場面32 となりのフジタ
アンナに着せる服を取りに、誠司は芽衣子の部屋に来ていた。
「よし、アンナさんの服はコレでいいだろう。問題はマウロ君の服だよな。」
家事の一切を引き受けて、洗濯物も行っていた誠司にとって芽衣子のクローゼットはどこに何が入っているのか本人よりも熟知していたので簡単に揃えられた。
「俺のシャツじゃブカブカだし…とりあえず甚平でも着せるか?」
今度は自分の部屋を漁る誠司だったが、やはり幼子サイズの服は無かった。
「ん?これは何だっけ?」
購入した記憶の無いものが出てきたので広げると、それはブランケットだった。隅にはキャラクターがプリントされたパッチが縫い付けられていた。
「あー。先週ゲーセンで取ったヤツか。俺が使うには小さいし、コレも持ってくか。」
誠司が働くホームセンターには駐車場の一角にゲームセンターも建っていた。
誠司は結構な頻度で仕事終わりに立ち寄り、興味や実用性の有無に関わらず『取れそうな景品』が有れば小銭を使っていた。誠司の自室の棚に並ぶフィギアや玩具は、その全てがゲームセンターで取ってきたモノだった。
「そういえばジローが前に話してたな…。よしダメ元で聞いてみるか。」
芽衣子の服とブランケットを纏めると、今度はバスタオルを取りに脱衣所へ向かいながら誠司は次朗に電話をかけた。
プレハブの設置が終わった次朗は、それを載せてきたトラックを見送っていると、スマホが鳴った。
「もしもし?セージか、どうした?真奈美さんの話じゃ今頃そっちはバスタイムだろうって話だったけど。」
次朗はプレハブの中に居る真奈美を見ていた。
「ああ、メイ姉とアンナさんとマウロ君の3人で、離れの風呂に入ってるよ。」
「ええ?藤田家の離れって五右衛門風呂じゃなかった?月夜の晩にオカリナを吹く生き物のアニメに出てくるレベルの風呂。」
次朗は小学生の頃に、お泊り会と称して学校の友達と藤田家の離れで朝までゲーム大会をした日を思い出していた。
「そうそう、森へのパスポートが必要な――って、誰の家が『おっばけ屋敷』か!いや、そうじゃなく、ジロー前に…言ってたよな?」
自分のボケに気付いて貰えて嬉しかった次朗だったが、言い淀む誠司の態度を珍しく思った。
「ん?何を?」
「ほら…子供服。お袋さんが貰い先を探してるって。もう貰い手は見つかった?」
「ああ、ユウ兄のか。まだウチに有るよ。親戚やご近所さんはみんなユウ兄の事を知ってるしさ。まぁ遺品だと思っているんだろうな。」
態度の理由が分かったが、誠司が気にする必要は無いと伝える為に次朗は出来る限り、あっさりと答えるように努めた。
「そっか…じゃあそれをマウロ君に貰えないか?」
「もちろんいいよ。今すぐ必要?」
しかし誠司はまだ遠慮気味にお願いしてきたので、次郎は即答した。兄の服が誰かの役に立つなら誰も文句言わないと考えたからだ。
「うーん、今すぐって程でもないけど、早いと助かる。」
「分かった。どうせやる事もないから、今から取ってくるよ。」
プレハブの設置は終わり、まだ真奈美の投薬が残っているが自分の役目はもう無いだろうと次朗は思っていた。
「プレハブの方はもういいのか?」
「ああ。もう設置も終わって中で真奈美さんが寛いでいるよ。少し不満そうだったけどな。」
プレハブについて言葉にこそしていないが、真奈美は不満に思っているように次朗は見えた。
「そりゃあトイレも無いからなぁ。不便なのは仕方ないさ。」
「トイレ?そういえばそっか。あ、じゃあ服を取りに戻るよ。30分もしないで戻ってくると思う。」
そういえばトイレについて考えていなかったと次朗は気付いたが、用を足したければ帰宅すればいいかと考えていた。
「すまん。よろしく。」
そうして通話を終えた次男は真奈美の居るプレハブまで歩いて行った。
「ちょっと用事が出来たので、少しだけ。自宅に戻ります。30分ぐらいで戻ると思うので。何かあれば電話ください。」
「あなたの家?それはここから近いの?」
真奈美はツカツカと早足で次朗に近付いた。
「え、あ、はい。歩いて大体10分位です。車だと1、2分ですかね?」
急に接近されたので次朗は少し言い淀んだ。
「あなたはそこに住んでいるのね?」
真奈美の顔は真剣そのものだった。
「はい、住んでますよ。」
真奈美が何を聞きたいのか次朗には分からなかった。
「だったら、そこにはトイレがあるのね。」
「もちろんありますよ。」
「だったら、ちょっと私も一緒にお邪魔しても宜しいですか?おトイレをお借りしたいです。」
「ああ、不機嫌だったのではなく、トイレを我慢…いえ、なんでもないです。じゃあ一緒に行きましょうか?」
こうして次朗と真奈美は、次朗の軽トラックで松井家に向かった。
初めて女性を連れてきた次朗に勘違いした母は大変喜んだが、それはまた別のお話。




