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場面42 芽衣子の帰国とオタク化


 成田空港の国際線ターミナル。


 到着口の前では、帰国した友人家族などの出迎えにきた人々が首を長くして見知った顔が現れるのを待っており、その中の一人に誠司も居た。


「おっかしいなぁ。もうメイ姉の帰国便はもう到着してるハズなのに…。」


 誠司はスマホを取り出すと、到着スケジュールを確認したが、天候不順もなく運行は正常そのものだった。今度はメッセージアプリを起動しようとした所で、声をかけられた。


「お父さんは?」


 スマホから顔をあげた誠司の瞳にはベリーショートの人物が映った。


「…メイ姉?」


 どこかの少年に声を掛けられたのかと思った誠司だが、それにしては身長が有るし、見知った顔と相まって混乱した。記憶を辿ったが出国した時の髪の毛はボブ程度の長さだったし、最近見た姉の動画はと考えてアフロヘアの姉を思い出して吹き出しそうになった。


「他に誰が居るのよ。」


 その一言と態度で高校に入学した頃の姉を思い出した。(ああ、たしかにメイ姉だ)そう思った誠司だがまだ気になる事が有った。最初は冴えない表情のせいかと思ったが、よく見れば瞼が腫れぼったくなっていた。


 泣き腫らした顔を家族に見られたくなかった芽衣子は空港に到着するとトイレで化粧していたが、隠せるものではなかった。


「…いや、今日は平日だから仕事だよ。ていうか、おかえり。」


 気付いたが今は温かく迎えるのが自分の責任と思った誠司は見て見ぬ振りをして帰国を歓迎した。


「まだ家に帰ってないでしょ。…車は?」


 誠司の気遣いを少々鬱陶しく感じた自分を少し恥じた芽衣子だったが、それを取り繕う余裕はなかった。


「――うん、こっち。あ、荷物持つよ。」


 当然ながら誠司は芽衣子の帰国理由を知っていたので、せめて温かく迎えようと思っていたが、素気ない芽衣子の態度にどんな反応をすればいいのか分からなくなってしまった。


 起こりかけた誠司だったが、片足をかばって歩く姉の後ろ姿を見て何も言えなかった。


 普段は父の新之助が通勤に使っている軽自動車に乗り込んでからも、誠司は近所に新しい回転寿司が出来た、昔よく行ってた和菓子屋が潰れたなど話題を提供したが、芽衣子は全く話に乗らなかった。





「ただいまー、っと。まぁ親父はまだ役場だけどね。で、どうする?風呂沸かす?」


「ううん。寝るわー。」


 怪我によって夢破れた自らの将来やケヴィンを思い出して飛行機の中で一睡も出来なかった芽衣子だった。しかし数年ぶりに帰宅した実家は匂いまで一緒だったので、緊張の糸が切れたのか、急に睡魔を感じた芽衣子は幽霊のように自分の部屋に向かった。


「まじか。早いな。って、仏壇に線香くらいあげて行けって!なぁメイ姉!!」


「あとでねー。」


「なんだよ。せめてメイクは落とせよな。肌が荒れるんだろ?!」


 忠告を無視した芽衣子は自室に入った。そこは誠司の手で定期的に掃除はされていたが、部屋は家を出ていった時そのままだった。


「変わんないわね。あ、ブルースは変わったわね。」


 壁を見ると、そこには屋上を爆破された高層ビルとなかなか死なない刑事が描かれた映画のポスターが貼られたままだった。


 畳の上を見れば、そこには布団が敷かれていた。長旅で疲れているだろうと考えた誠司が空港へ出迎えに行く前に敷いていたものだった。


「…マメなんだから。」


 本当に帰宅した実感を得た芽衣子は服も脱がずに布団に潜り込むとそのまま泥のように寝た。




 ――3ヶ月後――




 藤田家のダイニング兼キッチンでは、誠司が朝食を作っていた。


「おはよう。珍しい匂いだな。」


 ネクタイを肩にかけてワイシャツを着た新之助が新之助がキッチンに入ってきた。


「今朝は松井家からのおすそ分けで貰った穴子の一夜干しだよ。」


「ケンの釣ったやつか。いただきます。」


 新之助がいつもの定位置に座ると、支度が終わった誠司も座って二人ともラジオを聞きながら食べ始めたが、食卓にはもう一人分。芽衣子の食器もお盆にセットされていた。


「なぁ芽衣子は、その…まだ元気無いのか?やっぱり医者に――鈴木先生に見てもらった方がいいんじゃないか?」


「うーん…朝飯と晩飯は食ってるから。精神科やカウンセラーならともかく、内科医に診せても解決するもんじゃないでしょ。今は足も割と普通みたいだし。ただの引き籠り無職。いわゆるニート。」


「でも、ああして引き籠もってばかりじゃいずれ何か病気にならないか?」


「基礎代謝とかは落ちてるだろうね。夜中にコンビニに行ってるみたいだけど、陽も浴びてないからビタミン不足からの鬱とかもあり得るとか何とか。」


「なんだ。やけに詳しいな。」


「ネットからの受け売りだよ。」


「誠司は芽衣子とたまに会話しているだろう?食事を持って行った時とか。」


 会話をしながら誠司は(なんだか邦画のワンシーンみたいだなぁ)と考えていた。


「会話と言えるか微妙かなぁ。『おはよう』とか、『飯置いとくよ』とか、俺からの一方的なのばっかりだし。そもそも昼夜逆転してるみたいだよ。俺が休みの日に掃除しようと思ったら真っ昼間だってのに爆睡してたし。」


「そうなのか?夜に何してるんだ芽衣子は。」


「昔の映画を見てるっぽいね。DVDのパッケージが散乱してるし。よく飽きないよなぁ。」


「誠司だってアニメとか見てるじゃないか。配信サービスだったか?」


「あっちは作品数が全然違うし、俺は昔のだけじゃなく新作も見てるから飽きないの。そりゃ映画も見るけどさ。」


「新しい趣味でも持てば、気が晴れるんじゃないか?誠司から何か話してみてくれないか?」


「えー?そういうケアは親の役目でしょ。」


「…こういう時に母さんが居たらな。」


「それを言い出すのはズルくない?」


「すまん。でもお前は多趣味だろ?アニメでもキャンプでも、新しい世界に触れれば何かしらの刺激にはなるだろ?」


「んー引き籠りを引っ張り出して、いきなりキャンプはハードル高いでしょ。分かったよ。とりあえず話してみるよ。」


「任せた。もう仕事だから行くぞ。」


「はいはい。いってらっしゃい。」


 慌てて出ていく新之助を見送ると食器を流しに片付けて洗い始めた。




 芽衣子もニートになる気は無かった。しかし何かする気にもなれなかった。


「今のあたしが何かになれるわけないじゃない。」


 和室の雨戸も締め切った暗い部屋の中で映画を見続けたのは、新たな情熱が再び自分の中に灯るかもしれないと考えたからだった。しかし芽衣子の中にあるのは、昔憧れて夢見た自分の将来像、スーパーヒーロのままだった。


「あれ?そもそもあたしは何になりたかったっけ…」


「おーい。ファッキンニートのファッキン朝飯が出来たぞー。」


 思い出そうとしたところで弟の誠司が声をかけてきた。憎まれ口を叩くのは自分を部屋から出す為だと分かっていた芽衣子は何も返答しなかった。


「開けるぞー。…返事なしはOKと取るからぞー。」


 断りを入れつつも、誠司は更に数秒待ってから襖を開けた。そこには座椅子にだらしなく座る芽衣子が居た。帰国してから一度も美容室に行っていないので髪型はボサボサで長さもミディアムショート程度にまで伸びていた。


「今日はゾンビ映画か。しかも古いやつだなぁ。俺はリメイクの方が好きだわ。」


 誠司は足元に転がるDVDのパッケージを隅に寄せながら、芽衣子が小学生から使っている学習机まで進むと朝食の乗ったお盆を置いた。


「いいでしょ別に。」


「まぁ趣味は人それぞれだけどさ。親父が心配してるぞ。少しは外に出た方がいいんじゃないか?」


「働けって?家にはお金入れてるからいいじゃない。」


「お金じゃなくて健康面ね。このままじゃ精神的にゾンビになりそうだし。あ、そうだ。」


 何かを思い出した誠司は芽衣子の部屋から出ると、すぐに戻ってきた。


「ほい、これ。」


「なにそれ。」


「俺のタブレットだよ。アニメから映画まで色々見れるアプリ入ってるし、電子漫画も結構買ってあるから。メイ姉はパソコンも持ってなかったろ?」


「だから?」


「貸すから見なよ。暇だろ?映画もいいけど、アニメもいいもんだよ。ほら。」


 返答する間もなく押し付けられた芽衣子は自然と受け取っていた。


「んじゃ俺もそろそろ仕事だから。食器は流しに出しといてくれるとありがたいっす。んじゃ行ってきまーす。」


「…アニメねぇ。」


 芽衣子もアニメを嫌っていた訳ではなかった。


 映画と違って1回で完結しないので、録画をし続けるか毎週追いかける必要がある所に面倒さを感じていた。また、どうせ目の大きい女の子が無条件で主人公に惚れるのだろうという偏見も少しは有った。


 しかし弟の言う通り、お気に入りの映画は一通り見終わって時間を持て余していた芽衣子はタブレットを触ってみた。


「なにこれ?多過ぎ。」


 アプリを起動してみれば、ジャンル分けこそされていたがタイトルだけでどんな名前か分からず、あらすじを読んでいれば目が付かれたので、昔ローカルテレビ局の放送で見たことのある少女向けアニメを選択していた。


「いいこと探しね。悪くないけど、あたしはそこまでポジティブになれないわ。」


 タブレットを消そうとした所で、スマホに誠司からのメッセージが来ていた事に気付いた。


「なになに?『ゾンビ物なら日本の高校生がゾンビと戦うアニメがある』か。へぇ…。」


 気になった芽衣子は再びタブレットを手に取ると、書かれていたタイトルを検索した。


「これね。まぁ寝ながら見ますか。」


 布団に入ると、子守唄代わりに再生を開始したつもりの芽衣子だったが、予想以上に面白かったので、寝る事なく全話視聴していた。


「面白いじゃない。」


 その後は殆ど毎日、誠司から映画や漫画のオススメメッセージが来るようになった。


『荒野の用心棒が好きなら旋風は?』


『鈍感系は合わない?だったらバンダナが話すまで読んでくれ』


『映画好きならアベノは笑えるはず』


『メイ姉もハウメニーいい顔すべき』


『ポッターもいいけど、マミってみそ』


 長年離れてたとはいえ、姉の好みを知る弟が進める作品はどれもツボを突くものだった。


 次のオススメを毎日催促するようになった芽衣子だったが、『さすがに深夜は止めてくれ』という誠司の言葉には素直に従って昼間に起きるようになり、いつの間にか規則正しい生活を送るようになった。


 しかし引き籠りは相変わらずだった。



「なぁ。そろそろ俺のタブレット返してくれよ」


「え?」


「俺のタブレットを――「何が?」」


「タブレットを返し――「え??」」


「…いえ、なんでも無いです。」


 代償として誠司と芽衣子は『のび太くんとジャイアンな関係』に、少しだが戻っていた。



「規則正しい生活に戻ったはいいけど、全然外に出ないんだもんなぁ…よし、ヒロ兄に相談してみるか。」


 誠司が博史に電話して相談すると、一言わかったと答えた博史が翌週末実家に帰ってくると、芽衣子を伴って外出した。


 やがて芽衣子は最低でも月に1度は婚活パーティに出かけるようになった。しかし朝帰りする事なく、なぜか0時前には必ず帰宅していた。


 酒に強い芽衣子が前後不覚にはならなかったが、帰宅後に玄関で水を要求する大声に期待するのは誠司の担当となっていた。


「…これって『引き籠もりニート』から『酔いどれアニオタシンデレラ』にジョブチェンジしただけじゃないか?」


 酔っぱらいの芽衣子を解法しながら呟かれた誠司の独り言は誰の耳に入らなかった。姉がすこしマシになったと思えた誠司の顔が自然と笑顔になっていたが、それは誠司本人も自覚していなかった。


この頃になると芽衣子も美容室で整えるようになり、髪も伸びてロングヘアになっていた。

次回更新は09/01(水曜)の

『場面43 アンナの不安と交換条件』

になります。


約半月お待たせすることになってしまい大変申し訳ありません。

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