第7話 ラピダリー ①
ある意味ここからが本編です。
『カラーン』
「おう、帰ってきたか。早かったな。」
御子柴亮が視線を向けた先には、勝ってきたと言わんばかりのニヤケ顔の鈴間翠と、現実を掴めていないような顔でボーっとしている玉木硬の姿があった。
「帰って来て早々だが、ちゃんと払えよ、賭場の提供代だ。」
「あ、いっけねぇ…」
翠は頭をポリポリとかきながら硬に視線を向け、両手を合わせる。
「ごめん。いったんさっきの50万貸して!」
「え?あ、どうぞ。てか翠さんが勝ったものだから翠さんの物でいいですよ。」
「そういうわけにはいかないの。よし、はい亮ちゃん3万円。」
亮はグラスをカウンターに置きお金を受け取る。
「はい、どうも。どうだ、少し飲んでいくか?」
「お言葉に甘えて~。」
「え、ええと自分は…」
翠は席に向かって歩みを進めるが、硬はその場でたじろぐことしかできなかった。
「たしか硬君って言ったよね。翠の知り合いだろ?安心しな、祝杯も込めての3万だ。追加で金はとらないさ。」
亮は高そうなお酒をシェイカーに入れカクテルを作り始める。硬は翠の横に警戒するように、ゆっくりと腰を下ろした。
「…それで、翠さん。ラピダリーって?」
「あー。やっぱり気になっちゃうか~。タクシー乗ってる間に気がまぎれると思ったんだけど。まぁいつか言うつもりだったし。しゃーないか。」
翠は足を組み、椅子を回しながら体を硬に向ける。
「ラピダリーってのは本来、宝石を作る職人さんみたいな意味なんだ。で、俺らの言うラピダリーってのは、才能の原石を見つけ、宝石にするのを目的とした組織のこと。」
「はぁ?」
「聞こえはいいけどその求めてる才能ってのが、ギャンブルの才能でさ。凄い簡単に言えば、ギャンブラーの才能教育兼、人材派遣組織みたいな感じ。たとえば麻雀の代打ちなんかをラピダリーに依頼すれば、額に応じて優秀な雀士をあてがってくれるって訳。」
何を言っているのか理解ができなかった。ギャンブル?賭場?依頼?
「もちろんそうした仕事はリスクが高いものも多い、高い金を払ったのに負けたとなれば依頼者は黙っちゃいない。最悪命を落とす危険性もある。」
「ちょ、ちょっと待ってください。飲み込めません。どういうことですか?犯罪集団ってことですか?ヤクザみたいな。」
「うーん、ヤクザとはちょっと違うな。まぁヤクザから依頼が来ることは多いけど、あくまで俺らはギャンブラーで、ラピダリーは派遣会社だ。」
「いやいや、そもそも賭場って?」
「あったじゃん。」
翠が組んでいた足を崩し、カウンターのテーブルに肘をつく。
「てか、行ってきたじゃん。さっき。あんなのが沢山あるの、世の中には。」
「おいおい、翠。もっとちゃんと説明しろよ。はい。お待たせ。」
亮さんがカクテルをテーブルの上に置いた。とてもおいしそうなお酒だったが口をつける気にはなれなかった。
「硬君、だよね。ラピダリーは派遣会社といったが、それはあくまで外部に向けてるサービスの1つでしかない。」
亮さんは深く渋い良い声で語り始める。
「ラピダリーはその中で階級制度があるんだ。下から「原石Rough」「研磨石Cut」「宝石Gem」「王石Crown」そして最上位「原典Lapidary」ラピダリーの中では所属しているギャンブラーが自身のクラスを上げようと日々戦っている。むしろメインはこっちだ。」
「まぁ、そういうこと。あそこには、ただギャンブルをしたいだけの連中がそろってるんだよ。そこで戦ってクラスが上がれば、入ってくる依頼は大きくなり、ラピダリー内で稼げる額も大きくなる。その代わり負ければ全てを失う。」
「そこの20億失ったバカのようにな。」
「な、亮ちゃんどこで知ったの?さっき会ったときは知らない感じだったじゃん。」
「俺を舐めるな。ちょっと調べればすぐにわかる。」
「流石~亮ちゃん。ならお金貸してよ~。あ、ちなみに、もう察してると思うけど俺は元ラピダリー所属のギャンブラーだ。負けちゃったから追放されたけどね。」
「命と人権と健康があるだけだいぶマシな方だ。」
「ちなみに亮ちゃんも元ラピダリー!」
「俺はギャンブラーじゃなくて運営側だけどな。」
2人に説明されても分からなかった。いや、分かってはいた。ただ理解ができなかった。なぜ自分がそんな人たちと話しているのか納得のいく理由が自分には無かった。だって俺はただのパチンコ狂い。
「元運営側として言わせてもらうなら、硬君。君はこれ以上ラピダリーに関わらないほうがいい。正直、死ぬぞ、君みたいな子は。」
「え?」
「さっきも話したが、原石roughってあっただろ?そこで何人消えたと思う?」
「え?」
「質問を変えよう。そこで翠が何人のギャンブラーの人生を終わらせたと思う?」
「…」
「20人。少ないと思うかもしれないが、本来、原石roughは5人に勝てば研磨石cutに上がれるんだ。こいつは性格が悪くてな。原石roughで暴れてある種追放という形で昇進したんだ。」
「ええと、そうなんですか。」
「ちなみに、原石クラスで5人を倒して研磨石に上がるやつのほとんどはそこで食い物にされる。生き残れるのは翠みたいな生粋のギャンブラーだけだ。正直、君にその才能はない。」
「そんな、でも、まだ俺、亮さんと会ったばっかで。」
「分かる。」
亮は手を止め、体をグイッと硬に向ける。
「君のそのおどおどとした性格、100%食い物だ。」
「まぁまぁ。亮ちゃん落ちついて。言ったでしょ?俺のバディだって。そんなこと言ったらバディ解散になっちゃう。」
「でも、お前なぁ。」
「俺が賭けを間違えるって思ってるの?」
カクテルグラスを片手に睨みつける翠の目は冷たく鋭い目だった。今ならその目に納得がいく。
「それで、さっそくなんだけどさ、亮ちゃん次の入会試験いつかわかる?」
「お前、またあそこに戻るつもりか。今度こそ死ぬぞ?」
「もちろん。賭けられるものが残っているうちは、俺はギャンブラーだよ。それが、命だとしてもね。」
「はぁ、分かったよ。お前のような諦めの悪いバカのために調べといてやる。また明日来い。硬君も、もし本当にこの世界に足を踏み入れるなら明日同じ時間に来てくれ。その時また詳しく教えてあげよう。正直おススメしないがな。」
いつの間にか二人は話を終えて別の雑談を行っていた。置いて行かれた疎外感とこれ以上踏み込んではいけないという危険信号で俺はただ黙々とお酒を飲むことしかできなかった。
気が付くと時刻は0時を回っていた。
「あ、すみません。俺そろそろ帰ります。」
お酒を飲む俺はほとんど無言だった。時折される質問に適当に返すことしかできなかった。
「じゃ。また明日~。」
翠さんのその声は軽かった。俺は今人生の分岐点に立たされているというのに。
*
「んで、どうなんだ。実際のところ。彼は使えるのか?」
「ん~多分ね。」
はぁと大きくため息をついて亮は眼鏡を外し、レンズを拭いた。
「何でそう言えるんだ。正直彼は前のバディと比べても大きく見劣りするぞ。」
「かもね。」
「それにあんなひ弱な感じの子だ。きっと明日、彼はここに来ない。」
「いや、それは無いかな。」
持っていたグラスを翠は置いた。そしてあの冷たい目で亮を睨みつける。
「賭けてもいいよ。硬君は明日ここに来る。」
一瞬の沈黙が二人の間に走る。
「…その根拠は。」
「そういう子だから。」
「なんだそれは?」
「危機感が無いの彼。でも、熱はある。好きでしょ?亮もああいう熱のある子。で、どうするの?賭けにのる?」
フッと亮は笑い眼鏡を掛けなおす。
「やめておこう。ギャンブラー様と関わると碌なことにならないからな。」
「ちぇ~。」
薄暗いバーにはジャズが流れていた。
*
多分、あの世界は俺が思う以上に危険な世界だ。今のままパチンコ屋行って、バイト行って小さく暮らしていけばいい。少なくとも危険を冒す必要はない。
昨日だって危なかったじゃないか。1日で500円は51万2千円になった。俺のバイト代、何か月分だろうか。でも海外に売り飛ばされる可能性もあった。
翠さんがいたから助かったものの、この先の世界に進む以上1人になることもあるはずだ。
だから、俺は行くべきじゃない。
なのに…なんで俺はまたこの店の前まで来てるんだ。
「BAR琥珀」
お店の看板が扉にかかっている。
硬は昨日のバーの入り口まで足を運んでいた。
もし俺が、翠さんのようになれたなら。俺の人生は色付くだろうか。
でも、俺にはきっと無理だ。
…帰ろう。
踵を返す。エレベーターのボタンを押す。待ち時間が異様に長く感じた。
この先の世界は危険が多すぎる。自身の安全が最優先だ。
…。いいのか本当に。
確かに昨日の俺は熱を帯びていた。そしてその熱はまだ、残っている。
『チーン。』
燻ぶっていいのか…この熱が…
俺はあの人のように冷たい目にはなれない。
でも、俺はあの人を見ていたい。あの人のそばで熱を帯びていたい。
なら!どうするか!決まっているだろ!
『ドアが閉まります。』
行こう。
もう一度。俺が変わるために。
エレベーターが下っていくのを目の前で見つめていた。もう逃げ道は無くなっていた。
『カラーン』
「やっほー!来るって思ってたよ。」
「本当に来たのか。はぁ、危険な世界だと話したはずだったんだがな。」
「えぇ、来ましたよ。だって俺、危機感無いっすから。」
翠がフッと笑った。亮は頭に手を当て呆れている。
この日、俺は残りの人生を目の前の男に、賭けてみることにした。
良いと思ったら、感想、ブックマークお願いします。喜びます。




