第2章:貞人の冷徹な遺産
#犬神家 #腐った愛の解剖学 #サイコスリラー #医学サスペンス #なろう小説 #創作
「なろうの読者諸君は異世界への空想に耽っているかもしれないが、東大の医学生である僕は、君たちの皮膚の裏側にある世界――魔法などよりも遥かに悍ましい解剖学的迷宮に興味がある」
壁時計が午後7時を指した丁度その時、僕は犬神家の屋敷に足を踏み入れた。この家は、コンクリートの土台と息の詰まるような期待の上に築かれた静寂の金字塔だ。文京区の埃っぽい空気とは対照的な、塩化ベンザルコニウムを含んだ床用洗剤の匂いが僕を迎える。
広々としたダイニングルームでは、一人の男がデジタル新聞を手に背筋を伸ばして座っていた。犬神貞人。僕の父親だ。東京大学医学部附属病院の脳神経外科を、あたかも自分の王国であるかのように支配している男。
「江戸」重々しく、感情の起伏を排した声。「今日、田中教授から連絡があった。君のシナプス・メカニズムに関するプレゼンテーションを褒めていたぞ」
「ありがとうございます、父さん」僕は硬直したまま答えた。許されるまで席にはつかない。彼の前では、まるで電子顕微鏡の下で検品されている標本になったような気分になる。
貞人は端末を置いた。数千もの開頭術を見てきたその鋭い眼光が、僕を真っ直ぐに射抜く。「だが、彼は一点だけ指摘していた。君は理論に固執しすぎている。犬神家の人間は教科書によって作られるのではない。生きた組織を解剖する際の手の精密さによって作られるのだ」
彼は立ち上がり、僕に歩み寄った。寝間着からは高価な煙草と消毒液の匂いが漂う。突然、彼は僕の右手を掴み、指先を荒々しく検分した。
「手の骨間筋に僅かな震えがあるな」彼は冷ややかに囁いた。「睡眠不足か? それとも、階下で朱里と過ごしすぎているのか?」
手首にかかる圧力が増す。橈骨と尺骨が軋み合うのを感じる。この家族において、疲労は臨床的な欠陥と同義だ。
「独学で実験を行っていただけです、父さん。高度な微小血管吻合の手順です」僕はフラットな周波数を維持したまま答えた。
貞人は僕の手を離すと、薄く笑った――その笑みが彼の目に届くことは決してない。「いいだろう。感情に手の安定を乱させるな。感情など無益な化学分泌に過ぎない。腹部を切開し、頭蓋を開きたいのであれば、患者を単なる生物学的対象として見なさねばならん。それ以上でも以下でもない」
彼は地下室へと続く個人用エレベーターの前で足を止めた。「卒業試験の前に朱里を死なせるなよ。君のキャリアに泥を塗るような犯罪記録は必要ない」
父が書斎へ去った後、僕は深く息を吸った。肺が冷たい羊水で満たされたような感覚。この精神的重圧は愛情などではなく、犬神家というブランドの「製品」としての品質管理に過ぎない。
僕は地下室へと向かった。防音仕様の鋼鉄の扉の向こうでは、朱里が既に待っている。何かをしなければならない。父の手が僕の皮膚に残したあの冷たさを忘れるために、真皮を切り裂くメスの感触が必要だった。
君たちには、これが狂気に見えるかもしれない。だが僕にとっては、犬神貞人の影の下で正気を保つための唯一の手段なのだ。




