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キンセンカ  作者: 櫻美
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11/14

十一

玄関の扉が開く音がした途端

先程までの空気とは一変し

皆んなが同じ方向を見て黙ってしまった。

紀美子さんは戸惑った様な表情を浮かべながら

玄関の方へと向かって行った。


「なんや、帰ってきたんか」

吐き捨てるように言う叔父さんの事を

父は黙って視線だけを送った。

玄関の方では、紀美子さんの声で

「ちょっと」とか「大丈夫なの?」と聞こえてきて

状況が見えないので少しずつ居間へと近づく

足音に不安を覚えた。

叔父さんは呆れた様な怒った様な顔で

玄関の方を黙って見つめていた。

父はと言うと知らんぷりしてお酒を飲む手も止めず

つまみを食ってさっきと何ら変わりなかった。

居間に現れた男はフラフラした身体を

紀美子さんに支えられながら何とか

立っている状態で、何処かで転んだのか

額に赤く血が滲んでいるのが見える。

姿を見せると叔父さんは

「だらしないの、毎晩毎晩フラフラしよって。

本間にこいつは治らんわ」

男は床にぺたりと座り込んで

「はいはい、」

全く気にしていない、相手にしない様だった。


「紀美子、お前が甘やかしてばっかりやから

こんなにだらしない奴になんねん。たまには

ビシッと叱らんと」


紀美子さんは額についた血を

濡らしたタオルで拭き取りながら

「私が言ったって聞かないわ、」


心細そうに小さく叔父さんに反論した。

それを横目で見ていた父は煙草に火をつけて

深く吸い込んだ煙を一気に吐き出し


「今は何を言っても聞かんだろう、そう言う年頃だ。

男なんだから放っておけ」


「兄貴は自分が関係ないから

そんな事言えんねん、毎晩毎晩ふらふらして

あかん事はあかんってちゃんと言わんと、」


「そう言う事なら、お前が言ったらいいだろう。

紀美子が言うのとお前が言うのと

なんら変わりはないと思わないか?」


叔父さんは何か言いかけたけれど辞めたらしい。


「お二人共、よしてください」

私の方をちらりと見て紀美子さんが止めに入った。

そして父が私に「そろそろいい時間だな」と

わざとらしく言うもんだから察した私も

「私、先に帰ってるね」とわざとらしく返した。


「ん、気をつけて帰れよ」


「近くまで送って行こうか?

女の子なんだから危ないでしょう?」


そう言って立ち上がる紀美子さんを見て

茂兄さんが「俺が送って行く」と言い出して

のっそりと立ち上がった。

紀美子さんは反対していたけれど

父が一言「送ってもらえ、一人よりはマシだろう」

と言うもんだから

紀美子さんは黙り、私も断りにくくなり

気づいたら二人で外の道を歩いていた。

隣を歩く茂兄さんはヨタヨタしながら頼りなく

それに加えて歩くのも遅いので

こちらが送っている様な気持ちになり

どうして「送って行く」なんて言い出したのか

酔っ払いの事はわからなかった。

ちらりと茂兄さんに視線をやると

大きいあくびをしてつまらなさそうな面をしていた。


「送ってくれてありがとう、ここで大丈夫」

「そう、それじゃ」

「うん、」


男に背を向け歩き出し

離れれば離れる程、解放感が膨らみ

胸を締め付けていたものが少しずつ解けていった。

一歩、また一歩と離れる。けれど、

順調に離れていたのに男は駆け寄って

離れた距離を元通りに戻してしまった。

私の腕を掴むと「ごめん」と一言漏らし

「なにが?」と聞くと気まずそうに

目を逸らすだけで要領を得なかった。


「痛い、離して」

「俺のこと嫌い?」

「いいから離して」

「嫌だ」

「何がしたいの?酔っ払っているせいなの?」


男の目を見てそう問いかけると

すぐに私から目を逸らして

「ごめん、でも、静にだけは嫌われたくないんだ。」


目を逸らしたくせに、掴んだ腕は離さず

さっきよりずっと力強く掴んだ。

そんな男の事を「愛おしい」と思ってしまう私は

お酒よりも何よりも、酷い病を患っているらしい。





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