第45話 特別達の屁理屈
翠「もしもし?硬ちゃん?」
Bar琥珀では険しい顔をした鈴間翠と御子柴亮の顔があった。
硬「…翠さん?」
電話の向こうにいる玉木硬の声は震えていた。
硬「ご、ごめんなさい…俺、負けちゃって…」
翠「うん。見てたよ。惜しかったね。今回ばかりは相手が1枚上手だったね。」
硬「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
電話の向こうにいる硬の声はどんどん崩れていく。
翠「ちょっと硬ちゃん、なんで謝ってるの?硬ちゃんは悪いことしてないじゃん。それより、今大丈夫?」
硬「え?ええと…どこまで…ええと…」
硬はまるでその場にいる別の誰かと話しているようだった。
翠「硬ちゃん?大丈夫?」
硬「あ、はい。今黒服にどこまで話していいか聞いてました。」
翠「なるほどね。でも大丈夫だよ、前も言ったけど俺も過去に負けた口だから。何となく状況は理解できているよ。」
翠は目くばせで亮と会話をした。亮はこくりと頷いた。
翠「硬ちゃんは今無一文になったと思ってるけど実際は違うよ。」
硬「え?」
翠「忘れたの?この前牛丼食べなって500円あげる約束したでしょ?」
硬「…え?
【良いよ。それより硬ちゃん顔色が悪いね。500円あげるから牛丼でも食べてくれば?】
硬「あ、そんなことあったような…」
翠「そう、だから硬ちゃんが賭けた【753万3542円】は全財産じゃない。硬ちゃんの全財産は【753万4042円】だった。つまり今の硬ちゃんの全財産は500円なんだよ。」
*
硬「つ、つまり!」
黒服「待て。」
黒服が二人の会話に入る。それはスピーカーから流れる翠の声を押し潰すような低い声だった。
黒服「そんなのが通ると思っているのか?玉木様が賭けたのは全財産だった。そんな屁理屈通らない。」
翠「いや、そんなことはないよ。思い出してよ。硬ちゃんが賭け金を提示した時の言葉を。」
【この前のルーレットでの勝ち分と小林との決闘で得た分、そしてもともと持っていた分併せて753万3542円!これを俺は賭けます!!】
翠「硬ちゃんが賭けたのはルーレットの勝ち、小林との決闘で得た分。そして、もともと持っていたお金。まだ手にしていなかった500円は入っていない。」
黒服「それが屁理屈だというんだ!鈴間翠!」
黒服は携帯の画面が割れんばかりの大声を出した。
黒服「500円だぞ!?」
翠「うん。」
黒服「たったの500円だ!!」
翠「だが、間違ってはいないはずだ。オールイン決闘でない以上、硬ちゃんが賭けたのは勝負の前に提示した金額だ。そしてそれを確認したのはほかでもない黒服のあんただろ?」
黒服「…!!そ、そもそもその500円をあげる約束自体怪しいもんだ!証拠が無ければ好きなだけ言えるだろう!」
翠「証拠ならあるよ。証人がいるんだ。ねぇ亮ちゃん。」
黒服「…!?亮?まさか、御子柴亮か…?」
黒服の呼吸が乱れ、目が泳ぐ。
亮「あぁ。俺がこの目でしっかりと見て、この耳でしっかりと聞いた。翠は嘘をついてはいない。」
黒服「そ、そんなの…信じろって…いうんですか…元幹部のあなたなら知っているでしょう!?虚偽証言のリスクを負う気ですか!?」
亮「信じる信じないじゃない。それが事実だと受け入れろ。」
黒服「…く、くぅ…」
翠「そういうことだから、早いところ解放してあげてよ硬ちゃんを。」
黒服は唇を強く嚙んでいた。
黒服「鈴間…!忘れるなよ、お前は例外中の例外だ…!本来、ラピダリーを退会になった人間が再び入会することは許されない…!」
翠「じゃあなんで俺がここにいるのかな?」
黒服「…」
翠「…俺が強いからでしょ?あんたらが放っておけないほどに。」
黒服「…!」
翠「あんたらも苦しそうだね。まぁ当然か。暴力担当だった亮ちゃんはいなくなり、ブレイン担当だった金石は俺が倒した。非張羽はそう言うのに興味なさそうだしね。」
黒服「…今回だけだ!次回以降お前らの屁理屈は聞かない。いいな!」
黒服は叫ぶように声を荒げ電話を切った。
黒服「クソが!」
携帯を硬に投げ返す。硬は急に飛んできた携帯を何とか掴んだ。
硬「…ええっと、」
黒服「何してる!もうここに用はないだろう!さっさと出ていけ!」
黒服の声はゲーム中の陽気な声とは別物だった。
硬「は、はい!失礼しました!」
黒服「忘れるな、お前は今、一回死んだんだ。次は無い。よく覚えておけよ!」
エレベーターを待つ間後ろから声が聞こえる。
黒服「特別なのは鈴間翠だ。お前じゃない。お前はお情けで――」
『チーン』
エレベーターの到着が黒服の声を遮った。
硬は振り向かずエレベーターに乗り込んだ。
特別なのは翠さん。そんなの言われなくてもわかっている。
握りしめた拳と目にたまる涙の原因がなんなのか、硬にはわからなかった。
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