第30話 Blind Sum④
硬「受けます。コール。20枚。」
震える手でチップを投げる。投げる以外、奴に選択肢はない。
小林は楽しくて仕方が無かった。自身が場を支配したという高揚感。
自身を翠に重ねていたのだ。
ボックスにサイコロを投げ入れる。でも小林は硬を見つめていた。
今は絶望した人間の顔を楽しみたかった。
硬はサイコロをボックスに投げ入れ、熱を持った目で見つめていた。
そして、こちらに視線を移しニヤリと口角を上げた。
思わず嫌な予感がし、小林はボックスに目線を戻す。
そこには3の目があった。
【公開】
硬「1」「1」??
小林「6」「6」53
硬の目は1 1。つまり残りが全て6でも合計は20。それに対して小林の現在の合計は20。
勝った。俺が負けることがなくなった。
嬉しさからか小林はチップを手に取りカチャカチャと音を鳴らしていた。
硬「コールです。20枚のままで。」
小林「レイズはしないのか、玉木。なら、俺がやろう。レイズ40枚!」
小林はチップを大量に投げ入れた。
硬「…受けます。コール。」
硬は丁寧なしぐさでチップを机の中央まで滑らせた。
受けるしかない、苦しいはずの彼の顔は――少し、笑っていた。
最後の1つ。もう何が出ても奴には合計値で勝っている。
ボックスに適当に投げ入れたサイコロの目を小林は見ることが無かった。
硬はボックスに投げたサイコロを祈るように見ていた。
*
翠「小林は遊んでいるね。」
亮「性格の悪いやつだ、あいつはもう勝ちが決まっている。苦しんでいる硬を見て楽しんでいるんだ。今の硬君の気持ちを考えると辛いだろうな…祈ることしかできずに…」
翠「いや、案外そうでもないかもしれない。小林は目の前の勝ちを見過ごした。案外こういったことで流れは変わる。案外、流れは硬ちゃんに移ったかも。」
画面には小林のサイコロの目が表示されていた。その目は「4」だった。
亮「だとしても、もう硬君は厳しいだろう。今の硬君の目は「1」「1」42だ。どう頑張っても小林には勝てない。」
翠「それは全ての情報を知る俺らだからだ。でも小林の目線は違う。伏せられた情報は想像するしかない。だから硬ちゃんは祈っているんだ。もしかしたらあるかもしれない。」
硬のサイコロが止まる。
画面には赤色の丸が表示されていた。
翠「ッフ。やっぱり流れは硬ちゃんだ。後は硬ちゃん次第だ。」
*
【公開】
硬 「1」「1」「1」??
小林 「6」「6」「5」34
…あ?
なんだ?奴の目。
いや、そんな馬鹿な。
あり得るのか?
呼吸が乱れる。視界が歪む。
確率で考えればそんなことはありえない。だが、もしかしたら。
だとしたらまずい。俺はもう40枚チップを賭けている。
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『特殊勝利条件:ファイブダイス』
5つのサイコロの目が「ゾロ目」だった場合、合計値に関わらずそのゲームは無条件勝利となる。
さらに、相手は賭けたチップの「倍の額」を支払わなくてはならない。
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奴が“ゾロ目”なら。
小林「…チェックだ。」
落ち着け。冷静に考えろ。そんな都合よくゾロ目になるわけがない。
奴は1を3つ出した。それを利用してゾロ目のカモフラージュをしているだけ。
今の奴の手は雑魚だ。
安心しろ、俺が負けるわけが――
硬「レイズ。オールインです。」
その言葉に小林は後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。
硬はケースに入ったチップを積み上げ、中央に寄せた。
『ジャラジャララ』
チップのタワーが崩れる音が小林の思考に張り付いた。
オールイン…
ゾロ目…
倍額支払い…
もし本当にそうなら、このゲームで決着。第5ゲームは無い。
違う。そんなわけがない。奴がゾロ目を出せるわけがない。
だが、今降りれば、少なくとも第5ゲームには挑戦できる。
奴がドロップすればその時点で終わりだが、もし勝負を受けてくれるなら、可能性はある。
違う、奴がそんなことをするわけがない。勝ちを捨てるはずがない。ここはいかないとダメ。
第5ゲームがある。
小林はゆっくりと硬に視線を向ける。
彼の目は熱く、そして狂気じみていた。
そんな目で俺を見るな…
視界が歪んでいく。さっきまで翠とバディを組み無双する妄想をしていたはずの頭の中にはゾロ目で負ける、そんな想像で埋まっていた。
「………ドロップ」
それは絞り出した声だった。
~第4ゲーム終了~
硬:120枚
小林:80枚
小林「はぁ、はぁ、」
硬「最後です、第5ゲーム。やりましょうか。」
硬は手にサイコロを持っていた。
小林「ま、待ってくれ。さっきのは、ゾロ目だったのか?」
小林は答え合わせがしたかった。
硬「知ってどうするんですか?」
小林「いや、どうって訳じゃ。」
硬「知りたかったなら、ドロップではなくコールをすればよかった。小林さん、あなたは逃げたんだ。」
小林「っう」
硬「俺が第5ゲームで勝負に付き合ってくれると考えたのかもしれませんが、俺は戦いません。」
小林「な、頼む。」
硬「勝ちを捨て、生き残る道を他人にゆだねたのはあなたです。……さぁ、スタンバイフェイズです。サイコロを振って下さい。」
ミドル・キングダムで翠が泉に言っていた言葉を硬は思い出していた。
「自分の生き残る道を他人にゆだねる奴の何処がギャンブラーだよ。」
そうだ。俺は今まで生き残る道を他人に、翠さんにゆだねていた。
でも今はもう違う。俺が生き残る道は俺自身で見つけて見せる。
だって俺はもう、れっきとしたラピダリーの会員で「ギャンブラー」なんだ。
*
翠「っふーー安心したーーー。」
翠は胸をなでおろし安堵していた。
翠「一時は本当どうなるかと思ったよ。マジで、硬ちゃん負けたかと思って。本当に。」
硬「あの時は俺も負けたと思いました。でも、小林さんの慢心のおかげで何とかなりました。」
翠「まぁ、彼らしいっちゃ彼らしいけどね。」
亮「何はともあれ、おめでとう。硬君。ほら、お祝いだ。」
翠と硬はいつも通りBarで飲んでいた。
硬「なんというか、初めて1人で最後まで戦って自分の無力さと翠さんがいかに化け物なのかを体感しました。」
翠「なんだか、成長したって顔してるけど。」
硬「分かりますか?なんというか自分の中で答えが1つ見つかったというか。」
硬は照れ臭そうに話しながらお酒を飲んだ。
翠「へー。いいね。ギャンブラーっぽくなってきたよ。硬ちゃんも。」
翠もそう言ってお酒を口に運んだ。
翠「でも、気を付けてね。成長っていいことだけじゃない。1度歪んだ価値観って修正が効かないんだ。思わぬところで足元を救われるよ。」
翠は何かを思い出しながら語っているようだった。
その横顔は少しだけ物悲しそうだった。硬はそんな翠の顔を見るのが初めてだった。
『ブーブー』
硬のポケットに入れていた携帯端末が震える。
硬「あれ?なんだろう。また依頼かな?」
【研磨石《Cut》クラス昇格条件を満たしました。】
硬「これって。」
翠「あー。そういえば小林との決闘、直前でオールイン決闘に変えたんだっけ?良かったじゃん。俺硬ちゃんに先越されちゃったよ~。」
硬「で、でも俺にはまだ早いんじゃ…」
亮「大丈夫。硬君はもう十分戦える。昇格してもいいんじゃないか。」
翠「じゃあ、明日昇格の手続きに行こうか。俺も本部に用があったからちょうどいいや。」
硬「え?ラピダリーって本部とかあるんですか?」
亮「あるに決まっているだろう、なんだと思っていたんだ。」
Barの扉には「Close」が掛けられていた。
お店の光と楽し気な声は外に漏れていた。
*
硬「それじゃあ、翠さんまた明日。亮さんも、ごちそうさまでした。美味しかったです。」
翠「うん。じゃ~ね~。」
亮「気をつけて帰るんだぞ。」
翠も硬も顔を赤くしてずいぶんアルコールが回っているようだった。
硬はBarを後にした。その足取りはふらついていた。
翠「やっぱり、硬ちゃんって似てるよね。」
亮「…どうだろうな。」
翠「似てるじゃん。特にあの熱のこもったギャンブルのスタイルとか。オールインしちゃう辺りそっくり。」
亮「まぁ。否定はしないな。」
翠「ふとした時に重ねちゃうんだよなぁ。死んだ琥珀ちゃんと。だからかな、ちょっと面倒見たくなっちゃうのは。」
亮「やめろ、翠。硬君は硬君だ。琥珀とは違う。」
翠「ごめんって。でも亮ちゃんも少し重ねちゃってるんじゃない?彼のこと凄く心配しているし。それこそ、本当の弟みたいに。次は守り切ろうと――」
亮「翠!飲みすぎだ。今日はもう寝るぞ。」
遮った亮の声には悲しさが少し混じっていたのを翠は感じ取った。
翠「ごめん亮ちゃん。今日はもう寝るよ。」
お店の光と楽し気な声はもう外には漏れていなかった。
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