場面6 電波アリ
藤田家に到着した誠司と芽衣子の姉弟。
玄関扉に手を掛けた誠司は、いつもの癖で不用心にも鍵をかけていなかった事を少し後悔したが、玄関に入ると特に変化はなく、靴箱の上で雑多に置かれた小物に埋もれた時計を見ると、やはり家を出てからまだ30分しか経っていないと分かった。
僅かな時間しか外出していなかったのに、玄関の匂いが無性に懐かしく感じていた誠司のすぐ横で大声がした。
「たっだいまー!!」
玄関に入ってくると芽衣子は帰宅した事を告げた。
「メイ姉の声はデカ過ぎ。耳が痛いよ」
耳たぶを触りながら文句を言う誠司だったが、その耳には父が寝起きする仏間からガタガタという物音が聞こえていた。
「おい!芽衣子なんで起こさなかった!」
襖を開け放ちながらパジャマ姿で、寝ぐせをつけたまま藤田家の主である藤田新之助が廊下に出てきた。
「うーん、話すと長いようで短いんだけど、一家で異世界転移したみたいなのよねー」
既に弟の誠司とした話をもう一度するのが面倒に感じた芽衣子の説明はあまりにも雑だった。
「イカが転移?何言っているんだ?いや、そんな事よりも仕事!遅刻の連絡を!!」
パジャマの上着を脱ぎながらブリーフ一枚になった新之助は床の間で充電していたスマホを取った。
「ダメダメ電波が無いから通話しようったってムリ――「もしもし!お疲れ様です。藤田です!」――え?」
「なんでだ??」
通じないハズの電話に驚く誠司とだが、誠司は驚いたままだったのに対し、芽衣子
芽衣子は流れるような動きでスマホを奪い取ると、電話先の相手と話し始めた。
「どうもお世話になっております!藤田新之助の娘です!父がいつもお世話になっております!」
「お、おい」
急に手元からスマホが無くなり、何が起きたか分からない父の新之助だったが、娘の芽衣子が話しているのを見てスマホを奪われたと分かった。
「それで父ですが、ちょっと具合が悪くてですね。申し訳ないのですが暫くお休みを頂ければと思いまして。」
「おい」
いつもは不真面目だが、仕事となれば誰よりも真摯に挑み、周りに気遣いも出来る芽衣子の姿を知る新之助にとって、遅刻の電話を遮る娘の行動が理解不能そのものだった。
「ごめん親父。ちゃんと説明するから、今はメイ姉に任せて欲しい。」
人差し指を口に真面目な顔で静かにするよう促す息子に、今は様子をみる事にした新之助だった。
「オッケー。とりあえず『検査入院で数日休む』って事にしといたから。」
「メイ姉、ナイス!」
子供の頃のような遠慮の無さを取り戻したように見えた姉と弟の関係性に若干の疑問を持った新之助だったが、今は強制的に仕事を休ませた説明を求めた。
「それで、どうした?何があった」
今日は金曜日。
今日さえ乗り切れば明日から週末で休みなのにとウンザリしながら問う新之助だったが、芽衣子はスマホの画面を。正確には電波レベルを示すアイコンを確認したが、後は任せたと誠司にスマホを押し付けた。
「2本だけど電波が来てる。ほら――「あいよ」」
スマホを受け取った誠司はスマホを色々な方向に向けながらウロウロと家の中を歩き始めた。
スマホを押し付けた意図が誠司にちゃんと伝わったのが分かった芽衣子は、これまでの経緯を話し始めた。
起きたら外の景色がいつもと違う事。
電波が通じなかった事。
新しいご近所さんが居たので、挨拶した事。
ご近所さんの教会の中で起きた事。
「エイプリルフールは先週終わったぞ。」
新之助は困惑していた。
いたずらにしてはタチが悪いが、信じるには荒唐無稽な話で(これが夢なら納得感が有る)と考え始めて、チカラが抜けて一気に猫背になった。
「言っておくけど、夢じゃないからねー。ホラ」
新之助が猫背になって俯いたおかげで、その鼻からチョロっと伸びた毛がよく見えた芽衣子は、その毛を詰まんでブチっと引き抜いた。
「――ッ!」
寝起きかつ無防備な状態で引き抜かれた鼻毛達は、新之助の脳天まで走る稲妻のような痛みを置き土産に、芽衣子の指先に移動していた。
それも3本も。
「わーお、大量!んじゃ作務衣でイイから着て玄関まで来てねー」
悶絶する新之助を尻目に、芽衣子はティッシュを取ると、父の鼻毛を包みながら指先を拭きつつ玄関に向かった。
その間に誠司は電波状況を調べていた。
1階では、仏間と居間ならどの位置でも電波は2本立つが、それ以外――台所やトイレなど――では圏外と電波1本を行ったり来たりで、かなり不安定な事が分かった。
2階では、どこでも圏外のままだった。
もしや父親のスマホだけ特殊なのか?と考えた誠司だったが、自室から自分のを取って1階の廊下に戻ってくると電波が1本だけ立ったので、特別なのは仏間の方だと分かった。
「いや、親父から電波が出ている可能性も『微レ存』――か?」
「なんだ?ビレゾンって?」
水洗の音と共にトイレから出てくる作務衣の新之助が居たが、『微粒子レベルで存在する』の略語を説明するのが億劫だった誠司は父からの質問を聞き流した。
「いや、なんでもないよ。それより外に行くんだろ。俺も行く。」
一緒に外に出れば、電波の元が父と仏間のどちらなのか検証可能と考えた誠司は父のスマホを返すとサンダルを履いて外に出た。
新之助もサンダルを履き外に出たが、そこには慣れ親しんだ光景はなく、唖然としていた。
「芽衣子の言う事は本当だった――」
放心する父よりも電波が気になる誠司は、ジーンズのポケットからスマホを取り出してアイコンを確認すると、圏外のままだった。
特殊なのは仏間だと分かった。




