場面39 美しいは絶対
離れの玄関をそっと開けた誠司は何も声がしないので、姉達は寝ているのだろうと思って静かに台所に移動した。
「よし、雑炊をお椀に盛って、味付けの塩と醤油と味噌を…あれ?味噌って大丈夫か?まぁ見た目はアレだけど、毒じゃないし…いいか。」
「見た目がどうしました?」
「うぉっ?!」
誠司が振り返ると、そこにはTシャツを着たアンナが居た。
「あービックリした。アンナさんか。うん、食事を作ったんだ。味付けは後から各自がお好みで出来るように調味料を別にしたけど、俺の国の調味料は見た目が微妙でさ。味噌っていうんだけど、ほら。」
味噌の入ったパックを見えやすいように誠司が傾けると、アンナは近付いて覗き込んだ。
「…なるほど。仰っしゃりたい事は分かりました。」
アンナが首を伸ばしたので、その首元に誠司の目線が移動した。首元に浮かぶ鎖骨が目に入り、誠司は見てはいけないものを見た気がした。
「あ、っと。そうだ。普段はどんな調味料を?」
「味付けというお話ならお塩ですね。たまに薬草を混ぜて風味を付けます。けど、あくまでも風味ですから。」
「薬草?それって煎じて飲むと体力が回復したりとか?」
「そういった草も有りますが、二日酔いに効くものや腹痛時に飲むと症状が緩和するといったものですね。」
「ああ、有るんだ。回復薬も。でも、どう回復させるのか気になるなぁ。下手したら『ヤバいおクスリ』かもしれないし…。」
「森の方には生えているそうですよ。神父様がたまに採れると乾燥させてブローギンさんに買い取って売却していますから。」
「じゃあその辺りも後でブローギンに聞いてみるよ。ありがとう。ん?」
すでに売買が行われているなら草木の話が出た時にブローギンも話してくれれば良かったのにと誠司は思ったが、台所への入り口に浮かぶニタニタとした顔に気づいた。
「ニッシッシッシ。なんだか話が弾んでますニャー?誠司ちゃん。」
満面の笑みを浮かべる芽衣子だった。
「なんだよ。普通に会話してただけだよ。」
「そっかニャー?普通かニャー?」
「食べ物の話をしてただけ。普通だろ?」
「異世界美少女とひとつ屋根の下。色々な意味でお近付きになりたいとか思ってニャイかニャー?」
「うん、唯一のご近所さんだから、それなりに仲良くしたいとは思ってる。ってか、その語尾はいつまで続けるのさ。」
「ねぇ、美少女って所は否定しないみたいよ?そこんとこアンナちゃんはどーなの。」
急に素になった芽衣子はアンナに話を振ったが、アンナは特に変わりなく答えた。
「ありがとうございます。私も同じ村の仲間として、また弟の恩人の方々とは仲良くさせて頂きたいと思っています。」
「恩人っていうのはまだ早いでしょ?さっきも言ったように、お礼も薬代も治ってからね?でも美人とはよく言われてきたみたいね。誠司の事もあんまり興味ないってさー。残念!でも脈なしって感じでも無いみたいだから精進するように!」
ビシッと人差し指を誠司に突きつける芽衣子だったが、誠司は半分呆れていた。
「…今の会話から何でそう思ったのか俺には良く分からないけど…マウロ君は大丈夫?」
「うん、もうグッスリ。ねぇアンナちゃん?」
「はい、弟はよく眠る方ですが、入浴で疲れたのか今は深く眠っているようです。」
「よく眠る?ああ、体が弱いのか。そういえばアンナさんとマウロ君はかなり歳が離れているみたいだけど、何歳くらい離れているのかな?」
「何歳差?それは――」
言い淀むアンナの顔を見た芽衣子は、質問した誠司に軽いチョップを見舞った。
「こら、誠司!人様の家庭の事情を気安く聞くんじゃありません。」
「え、ごめん。そんなつもりは無かったんだけど…。」
「ごめんね、アンナちゃん。ていうか誠司。あんた何しに来たの?」
「『何しに来た』は無いだろ。メイ姉が食事を宜しくって言ったんじゃないか。」
「あれ?そうだっけ?忘れてた。ごめんごめん。」
両手を合わせて拝み手で謝る芽衣子の左腕にハッキリと残る畳の跡に誠司は気付いた。
「あ、さてはメイ姉もガッツリ寝てたろ?だから忘れたんだな。そうだろ?アンナさん。」
「それは…。」
板挟みになったアンナは答えに詰まったが、芽衣子はあっさりと認めた。
「いやー昨日は書き込み頑張ったから、あんま寝てないし。思い切り寝ちゃったわ。」
「俺だって同じだっての。でもマウロ君が寝てるなら飯はどうしようか。起こすのも可愛そうだし…。」
「ご飯って何よ?――なんだ雑炊じゃない。だったら温めるだけでしょ?あれ?でも何も色が無いけど塩味?」
「いや、好みが分からないから後付けして貰おうと思ってさ。まだ何も味付けしてないけど、味噌って見た目が悪いよねって話をアンナさんとしてたの。」
「なんだ、そんな事。いい?アンナちゃん。味噌はね、お肌に良いのよ?美容効果があるの。」
「味噌で頂きましょう。」
即答のアンナだった。
「ね?」
芽衣子はドヤ顔で仁王立ちした。
「いや、ね?と言われても。そんなにメイ姉はともかく、アンナちゃんはまだ若い――痛い痛い!」
芽衣子は誠司の耳たぶを思い切り引っ張った。
「誰が年増か!」
「年増なんて言っていないけど、ごめんなさい!」
「フン!あのね誠司。『かわいいは正義』なんて言われるけど、もっと大事なものがあるの。それは『美しいは絶対』。分かるわね?」
「わからん。」
「可愛いも綺麗も、美しさの上に成り立つって事。つまり、美しいは絶対なのだ。」
芽衣子は急に野太い声で話しながら、指をパチンと鳴らした。
「わかるような、わからんような…。ていうか、それ負けフラグじゃんか。じゃあ後は任せるよ。温めるだけでいいからさ。」
「りょうかーい!」
「お食事ありがとうございます。」
二人からのお礼に手を振って返事をした誠司は納屋に戻っていった。




