第38話 硬玉VSキャッツアイ
『カラーン』
鈴間翠がBar琥珀に着いたのは相当遅い時間だった。
Barに入りまず目に飛び込んできたのは奥のテーブル席で優雅にお酒を飲む玉木硬の姿だった。
亮「おう、翠。おかえり。」
翠「ただいま亮ちゃん…」
硬「あ!翠さん!おかえりなさい!」
奥のテーブル席から声が聞こえる。
亮「聞いてくれよ、今日な硬が女連れてここに来たんだぞ!」
硬に聞こえないように小さな声で亮は翠に耳打ちした。
翠「はぁ。1日しか経ってないのに…硬ちゃんは純粋なんだから…」
翠は硬に対面する形でテーブル席に座った。
翠「硬ちゃん。女と縁切りな。碌な奴じゃないよ。」
*
硬「…え?」
気持ちよく酔っていた硬の頭が覚醒する。
まるで心臓を掴まれているかのような、そんな感覚。
翠「悪いね、いろいろ調べたんだよ。黒服とか、毎日来てるギャンブラーとかに話を聞いて。情報料も安くないってのに…」
硬「な、なんのことですか…」
翠は呆れた顔で頭を掻き目線を硬に戻す。その目は冷たくも熱くもない。純粋な失望といった目だった。
翠「硬ちゃん…どういうつもりか知らないけど、嘘つく必要ないでしょ。俺全部知ってんだよ。」
硬「…」
翠「分かったら早く縁切った方がいいよ。ギャンブルでお金を失うならまだしも、あんな詐欺まがいなことに心動かされるって、流石に感心しないな。」
硬「…だって、家が貧乏だって言ってたから…助けてあげたくて…」
翠「嘘だよ。そんなの。」
翠の言葉が硬の頭を斬りつける。
硬「で、でも――」
翠「俺と彼女。どっちを信じるの?」
硬「…」
硬はうつむくことしかできなかった。
翠「まぁ、俺も気持ちが分からないわけじゃない。いや、ほぼわかんないけど…んん!とりあえずどうせ次も会うんでしょ。もしそこで何か高いものを欲しがったら、彼女は黒だ。縁を切りな。」
硬「…翠さんに何が分かるっていうんですか!」
硬は席を立ちBarの出口に向かう。机にはお酒代の3万円が置かれていた。
*
先週翠さんが言っていたことが頭から離れない。
硬はあの日以来なぜだか気まずくてBar琥珀には行けていなかった。
その穴を埋めるように猫芽との連絡頻度が増えていった。
そして今日、5日ぶりに彼女にあう。
集合場所に向かう足取りは何故か重たかった。
*
二人は前と同じファミレスで食事をしていた。
猫芽「あのBarにあれ以来言ってないんですか?もしかして喧嘩とか?」
硬「喧嘩じゃないよ。ちょっと言い争いになっちゃって気まずくてね。」
硬はそれとなく彼女に相談をしていた。細かな情報は出さずに濁したのは彼女への配慮だろう。
猫芽「そうだったんですね…。」
彼女の指には何もつけられていない、細く、しなやかで綺麗な指だった。
*
食事を終えた二人はデパートに向かっていた。
前とは違う高級店が並んでいるデパートに。
猫芽「硬さん見てください!このバッグかわいくないですか!」
彼女が指さしたのは100万円するブランド物のバッグだった。
硬「…」
猫芽「かわいいなぁ。でも私には無縁ですね。家も貧乏でこんなの買う余裕なんか――」
硬「ねぇ。この前買ったキャッツアイの指輪。どうしたの?」
猫芽「え?あぁ。ええと、高い指輪ですから、家で大切に保管しています!」
硬は少し黙り考え込んだ。頭の中にはこの前の翠の言葉がこだましていた。
硬「じゃあそのバッグも、きっと大切に保管するんだろうね。」
猫芽「…」
猫芽の目に光が消えていた。優しかった彼女の顔は暗く、寒かった。
硬「本当のことを言ってよ。俺は君を信じたいんだ。」
猫芽「…はぁ~もっと搾り取れると思ったんだけどな…」
その声は今までの優しい彼女の声ではなかった。耳に張り付くような嫌な声だった。
硬「…」
猫芽「原石《rough》クラス上がりって懐緩いから楽なんだけどなぁ。」
硬「…どうして!人の善意を利用するような真似を!」
猫芽「善意?違うでしょ。自分の欲を満たすため。私はお金が欲しい。あんたはかわいい女からちやほやされて気持ちよくされたい。ラピダリーはそんな人の集まりでしょ。」
硬「…」
猫芽「あんたは滑稽だったよ。これまで出会った人間の中で1番大きい金額を私に払ったんだから!500万円、っプ…ククク…どんだけ女に飢えてるんだよ」
彼女は楽しくて仕方がない様子だった。
硬「違う。あの500万は俺の善意だったよ…」
硬は消え入りそうな声で自分に言い聞かせた。
猫芽「で、どうするの?通報でもするの?残念だけど、それはラピダリーが許さないよ。当然違法なギャンブルを行う組織なんてバレたらまずいからね。」
硬「…」
猫芽「殴って取り返すとか?それも無理だと思うよ。私こう見えて結構強いから。あんたみたいなヒョロガリには負けないよ。どうする?ほか、何かある?」
ニヤニヤとした彼女はある言葉を待っているようだった。
硬「…俺と勝負しろ、決闘だ。」
*
『カラーン』
この店に来るのは久しぶりだ。
硬「…翠さん。」
翠「や、硬ちゃん。久しぶり。ようやく俺を信じる気になった?」
硬「…はい。すみませんでした。」
硬は深く頭を下げた。亮はバーカウンターの奥で2人の邪魔をしないよう、カクテルグラスを拭いていた。
翠「良いよ。それより硬ちゃん顔色が悪いね。500円あげるから牛丼でも食べてくれば?」
硬「いえ、大丈夫です。それより俺、彼女と決闘することになったんです。」
翠「ふふ、硬ちゃんらしいね。だったらなおさら体力付けるために食べないと。ほら500円。」
硬「大丈夫です、俺はまだ、500万持ってますから。」
翠「500円を馬鹿にしちゃいけないよ~。」
硬「別にそういうわけじゃないですよ!」
気まずさはもうなくなっていた。
*
硬がエレベーターを降りた先のゲーム会場には彼女がすでに座っていた。だがそれ以上に驚いたことがあった。
黒服「玉木硬様、お待ちしておりました。どうぞ席にお座りください。」
黒服が立っている。
硬「え?ええと黒服が何で?」
黒服「はい。ラピダリーは原則宝石クラス以上のギャンブラーがいる決闘には黒服が付くルールとなっています。」
硬「でも、俺も彼女も研磨石《Cut》クラスじゃ――」
猫芽「はぁ、どこまで馬鹿なのあんた?嘘に決まってるでしょ。」
呆れたように頬杖を突きながら彼女は視線を硬に向けた。その顔はもうあの優しい顔ではなかった。
猫芽「私は宝石《Gem》クラス。でも本当のこと言ったら、稼げてないとかの噓がバレるでしょ?それに同じクラスだと言った方があんたみたいなバカは心を開くってわけ。」
今の彼女は人を馬鹿にするのが楽しくて仕方ない、そんな顔をしていた。
黒服「硬様、お座りください。」
硬「は、はい…」
黒服「それでは今回の勝負について確認をしたいと思います。」
そう言って黒服はリモコンを操作しモニターを起動する。
【硬:賭け金500万円 猫芽:掛け金500万円】
黒服「お間違いないですね。」
猫芽「あってまーす。」
硬「…」
黒服「硬様?」
二人は不思議そうな目を硬に向ける。
硬「いいえ。オールイン決闘です。俺はすべてを賭けます!」
黒服はニヤッと笑い猫芽に体を向ける。
黒服「どうしますか?猫芽様?」
猫芽「え?普通に嫌だけど。」
返事は淡白なものだった。
猫芽「全財産賭けたいのなら勝手にかけてよ。その額は賭けてあげる。でもオールイン決闘なんかしないよ。なんで私がすべて失うリスクを負わないといけないわけ。」
猫芽の目は冷たかった。硬は心の底からふつふつと怒りが湧き上がった。
硬「言いましたね!!」
携帯端末を撫で、口座残高を表示する。
硬「この前のルーレットでの勝ち分と小林との決闘で得た分、そしてもともと持っていた分併せて753万3542円!これを俺は賭けます!!」
猫芽「こまか。」
黒服「では条件を改めて表示いたします。」
そう言って黒服はリモコンを操作した。
【硬:賭け金753万3542円 猫芽:掛け金753万3542円】
黒服「では、これより「Cupid・Lovers」のルール説明を行います。」
始まる、次のゲームが。負けられない戦いが。
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