第8話 クレイジー・カップス ①
「さて、次のラピダリーの入会試験についてなんだが、」
御子柴亮がバーカウンターでゆっくりとお酒のボトルを拭きながら、鈴間翠と玉木硬に話し始める。
「試験の日程は、今から1ヶ月後、参加費は1人50万。」
「50万!?」
「えー、高くなってんじゃん。昔はもっと安かったのに~。」
「エントリーに当たり運営、もしくは会員のギャンブラーの紹介が必須だが。それは、まぁ、俺が何とかしてやろう。」
亮の声はため息交じりだった。
「まじか!助かる〜。あ、情報料いくら?」
「いや、今回は無しでいい。」
「マジ?太っ腹~。となると、あとは入会金をどう集めるかだな。硬ちゃん、あといくら残ってる?」
(あれ?硬ちゃん呼びになってる。)
「え、ええと。昨日のタクシーとか、いろいろ使っちゃって、残りは46万とちょっとです。」
「それを元手に増やすしかないかぁ。」
『ドンッ』
亮は手に持っていたお酒のボトルを、あからさまにカウンターに置いた。
「その話なんだがな。情報料を無料にする代わりに1つ条件がある。」
「ん?ここ紹介の賭場を使えってこと?大丈夫、分かってるよ。」
「そうじゃない。硬君。君が稼ぐんだ。費用2人分、合計100万円。もちろんギャンブルで。」
「え?」
亮さんの口から言われたことを脳内で反芻する。
俺、一人で?翠さんの力を借りずに?
「ちょ、ちょっとちょっと。亮ちゃんいくら何でもそれは酷なんじゃない?」
「入会試験の50万は少なくとも一人でそれくらい稼げるギャンブラーをラピダリーが求めているという指標でもある。つまりこの時点で入会試験は始まっている。」
「いや、そうかもしれないけどさ、そこは俺が何とかすれば良いじゃ――」
「良いわけないだろう。硬君。君は翠に選ばれたんだ。なら俺にも証明して見せろ。」
「…」
「あわわ。硬ちゃん。大丈夫だよ。俺が何とか説得するから。」
翠は苦笑いを浮かべている。
亮さんの意見は当然だ。俺なんて翠さんに比べれば天と地ほど差がある。
「分かりました。俺、やります。」
「え!?ちょっとちょっと。硬ちゃん本気?」
「良く言った。硬君。」
「え?マジ?」
「翠、お前が選んだ人間だろ?お前は負ける奴とバディを組んだのか?もしそうなら――」
亮はあからさまに見下したような笑顔を浮かべ、翠の顔に近づく。
「3流ギャンブラーだな。」
空気が一瞬凍った。
「…あ?」
翠の顔は今まで見たことない純度100%の怒りだった。
「あー、いいぜ。ぶちかまして来いよ硬ちゃん!」
『バシン』
そう言って翠は硬の背中を強く叩いた。
「は、はい!任せてください!俺、ギャンブラーとして亮さんに認められるように――」
「違うぞ。」
亮のその声は冷たかった。
「硬君がするのは【ギャンブラー】であることの証明じゃない。【翠の足を引っ張らない男】であることの証明だ。」
さっきまで強く返事をしていたのに、言葉が詰まった。
『パンッ』
音を立てて翠が手を叩く。
「ということで、亮ちゃん賭場紹介して!」
「あぁ。分かってる。次の場所はもう決めている。それも今からだ。車で送ってやる。行くぞ。」
「準備万端だね~亮ちゃん。結構遅めの時間だってのに。」
亮はカウンターから出て外へ向かう。
鼓動がうるさい。熱が全身を支配し、ひざは絶えまなくガクガクと動いていた。
「硬ちゃん。大丈夫。」
肩に置かれたその手は異様に温かく、なのに無機質に感じた。
*
そこは雑居ビルの3階だった。
窓にはフィルムが張られていて、中の光は隙間から少し漏れている程度。
もちろん中の様子は見ることが出来ない。
その異様さから、怖い事務所感がにじみ出ていた。
ここで、行われるのか。俺が100万円を稼ぐ戦いが。
「亮ちゃん、本当にここって安全なの?」
「あぁ、俺のリサーチを疑ってるのか?ほら、ここで待ってるから行ってこい。」
「は、はい。」
両手と両足の震えを抑えるために強く頬を叩く。
『バチンッ』
大丈夫。俺ならやれる!
「硬ちゃん。一つアドバイスをあげる。」
翠が硬のそばに近寄り耳打ちする。
「重要なのは相手を知ること。深く知って相手の人間性が分かれば、おのずと考えもわかって来る。」
「わ、分かりました!」
「それができればみんな苦労しねぇだろうがな。」
腕を組みながら亮さんはフッと笑った。
「行ってきます!!」
階段を上がる。
「大丈夫、硬ちゃんならできるよ。」
無機質に響く足音は塗装がはがれたドアの前まで来ても耳の中で響き渡っていた。
『ガチャ』
「やあ、よく来たね。」
そこにいたのは若い男だった。やたらサラサラの前髪を異様に気にしていて、着ているタンクトップから露出した肌には刺青がチラリと見えている。
「安心してよ。ここには僕一人しかいないからさ。」
見た目のインパクトとは裏腹にその声は落ち着いていた。
パーテーションで区切られた空間。一人というが、パーテンションの裏に複数人の気配を感じる。しかし、こうした事務所なら仕方がないことなのだろう。
「どうも。」
その声はかすれていた。
「初めまして。僕はミライ。君は?」
喉が異様に乾いていた。少しでも喉を潤そうと大きく唾を飲み込む。
「…硬です。ここに、勝ちに来ました!」
ミライは目を丸くしていた。
「ハハハ!怖気づいてないね。うん。いいね。硬君。よろしく。とりあえず座ってよ。」
案内され席に座る。ミライも向かい合うように椅子に座り、机の引き出しからあるものを取り出した。
「仲良く雑談でもしたいところだけど、君はここに勝ちに来てるんだもんね。」
机の上に5つのプラスチック製のカップと、ゴム製のと思しきボールが鈍い音を立てて置かれる。
「ルール説明させてもらうよ。」
~クレイジー・カップス~
攻撃と守備に別れ、相手が隠した場所を当てるゲーム。
ルール
・5つのカップとボールを用いて行うゲーム。
・カップの側面にはそれぞれ「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」と書かれている。
・攻撃側は掛け金を提示し、守備側が好きなカップにボールを入れる。
・攻撃側はボールが入ったカップを予想し「アンサー」を行う。
→アンサーの際ボールの場所が的中すれば、「賭け金」×「カップに書かれた倍率」の金額を手に入れることが出来る。
→アンサーの際ボールが入った場所を外してしまったら、守備側の勝利となり、「指定したカップの倍率」と「ボールの入っていたカップの倍率」の内、金額の大きい方を攻撃側が支払わなければならない。
・攻撃側はアンサーの前に、1度好きなカップの中身を確認できるチェックを行うことが出来る。
→チェックの際にボールの場所が的中した場合、カップに書かれた倍率に関係なく賭け金のみを手に入れることが出来る。
「ちょっとややこしいかな?」
「何となくは分かったんですけど、正直理解しきれては…」
「ハハハ。大丈夫。じゃあ例を上げよう。」
例えば今回は硬君が攻撃、僕が守備だとする。
硬君はまず、いくら賭けるか宣言する。今回は1万円としよう。
次に、守備の僕が5つのカップのどこかにボールを入れて伏せる。
今回は分かりやすく「×2」に入れたとしよう
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
守備側がやるのはここまで。次に攻撃側。
まず攻撃側は一回チェックを行うことが出来る。仮にチェックで当てた場合。
・チェック
↓
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
ボールは「×2」にあるが、その倍率に関係なく、今回攻撃側が手に入れられるのは初めの賭け金である1万円のみ。
このチェックが外れたとしよう。
↓
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
この時「×1.5」は空、つまりチェック失敗。でもこの時点では攻撃側に特にペナルティは無い。
チェックの説明はただこれだけ。簡単でしょ?
じゃあ次にチェックを外した後の処理について。さっきの「×1.5」で外したところから続けるよ。
次に攻撃側が行うのがアンサー
・アンサー
↓
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
アンサーでボールを当てることが出来たら、「賭け金×カップに書かれた倍率」今回なら「1万×2」で2万円攻撃側は獲得できる。
アンサーを外した場合、それは守備側の勝ちになる。
↓
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
アンサーした倍率が、ボールのあった場所より低い場合。
この時は「賭け金×アンサー倍率」と「賭け金×ボールの倍率」の内、獲得金額が大きい方が適応される。この場合は後者の「1万×2」で2万円。この金額を攻撃側は守備側に払わないといけない。
↓
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」
〇
アンサーした倍率がボールのあった場所より高い場合。
この時もさっきの場合と同様「賭け金×アンサー倍率」と「賭け金×ボールの倍率」の内、獲得金額が大きい方が適応される。今回なら前者の「1万×3」の3万円。この金額を攻撃側は守備側に払わないといけない。
「どうかな?少しは理解できたかな?」
「え、ええ。分かりました。」
「それは良かった。じゃあ早速始めようか!クレイジーカップス。」
ミライが投げたボールを両手で受け取る。ただの軽いゴムボールなのにそれは異様に重く感じた。
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