場面22 キャットファイト寸前
「俺が触ったかって?ウサギに?それともその痣に?あ、いや、どっちも触ってないけど…ただの皮膚病だろ?それ。」
いつになく真面目な表情の芽衣子に誠司はプレッシャーを感じていた。
「そう、触ってないのね。良かった。絶対に触っちゃダメよ?!」
芽衣子は持っていた割り箸を置くと、横に有ったガムテープを拾い上げて厳重にダンボール箱を閉じた。
「そうだ、こうしちゃいられない!」
突如走り出した芽衣子に、ただ事ではないと感じた誠司は走って後を追いかけた。
玄関に着いた芽衣子は下駄箱の中を漁り、スプレー缶を取り出すと自分に振りかけた。
「うん?虫よけスプレーか?」
芽衣子は自分の全身に一通り振りかけると、スプレーを持ったまま玄関の上に置いてあった鍵を掴み、追いかけてきた誠司に気付くと無言でスプレーをかけた。
「おい!メイ姉!一体どうしたっていうんだよ。」
訳が分からなかった誠司だが、芽衣子は気にすることなく自転車に乗って行ってしまった。
「一体どこに…って、この村じゃ他に人も居ないから教会か?」
猪突猛進状態な芽衣子を放っておくのもヤバイと考えた誠司は玄関に置いてあった原付の鍵を掴み、納屋に移動した。
納屋のバイクに跨ると、鍵を刺してエンジンをスタートさせて、ゆっくりを走り出した。
「うわぁ…。舗装されてないとキッツイなぁ。っていうかもうメイ姉が見えないけど。こんな道でママチャリ使って、どんだけスピード出してるんだよ。無茶するなぁ。」
安全運転で走っていた誠司だったが、やがて教会に近付くと芽衣子の自転車が横倒しになっているのが見えた。
「なんだ?開けっ放しか?」
入口の扉も開けっ放しになっていて、中から言い争う声が聞こえた。
「ごめんくださーい」
勝手に入るのも憚られた誠司は一応といった形で挨拶をしてから教会に入ると、中ではキャットファイト一歩手前といったっ様子になっていた。
「いいから弟を診せなさいよ!」
「いけません!あなたも病気になってしまう!」
芽衣子とアンナだった。
「私は大丈夫よ!スプレーも浴びたから100%安全!」
「なんですかそれは!私はあなたを思って忠告しているのです!」
自分よりも芽衣子の方が人との距離の取り方が上手いのは知っていた誠司だが、熱くなると誰よりも突っ走るのが芽衣子というのも知っていた。
「まぁまぁ二人とも。一旦落ち着こう。どうどう。」
「なによ!あんたは!!」
「何ですかあなたは!!」
一瞬姉が増殖したように見えた誠司だったが、ここで引いてはダメだ。逃げちゃダメだと自分に言い聞かせた。
「とりあえずメイ姉が何をそんなに気にしてるのか――いや、何がメイ姉をそうさせてるのか教えてくれないか。」
「野兎病よ!」
芽衣子は即答した。
「「やとびょう?」」
誠司とアンナは何の事か分からず首を傾げた。
「あー。その病気がこの村の疫病の正体だと。メイ姉はそう言いたいのか?」
「え?あなたはお医者様なのですか?失礼ですが、とてもそうは見えないのですが…。」
「どう見えたら医者になれるのよ!違うわよ!」
踏ん反り返って答える芽衣子の態度に、アンナは態度を硬化させた。
「では弟に近寄ってはダメです!私はこれ以上この村で犠牲者を出したくないのです!」
「大丈夫よ!直接獲物を触らなければ殆ど安心だし!虫よけスプレーもしてきたわ!」
ああ、あれはやっぱり虫よけスプレーだったのかと思った誠司だが、アンナがスプレーの存在を知るハズも無かった。
「すぷれい?それが何か分かりませんが、お医者様でない人に何が分かるのですか!」
ようやく誠司にも事情が見えてきた。
「まぁまぁアンナさん。医者じゃない人でも知識さえ有れば対策は打てる訳で。もしメイ姉の言う病気の症状とか、発症者の傾向がこの村の病気と一致したら、その時は信じてみても良い気がしないかい?」
「それは…確かにそうですね。」
軟化したアンナの態度に、誠司もホッと一息ついた。
「それじゃメイ姉。メイ姉の知る、その病気の事を話してくれないか?」
「いいわよ。まず発症者には大きな吹き出物を潰したような病斑が出るわね。そして発症者の多くは狩人だけど、それだけじゃ収まらないの。だって――」
その後も芽衣子は知る限りの知識を話した。最初は驚いた顔をしていたアンナだったが、やがて納得したような顔になったので芽衣子を信じて貰えたのだろうと誠司は思った。
「だからあたしや誠司が野兎病になる可能性は低いと思ってるの。でも確信が持てないから病人、つまりはあなたの弟さんの体を診せて欲しいの。」
「あなたの言う通りです。分かりました。こちらへどうぞ。」
アンナは教会の内扉を開けて二人を招いた。




