第15章:時速100キロの動脈
#犬神家 #腐った愛の解剖学 #サイコスリラー #医学サスペンス #なろう小説 #創作
「ファンタジーの世界で英雄がドラゴンや馬車を追い、勝利で終わるシーンを君たちはよく読むだろう。だが、背後に鳴り響くパトカーのサイレンを聞きながら港へと東京の街を突き抜けるのは、いかなる魔法も与えられない種類のアドレナリンだ。激しく揺れる車内の中、僕が握っていたのはハンドルではない。朱里の引き裂かれた動脈だ——時速100キロの狂気の中で、彼女の命を縫い合わせようとしていた。永遠に姿を消す前に、僕はこの日本に、決して解明されることのない医学記録だけを残していかなければならない」
港区の路上、犬神家のスポーツカーのタイヤが鋭い悲鳴を上げた。バックミラーには東京警視庁の赤と青のライトが反射し、ガンの組織を追うスカルペルのように夜の闇を切り裂いている。
「江戸くん……あったかいわ……」助手席で朱里が喘ぐ。
検問の警官が放った銃弾がドアを貫通し、その金属片が朱里の右大腿部を直撃した——大腿動脈の破裂。酸素を豊富に含んだ鮮やかな赤色の動脈血が、彼女の心臓が打つたびに噴き出し、高級なレザーシートを真っ赤に染め上げていく。
「傷口の近位を圧迫しろ、朱里! 循環血液量を減らすな!」僕はアクセルをさらに踏み込みながら叫んだ。
一瞬ハンドルから手を離し、車を直線の上へと走らせる。後部座席からエマージェンシーバッグをひったくった。東大基準の麻酔や滅菌を待つ時間などない。僕にあるのは血管クランプと止血剤だけだ。
車がガードレールを掠め、激しく振動する。高速で点滅する街灯の下、僕は人生で最も狂った「執刀」を開始した。朱里の服を裂き、凄惨な傷口を露出させる。顔に血が飛び散り、目に入ったが、僕は瞬き一つしなかった。
「耐えろ、痛むぞ」僕は冷たく囁いた。
開いた傷口にクランプを突っ込み、血溜まりの中を探り当て、破れた血管の拍動を指先で捉える。カチッ。 クランプをロックした。噴水のような出血がぴたりと止まる。朱里が悲鳴を上げ、その体が激痛でのけ反った。彼女が普段は愛してやまない痛みも、今回ばかりは本物の死の淵だった。
「一針……連続縫合一針でいい」橋の継ぎ目で車が跳ねる中、僕は安定した手つきで彼女の血管壁を縫い合わせていった。
サイレンが近づく。警察のヘリコプターが上空からサーチライトを浴びせ、夜を悍ましい昼へと変えた。港のコンテナエリアに到着する。13番埠頭には、国旗を掲げていない黒い貨物船が待っていた——父の闇のコネクションだ。
ブレーキを叩き、車を180度スピンさせて岸壁の縁で止めた。出血性ショックで蒼白になった朱里を抱きかかえる。
「江戸くん……また助けてくれたのね」彼女の冷たい手が、彼女自身の血で汚れた僕の頬を撫でた。「もう……誰もいないわ……私たちと、私たちの解剖学だけ」
最後にもう一度だけ振り返る。遠くから数十台のパトカーが迫っているが、僕たちはすでに母船へと向かう救命艇の上にいた。僕はスマートフォンを取り出し、すべての暗号化データを消去すると、東京湾の深淵へと投げ捨てた。
さらば、東京大学。さらば、犬神貞人。
日本は僕を怪物か、あるいは失踪した医学生として記憶するだろう。だが、法の届かない世界の果てで、僕は研究を続ける。朱里を助手、そして永遠の標本として、この世界の神経の奥深くまでを解剖してやるつもりだ。
僕たちの愛の解剖学は、まだ始まったばかりなのだ。




