのかと。


 いつか目覚めた時、ラウレンティーナはどう思うだろう。

 自分だけ変わらないまま、周りの世界がそっくりそのまま変わってしまうようなそんな中で目覚めて。

 現実離れした感覚がするのではないだろうか。

 孤独に囚われてしまわないだろうか。

 それを何故、助けただけの妹が味わわなければならないのか。

 悪いのは仕掛けてきたネクロヌースと、国を裏切り父を殺す手助けをした裏切り者だったというのに。


 怒りによって握りしめる手に血が滲んで、口の中に血の味が広がる頃、ガラルドは諦めたように力に抜いた。


 分かっている。

 これは現実に対して子供が思い通りにならないことに、ただ駄々を捏ねているだけだ。

 実際の現実というのはずっと複雑で、幸不幸が平等に降り注ぐとは言い難い現状が続いていく。




 崇高な志や優しい心があるからといって、決して覆ることがないのが理なのだ。


 それでも正しく、世界にとって必要なものだから理なのだ。




 ガラルドはベッドに横になったまま、健やかに寝ているラウレンティーナを見る。

 穏やかだ。

 いつ起きてもおかしくないくらいに、いつもと同じように眠っている。

 起き上がったらきっと、大きな欠伸をしてそれからガラルドたちを見て言うのだろう。




『おっはよー!!』




 今はまだ思い出せるその声。

 今度こそ、守れるようにならなければ。


 ガラルドは、一人、そう誓うように思った。



「ガラルド、いいですか?」



 母がガラルドを呼ぶ。

 ガラルドが何かと母の方を見れば、母が真剣な顔つきで彼にこう言った。



「貴方の乳母と、乳兄弟を呼んできなさい」



 それは、これから先どれ程眠るかもわかならいラウレンティーナの秘密を保持したまま、世話をする人間の指名だった。

 ガラルドが自身の中にある葛藤を昇華するのに手一杯になっている間、母と兄の話し合いでそのように決まっていたらしい。

 気づかないくらい考えに没頭してしまっていたのを、情けなく思いながらも、ガラルドは母の指示には従った。

 だが指示には従いながらも、ガラルドとしては、まさかラウレンティーナの世話役にリックスの母が選ばれると思わなかったし、その後リックスにまでも秘密を話すとは思っていなかった。




 だって明らかに口が軽いから。




「いや、オレだって流石に分別くらいつくぜ!?」


「どーかな、お前うっかりで余計なこと言いそう」


「ま、まぁ……それは否定できないけど。ティナちゃんのことは絶対に内緒にする!オレも最近会えてないんだー、で一貫する!!」



 秘密を共有された後、自分でも自覚のありそうな不安しかないリックスがガラルドの部屋にて、そう宣言していた。

 ガラルドの母はリックスの母とリックスに、王城で起きた事件とその顛末、そしてラウレンティーナの秘密を話した上で、全てに箝口令を敷き、リックスの母にはラウレンティーナの面倒を命じた。

 ラウレンティーナの世話は母も手伝うとのことだが、兄の補佐がある手前かかりきりもできず、またラウレンティーナを一人きりにして警備を薄くしたくないからと、リックスの母を呼ぶことにしたそうだ。


 リックスの母は、乳母をしていたがその出身は騎士の出であり、元は軍人で母とはその軍で知り合った戦友だった。

 引退した後もその実力は折り紙付きと言ってもよく、出産を経てもその腕は衰えることを知らない。

 つまり、彼女はラウレンティーナの護衛役としても抜擢されたと言うわけだ。

 流石に丸一日中着いていては身がもたないため、夜はラウレンティーナの部屋に強固な結界を張って、昼は護衛を夜は魔法をと使い分けるようにして保護していくらしい。


 それを聞いて王命とあらばとリックスの母は快く拝命をし、リックスとガラルドはそのまま退室を命じられた、と言う訳だった。

 けれど、部屋に戻ろうとも話の続きをしていけない訳ではない。そう言い訳するように、ガラルドの部屋の椅子に雑に腰掛けていたリックスが、ベッドに座るガラルドにこっそりと尋ねる。



「そんで?結局、裏切り者は見つかったんだよな?」


「ああ。見張りの一人の魔力が、女神謁見の間に僅かに残されてた痕跡と一致した。魔法師団が調べ上げて、確かにそいつが広間にネクロヌースの印を魔力で刻みつけたと、尋問して吐かせた。印は殆ど魔力の本流で破けていたが、欠片さえあれば事足りるからな」



 ネクロヌースの印とは、ネクロヌースが自身の依代として使っている固有の印のことだ。


 その印さえあれば、彼らはその場に居なくとも破滅の呪いを振りまくことができる。

 ネクロヌース個々人で違う印を使っている上に、その印を破壊して発動させるので通常であれば特定は難しい。

 印自体を刻むのは彼らの魔力でなくてもよく、印を物に刻む文化は彼らだけのものでもないからだ。


 だが、今回のように神官でない者の魔力が聖域に残っていれば話は別だ。


 ネクロヌースとの共謀が明らかであれば尚更、端切れだろうが欠片だろうが破壊された印の一部を使って魔力の流れを逆探知することは、国家直属の魔法師団からすれば然程難しいことではなかった。



「そっか……。で?そいつ結局どうなったんだ?」


「未遂とは言え国家転覆罪だしな……普通に情報を吐かせた後は一家諸共極刑、なんだが。……そいつ、数年前に家族が全員事故死してたらしくてな。しかも本人にも尋問中に呪刻が発生し、碌な情報を吐き出す前に亡くなった」


「……それ、ネクロヌース何処まで関与してたんだ?」


「さあな。そいつの家族の事故死からかもしれないし、それよりもっと前からかもしれない。ネクロヌースの呪刻が刻まれていたことからも、体のいい操り人形にされてたことは事実だろう。だが、そいつが洗脳されたにしろ唆されただけにしろ、やったことは重罪だ。どの道、落とし前を付けない訳にはいかなかっただろうな」



 裏切り者は、尋問中に牢獄で死んだ。


 ネクロヌースと何処で接触したか、目的は何だったのかも何一つ分からないまま。


 今回、禁呪が城内で発動しかけたのは結界の内側から外に広がるようにして構築された魔法だったからだ。

 外からの魔法を守るための結界だが、内側からの攻撃には殆ど無意味と言っていいのが、結界の欠点だったが故の大事件だった。

 この一件のことは世間の明るみには出でいない。あの日に城内の王族以外の全ての人員が総出で魔物と戦っていた音でさえ、王都の城下街では聞こえておらず、目撃者さえも誰もいなかったからだ。

 恐らく、これもネクロヌースが仕掛けていたものだったのだろう。ネクロヌースの印の欠片が、城門周辺にも落ちていたらしい。


 皮肉にも、ネクロヌースの仕掛けただろう外界と内側を完全に隔絶する魔法のおかげで、城下街に暴動のような混乱は全く起きず、事後処理も内々に済ませることが出来たようだった。

 だが、それは裏を返せばそれは知らぬまま命を落としていたかもしれない多くの人々がすぐ傍にいた、と言うこと。


 どうやってネクロヌースは城の内部の構造をそこまで仔細に把握することができたのか。やはりもっと上層部の、城に出入りできるような貴族たちの中に、更なる裏切り者が居るのか。

 未だ不明なことばかりが多いと言うのに、唯一の手掛かりであった裏切り者の門番も、砂が零れ落ちるようにして消えてしまった。


 どうにも相手の掌の上で未だ踊っている感覚が拭えないガラルドは、その眉間に皺を寄せる。



「おい、ラディ。お前考えすぎだぞー。ただでさえ年齢詐欺みたいな頭してんだから、ちょっとは気楽にしろよ。知恵熱出すぞー」


「うるせぇ。お前みたいな鳥頭と一緒にすんな」


「機嫌悪いなぁ。ほら、いいから一旦外で稽古でもしようぜ。どうせ今日の日課も、まだ終わってないんだろ?」



 そんなガラルドの思考を遮るように、リックスが模造剣を片手にガラルドを誘い出す。

 それを鬱陶しくも思ったが、ラウレンティーナを守れるようになると誓った手前、稽古をサボるのも締まりが悪い。

 結局ガラルドは溜息をつくと、リックスに促されるまま稽古をしに部屋を出ていくことにした。


 後になって思うと、リックスにまで秘密を母が明かしたのは、ガラルドの為だったのかもしれない。

 ガラルドは幼いラウレンティーナを案じていたが、それと同じように母も兄も幼いガラルドを心配してくれていたのかもしれない、と。

 だからこそ、こうして時折力を抜くように誘導してくれるリックスとの距離が開かぬように、いつでも相談し頼ることができるように、傍に居る友人だけは残してくれたのかもしれない。


 真偽は分からないが、実際はどうあれガラルドはこの先リックスというこの護衛で友人で乳兄弟でもある幼馴染に、嫌と言うほど感謝することになる。



 ただ、それだけが真実だった。




ーーー




 稽古が終わり、ガラルドがその日の予定を全て終えた頃には夜になっていた。

 兄も母も父に代わり忙しくしており、一人先に食事を済ませたガラルドはそのまま湯浴みを済ませ、自室に戻ることにする。

 そのまま早々に眠ってしまうか、と考えていた時だ。

 ふと、シンとする部屋の中、特に代わり映えのないいつもの自分の自室の中で、キラリと輝く獲物がベット横のサイドテーブルに乗っているのが目についた。


 それは、ガラルドがラウレンティーナを黒い魔力から助けた時に使った短剣だ。


 少々刃先が長めに作られた両刃の短剣で、柄の部分には花緑青色の石が嵌め込まれた百合の花が埋め込むように象られている。見た目の装飾に反して柄は握りやすくなっており、幼いガラルドの手にもしっかり馴染んでいた。


 これはかつて父から貰った短剣だ。

 「いずれは大きな獲物に変えた方がいいだろうが、幼い頃に無理して使うことは考えずにまずは体格に見合った武器から始めるといい」とそう言って、母との特訓が始まった頃に渡され物だった。


 そんな短剣を前に、ガラルドは再び思考する。

 城が襲われたあの日、結局ガラルドがラウレンティーナを守れたかと言われると、素直に肯定することはできない。

 ガラルドが今こうしている際にも眠り続けている妹を思い出して、何とも言えない気持ちが今も湧いてくる。


 確かに、あの黒い魔力から最後だけは妹を守れたのだろう。

 だがあの黒い魔力を倒したのも、結局はラウレンティーナの方だ。

 ガラルドはあの日、殆ど見ているだけで何も出来なかった、と言っていいだろう。



 まだ幼いガラルドは夢想する。



 自分が特別になれたら、こうはならなかっただろうか。


 父や妹と代わることができる自分なら、どれだけ結果は変わっただろうか。



 そんなどうしようもないことを考えながら、ガラルドは縋るようにその短剣を握った。





 途端に、視界が揺れる。





「はっ……?ぁ……っ!!」




 急速にグルグルと巡り出す視界の中、いつの間にか短剣を落としたことにも気付かぬまま、気持ち悪さに耐えかねたガラルドは、そのままベッドに倒れ込む。

 点滅する瞼の裏、色彩豊かにカラフルな色が脳裏を埋め尽くしたかと思えば、次の瞬間にはその視界は何処かにワープするかのように、回り、巡り、揺らいで、薄らいで…………。




 映し出されるのは、何処かの知らない景色。




 四角い黒い枠の中で、見たこともない絵柄の人々が動いては喋って、戦っている。

 視界端に映る手は、何やら歪な箱型の物を操作しているようで、それが黒枠の中の人物たちと連動していることに気づくのは、そんなに遅い話ではなかった。

 目にも止まらぬ早さでその手は操作を繰り返しているのに、相当手強い相手と戦っているのだろう、それが中々終わりそうにもないと察した。

 一体どんな相手と戦っているのかと、何故か湧き出す好奇心に釣られるまま、対戦相手の方を探る。


 そして、枠の内側上部の方に、相手指し示す名前があるのを見つけた。


 だがそれは、ガラルドの知らない文字。

 読めるはずのない不可思議な絵のような形をした文字だ。


 そうであるはずなのに、どうしてか……ガ(・)ラ(・)ル(・)ド(・)に(・)は(・)そ(・)れ(・)が(・)読(・)め(・)た(・)。


 そこにはこう書かれていた。




『最後の審判者 ガラルド・サンドール・ウィクリフ』




 画面の向こう、ここではない何処かの世界の、ゲームの中で……濡れ羽色の髪を揺らしながら葡萄酒色と金色の瞳の目をした青年が、見知らぬ剣を片手に勇者たちを翻弄するように飛び回っている。

 多勢に無勢を相手に全く怯む様子も梃子摺る様子も見せずに、むしろ勇者たちを圧倒するようにして強烈な剣技と魔法を巧みに扱い追い詰めていく。



 ガラルドはその青年を知っていた。


 否、今はまだ知らない。


 勇者と時に別れ時に合流しながらも、何度も彼らに手を差し伸べるが、決して彼らから差し出された手は取らない、その男。



 それは我ながら捻くれていて、ネクロヌースやそれに加担する者が大嫌いで、家族や友人には笑っていてほしいなんて、バカみたいな甘ちゃんで…………。



 有り得ないのに、分かってしまう。




 これは、いつか未来に起こる出来事をより俯瞰的に見えるように、別の世界を介してガラルドの頭の中に直接植え付けられた、女神の『神託』なんだと。




 そして、これはいつか、ガラルド自身がなるかもしれない、未来のガラルドの姿なんだと。




 こうして自身の未来がゲームとして展開され遊ばれていたという情報を、その異世界の住人が遊んでいた記憶ごと受け継いだガラルドは、一晩中その記憶に悩まされ続けた。

 それはまるで攻略サイトの全文を直接頭の中に書き込まれるような情報量故に、案の定、ガラルドは翌日本当に熱を出してしまい。朝、稽古に迎えに来たリックスに。



「えっ!?本当に知恵熱!!?」



 と、信じられないようなものを見る目でそう叫ばれることになった。


 そう言う訳じゃないと事情を説明すれば、今度はガラルドがおかしくなったと慌てて城中を駆け回ろうとするという幼馴染と言う名のバカを、顔面ごとブン殴って気絶させる。

 ただでさえ寝不足な上に、昨夜からの長時間コピペでの負荷やその他諸々で溜まっていた鬱憤に、トドメを刺すように大声で騒がれたのだ。ガラルドは悪くない。


 気絶している幼馴染が起きたらどう説明したものかと、溜息をついたガラルドだったが、熱の中ぼんやりとする頭の中で実感していたこともあった。



 それはゲームの記憶の中でもほんの僅かな情報だった。


 しかし、それこそがガラルドが希望を持ったワンシーンでもあった。




『君たちに会えたことを光栄に思う』




 それは、勇者一行を出迎えた国王の台詞。

 絵柄こそこの世界においては特殊とはいえ、間違えるはずはない、国王の風貌とその声色。


 それは、いつかの未来で勇者たちを迎える……父の姿。


 そして、勇者たちが心半ばで全滅した際のコンティニュー画面。教会で復活した勇者に表示されるただそれだけの存在。

 それでも確かに居たのだ。




『勇者は聖(・)女(・)の(・)力(・)に(・)よ(・)り(・)教会に転送された』




 ジャスパードは王として帰ってくる。


 ラウレンティーナはそう遠くない未来で目が覚める。


 兄の苦労も母の献身も、いつか報われる日がくる。



 いつかの未来で、ガラルドたち家族は再び共に過ごせるように、そしてこの国どころか世界までも共に守れる日が来るのだ。

 ただそれだけが、ガラルドにとっての朗報であり、希望だった。


 だから、この未来のためにガラルドは進もうと思った。

 その為の自分の苦労なんて知ったことではない。

 それがガラルドにとって最良の未来であるなら、迷うことはないのだ。



 この異世界の『魔装石のアルカディア』と呼ばれるゲームの中で、最強の味方であり最強の敵。


 エンドコンテンツに君臨する最強の魔法使い『ガラルド・サンドール・ウィクリフ』に。




 この世界にとっての裏ボスになろうと、九歳のガラルドは、そう決意したのだった。




と、言うわけで聖女なラウレンティーナと、ガラルドの記憶定着回でした。

改めて思うけど、九歳の割に賢すぎるな、なガラルドです。

ガラルドの過去編は次回で終了します。

そしてその次回で、場面が更に大きく変化します。

振り落とされぬよう、ご注意を。

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