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場面24 SNSへのSOS

 井戸水の冷たさに骨の髄まで凍てついた誠司は新しいトランクスを穿くと、居間に転がり込んだ。するとそこはシンナー臭かった。


「うわ、くさ!」


 誠司が居間の座卓を見ると新之助が座っていた。その手元には揚げ物などで使う金属製のバットが有り、その上には除光液のボトルと、必死にティッシュで手首を擦る父の姿があった。


「え?何してるの?」


「これ、落ちないんだよ。ははは。なんだこれ。」


 誠司が新之助の手首を見ると、そこには赤く腫れあがった肌と、刻印が有った。


「この色はヤバイって!もうやめろって!」


 誠司は急いで父からティッシュを取り上げると、腕をバットから離した。その際に刻印の中の文字が目に入った。


「ストレージとメモリー…?なんだこれ?」


「知らん!俺が知りたいよ!こんな腕、職場でどうしたらいいんだ!冬は長袖で隠せるが、夏はクールビスだ節電だと、強制的に半袖出勤の日も有るんだぞ!!」


 市民の目も気にしなきゃいけないからお役所は大変だなぁと完全に他人事の誠司だったが、かぶりを振って真面目に考え始めた。


「ストレージとメモリーって普通に考えたらパソコンだよな?それが無限?無限のメモリーって演算能力が凄そう…いや、ストレージって保存領域か?いや、収納…?そういや最近そんな話をしたような…。」


 考え始めた誠司だったが、スマホを弄りながら風呂から出てきた芽衣子の大声によって、思考は中断させられた。


「はいはーい!お集まりの皆さまー!第3回藤田家会議in異世界を開催しますわよー!議題は薬をどうやって手に入れるか!!」


「第3回?3回目だったか?」


「いや、どうせメイ姉の事だ。適当を言ってるに決まってるよ。考えたら負けってやつ。」


「そうか…いや、芽衣子!何の薬か知らないけどな!俺のこの腕のヤツ!今はこれが一番の問題だろ!」


「腕のヤツぅ?」


「ほら、コレだ!」


 手首を突き出す新之助と、それを覗き込む芽衣子だったが、即座に一蹴された。


「何よこんなもん!初老の皮膚と、少年の命!どっちが大切か!考えるまでもないでしょう!」


「初老ってお前…いや、確かにそうだけど――って、少年の命と言ったか?何の話だ?誠司も知ってるのか?」


 芽衣子が変なテンションになっていると察した新之助から説明を求められたので、誠司は教会での出来事を簡単に話した。







「――なるほど、そうだな。わかった。だったら、こんなものどうでもいい。よく考えれば向こうに帰ってからタトゥー除去手術でも何でも受ければ良いだろ。」


 教会で臥せっている少年マウロの話を聞き、新之助も納得した。


「で、議題は『薬をどう手に入れるか』か?ジローに頼んで、買ってきて貰えばいいじゃないか――ああ、もしかして医者じゃないと無理とか?」


「そう、その通り!処方箋が必須なのよ!」


 芽衣子はスマホの画面を誠司たちに突き出した。そこには薬品名を始めとした様々な項目が並んでおり、処方箋というの欄には『必須』と書かれていた。


「なるほどね。昔からお世話になってる病院に頼めばいいんじゃないか?パソコンでネット診療とか?で、マウロの事は外国人だからって診察してもらって、処方箋は次郎が受けとる、みたいな。駄目なのか?」


 友人を良いように使うのは気が引けた誠司だったが、人面尊重として次郎も納得してくれるだろうと考えた。


「それはあたしも考えたけど駄目ね。ひとつ、今の日本は未だに初診のネット診察を受け入れてない。ひとつ、あのロートル病院はネット診察してない。ひとつ、外国人なら保険証は要らなくてもパスポートを求められるみたい。つまり――」


「つまり?」


「八方塞がりね。いっそ病院を襲撃して薬を奪取する荒くれ者でも探す?」


「芽衣子。ヤケは良くないぞ。まずは正直に行こう。きっと分かってくれる人は居る。」


「あはは。今のはジョークだってば。」


 口は笑っている芽衣子だったが、その目が笑っていなかったのを見た誠司は、半分以上は本気だろうなと思った。


「けど親父。分かってくれそうな医者が知り合いに居そうなのか?」


「知り合いには居ないが、ほら。こうして信じてくれる人もいるぞ」


 新之助は持っていた自分のスマホを誠司に差し出した。誠司はその画面を見ると、徐々に苦い顔になった。


「親父まさか、このスレッドを?」


「ああ。俺が立てた。」


「なるほど――。まぁ、今はまともなネットも機材も使えないし、…悪い手でもないか?」


 一人納得する誠司だったが、芽衣子は父のスマホを見ても理解出来なかったので、置いてきぼりを食らったと感じ、文句を言い始めていた。


「ちょっと?ちゃんと説明してくれませんかねー。何か父と子で通じ合っちゃってる感を醸し出してるトコ悪いんですけどー?」


「ごめんごめん。じゃあ簡単に。ただ、俺もざっくりとしか知らないから、違ってても後で怒るなよな。」


 誠司は芽衣子に説明を始めた。


「親父は『ニコちゃんねる』っていう昔から存在する匿名掲示板サイトにスレッドを立てたんだ。スレッドっていうのは…あー、そうだな――掲示板を作ったんだ。親父専用の。駅とかに有るだろ?落とし物専用の掲示板とかさ。何月何日に、トイレにこんな物が落ちてました…とか。」


「ああ、なるほどね!うん。でも落とし物っていうか、どっちかといえば迷子よね。私達が。」


「そう、まさにそういう事。親父は『迷子になったから助けて欲しい』っていう、迷子掲示板みたいなものを立てたらしい。」


「へぇ…便利じゃない。なら何で微妙そうな顔をしてたのよ。」


「良くも悪くも古いんだよ。読みにくいし、出来る事も限られてるんだよなぁ。あと大半の書き込みが酷いらしい。別名が『便所の落書き』って聞けば想像出来るだろ?つまりは民度が…。」


「何よそれ。良いことが無さそうじゃないの。」


「古いから、ユーザ層が厚いんだよ。それこそ若いやつからお年寄りまで。いや、でも今は老人の方が多いのかなぁ。」


 誠司が父を見ると、釣られて芽衣子も父を見た。新之助は、その視線の意味に気付いて慌てて否定した。


「おい!年寄り扱いするな!それにスレッドを立てたのも、書き込みをしたのも初めてだぞ?そもそも俺はまとめ民で――なぁ、聞いてくれよ!」


 父の発言を無視し、誠司はスレッドの書き込みを読んでいた。


「へぇ。思ったより信じてる奴がいるな。メイ姉の動画が効いてるっぽい。…あはは。みんな親父の事を『釣りジジイ』なんて呼んでるのな。」


「そうなんだよ。嘘じゃないのにな。」


「何よ釣りって。お父さん釣りなんてした事ないじゃない。」


 どうして急に魚を釣りの話になったのか芽衣子には分からなかった。そんな芽衣子に誠司が助け舟を出す。


「釣りには餌を使うけど、これには2種類あるんだよ。虫とか団子を使った”食える餌”と、ゴムや毛で作った”疑似餌”な。」


「それくらい知ってるわよ!ルアーでしょ?」


「それそれ。ルアーは魚にとっては食えない偽物だから、要は”嘘”だろ?だから嘘の話題で注目を集めようとする行為を『釣り』って呼ぶんだよ。」


「つまりお父さんは”嘘つき”と思われてる訳ね。じゃあさっきの『まともな機材もネットも無いから仕方ない』っていうのは?それが有れば、もっと良い手段が有るの?」


「全員が嘘つきとは思ってないみたいだけど、ニックネームとして認識されてる感じ。で、手段だけど、やっぱ『∨コス』だな。」


誠司は新之助のスマホを返すと、自分のスマホを取り出して操作し始めた。


「ブイコス??あたしは知らないけど、お父さんは?」


「名前だけ知ってるな。詳しくは知らん。」


「ほら、コレだよ。Virtualコミュニケーションスペース。名前が長いから、略して『∨コス』って呼ばれてる。」


 誠司はスマホを二人に見せた。


 画面には3等身の動物っぽいキャラクターが背中を向けて、どこか駅を思わせえる建造物の中に居る様子が映し出されていた。


「何この生き物?クマ?サル?」


 芽衣子の興味はキャラクターに注がれていた。


「これはナマケモノで俺のアバター…って、それはいいの!大事なのは場所!ここは仮想空間に作られた一個の街というか国みたいなもので、この中で色々出来るから、例えばさっきの『チャンネル』も最近じゃこの中から接続するのが普通なの。」


「へぇ…この子の周りで動いてる光の点は何?」


 誠司のアバター周辺には様々な色の光点が動いていた。


「それは他のユーザだね。この中で使える自分の分身、アバターを購入しないと光点でしか映し出されないし、このスマホみたいに性能の低い機械で接続すると周りは光点になるな。」


「表示が違うのね?でも普通に使えるならスマホでやればいいじゃない。なんで駄目なのよ。」


「操作がムズいのもあるけど、とにかく電気をメチャ使うから、すぐにバッテリー無くなる。次郎が電源とネットをどうにかしてくれたら、全然有りだけど今は厳しいよ。」


 芽衣子がバッテリー残量のアイコンを見ると、つい先程までは100%だった残量が90%になっていた。



「なにこれ。ダメね。それじゃどうするの?」


 失望した芽衣子は∨コミュが映し出されていたスマホを誠司に返した。


「とりあえず親父のやり方を真似しようと思う。具体的には、みんなで手分けして昔から有るSNSに片っ端から突撃して、薬を送ってくれそうな人を探す。どうかな?」


 誠司は自分のアイディアに異議がないか、姉と父の反応を伺った。


「どうもこうも、父さんはもう始めてるからな。異議なし。」


「ちゃんとやれるか分からないけど、マウロ君が治る可能性があるなら何でもやるわ!」


 こうして各自がどのSNSへアタックに行くか決めると、藤田家の三人は黙々とスマホをいじり始めた。


「ねぇ本当にこんなので薬が手に入るんでしょうね!?」


「わかんないよ。でも他に手段も無いんだから仕方ないだろう――あ、次郎にも連絡しなきゃ。あと飯か。何か作ってくる。」


「なんか緊張感が少ないのよねぇ誠司は!…でも腹が減っては戦は出来ぬと言うし?ご飯は作ってらっしゃい!」


 芽衣子の焦燥感とは裏腹に、早い段階で芽衣子の手によって魚は釣れた。しかも大本命の医師だった。


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