場面34 TMNT
芽衣子は離れの縁側で仁王立ちしており、その後ろでは主寝室のガラス戸が開け放たれて
中ではマウロが布団に寝かせられていて、その枕元にはアンナが座っているのが誠司には見えた。
「清潔にしたから!あとはお薬!…うん?そちらの人は?」
芽衣子がブローギンに気付くと、誠司に紹介を促した。
「こちらはドワーフのブローギンさんで、神父様のお知り合い。俺らが本当にマウロを治療できるのか不安で来たらしい。」
誠司が紹介すると、ブローギンはピョンと跳んで縁側に立って自己紹介をした。
「ブローギンじゃ。商人をしておる。そのせいで同族からは『ドワーフ崩れ』と呼ばれとるがな。それと神父殿は恩人じゃな。まぁ話せば長くが、おお、そこにおるのはアンナか。うん?上等な服を着せて貰っとるな。しかしマウロは床に寝かせられて、いや、なんじゃその床は。床か?草を編み込んで出来とるのか?随分と面倒な真似をしとるのぉ手間なんてものじゃないわい。」
ただの会話だけでも十分長いじゃないかと思った誠司だった。そしてドワーフと聞けば姉はテンションが上がるだろうとも思っていたが、その予想とは裏腹に平常対応していたので意外だった。
「お久しぶりです。ブローギンさん。はい、これは畳と言うそうです。木の床と違って、暖かくて柔らかいですよ。」
風呂に入ったせいか、若干ふわふわとしたアンナが挨拶をした。
「あれは俺の世界の――いや、俺の国の文化だよ。それと家の中は土足厳禁で、今ブローギンが乗っている所も縁側と言って、本当はあまり靴で乗って欲しくないんだけどな…。」
誠司は肩に掛けていた薬の入ったカバンを縁側に置くと、中を漁り始めた。
「おお、それはスマンかった。」
ブローギンは縁側から再びピョンと跳んで降りたので、やはり素直で悪い人では無さそうだと誠司は思った。
「あたしは芽衣子。誠司の姉です!メイって呼んでね!あ、アッチが私たちの父で新之助!お父さん、こちらはブローギンさん。ドワーフさんなのよ!!」
冷静を繕いつつ、しかし声は弾ませた芽衣子が自己紹介をしたところで、ちょうど新之助が離れの裏手から表に回ってきた。五右衛門風呂の番から開放されたが、その顔は若干だが煤で汚れていた。
「ドワーフ?…おお、なるほど!これはこれは始めまして。私は新之助です。ようこそ我が家に。――ああ、ドワーフの礼儀を存じ上げないので、もしも何か失礼が有ったら申し訳ない。しかしどうしてこちらに?」
握手をしようと右手を上げようとした新之助だったが、その手が汚れている事に気付くと、すぐに手を降ろして用向きを聞いた。
ブローギンは目の前の小屋――工夫や拘りが細部まで感じさせるその家屋を小屋と呼ぶには違和感を感じていたが、目の前の家屋よりも更に大きく先進性を感じられる家がすぐ近くに存在していたので、そう呼ぶしかないと感じていた――その中に居た教会の子供と、メイと名乗ったヒト族の青年女性の様子を見るに、風呂上りなのは一目瞭然だった。
では誰が湯を沸かしたのか、それは目の前の男を以外にはいないだろうという結論になり、家長が自ら汚れ役を買って出ているという事実に。好感を持った。
「いやいや、ワシのことは気にせんでくだされ。礼儀なんか堅苦しいものはむしろ不要じゃて。ワシはただただ、あの馬なしで動く馬車や。教会のこらー気になって様子を見に行っただけじゃからな。そしてこれからあの子に薬を使うということだったが、誰がやるんじゃ?是非とも拝見して行きたいのでな。」
藤田家の面々を見渡すブローギンに芽衣子が挙手した。
「はーい。私がやりまーす。という訳で、誠司!ドクターZ、えっと真奈美さん?…どっちでもいいか。電話して!」
「ほいほい。えーっと名刺はコレか。――あ、もしもし。はい、準備出来ました。ちなみに先生。これって病人以外に注射しても大丈夫ですよね?――ええ、そうです。練習台かつ安全性の証明という事で。はい、俺に。――はい、先生にはもうひとつ背負わせる事になりますが…え?まぁ法律の専門家じゃないですけど、それくらいは――すいません。ありがとうございます。じゃあちょっと見てて下さい。という訳で親父はビデオ通話の撮影宜しく。」
誠司はスマホを新之助に渡して、銀色のバッグの中から金属製の小さなトレーをいくつか取り出すと、その上に注射器と薬剤の入った小瓶をそれぞれ複数個並べた。
「何をしようとしているんだ?」
スマホを受け取った新之助は言われるがままレンズを誠司に向けているが、誠司が何をしようとしているのか分からなかった。
「毒じゃない証明だよ。ブローギンは二人が心配で来たみたいだし、薬も注射器も予備が有るらしいから、薬をまず俺に打ってもらおうと思ってね。というわけでブローギン。この中から薬剤の入った瓶を1個選んでくれ。」
誠司は瓶を並べたトレーを差し出した。
「ほほう!毒なら自分に使わせる訳がないと?なるほどなるほど合点がいったわい。それなら真ん中のソレを選ぶとしようか。しかし、この瓶も凄いが貼られている紙に書かれた文字も全く同じで見分けがつかんわい!そう、入れ替えられてもな!」
ブローギンは疑う様子では無かったが、隙を指摘した。
「まぁそうだね。だからこの瓶だけ別にして、他はバッグに仕舞う。で、アンナさん。アンナさんは注射器をここから2本だけ選んでメイ姉に渡してくれ。」
誠司は薬瓶の時と同じように、今度は複数個の注射器を乗せたトレーをアンナに差し出した。
「あの、私は疑っていません。それに、ここまで症状が悪化した患者はどうあっても、いずれは…。」
表情こそ変わらないように努めたアンナだったが、その声は消え去りそうなほど小さくなっていった。
「…何かやるなら、出来る事は全部やっておいた方が良いらしいよ。もしくは何もしないか。二人は何かしたくて、どうにかしたくて来たハズ。だったらやれる事はやっておいた方が良いと俺は思う。それに、これをやったから何か損するものでもないだろ?」
「――そうですね、分かりました。では両端の2本でお願いします。」
アンナは納得した面持ちで使用する注射器を選んだ。
「あんた、そんな考えだったの?もしかして、それってあたしの――「はい、メイ姉は注射器を持って!」――え?あ、うん。」
誠司は芽衣子の疑問を遮り、2本の注射器が乗ったトレーを押し付けた。
「じゃあ生理食塩水を注射器で吸って、薬剤の瓶に水を入れて希釈。規定量まで再度注射器で吸って――そうそう。はい、もう一本も…。よし、これで薬剤の入った注射器が2本出来たわけだ。」
書類を見ながら誠司は芽衣子に指示を出した。
「よし、ブローギン――「1個の粉から2本の薬をワシらに選ばせながら作ったから安心してくれと、なるほどなるほど。そして最後にまたワシに、どちらを誰に使わせるか選ばせようというんじゃろう。わかったわかった。ならコレをお主が使え。」――じゃあメイ姉はコレを持ってくれ。」
注射器を芽衣子に取らせると、誠司は真奈美にビデオ通話をかけた。
「先生!準備出来たよ!姉に指示して欲しい!」
誠司からスピーカーモードになったスマホを受け取った芽衣子は注射器の角度などの注意点を受けていた。
「マウロ君。俺が終わったら、そっちの注射器を君にも使う。だから良く見ていて欲しい。メイ姉も俺も注射器を使うのは初めてだけど、使われた事は何度も有って、チクっと痛むけど大丈夫だから、イッ!」
誠司がマウロに話しかけている所で、芽衣子は容赦なく注射針を誠司の肩に突き立てた。
「ほら、あんたはいい歳なんだから、ちゃんと我慢なさい!」
「んなこと言われても、筋肉注射なんて何年ぶりか分からないレベルの話だぞ。あー、妙な懐かしさが…。」
「はい、終わり!」
薬液を最後まで注入して、針を引き抜いた芽衣子は刺していた所を手の平でパシっと叩いた。
「ちょっと?消毒ガーゼは!揉み込んだりするもんだろ?!」
「用意してないけど?あんたが勝手に話を進めちゃってたから注射器だけでしょ?」
「先生が言うには誠司は病人でもないけど、一応やった方が良いらしいぞ。」
芽衣子と新之助が呆れながら補足した。
「そっか、疑念を晴らす事ばっかり意識して、ガーゼは頭から抜けてた…。まぁいいや俺がマウロ君の分も用意するから。で、メイ姉は注射のやり方は分かった?」
誠司はバッグを漁りながら芽衣子に聞いた。
「そうね、思ってたより簡単。ドクターが言うには『静脈注射とは違うから難しく考ずに、ちゃんと針を根元まで刺す事だけ考えろ』って。あ、そうだ。それじゃドクター。要領は分かったし、スマホと注射器で両手が塞がるのも何だから一旦切るから。うん、分かった誠司にお願いしとくから。ありがとう。バイバイ。」
「それでは先生。これで失礼します。また何かの際はどうかよろしくお願いします。」
新之助と芽衣子がスマホでの通話を終えると、首を傾げていたブローギンが疑問を呈した。
「ちょっと待て。先程のセージの話では、その注射器というのは大量生産を行っていて、かなり身近な存在のように語っておったが、使った事が無い?それはどういう事じゃ。病気になったら皆それを使って治しておるという話では無いのか?いや、使われた事は何度もあると言っておったがなんじゃ?メイドにでもやらせとったのか?そういえば他の家族はおらんのか?お主らの父には会うたが、母にはまだ会っとらんな。おお、それがガーゼとやらか?すごくすごく柔らかそうに見えるが。」
誠司はバッグの中から書類を取り出して眺めながらピンセットでガーゼ取り出し、消毒液をかけていた。
「うちに母さんは居ないんだ。随分昔に死んだからね。うん、これがガーゼ。悪い菌が…あー悪いモノが傷口から入らないようにするのさ。――「その菌というのは」――菌についても後で説明するから。あ、間違っても消毒液を飲もうとしないでくれよ?…よし、次はマウロ君の番だ。」
ブローギンは菌について質問をしながらも、消毒液の入っていた瓶に顔を近付けて匂いを嗅いでいたが、誠司に注意されると大人しく身を引いた。
誠司はドワーフは酒が好きという定説がこの世界でも有効かもしれないと考えていた。
「はいはーい。おじさんたちは放っておいて、マウロ君はお注射しましょうねー。」
「は、はい。お願いします。」
「おじさん!?」
「ワシはまだ19歳じゃぞ!!」
「「19歳!?」」
誠司と芽衣子は数秒間だが固まってしまった。
「…そのヒゲでティーンエイジャー?」
「…カワーバンガー。」
「ドワーフなら普通なのかな?」
意識が飛びかけた二人だったが、何とか話を戻した。特に意外とも思わなかった新之助の言葉で、ハッとした。
「ちょっと誠司!『そのヒゲで』とか、差別だからね!」
「いやいや。それ言ったのメイ姉だから。それより今はマウロ君だろ?」
「そうよ!今はティーンエイジ・オシャベリ・ヒゲモジャ・ドワーフなんて無視無視!」
誠司は(ミュータントと言わなかったのはメイ姉なりの配慮か?)と思った所でブローギンが文句を言った。
「おぬしらが何を言っているのか分からんが、ものすごく、ものすごく失礼な事を言っておるじゃろう。なんとなくだが分かるぞ!なんとなくだがな!後で必ず説明させてやるから、その辺りは覚悟を――「わかったわかった。後でまとめて俺が説明するから!」――なら良い。」
文句を言おうとしたブローギンだったが、誠司から言質が取れたので、すぐに引き下がった。
「はーい、じゃあチクっとしますからねー。…はい、終わり!あとは…これに唾液を頂戴。ペって。そうそう!よく出来ました!アンナちゃんはガーゼで肩を揉んであげてね。」
アンナはガーゼを受け取ると、マウロを寝かせて肩に当てた。その様子を芽衣子は目を細めて眺めていたが、まだ手に持ったままの注射器に気付くとトレーに乗せて誠司に渡した。
「こっちはもう大丈夫だから。あたし達に任せて!お父さんたちはヒゲちゃんを宜しくね!あ、でも後でお粥とか作ってきてくれると嬉しいなー!」
そう言って芽衣子は離れの縁側から室内に入るとガラス戸を閉めた。
「よろしくって、何をしたらいいんだ?」
途中から話に加わった新之助には流れが分からなかった。
「ブローギンには色々説明するって約束したのさ。とりあえず二人とも、テーブルの方に行こうか。」
誠司は検体や使用済みの注射器を指定のケースに入れてバックに仕舞うと、ガーデンテーブルに向かおうとしたが芽衣子やアンナ達の服を入れた袋を思い出した。
「親父ごめん。離れの玄関から服が入った袋を持ってきて欲しい。もう俺は手が塞がってるしさ。」
新之助は頷くと離れの玄関に向かった。
「よし、俺らは先に行こうか。」
誠司とブローギンは再びガーデンテーブルに向かった。




