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キンセンカ  作者: 櫻美
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12/14

十二

母は身体が弱かった。

やっと退院したかと思えば

数週間後にはまた入院していた。

そんな母と過ごす日々は正直辛かった。

手を引いてもらい何処かへ出かけても

食事している時も、台所に立つ姿を見ても

明日、同じ日々が繰り返される保証がなかった。

病院からの電話はすぐに分かった。

電話で話している父の顔は徐々に曇り

眉を顰め、暗い顔をし電話を切った後も

暫く携帯を見つめて呆然としている事も多かった。

小さい私が父の足元に駆け寄って行くと

頭を撫でて

「かあさん、今日は帰ってこれないんだって。」

「帰ってこないの?どうして?」

「身体がな、元気ないんだって。だから、

お医者さんに診てもらうんだ。」

「どうして、どうして、いやだいやだ。

昨日だって元気だったよ?どこも悪くないよ?

お母さんは元気だよ、おかしいよ。」


まだ小さい私は寂しさに耐えれず

泣きじゃくって父の服の裾を伸ばして

よく困らせていた。

父は「そうだな、おかしいよな」と

困った顔で私が泣き止むまで

頭を撫で続けてくれた。

母が入院している間、毎日のように

お見舞いへ行った。父が仕事で忙しい時は

叔父さんが連れて行ってくれた。

父も中々仕事を休めないので

次第に叔父さんの家で面倒を見てもらう事も増え

そして、次第に紀美子さんと

茂兄さんと過ごす日々も増えていった。

紀美子さんは出会った頃から優しくて美しかった。

入院中、母の代わりとしてずっと

面倒を見てくれていた。そのおかげで

私だけではなく父も大変助かったと思う。

それでも、母の事を考える度に私はやっぱり

寂しくて隠れてしくしくよく泣いていた。

ある日、叔父さんの家で居た時の事。

紀美子さんは買い物に行くと言うので

私と茂兄さんも連れて行こうとしたけれど

私は断って留守番をする事になった。

一人だと心配した紀美子さんは茂兄さんも

家において一人で行ってしまった。

茂兄さんは紀美子さんが外に出た事を認めると

テレビの前であぐらをかいてダラダラと流れる映像を

つまらなさそうに見始めた。

茂兄さんとは殆ど話した事もなければ

目すらも合わした記憶がなかった。

妙に緊張した空気が流れ、こんな事なら

留守番するなんて言わなければとこの時は思った。

突っ立っているのも変なので茂兄さんが座る

少し後ろでちょこんと正座して

テレビの画面だけをじっとみていた。

暫くしてそろそろ足が痺れてきた頃、茂兄さんは

ちらりと見て「足、しんどくないの?」と

一時間近く経ってやっと聞いた言葉だった。

私は返事せず足を前に伸ばして

くつろげるように座り直した。

そして、続けて茂兄さんは「退屈だな」とこぼす。


「遊びにでも行くか?」

「え、駄目だよ、」

「いいじゃん別に、退屈だし」

「ちゃんとお留守番してなきゃ

紀美子さんに叱られちゃうよ。」

「チッ、つまんねえな」


茂兄さんの第一印象は最悪だった。

乱暴な口調の上に

歳が三つも上の男の子が怖くて

ビクビクしながら会話したのを今でも

鮮明に覚えている。

その会話を交わしてからすぐ

紀美子さんは買い物袋を下げて帰ってきた。


「ただいま、ごめんね遅くなって。」


額に滲む汗を腕で拭い

買い物の袋をキッチンに置く姿をみて

着いていけば良かったと静かに思った。


「おやつは?」偉そうに頬杖をつきながら

紀美子さんに問いかける茂兄さん。

それに対して顔色一つ変えずに

「ちゃんと買ってあるから

手を洗ってらっしゃい。静ちゃんも

一緒に洗っておいで、おやつにしましょう」


「おやつ何?」

「プリンよ、好きでしょ?」

「またプリン?飽きたよ、」

「だったら食べなくていいわ、

静ちゃんと私で頂くから。」


紀美子さんは尚も顔色を変えず

慣れたように茂兄さんの相手をしていた。

私は茂兄さんに腹が立った。

どうしてそんな言い方が出来るのか

私だったら母にそんな言い方しない。と

思うのと同時に羨ましくもあった。

母は買い物に出たと思えば道端で倒れてしまい

そのまま入院した事もあった。

紀美子さんは当たり前の事、家へ帰ってきた。

その当たり前が母にはないのだ。


「静ちゃん?どうかしたの?具合でも悪いの?」

「あ、ううん。ちょっと公園に

行ってきてもいい?」

「ええ、いいわよ。一人で行くの?」

「うん、ちょっとだけ遊びたくて」

「ずっと家に行ても退屈よね。

四時には帰ってきてね?」

「はーい、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


別に退屈だから外に出たかった訳ではない。

どうしてもあの家にいると

疎外感やら孤独感と言った類のものに

苦しめられてしまうのだった。

すぐ近くの公園に着いてベンチに座った途端

視界がぼやっとする、目頭がぐっと熱くなる。

どうして、母は私を置いていったのだろうか。




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