第31話 ラピダリー④
硬「ここが、本部ですか?」
都会の中心、ビル群の中にそれはあった。
翠「そうだよ、表向きは派遣会社だからね。さ、中入ろうか。」
硬「あ、はい。」
鈴間翠と玉木硬はビルの自動ドアに吸い込まれていく。
エントランスは良くあるビルと大差がなく受付嬢が二人を見てニコニコと微笑んでいた。
翠「すいませーん。ラピダリーの派遣なんですけど。」
「少々お待ちください。」
そう言って彼女はどこかに内線を繋いだ様子だった。
硬「何か普通のビルって感じですね。」
翠「じゃあこれから行くところはビックリするよ。」
翠の口元はにやけていた。
「お待たせいたしました、3番のエレベーターから地下3階までお願いします。」
翠「はーい。さ、行こうか硬ちゃん。」
*
『チーン。』
エレベーターを降りた先の廊下には黒服が二人立っていた。
「携帯端末の提示をお願いします。」
言われるがままスマートに翠は携帯端末を取り出した。硬はあたふたしながら慌ただしくポケットを探り、端末を取り出し渡した。
「確認が取れました。ご案内いたします。」
廊下の先にある、もう1つのエレベーターに乗り込みさらに地下へと進んでいく。
『チーン』
硬「う、すご…」
エレベーターの扉が開いた先は高級感のある壁、レッドカーペットがひかれた床。いくつも設置されたルーレットやブラックジャック、スロットといったギラギラとしたギャンブルの数々。そしてそれにかじりつく人。
まさにそこは、「カジノ」だった。
その景色に硬の体は瞬きを忘れていた。
翠「さ、行こうか。硬ちゃん。」
硬「あ、はい。」
翠に話しかけられようやく体の制御を取り戻し、硬はカジノへと足を踏み入れた。
翠「さて、とりあえず硬ちゃんの昇進だけ済ませちゃおうか。」
そう言って翠はあたりをキョロキョロと見回し、一カ所を指さした。
翠「あのinformationって書いてあるところに行って、昇進してきな。ついでにチップの買い方も聞いてきな。」
硬「え、あ、はい。」
翠が指さしたインフォメーションカウンターには大勢の人が並び、内部にいるスタッフは対応に追われているようだった。
*
硬が受付に話しかけるまでに10分ほど並んだだろうか。
硬「あ、あの。」
「はい、どういたしました」
黒服がサングラス越しにこちらを睨みつけている。
硬「え、ええと昇進をしたくて。」
「でしたら携帯端末の提示をお願いします。昇進条件の確認をします。」
言われるがまま携帯を手渡す。
奪い取られるように黒服は携帯を受け取り、画面を操作する。
「確認しました。おめでとうございます。本日から玉木硬様は研磨石《Cut》クラスとなります。」
そう言われて携帯端末を返される。
これだけ?
思ったよりも呆気ない終わりかたに茫然としてしまった。
あ、そうだ。
硬「ええと、チップも欲しいんですけど。」
「でしたら、あちらの機械でお願いします。使い方は携帯端末を繋いでいただき、金額を入力していただいたら、口座から自動で引き落とされてその額に対応したチップが出てきます。チップを現金に換金したくなりましたら同様の手順で機械からお願いします。」
硬「あ、ありがとうございます。」
機械の方を向くと翠が硬に向けて手を振っていた。
その手には数枚のチップを持っていた。
*
翠「これで晴れて硬ちゃんは研磨石《Cut》クラスだ。おめでとう!はいこれ、お祝い。」
そう言って翠はてに持っていたチップを硬に渡した。
硬「ありがとうございます。翠さんはこの後どうするんですか?」
翠「俺はちょっと会う人がいるからさ、硬ちゃんはここのカジノで遊んでていいよ。Blind Sumを見てて思ったけど、硬ちゃんはまだ普通のギャンブルの実践が足りないからさ。ここでお勉強。でも、全財産失わないでよ、退会になっちゃうからね。」
硬「は、はい!気を付けます。」
翠はッフっと笑い歩き出した。その先にはbarカウンターのような席が多く並んでいた。
*
カウンターに座り優雅にドリンクを飲んでいる眼鏡を掛けた男。彼に翠は用があった。
翠「やぁ、待たせたね。」
柘榴「いや、大丈夫だ。むしろ急に呼び出して申し訳なかった。」
万番柘榴。ラピダリー宝石《Gem》クラスの男であり、Fifteen Stealにて翠と協力をした、黄E。
翠「いやいや、ちょうど来る予定があったからさ。」
柘榴は硬に目線を向ける。
柘榴「あの男が、今の翡翠の片割れということか。どうしてあんな奴と?」
翠「簡単な話だよ。恩がある。500円分のね。」
そう言って翠は柘榴の横の椅子に腰かけた。柘榴は訳が分からないという顔をしている。
翠「さ、それよりもわざわざ呼び出したんだ。どんなお話をしてくれるのかな?」
柘榴は自身の持っているグラスをカウンターに置き、体を翠に向ける。
柘榴「改めて、しっかりとお願いをしておこうと思ったんだ。元王石《Crown》クラス、伝説のギャンブラー鈴間翠さんにな。」
翠「そんなかしこまんないでよ。それに今は原石《Rough》クラスだ。むしろ俺がチャレンジャーだよ。」
柘榴「そういうわけにはいかないさ。王石《Crown》クラスは今空席だ。俺からすればあんたは今もまだそのクラスの人間だよ。」
翠「そりゃどうも。でも俺は負けたからね。今はその辺の石ころと変わりないよ。」
柘榴「そんなことはない。むしろ、その負けも疑わしいもんだ。2年前、王石《Crown》クラスにはあんたを含めて4人しかいなかった。その中であんたは一番強かった。少なくとも俺はそう思っている。非張羽に負けたのにも何か意味があるんだろ?」
翠「…」
翠は柘榴が置いたお酒を奪い取り、口に運んだ。
翠「…何?昔話を聞きに来たの?」
柘榴「良いじゃないか。少しくらい話してくれても。せっかく憧れの人にあったんだ。聞くぐらい罰は当たらないだろう。」
翠「はぁ、別に。羽は俺に持ってない強さがあった、俺は羽の持っていない弱さを持っていた。ただそれだけ。」
柘榴「…本当にただ負けたのか?あんたほどの人が。」
翠「もういいだろ、早く本題を聞きたいな。」
柘榴「…分かった。」
柘榴は携帯端末を取り出し口座を開く。
【5億7143万】
柘榴「俺はこの全部を賭ける。だから、あんたと戦わせてほしい。」
翠「…へぇ。大きく出たね。失ったら退会だよ?」
柘榴「構わない、あんたと戦うんだ。何ならこれでも安すぎると思っているくらいだ。」
翠「なるほどね。じゃあ俺は何を賭ければいい?」
翠は頬杖を突きながら柘榴に目線を向ける。口元はにやけていた。
柘榴「何も賭けなくていい。俺が欲しいのはあんたに勝ったという称号だけだ。」
翠「…ふーん。」
にやけていた口元が下がる。
翠はつまらなそうに頬杖をやめ柘榴の目を見つめる。眼鏡の先にあるその目は確かに力強く、本気の目だった。
翠「本気なんだね。」
柘榴「あぁ。」
翠は柘榴の返事を聞き少し考え込み、再び口元を歪ませた。
翠「良いよ、勝負してあげる。」
柘榴「本当か。」
翠「ただし1つだけ変更させてほしい。」
翠は自身の携帯端末を取り出し、口座の画面を柘榴に見せる。
【128万】
柘榴「な、まさか…」
翠「柘榴、お前が全てを賭けるのに俺が何も賭け無いのは面白くないだろ。オールイン決闘だ。」
柘榴「な、でも、もしあんたが負けたら、俺が賭けた5億以上を払わないといけないんだぞ!それはあんたでも例外じゃない。無理だと判断されればあんた生きているかさえ危うい…」
翠「もちろんわかってるよ。むしろわかっていないのはあんたの方さ。」
柘榴「え?」
翠「何も賭けなくていい?そうじゃない。ギャンブルってのは勝者と敗者が必ず現れる。敗者になればすべてを失う、そんな覚悟が必要だ。そして逆もしかり。」
柘榴「どういう意味だ。」
翠「勝者は相手の人生を終わらせるんだ。他人の人生を終わらせる、そんな覚悟。」
柘榴「…」
翠の圧に当てられ柘榴の額には汗がにじんでいた。
翠「あんたは今、自分が負けたときの全てを失う覚悟しか背負っていない。そして俺は逆、あんたからすべてを奪う覚悟しか背負っていない。でもそうじゃない。勝者と敗者2つの覚悟をお互いが背負ってようやくギャンブルだ。」
柘榴「それが…それがあんたの哲学ってことか…」
翠「哲学であり、俺の課題だね。」
柘榴「良いだろう、飲もう。オールイン決闘だ。」
二人の間に置かれたグラスのロックアイスがカランと音を立てた。
翠「さて、じゃあもう話すことは終わったかな。」
遠くから歩いてくる硬の姿を見て翠は席を立った。
柘榴「あぁ。ところで、あいつ青Dだよな。なんであんなのとつるんでるんだ。もっと強いやつがいるだろう。」
翠「…何か勘違いしているみたいだけど、硬ちゃんは強いよ。それも相当ね。」
*
大丈夫だ、間違いない。黒が今3連続で来ている。流れは完全に黒だ。
硬「…来い!…来い!…黒!!頼む…!!」
『カラカラカラカラ』
ルーレットに投げ込まれたボールが転がり溝に何度も引っ掛かり跳ねている。
硬の目の前には黒に積まれた自身の全てのチップが光り輝いていた。
『カツン』
ボールは「黒の8」の溝に引っかかり吸い込まれ、
硬「来た!!!」
なぞるように通り抜け、隣の「赤の12」に止まる。
「よっしゃー!」
硬「あぁ…」
目の前で自身が積み上げたチップが回収されていく。硬の隣に座った男には大量のチップが返ってきていた。
硬は力なく席から立ちあがり、とぼとぼと翠のもとに向かった。
*
硬「翠さ~ん。チップ全部なくなっちゃいました…」
翠「…え?この一瞬で?」
硬「だって、黒が3連続で来てたから流れは完全に黒だと思って…オールインしちゃって…」
柘榴「はぁ。どこが相当強いんだ…」
翠「ま、まぁまだ経験が浅いからさ。」
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