9話:社会のお勉強
シースーさんは本を机の上に広げ、見開きいっぱいに描かれた地図を指差した。
「中央を基準にして、’南’・’北’・’東’・’西’。そして中央の反対側――通称『真裏』。この六つに分けて考えると分かりやすいよ」
’南’では『癒し』と『生産』
’北’では『死』と『財宝』
’東’では『武術』と『食事』
’西’では『魔法』と『教育』
’中央’では『集団』と『団結』
そして中央の『真裏』にある『絶望』と『滅亡』
これら6つの場所に分かれていてこの’真裏’
この’真裏’から四方八方に魔物が’中央’に向かって進行をし続けている
───っていう感じが一番わかりやすかったかしら」
シースーさんが話し終わり
(なるほど門番のお姉さんが言ってたこととあんまり変わったとこは見当たらないな)
シースーさんが続けて言う
「『真裏』を起点に魔物は中央方面へ進み続けている。理屈の上では四方八方からだけれど、実際に大きな脅威になっているのはほとんど’北’ね」
「たしかに’北’は『死』がありますもんね。」
「そう思うでしょう? でも、『死』と呼ばれるようになった理由は、魔物の数そのものじゃないの」
シースーさんは、少しだけ苦笑した。
その答えにフユトは驚く
シースーさんが南の方を指で差し
「南は海と砂漠。そもそも魔物が陸まで上がってくること自体が少ないの」
次に指が東の方を指し
「東は火山地帯。そこには知力の高い竜が多く住んでいて、人間とは長い間にらみ合いが続いているわ」
そして指が西の方に指され
「西は森。世界各地から集まる学校があって、魔物への対処も生徒たちが担っているの」
(学校の生徒が魔物と戦うのかよ……)
異世界という言葉だけでは片付けられない情報量に、フユトは頭を抱えた。
そこで残る北からは少しばかり歴史が絡まってくる
「昔の北は、『労働』と『財宝』の地域だったの」
「……だった?」
「ええ」
シースーさんは地図の北側を指でなぞった。
「ある時――運が悪かったのね。鉱山の洞穴と、魔物が通る地下道が繋がってしまったの。」
そこから魔物が街へ大量に流れ込み、北の街に住んでいた一般の人々にも多くの犠牲者が出た。
そして’中央’に続く道を守るものもいなくなった。
「だから人々は恐れを込めて、北を『死』と呼ぶようになったのよ。」
それからもシースーさんは、南の文化、東の竜、西の学校など、地図を指しながら一つずつ説明してくれていたのを聞いているとお昼時になっていたためシースーさんが一旦休憩を挟んでくれた。
お昼の準備をしに行くシースーさんに最後に一つ質問する。
「シースーさん。ちなみに、その魔物たちが出てくる元凶って……いるんですか?」
そう質問するとドアがバンと蹴り開けられる
「そこからは俺が語ってやろう!」
ガーザルさんが胸を張っていう
そう言ったガーザルさんの膝をチラッと見ると廊下の絨毯の跡が付いている
(というか、絨毯に膝の跡ついてるんだけど……)
(もしかして、この人ずっとここで正座……じゃなくて待機してたのか?)
そう思っているとシースーとすれ違いでガーザルさんが部屋に入って俺の目の前に座る
「詳しい話は飯食い終わってからにするが少し簡単なお勉強だ。」
ガーザルさんがずっと右手だけにつけていた指だけ出ている手袋を外す
手のひらを見ると俺は驚いた。
他の人の紋様を見たことはなかったがまず初めに色が全然違う
俺のは紋様があるのかどうかもわからないうっすい白色だ
しかしガーザルさんの手のひらは橙色ではっきりとした色で紋様の形もずっと細かく複雑であった。
「最初はほとんど見えない白。経験を積めば白が濃くなっていく。そこまで来れば中級冒険者だ。そして、その先が――色付きだ」
「じゃあ、その先は?」
「……色が付く。だが、中級から上級は別物だ」
「この色付きの紋様になるためには数回の死を乗り越えるかそれと同等の代償が必要になってくる。色は皆それぞれ違うんだがそれを言うのはまたいつかにしよう。」
(待て待て待て待て、それってガーザルさん『死んだことがある』かもしれないってこと!?)
(それに数回って言った? この世界って死ぬのがアチーブメントの扱いなのか???)
「……まあ、聞きたいことは何となく分かる。だがその話は今のお前にはまだ早い。」
「それとここからが本題。お前に聞きたいのがどの冒険者になるかだ。」
「どの冒険者になるかって全部一緒じゃないんです?」
ガーザルさんが首を横に振る
「大きく分けて二つだ。『収集』と『冒険』。『収集』は魔物の素材を集めることを目的とする者。
『冒険』は魔物を越えて、世界そのものの先を目指す者だ。そして『冒険』を選ぶ連中には、さらに二つの考え方がある――『善者』と『偽善者』だ」
「簡単に言うと世界平和を目指し魔物と戦う『善者』。金や名声、私利私欲のために魔物と戦う『偽善者』。この2つに分けられる。」
そう言ってきたガーザルさんに質問をする
「それを聞いてきてなんか意図があるんですか?」
それを聞いたガーザルさんが頭をポリポリ掻いて言う
「さっきのシースーさんの歴史で聞いただろ?勇者の話。」
「……もしかして、人類史で教えてもらった勇者パーティーと関係あるんですか?」
まだ北が『労働』だったずっと昔に勇者パーティーを中心とした総勢およそ二百人の精鋭部隊約200人にも及ぶ精鋭部隊が一度『真裏』に終止符を打つために進行したが結果惨敗。深淵に続く絶壁にもたどり着けずして終わったのだという。
「ギルド受付とかの役員達や一般人はほとんどは知られてねぇが実は2人生き残ったやつがいたんだ。」
驚いてフユトは立ち上がってしまう。
「……え!?2人、生き残ったんですか!?」
「あぁ、たった2人な。俺のギルドマスターを引き継いで聞いてきたことだから正確かは知らん。けれども大衆には死んだことにしたほうがだよっぽど良い。」
急にガーザルさんの声のトーンが落ちる
「深淵に潜んでいた何かが、死にかけていた約二百人に力を与えた。その中で、力に適合して生き残ったのが2人だけだった」
「その2人はどうなったんですか...?」
「2人とも、人間の姿を残した魔物のような存在になっていたらしい。自我を失った方は、中央へ戻る前に討伐された。」。
「だが、もう一人は違った。自我を残したまま――仲間だったはずの者たちを、全員にとどめを刺した。」
「そして自分のその力を見て人類の到達すべき最後の進化だと言って彼だけで’中央’に戻ってきて暴れた。」
(怖、なんでさっきまで仲間だったやつ殺せんだよ気は確かか??)
「だが、’中央’にいた人間は一人も殺さなかった。」
「それは……なんで?」
「さあな。だからこそ、余計に不気味だったんだ」
「そして彼はこう言った
『これは人類が到達すべき最後の進化だ。そして――『真裏』には、落ちこぼれた人間でも英雄になれる力がある』
と笑いながら言い、そのまま去っていった。その言葉に惑わされ、力や名声を求めて『真裏』へ向かう者が現れた。そしてその力に適合したらしき者たちが今では各地で目撃されている。そんな彼らをいつしか――『リバーサー』と呼ばれるようになった。」
(本当になんで今教えてくれたんだ?)
そんな顔をしている俺を見たガーザルさんが
「つまりだな。『偽善者』になるなとは言わねぇ。ぶっちゃけ、俺はお前には『善者』になってほしい。だが、それ以上に――」
「欲望に飲まれるな。目標と欲望を一緒にするな」
ガーザルさんの言葉が胸に響いた。
(目標と欲望を、一緒にするな……か。まだ冒険者になったばかりなのに、ずいぶん重いことを言われたな)
シースーさんが下からお昼の用意ができたという声が聞こえる。
その瞬間、今まで存在を忘れていた嗅覚が一気に仕事を始めた。
「ちなみに――今の話はギルドの最上部でも、一部の人間しか知らない。」
「だから、他では絶対に話すなよ」
「え!? なんでそんな重要な話を俺にしたんですか!?」
「ほらさっさと行くぞ!せっかくシースーさんが作ってくれた飯が冷めるぞ!」
俺が驚いて固まっているのを置き去りにして部屋を出ていったガーザルさんを追いかけるように俺は部屋を出るのであった。




