第18話 ラピダリー②
『カラン』
硬「あ、翠さん!」
亮「遅かったな。翠。話は全部聞いたぞ。無事受かったらしいな。」
御子柴亮と玉木硬はすでにお酒を飲み始めていた。
翠「ただいま。亮ちゃん俺にも酒と豆頂戴。」
翠は硬の横に座りカウンターに肘をついた。
硬は、そんな翠の顔を覗き込んだ。いつもと変わらないはずの翠の目は深く、黒く感じた。
亮「ほら、豆と酒だ。今日はバラライカだ。」
翠はグラスに口をつける。
翠「うん。美味しい。」
亮は満足そうにカクテルグラスを丁寧に拭いている。
亮が経営するBar「琥珀」。お酒は美味しいし、立地も悪くない。お客さんもまばらに入っている。
でも、亮さんはもともとラピダリーの運営だった。
なぜ、亮さんはラピダリーからこのバーに?
硬はまだ亮のことを深くは知らない、そして翠のことも。
硬「あ、あの亮さん。1つ――」
『ブブッ。ブブブッ。』
硬が亮に質問をしようとした瞬間だった。
入会試験後に手渡された連絡用の携帯が震えた。
どうやら翠さんも同じだったようだ。
携帯の画面をつける。硬と翠の顔を液晶の光が照らす。
【外部依頼:原石《rough》クラス14名。賞金100万円。参加希望者は以下のフォームから回答してください。】
硬「あ、翠さん、これって。」
翠「チッ。サーカスか…」
そう呟くと同時に亮の手が止まる。
硬「え?サーカス?」
硬の疑問に答えたのは亮だった。
亮「悪趣味な連中の見世物だ。硬君、行っちゃだめだ。君はラピダリー内で行えるカジノで稼ぐんだ。外部依頼なんて受ける必要はない。」
亮はカウンターから身を乗り出す勢いで硬を見つめた。
硬「え?ええと。」
翠「はい、はい、落ち着いて。硬ちゃんはまだラピダリーについて何も知らないんだから。改めて、ラピダリーについて説明するね。硬ちゃん。」
翠は携帯の電源を落とし、硬に向かい右手でピースをする。
翠「まず、ラピダリーは“ギャンブラーの養成所”と“派遣会社”。2つの側面があるって話は前にしたよね。」
コクコクと首を縦に振る。
翠「さっき亮ちゃんが言ったラピダリー内のカジノは前者。」
翠は突き立てた右手の人差し指と中指を、左手で指しながら説明を始める。
翠「ここではラピダリー内のギャンブラーが、いつでもギャンブルができる。ポーカーやブラックジャックなど既存の物から、入会試験のミドル・キングダムのようなオリジナルまで、多種多様なゲームがそろっている。俺が前いたときはここが主戦場だった。」
翠は突き立てた人差し指をなぞりながら話し続けている。
翠「ここでは相手との同意ありきだが、自分の持っている額以上の金額や、お金以外のものなんでも賭けることができる。もちろん負ければ借金だったり、賭けたものを失ったりするけど勝てばそれだけメリットがある。」
亮「翠。違うだろ。」
亮が翠の話を遮る。
亮「相手との同意ありき、つまり、自身の安全な範囲でのギャンブルが行えるということだ。自分の持っている以上を賭ける必要はない。金を失うリスクはあれど、すべてを失うリスクは無い。それがラピダリー内のカジノだ。」
亮の説明は翠の利益を前面に出したものではなく、安全性を引き合いに出したものだった。
翠「ま、その辺は人によるよね~。」
翠はなぞる指を人差し指から中指へと移動する。
翠「そして、さっきのメール。あれが派遣会社としてのラピダリー。」
亮は眼鏡を掛けなおす。レンズの先の目が鋭くなった気がした。
翠「これがやっかいでさ、ギャンブルで勝っても得られるのは賞金のみ。でも、ギャンブルで負ければ、その負け分の借金が降りかかる。ハイリスク、ローリターンといったところかな。」
亮「つまり、わざわざ外部を受けるメリットは無いんだ。硬君。」
翠「ちょっと、亮ちゃん。気持ちはわかるけどさ、いったん落ち着いてよ。」
翠は亮を制止する。亮の鋭い目が翠に向いた。
翠「正直メリットは薄い。でもその分、勝ちやすい。相手が素人だったり、自分が強いと勘違いしている連中だったりするからね。負けた場合はあくまでも最悪の状況。」
硬「な、なるほど…」
硬はこれまでの話を理解するのに必死だった。
翠「主にこの2つで俺らギャンブラーは稼いでいく。ただ、2年くらい前からとある依頼が増えてね。」
亮「新たな3つ目の側面。見世物小屋。」
翠「…あぁ、俺らはそれを“サーカス”って呼んでる。」
硬「あ、さっき言ってたやつですよね。それって?」
翠と亮の目から光が消える。
亮「ラピダリー内のギャンブラー同士で競わせ、それを楽しむ悪趣味な連中に向けた見世物。人を人とも思わない悪意の塊のような依頼。それがサーカスだ。」
亮の語気には怒りが混じっていた。
翠「ま、そういうこと。本来の外部依頼と比較しても勝ちにくいだろうね。でも、大丈夫。硬ちゃん、俺と一緒なら絶対勝てるから。」
亮「な、翠!お前もしかして依頼受ける気なのか!?」
亮の焦り様からしてただ事ではないことは感じ取れた。
翠「あぁ、賞金100万は原石《rough》クラスにしては破格。それにラピダリーを通しているってことは、亮ちゃんが心配しているようなことは起こらないよ。」
亮「し、しかし、」
翠「それに、もしその開催元が東院連合だったら。あの日の真実に近づける。」
翠と亮の間には二人にしかわからない独特な空気が流れていた。硬にとってそれが何故かとても不気味だった。
亮「…翠、いいか。硬君を助けてあげるんだぞ。」
翠「はいよ。さ、硬ちゃん。さっきのメール、応募しようか。」
硬「え?あ、はい!」
翠は携帯の電源を入れ、メールを開く。硬も追いかけるように携帯を開いた。その指は何故か少し震えていた。
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