第10話 クレイジー・カップス ③
「×1」「×1.5」「×2」「×2.5」「×3」と書かれたカップはミライが机にしまう。
代わりに並べられたのは「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」と書かれたカップだった。
それが意味することを玉木硬は言わずともわかっていた。
「さて、やろうか。続き。」
淡々とミライが話す。硬が感じていた違和感は目の前のカップにかき消された。
「僕の攻撃からだったよね。賭けるのは5万だ。」
「5!?」
今までは1,2万しか賭けていなかったミライがここにきて大きく賭けを釣り上げる。
「はい、ボール。」
投げられたボールはさっき以上に重たく感じた。
「じゃ、後ろ向いてるから好きなとこ隠しといてよ。」
最低15万負け。最高25万の勝ち。もし勝てれば一気に目標の100万に近づく。
なら、どこに隠す。さっきまでのミライの攻撃を振り返る。
透視という言葉で揺さぶりをかけた一回目以降、彼は当てることが出来ていない。
透視はハッタリ。なら、倍率が引き上げられたのに掛け金も上げた理由は?
勝つ自信があるのか?それともまだ勝ちにこだわっていない?
どちらにせよ、ここが勝負どころだ。
奴は今までチェックの際は最高倍率を選ぶ慎重さがあった。そして倍率がひきあがった以上、その慎重さが覆るとは思えない。
そして、奴のアンサーはこれまで「×2」,「×2.5」と高い倍率を選択している。
なら、普通に考えれば、今回選択するのも「×4」や「×4.5」の高倍率。
だから隠すべきは最低倍率になる。
と、いう罠を張っている。冷静に考えろ、最低倍率でも前回の最高である「×3」だ。十分回収できる。
なら今回は、
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
〇
「×3.5」だ。彼が高倍率の可能性も、罠で最低倍率を選ぶ可能性もどちらも潰せる最善手。のはずだ。
「隠しました。」
「お、じゃあ当てちゃおうかな~。」
ゆっくりと振り返ったミライがカップの上空にかざした手はぴくぴくと動いている。
「う~ん、チェック。これかな。」
↓
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
〇
選んだのは「×5」やはり慎重派だ。
「さて、じゃあアンサーだ。悪いけど、硬君。また透視。させてもらうよ。」
「…」
大丈夫ハッタリだ。過去2回あいつは外している。当てたのは1回だけ。
再び上空に当てた手がぴくぴくと動いている。
「ここだ。アンサー」
↓
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
〇
「な!」
「お、的中~。」
開けたカップは「×3.5」だった。
なぜ?どうして?透視?本当に?たまたま?それとも誘導?
「5×3.5で17万5千円だね。さ、払ってもらおうか。」
「っく。」
ミライのニヤついた目は嫌にギラギラして見えた。
硬 残金:49万円→31万5千円
「硬君。いくら賭ける?」
一瞬にしてこれまでの勝ち分を失った。ここで取り返さないと、俺は…。
そうだ。ここは少額でいい。小さく賭けて、少しでも回収すればいい。
今の残高は31万なんだ。もし、5万以上を賭けて大きく外したら。
違う。そうじゃない。今は確かに当てられた。でも俺だって当てている。
チェックで1回。アンサーで1回。
なら当てられる。もし外しても残高が0になるわけじゃない。
「…5万」
ミライが目を見開いていた。
「へ、へぇ~結構いくね。じゃ、じゃあ後ろ向いてて。」
後ろを向き、脳を動かす。カップの開く音が聞こえる。
「良いよ。」
ミライの顔はこれまで以上に真剣だった。額に流れる汗を硬は見逃さなかった。
高倍率で回収しに行くのなら、まずは低いところをチェックするべきだ。…だが、もし×5に入れていたら?俺はアンサーでそれを選ぶことが出来るのか?
…外せば25万。×5に入っている可能性はある。チェックはノーリスク。だが、勝つならアンサーで当てる。
だが、もし…。
「どうしたの?チェックだよ。」
ミライのその声は少し震えていた。顔の前で手を合わせてこちらを見つめる目には強い力が込められていた。重力に負け厚手の袖が左右互い違いに下がっている。寒いと言っていた彼の額には汗が流れている。さっきまでの軽い姿はどこにもなかった。
そうだ。ミライも金額の大きい勝負。当然緊張もする。
…
なら、どうして攻撃の時は緊張していなかったんだ?
【異様に重いゴムボール】
もしかして…。
頭の中で情報が錯綜する。【空中で手をかざす】
「チェック」
ゆっくりと開かれたカップ。【互い違いに下がる厚手の袖】
中からボールが転がってきた。
↓
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
〇
【臆病者】
「ふぅ。流石硬君だ、チェック成功。これ、5万円。」
【守備での異様な緊張】
硬 残金:31万5千円→36万5千円
「さて次は僕が攻撃の番だね。賭け金は…」
「待ってください。」
「え?」
*
急な待った宣言。なんだ?何のつもりだ?
「このゲームを考えたのはミライさんですか?」
「な、何?急にどうしたの?まぁそうだけど。」
こいつ…急に何を言い出すんだ?ルールには俺が有利になる要素は無い。
お互いイーブンな難易度だ。
「…なら、確認したいことがあります。このゲームは『守備側が隠した場所を攻撃側が当てる。』ここが重要であり、このゲームの核。あってますか?」
今更ルールの再確認でもしたいのか?金が減って焦っているのだろうか。
「あぁ、チェックやアンサーといった細かなルールはあるけど本質はそこだ。」
「ありがとうございます。それが聞けて安心しました。」
「もういいかい?じゃあ今回の賭け金なんだけど――」
「もう1つ、お願いがあります。」
言いかけたところでまた遮られる。
「今度は何?」
「このままずっと1万2万、高くても5万の賭け。俺はここに大金を稼ぎに来ている。」
「だから?」
「次の、ミライさんの賭け金。20万にしてください。」
「な!?」
頭がおかしくなったのかこいつ?20万?最高100万だぞ?
「いやいや、硬君。何言ってんの?このゲームって守備の方が有利なんだよ?ここで20万って俺の自爆じゃん。」
「でも、ミライさんは透視を使える。」
「は?」
こいつ透視の正体に気付いてやがるのか?
「その正体が何かは分からない。でも今更咎めるつもりはありません。」
「その言い方。とらえようによってはイカさまを承認している風に聞こえるけど…」
「もし、透視の正体がイカさまだとしても、俺は咎めません。」
こいつ…馬鹿だ。
ついている。わざわざ俺が攻撃の時にこんなことを言い出すとは。
「言質取ったからな。」
これまでで一番低く、重い声でミライは呟いた。
「…それはこっちも同じです。」
硬も小さく呟いていた。
「賭け金は20万。もし君が負けても払えませんは通用しないからね。どんな手段を使っても僕は回収するよ。さ、好きな所に隠しな。後ろ向いておくから。」
あいつが何で急にこんなことを言い出したのかは分からない。
もし俺のイカさまがバレていたとしてもどうすることもできない。
この俺の上着の袖に着けた磁石と、ボールの中に隠した磁石を使った透視がバレていてもな。
上着を羽織ってからの俺は百発百中だ。
上空でかざした腕が、物理的に強く引かれたカップを開けばいい。単純だが、こういうのが騙されるんだ。
カップを変えてから当て始めると人はカップを怪しむ。上着に疑いが向けられても、厚手の生地の間に隠した磁石はそう簡単に見つからない。少なくともここに来るような素人には絶対に分からない。
もし、あいつが何かをする気があるのなら、きっとカップの中にボールを隠さず、俺のアンサー終了後に答え出すふりをして、懐から出したボールをカップから出したようにするとかだろうか。
だが、それは通用しないぞ。奴は言った。今回は透視を使っていいと。なら、磁石が反応しなければ、その時点で再戦にすればいい。
「どうぞ。隠しました。」
「はーい」
ニヤつきを抑えるので必死だった。目の前のカモがどこに隠したかは分からないが、最低でも60万は確定だ。
カップの上に手をかざす。
…
強く引かれない。
やっぱりか。
「はぁ、俺は悲しいよ。硬君。」
「…」
「俺の透視の結果。このカップはどれも空だ。」
予想通り、きっと最後の最後にボールを隠していたふりをするつもりだろう。そんなことさせるわけがないだろう。
「なるほど…それが透視の結果なんですね。」
「あぁ。空。君が何を考えているのか分からないが、こうなった以上は再戦だね。」
「いいえ。空じゃない。カップには隠してある。」
「は?」
硬の目は熱を帯びていた。声には確かな力があった。
こいつ。何言いだしやがる?
「いやいや、カップにボールを隠してないんでしょ?」
「確かにそうです。」
硬は自身のポケットをゴソゴソと動かした。
「確かにボールは隠していない。」
ポケットから取り出したボールを机の上に転がす。
「ほら、じゃあ再戦――」
「でも、カップの中身は空じゃない!」
「え?」
転がったゴムボールが『ドン』と大きな音を立て落ちる。
「カップの中には1万円札が丸めて入っています。それを当てればいい。」
「は?」
な、何いってんだ、こいつ?
「いやいや、そんなのが通用するわけないでしょ。ルールは――」
「いや、ミライさんはさっき認めたはずだ。このゲームの核は『守備側が隠した場所を攻撃側が当てる。』だと。ならボールである必要性は無い。」
「い、いや、言ったけどさ。でもその隠すものってボールのことで。」
「俺はボールを当てることが核だなんて一言も言ってませんよ。それにボールが核なら、さっきの時点でミライさんが訂正をするべきだった。それがなかった時点で隠すものがボールである必要はない。」
「な。なんだよ?それ、そんなの屁理屈だ。」
そんなの通るわけがないだろうが。
「さぁ、チェックをして下さい。ミライさん。」
「いや、だから、ボールが隠されていない以上ゲームが破綻――」
そう言いかけた瞬間、
『ガチャ』
硬の後ろにあったドアが開いた。
「いいや、破綻はしてないよ。」
「翠さん!亮さん!」
そこにはスーツを着た男が2人立っていた。硬の知り合いだろうか。一人は色黒で着ているスーツはピシッとしている。長い脚とガタイの良さ。メガネから覗くその目は力強く、恐ろしかった。
だが本能的に恐ろしさを感じたのはもう一方だった。ヨレヨレのスーツを着こなし、オチャラけた雰囲気があるのに妙に圧があり、その目には刺すような冷たさを感じられた。
「このゲームの核がボールじゃないことを証明する方法はもう1つあるんだ。」
「は?」
さっきからなんだ、なんなんだ、こいつらは。
「このゲームの名前『クレイジー・カップス』。主題はカップだ。これがクレイジーボールなら、ボールが核でも理解はできる。だが違う。隠す場所がメインだ。ボールである必要はない。まぁどうせ疑いの意識をボールから逸らす為の策だろうが、裏目に出たな。」
「こ、こいつ。」
「さ、硬ちゃん続けていいよ。俺はただここで見てるからさ。亮ちゃんと一緒にね。」
「早く続きをやれ、隠すものがボールじゃなくなっただけではゲーム続行不可とは判断できない。ここでやめるならそっち側の試合放棄として、20万払ってもらうぞ。」
妙に圧のある2人に押されるようにゲームの続行を進められる。
多分、断れば俺は本当に20万払わされる。いやそれ以上のことをさせられるかもしれない。
「わ、分かった。やるよ。チェックだ。」
どこだ。どこを選べばいい?いや、チェックする場所は決まっている×5だ。もしアンサーの結果×5にあって、それを俺が外せば100万だ。それだけは避けなければ、これはそのための安全装置なんだ。
ゆっくりとカップを持ち上げる。
頼む…もうここにあってくれ…
中身は、
↓
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
×
空。よって、アンサー。
「ふぅ…ふぅ…」
上手く呼吸ができなかった。手は震えていた。額の汗はこれまでで一番かいていた。
どこだ。どこにある。可能性が高いのはやはり×4.5だ。だが、もしなかったら?
90万。俺が払わないといけないのか?
まずい。そんなことになったら…
カップに手を伸ばす。手に取ったカップは「×3」
↓
「×3」「×3.5」「×4」「×4.5」「×5」
× ×
中身は、空。
「外れです。正解はここです。」
硬がそう言って開けた「×4.5」のカップには丸まった1万円札が入っていた。
硬 残高:36万5千円→126万5千円
「ひゅ~硬ちゃんやる~。」
「フッ。」
「あ、今亮ちゃん笑った!硬ちゃんのこと見直したんでしょ!」
「ふざけたことを言うな。認めたわけじゃない。まだまだ未熟だ。」
「素直じゃないんだから~。」
後ろで話す男たちの会話は軽かった。でも確かな重みを感じられた。
「翠さん!亮さん!俺勝ちました!約束通り100万!溜まりました!」
「うん、よくやったね硬ちゃん。じゃあ帰ろうか。」
「車出すからちょっと待ってろ。」
「…待てよ。払うわけねぇだろうが。」
亮は足を止め振り返った。
帰らせる訳が無いだろうが。
ミライはパーテーションに手を掛け倒した。その裏にはざっと5人ほどのガタイの良い男たちが鈍器を持って立っていた。
*
「や、やばいですよ。翠さんどうするんですか?」
「あーあ。1番の悪手に出ちゃうか。」
翠の顔も声も余裕そのものだった。
「おい、ここにいるのはこれで全部か?」
亮の声は異様に重く深かった。最も怖かったのはその顔が真顔だったことだった。
「は、なめるなよ。こっちは天下の東院連合の傘下だぞ。なめてると――」
「おい。嘘でもその名前を出すんじゃねぇよ。」
亮のその顔は真顔なのにどす黒く、その場の全員が萎縮した。ただ一人翠を除いて。
「まぁまぁ、ねぇ。東院連合の皆さん。本当に君たちがそのヤクザなら、知ってるんじゃない?『殺しの亮』の異名を。だったら素直にここは払っておいた方が―」
「うるせぇ!本当に殺すぞ!!」
ミライは自分を奮い立たせるように叫んだ。その姿は小動物の威嚇だった。
「えぇ。知らないのぉ?」
「翠、どけ。」
その声が聞こえてからは一瞬だった。亮さんの長い脚がミライの顔面に当たり、その身体が宙に舞った。
そして一瞬の静寂を経て。
『ガシャーン!!』
倒れたパーテーションや机を巻き込み、床に落ちた。
「おい、ここは賭場だ。お前らが金を払わないなら、俺が全員殺してでも払わせるぞ。」
その言葉が冗談じゃないことはここにいる全員が理解できた。
「す、すみません。は、払います!!」
結局怖気づいた連中から90万を受け取る。
「そうだ…もしも、お前らが本当に東院連合の傘下なら。」
亮はゆっくりと歩き、恐怖で萎縮している男たちの前で立ち止まった。
「今、殺すぞ。」
「「「「「「っひぃ!!」」」」」」
ガタイのいい男たちは情けなく声を上げていた。
「そうだよ~この亮ちゃんは東院連合の人間には厳しいからね!もし嘘なら謝った方がいいよ~。」
亮の後ろからひょっこりと顔を出した翠のその顔は笑顔だった。
「ごめんなさい!嘘です!!こういえば大抵はビビって怖気づくんです!」
「…」
亮さんのその顔は変わらず真顔だったが、そこに黒さは無かった。
「おい、翠、硬君。帰るぞ。」
その場はお開きになった。
ただ一つ、亮さんへの疑問だけが俺の中に残った。
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