場面27 事情聴取
警察署に向かうパトカー。
時折、車内には警察無線の音声が響いていた。
その後部座席に次朗と真奈美は座っていた。
「あなたは…その、信じてますか?」
真奈美は運転席と助手席の警官に聞こえないように小さい声で、しかし聞かれても問題ないように"何を"とは言わず、ボカして次朗に聞いた。
「そ、そうですね。あなたも…"体験"したでしょう?」
真奈美の意図を理解した次朗も声を潜めて答えた。
「あなたも同じ目に?」
「僕は…ちょっと違います。けど、"証拠"としては十分でしたから」
次朗は現れては消える信楽焼のタヌキを思い出してクスっと笑った。
「何が面白いのですか。」
隣に座る男は自分が裸にされた事を思い出して笑ったのだと真奈美は思った。
「オレが見たのは…タヌキです。置物の。」
「タヌキ…?まぁいいです。では、"あの子"も存在すると?」
ずっと警官の様子を伺いながら話していた真奈美だったが、今度は体の向きを変えて次朗の目を見ながら聞いた。
体勢を変えた真奈美に気付いた次朗も、その顔を見ながら真摯に答えようと向き合った。
「"あれ"は命に関わると聞きました。」
病気をボカしての発言と分かった真奈美は頷く。
「だったら答えは『はい。存在します。』ですね。彼らはそんな冗談が言えるような人間ではありませんから。」
「そう…。分かりました。」
次朗の目にウソは無いと感じた真奈美は体勢を戻して考え始めた。
「あ、着いたみたいですね。」
パトカーは松戸警察署の敷地に入ると、そのまま奥の車庫まで進んでから停まった。
「ではコチラへ。」
老警官のマサに追従して二人は署内へ入っていった。後ろには若い警官のタカが付いたので、警官に挟まれる形だった。
「じゃあココで。」
マサは取り調べ室と書かれた部屋の扉を開けると中に入ったので二人も一緒に入った。すると扉が閉められた。部屋の中はマサと、真奈美に次朗の3人だけとなった。
「あっちの若い人は?」
次朗に聞かれたが、マサは答えなかった。そのまま部屋の中央に置かれた机から椅子を引き出すと、ドカっと座った。
「ああ、お二人もどうぞ。」
マサが座った椅子とは机を挟んで反対側にも2脚の椅子が有ったので、真奈美と次朗は座った。
「これは取り調べでしょうか?」
真奈美は壁に設けられた大きな灰色のガラス窓を見ながら聞いた。
こちらからは灰色の模様しか見えないが、きっと向こうからは見えるのだろう。いわゆるマジックミラーというヤツだ。真奈美はそう思った。
「いえ、お二人の任意によって、簡単に事情をお聞きしたいだけですな。なので帰って頂いても結構ですが…まぁ、あまりオススメしませんね。」
マサは机の上で指を組みながら、遠慮する素振りもみせずに監視を始めたのが二人には分かった。
「分かりました。何を聞きたいのでしょうか?」
真奈美は身を守るように腕を組んで質問したが、後ろからガチャという扉が開く音が聞こえた。
取調室には入って来なかったタカだった。
「粗茶ですが。」
タカはお茶を3人分並べると、黒いバインダーをマサに手渡し、何かの箱を置いて部屋を出ていった。
「取り調べといえばカツ丼だと仰る方が未だにいらっしゃいますがね。利益供与だ税金の無駄遣いだと、最近はお茶を出すにも神経を使う始末さ。」
しかしお茶を出したから取り調べではない証拠になるだろうというマサの意図を理解した二人だったが、その不遜なマサの態度に少しイラつき始めた真奈美だった。
「では、コチラに記入いただけますか。それと身分証明書を。」
マサは黒いバインダーから紙を。箱から鉛筆を取り出すと、二人に渡した。
紙には名前や住所、年齢、職業など病院で書く問診票のような欄が並んでいた。病院と違っていたのは病歴ではなく、犯罪歴の有無とその内容欄くらいだろう。
二人は黙って記入し、運転免許証と一緒に紙を差し出した。
「はい。ご協力ありがとうございます、と。えー、ではお二人の関係から伺っても?」
「今日が初対面です。マッチングアプリで知り合いました。この人が農家をやっていると。なので農業体験しようと思って、あそこで落ち合って作業着に着替えようとしていました。」
芽衣子はパトカーの中で考えていた筋書きを話し始めた。
「あーそれはですね――痛っ!」
妙にスラスラとウソをつく真奈美に戸惑いながらも、自分も何か取り繕わねばと思った次朗だったが、机の下で足を蹴られた事で、余計な事は言うなという真奈美の意図を汲み、口を噤んだ。
「着替えを?でも白衣を着てましたよね?しかも下着も付けずに裸で。」
下手なウソは止めろとマサは顔で物語っていた。
「からかってやろうと思っただけです。何ですか?犯罪ですか?」
しかし真奈美も怯まずに堂々と聞き返した。
「まぁ誰からも見られない状況ならセーフですね。ただ私有地の中でも、外から誰でも覗ける状況なら法律に抵触する可能性も…ああ、お医者様でしたか。」
マサが紙を見ながら答える。徐々に横柄さが増すその態度に真奈美はイライラを更に募らせていった。
「こういう者です。」
真奈美は自分の勤める病院の名刺をポーチから取り出すと、机に叩きつけるようにしてマサに渡した。
「これはどうも。では仕事終わりに白衣のまま農業体験をしに来たと?」
礼こそは述べたが、まるで価値が無いもののように真奈美の名刺を一瞥だけしたマサは質問した。
「はい、その通りです。」
「しかし、少し妙ですな。」
「何がですか?」
マサが何を気にしているのか、真奈美には分からなかった。
「そちらの男性。松井次朗さんは職業をフリーランスと書いています。まぁ農家も分類としてはそうでしょう。しかし、普通なら農家と書くのでは?」
それを聞いた真奈美は次朗を睨みつけようとしたが、次朗は目を合わせようとしなかった。
「あはは。年の半分くらいはIT系のフリーランスで、残りの半分は農家をやってます。彼女には農家としか伝えてませんでした…。」
次朗はマサと目を合わせたまま冷や汗こそ書いているが口調は変わらず普通に答えた。
「なるほど。ギリギリ辻褄は合っているな。」
マサは何かを諦めるように一息つくと、書類を重ねるとトントンと角を合わせた。
「それで?結局立件はどうされるつもりですか?」
やっと取り調べも終わりかと思った真奈美だったが、まだ警戒は解かなかった。
「まぁ、今回は厳重注意ということで。あとは指紋採取ですが――」
「弁護士を呼びます。」
マサの言葉を遮った真奈美はキッパリと、マジックミラーに向かって宣言した。
「今回は結構。本日はありがとうございました。帰って大丈夫ですよ。」
お茶はそのままに三人は取調室を出た。
「お帰りはあちらね。」
マサに促されて真奈美と次朗は階段に向かった。二人が階段を降り始めるのを見届けたマサは、取り調べ室の隣の部屋に入った。
その部屋は取り調べ室とは違って小さい部屋だったが、同じようなガラス窓が付いていた。そしてガラス窓からは、先程マサが使っていた取り調べ室が見えるようになっていた。
「どう思う?」
マサは取り調べ室の隣室、通称『覗き部屋』の机に座るタカに質問した。
「どうって、どちらについてですか?家ごと何かに拉致されたという、あの通報ですか?それともあの二人?」
タカは机の上に置いていたバインダーを広げてページをめくった。
「通報の方だな。」
「そうですね、通報内容と状況証拠は一致しているのでウソや悪戯と考えるのは早計かと。」
通報内容を文字起こしした書類を見ながらタカは答えた。
「なら今の二人はどうだ?」
「あっちはウソの臭いがプンプンしますね。男の方は気弱そうですし、締めあげたら何か吐くかもと思いましたが、随分とアッサリ終わらせましたね。」
書類から顔を上げたタカはマサの真意を計りかねていた。
「男が気弱だと?タカ。お前さん、どこを見ていた?あの子は俺の目を最初から最後まで、ずーっと見ていた。ああいうのはオトすのが難しいぞ。」
マサは腕を組んで後進の未来を心配し始めた。
「あの子?…難しいと思われる根拠は『刑事の勘』ってやつですか?」
タカは自分とマサの違いを考えていた。
「元刑事だな。今は普通の警察官よ。それも後進育成のな。そんな大層なモンじゃなく、ただの経験ってヤツだ。」
「経験ですか。…難しいですね。」
「なーに簡単さ。お前さん、交通課のミサちゃんに振られたって?『堅物過ぎてムリ』ってな。それも経験の内よ。」
「なぜそれを!」
つい昨夜に振られたばかりで自分は誰にも話していないのに、何故マサが知っているのか、署内ではどこまで話が広がっているのか、タカは気になった。
「元刑事を舐めんなっちゅーこった。そうだ、ほれあの女医の方。あっちは口数が多かったろ?こっちの態度にすぐ揺さぶられていた。オトすならあっちだな。今度会ったら口説け。」
「オトすとは、そっちの意味ですか?私は市民を守りたくて警官になったんです。その市民に手を出すなんて、もっての他です。」
タカは憤慨すると机の上にあったバインダーを叩いた。
「お前さんの言う"市民"ってのは誰なんだ。ったく堅物が。森を見て木を見ないヤツは大成せんぞ。」
マサが覗き部屋の窓から外と見ると、そこにはちょうど真奈美と次朗が警察署の敷地から出て国道に向かって歩いていた。




