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場面28 次朗の後悔と消えた二人

 警察署内の公衆電話からタクシーを呼ぼうとした真奈美だったが、目の前の国道なら簡単に捕まると話す次朗の提案に乗り、二人は歩いて警察署を出た。


「これからどうしますか?」


「どうするもこうするも、車も置きっぱなしです。一旦あそこへ戻る以外有りませんよね?」


「…そうですね。」


 次朗が聞きたかったのは薬についてだったが、真奈美の言葉に若干のトゲを感じた。きっと老警官の態度で頭に血が上っているのだろうと考えた次朗は同意だけして歩き出した。


 無言の二人が国道に出ると、予想通りにタクシーはすぐに捕まった。



 タクシーが走り出して暫くすると、車窓のガラスに映った自分の態度を見た真奈美はハっとした。


「…ごめんなさい。少し冷静さに欠けていました。」


 真奈美は取り調べ室での自分の態度も思い返し、反省していた。


「いえ、大丈夫ですよ。知人で慣れていますから。」


 言ってから(知人って誰だろう?)と次朗は考えたが、すぐに芽衣子の顔が思い浮かんだ。(そうか、口調こそ丁寧だけど苛烈な所はメイ姉そっくりだ。でも二人の反りは合っていないような…ああ、同族嫌悪かな)と次朗は思った。


「その知人というのは女性ですか?」


「え?あ、はい。そうですね。」


「ご結婚はされている方ですか?」


「いえ、していませんね。独身です。」


 次朗は、どうして真奈美がそんな事を聞くのか分からなかった。


「なるほど。そうでしょうね…いえ、今はそんな話よりも野兎病です。」


 警察署に行く時とは異なり、今は話を聞かれても困らないタクシーだったので真奈美は遠慮なく話した。


「とりあえず私はあなた方のお話を、異世界の話を信じる事にしました。その上でお聞きします。私が向こうに行く手段は無いのですね?」


「はい。人間が入っても、服などの物質だけが転送されて、人間はそのまま残ると聞きました。貴女も体験したでしょう?」


「そうですね。あれはマジックや錯覚などで片づけられるような、生易しいものじゃなかったと思います。」


「つまり、『そんなチャチなものじゃない、もっと恐ろしい物の片鱗を味わった』と。」


 うんうんと頷く次朗の言葉は妙に核心を付いていると思った真奈美は少しだけ笑った。次朗はその真奈美の笑顔を見て少しだけ息を止めた。


「――あ、いえ、それよりも。あの子を、マウロ君を治す方法は有りますか?」


「もしも野兎病なら治せます。確実に。あくまでも『もしも』ですが。」


 全力で『もしも』を強調する真奈美。


「違う可能性もあると?」


「あのクソ―――いえ、彼女。えっと芽衣子さんが撮影した病斑、それに説明にあった感染状況から考えるに、まず間違いでしょう。しかし普通は検体の採取、培養、検査をして確定させます。なので培地を送って向こうで採取してもらうか、それとも…。」


 真奈美はブツブツと独り言を始めたので、次朗は車窓から景色を見ると、あのマンションの建設現場が見えた。


 建設途中であの事故が起きて責任問題を追及され、結局関連会社は書類上では倒産。市が主導して誰も入れないようにバリケードだけが設置されて、現在に至っていた。


 次朗はあの日を思い出していた。燃え盛る現場に戻ろうとする芽衣子と、それを抑えようとする誠司。ただ呆然としていた自分。


 あの日――。


 もしも自分があの子を怖がらせていなければ。

 

 もしもクレーン車の操縦が出来ていれば。



 あらゆる仮定と自己嫌悪が次朗の頭の中でグルグルと回り続けていた。


 そして幾度となくネットで検索しようとしては思い止まっていた疑問が口をついて出ていた。


「あのう。火事で人間の…子供の遺体が焼けて跡形もなく消える。そんな事は有り得るでしょうか。」


 度重なる現場検証と、その後の次朗達への聴取。そういえば先程まで居た取調室は昔連れて行かれた部屋と同じではないのか?次朗は思い返していた。その時の警官はどんな人間だっただろうと。


「はい?何の話ですか?まさか私を殺そうと?遺体処理方法?実はあなた方はサイコパスの集団だったと。なら受けて立ちましょう。こう見えても紛争地帯に行ったも有りますから。」


 真奈美の逆質問は本気なのか冗談なのか次朗には分からなかったが、遺体処理という言葉を聞いてタクシーの運転手はギョっとしてルームミラーから二人の様子を一瞬だけ伺っていた。


「いえ、子供の頃に兄と…どこかの子供が火事に巻き込まれまして。ただ、遺体が無かったんです。だから、その…燃え尽きたのかなって。」


 その後の警察は次朗の兄、優斗を事故の被害者ではなく、行方不明者として扱っていた。詳しい話は子供だった次朗達には通達されず、次朗も憔悴する母の姿を目の当たりにしたので、あれこれ両親に聞くのは憚られて現在に至っていた。


「そうですか。それはお気の毒です。しかし質問の答えですが、有り得ないでしょう。ただの火事なら、という条件付きならですが。化学工場での大規模火災などの超高温かつ長時間でないと。炎だけで一切の痕跡も残さないなんて不可能です。…どこかの子供というのは?お友達ではなく?」


「いえ、ただ…見かけただけです」


「個々人のレベル差こそあるものの、全体で言えば日本の警察や消防は優秀です。ヒト一人…いえ、二人分ですか?その痕跡を見落とすとも思えませんから、何かの勘違いか誤解があると考えるのが自然でしょう。けど――」


「けど?」


「ほら、目の前に不自然の塊が有りますよね?だから、時には非常識に考える必要も有るかも。あ、運転手さんカードでお願いします。」


 いつの間にかタクシーは藤田家跡地に到着し、フロントガラスからはコンテナが見えていた。


「そうですね。って、すいません。タクシー代」


「それは構いません。それより早く降りて下さい。」


 次朗は再度すいませんと言ってタクシーを降りた。


 タクシーが敷地から出て行くのを見送ると、真奈美は大きく伸びをした。ようやく開放された実感が持てたからだ。


「とりあえず治療薬はコッチでどうにかします。あなたの連絡先と住所を下さい。あと薬代。そうですね、色々負けて10万円にしておきましょう。今でなくても結構なので現金で。ああ、領収書は出せませんから悪しからず。」


「え?!お金を取るんですか?こういう時って『困っている子供を見捨てておけないから』みたいなセリフを言う所なのでは?!」


 次朗は真奈美に勝手なヒーロー像を持ち始めていた。


「いいえ、私は医者であって人間です。神様じゃない。誰も彼もは助けられないし、神様気どりの傲慢な人間にもなりたくない。だからお金は頂きます。これは当然の線引きです。おかしいですか?」


 真奈美は口調こそ質問調だったが、その表情は意義を認めないと物語っていた。その顔に、いつかの芽衣子を次朗は重ねていた。


「あ、いえ。当然です。向こうから20万くらい預かって、いくらか使ったけど、まだ殆ど残っているので大丈夫です。」


 次朗は博史から預かっていた現金から10万円を取り、自分の名刺と一緒に真奈美へ渡した。


「へぇ…。ほんとにシステムエンジニアをやっていたんですね。口から出まかせなら巧い手だと思っていました。ああ、これが私の名刺です。」


 真奈美は現金と名刺をポーチに入れると自分の名刺を次朗に渡した。次朗がそれを受け取ると、自分が乗ってきた車に向かった。


「あはは。あまりウソは得意じゃないです。」


 次朗は真奈美の名刺を眺めながら力なく笑い、彼女の後ろに付いて行った。


「それじゃ向こうにも、『薬の心配はするな』と伝えておいて下さい。」


 真奈美は車に乗り込むと、ボタンを操作をした。すると車のルーフが稼働してオープンカースタイルになった。


「それは…伝えておきますけど、座して待つ…みたいなのは無いと思いますよ。特に姉の方は。」


 次朗は芽衣子の行動力を思い出して苦笑いをしていた。


「ジタバタしたいなら、ジタバタさせておけばいいと思いますよ。それで精神衛生が保たれるなら。では私はこれで帰ります。」


「はい、じゃあ連絡をお待ちしてます。」


 真奈美はエンジンスタートさせると、次郎に会釈をして走り去っていった。


 次朗は見送りながら思った。いくら春になったとはいえ、そろそろ陽も落ちるのにオープンカーなんて寒くないのかな、と。


 そして薬が何とかなりそうな事、お金も自分の独断で渡した事、今日はこれで帰宅する事を次朗は誠司にメッセージで伝えると、乗って来た軽トラに乗り込み、藤田家跡地を出ていった。


 その際にトレンチコートを着た人間を見かけたので、季節感の無い人間が多いなぁなどと考えていた。

 

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