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場面33 はじめてのファンタジー種族

 誠司は着替えを持ち、離れの玄関扉前に居た。


「こういう時に不用意に開けると、また変な事になりかねないよな。…よし。開けるぞー!誠司さんが玄関の扉を開けるからなー!」


 何も返事が帰って来なかったので、とりあえず問題ないだろうと考えた誠司は玄関の扉を恐る恐る開けた。


「ごめんくださーい。」


 自分の家だが、誠司断りを入れながらは玄関に入った。するとそこには『触るな!』と殴り書きされた紙が貼られた布団圧縮袋が有った。しかし、その中には布団ではなく、服が入っていた。


「…密閉してダニを閉じ込めてるのか?まぁ後で聞くか。」


 服の入った袋を無視して、誠司は脱衣所の前までいくと扉を開けるか逡巡した。


「メイ姉!服とバスタオルを持ってきたよ!ここに置く?!それとも脱衣所に置く?!」


 誠司は脱衣所の扉を開けずに、声を張って風呂場に居るであろう芽衣子に声をかけた。


 中から芽衣子の声が聞こえたので、誠司はわかったと応えると脱衣所の扉を開けて、棚に置かれた藤で出来た籠の中に着替えとタオルを置くと、再び扉を閉めた。


「置いたよ!他に何か必要な物は有る?!」


 脱衣所越しなので誠司は大声で再び芽衣子に声をかけた。


「玄関に服の入った袋が有るから、それをドクターZに送っておいて!」


「分かった!親父が外で薪をくべているなら、何か有れば親父経由で言ってくれ!俺は外に居るから!」


「はーい!」


 芽衣子との会話を終えた誠司は離れの玄関から出ると、固まった。何故なら目の前には見知らぬ人物が居たからだ。



 その人物はベレー帽のような帽子を被り、天然パーマのような癖のある髪の毛を結んでいた。辛うじて目元は見えるが大半は髪とヒゲに覆われており、その表情は誠司にはよく分からなかったが睨みつけているように見えた。


 身長は誠司の半分程度だが、その身の丈以上のリュックを背負っていた。そのせいか顔はオッサンなのに、まるで『初めてのお使い』に出た子供みたいだなと誠司は思った。


 また、最初は小人かなと思った誠司だが、体格は筋肉質のがっしりしたもので、ファンタジーで有名な種族を思い出していた。


「…ドワーフ?」




「いかにもワシはドワーフじゃ。名前をブローギンという。お前らは何もんじゃ。神父殿は悪い存在ではないと言っていたが、なんじゃあの乗り物は?どうやって動いている?稼働する原理も気になるが。あれは鉄か?あんなものは王都ですら見たことがない。いや、この世界にあると思えないは別の世界から来たと聞いたが、確かにそう思えないこともない。実際この家もそうだ。木製ではあるが。力の関わり具合をきちんと考えている。いや、むしろ考えすぎだ。いや、尊敬には値するがな?しかしここまできっちりと建築に力を注ぐ意味がわからない。そもそも建築はワシの分野ではないが。いや、それよりもあれはガラスか?小さなガラスを組み合わせたガラス戸なら普通だが、あんなに大きな1枚ガラス、しかもあの純度は見たことがない。しかもそれを複数枚窓にはめ込んでおる。はっきり言って異常だ。異常すぎる。なんじゃお前ら?気味が悪いぞ。神父殿は技術的な話に興味がないから。仕方ないかもしれないが。この家、いや、この土地にあるものすべてがおかしい。おかしすぎる。うん?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、なぜ何もしゃべらない?言葉がわからないのか?耳が聞こえないのか?どうした?」


ドワーフといえば寡黙で渋い声を持つ頑固な存在といったイメージを持っていた誠司だが、目の前のドワーフはお喋り、かつ若干高めの声でまくし立ててきたので面食らってしまった。


「えーっと、どうするか…ああ、とりあえず自己紹介かな?始めまして、俺の名前は藤田誠司です。そういえば神父様にはどんな種族が居るか聞いてなかったな。多分ヒト種なのかな――」


まだ自己紹介の途中だった誠司を遮ってブローギンが口を挟みこんだ。


「フジタセージが名前なのか?随分変わった名前だな。別の国から流れてきたのか?いや、この家を前に来たときはなかったはずだ。急遽立てたのか?いや、こんな家を建てられる人間が。こんな辺境にいや。領都に居ない。王都ならあるいは可能だが資材も人材もここまで持ってくるには難しい。何か変な魔法持ちか?いや、こんなことが可能な魔法があるのか?いやいや、そんなこと聞くのは無粋か。今、私が聞きたいことはおぬしらの目的だ。何を思ってこんな壊滅した開拓村に来た?」


1を話せば100を返してくる饒舌なドワーフに対し、誠司はタジタジだった。


「いや、名前は誠司。セージでいい。目的も何も…自分の意思で来たわけじゃない。だから俺たちの親父は帰りたいらしい。元居た場所、日本に。ブローギン…さんは、何をしにこの村へ?」


「ブローギンと呼べい!敬称なぞ鳥肌が立つわい。何をしにこの村へ来たかじゃと?商人じゃから行商に決まっとるじゃろが。しかしおぬし家名持ちか?貴族には見えんが、父親も居るのか。『親父は』というと、おぬしは違うのか?帰りたくないのか?ああ、教会にはもう一人いたようじゃが、あれは姉か妹か?ワシも兄と姉が7人おるが、まぁウマが合わんでな。それでも世話焼いてもらった恩義は忘れてはいかんと思って数年に一度は顔を見せるようにしとったが、帰ったら帰ったで今度は兄達に商人なんてやめて鍛冶を手伝えと言われて、ここ10年は帰っとらんわい。しかし教会の子らは仲が良くて羨ましいと思うがおぬしはどう思う?弟の方は病にかかってしまったが、おぬしらなら治せるというのは本当なのか?あれはこれまでも暗黒の森を開拓しようと開拓村を作る度に発生しては村民を壊滅させてきて、医者も匙を投げた病気じゃ。それを治そうというのも信じられんが、こうなってしまってはダメで元々なのかもしれん。しかし、おぬしらがあの子らにどんな事をするのか、この目で見届けたいと思っておるんじゃが、どうじゃ?本当に治るのなら見ても問題あるまい?」


 誠司は近所に住んでいた、お喋りで世間話が好きのオバサンを思い出していた。


「俺の国じゃみんな家名が有るんだよ。一般市民でもね。治療方法を見たいかぁ。何をするのか俺も完全には知らないけど…。ああ、そういえば親父が薬を受け取ったって言ってたな。知りたいなら付いて来て欲しい。」


 アンナや神父の知り合いと聞いて無碍にする事も出来ないと思った誠司がドワーフのブローギンを手招きすると、彼は大人しく付いて行った。



 誠司は庭のガーデンテーブルに移動すると、そこには肩掛けの付いた銀色の四角いバッグのような箱のような物が置いてあった。


 箱の上には封筒が有った。封筒を取ると中にはいくつかのクリアファイルが入っていたので、誠司はそれらをテーブルに広げた。


「なんじゃこの文字は。いや、文字なのか?まるで模様のように見えるが、それよりなにより、文字の大きさが全て均一になっている。どうやったらこんな正確な文字が書けるのか?いや文字もそうだが、この紙。どうなっているおるんだ!紙が白い!真っ白じゃ!そして薄いのが束になっていて、このわずかな厚みに何枚の紙が?しかもこの透明なモノは何で出来ておるのか――」


 そう言って紙を手に取ろうとしたので。誠司は慌ててブローギンの手を遮った。


「待ってくれ!紙とクリアファイルなら後で別の物を見せるから!今は何も触らないでくれ。もしも紙がバラバラになったり、汚れて文字が読めなくなったらマウロ君の治療が出来無くなってしまうかもしれない!」


「お、おう。そりゃスマンかった。」


 注意されて素直に従うドワーフを見て、誠司は可愛らしさを感じていた。


「いや、分かってくれたら良いさ。それで治療法か。えっと、『検体の採取方法』と『経過観察について』か。この辺は違うな。『投薬方法について』これかな?ちょっと書類を読むから静かにしてもらえると助かる。」


 誠司が書類をクリアファイルから取り出して目次から読み始めると、ブローギンも興味深そうに覗き込んだ。


「筋肉注射と飲み薬か。思ったより普通だな。でも注射なんてどうやって使うんだ?…ああ、それも書いてあるな。ん?」


 注射の打ち方と題された紙には付箋が貼られており、そこには『初回はドクターZにビデオ通話を!』と書かれていた。


「よし。じゃ、とりあえず電話するか。」


 誠司はポケットからスマホを取り出したが、真奈美の番号を知らなかったので次男に電話をした。


「はい、次朗さんの携帯です。」


 スマホからは聴き慣れた次朗の声ではなく、女性の声が出ていた。


「あれ?もしかしてドクターZさんですか?誠司です。薬と一緒に注射の打ち方の紙が入っていたので、とりあえず電話しました。ドクターの指示で注射を打つということでいいですか?」


「はい。建前だけでも私の指示によって投薬した事にしておきたいので。もう患者は清潔な体になりましたか?」


「いえ、入ってるみたいですね。今電話したのは事前準備が必要かの確認です。特になさそうですか?」


「今は特にありません。ただ、もし手が空いているのであれば、治療計画書を確認して分からないところをまとめておいてもらえれば。」


「わかりました。でも薬とそれと培地ですか?そのあたりの書類を読んでおきます。でも培地は必要ですか?あの子は野兎病ですよね?」


「ええ、99%そうだと思います。ただ、それを100%にしたくて検体の採取お願いしたいと思っています。ああ、書類に私の名刺も入れておいたので。」


「では注射の後で検体も送ります。あの子がお風呂から出てきたら、また電話するので宜しくお願いします。」


 誠司はそう言って通話の終了ボタン押した。押した瞬間にスマホを持って行った手の甲に何やら違和感を感じた。


 何かが手の甲に触れていたのだ。誠司はスマホを持っていた右手を下ろすと同時に右側を向くと、そこには毛むくじゃらのオッサンがドアップで存在していた。


 ブローギンだった。


「ぅ、おい!近いよ!なんでそんな接近しているのさ?」


「うん?もう話してもいいのか?接近も何も、なんだ今のは?勝手に独りで話し出したかと思えば、その小さな板切れから何か別の人間の声がする。聞いたこともない言語じゃったが。そう、おぬしが喋っていた言葉もわからなかったぞ。どうなっておる?さっぱりわからん。全然わからん。しかもその板は変な模様が代わる代わる映し出されていたな。全く奇妙なものだ。それは魔法なのか?いや、しかし魔法か聞くのは無粋か。とは言え気になる。うーむ…。」


 誠司から距離を取ると、ブローギンは考え込んでいた。


「そうか気を使ってた待っていてくれたのか、それはありがとう。説明してもいいけど、今はマウロ君を優先したいんだよなぁ…。とりあえず治療方法は分かった。マウロには注射器っていう細い針を肩か尻に少し挿す。注射器を見た事あるのかい?こういうやつなんだけど。」


 そう言って政治は。バッグの中から無菌パックされた注射器を取り出して見せた。


「こんなものを刺すだけで、どんな意味が?意味?いや違うのか?この透明な空洞の部分は1体どうなっておる?」


 一目みただけで、その精工な作りから高価な品物だと値踏みしたブローギンは注射器に触れる事なく、誠司が手に持ったままで凝視した。


「液体の薬をこの中に入れて、刺して後ろの棒を押すと液体が針から出るから体内に薬を入れられる。ああ、この針は中が空洞になっていてね。少し痛みはあるけれど。針の傷もほとんど残らない。」


 目の前をチョコチョコ移動して注射器を観察するブローギンを見た誠司は子供っぽい可愛らしさを感じていた。


「なんと!こんな細い針の中が空洞になっておると?こんな精巧なものワシの里のドワーフの名工でも相当難儀するぞ!」

 ブローギンは背伸びしたり、片目を瞑って針の穴を確認しようと覗き込んだりしていた。


「難儀ってことは作れないことはないのか。それはすごいな。俺は作ったことも無いからよく分からないけれど、これはたぶん専用の機械で正確に作っているはずだ。」


「このちっこい道具を作るためだけの機械が存在すると?なんと馬鹿らしい!いや、しかしそれ病が治るのであれば価値はあるか?大量生産も可能になる。なるほどなるほど。しかし相当な資金も技術も人手も必要じゃろう。」


 ものづくりから逃げ出したブローギンでも注射器を見て、その製作工程は興味は湧きたてられた。


「その辺の説明をしてもいいけど、多分マウロ君もそろそろ――「せーいーじー!」――ああ、出てきたみたいだな。行こうか。」


 注射器の有用性を説明しようか迷った誠司だが、タイミングよく芽衣子の声が聞こえたので、ガーデンテーブルから立ち上がり、書類や注射器を鞄に纏めてバッグに入れて肩に掛けると離れに歩き出した。


 ドワーフのブローギンは少し考えてから背負っていたリュックをガーデンテーブルの足元にドシンと置くと、誠司の後に続いた。

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