場面21 最初の刻印
「あのコンテナがこんな仕様になっていたとはね。道理でメイ姉のスマホが戻って来ない訳だ。けど、こうなると日本と大量にやり取りするなら、どっちのコンテナにも人員を張り付けなきゃいけないのか?」
誠司はガーデンテーブルに座ると、仕様書を眺めた。
「おう。父さんと博史で調べたぞ。原理は分からんが、とりあえずの謎は解けたと思っていいんじゃないか?」
まるで子供のように、エッヘンと言いそうな新之助も、ガーデンテーブルに腰掛けた。
「そうだね。どうせ原理なんてのは分からないのがお約束だし、使い方が分かっただけで十分さ。」
その瞬間、背中に違和感を感じた誠司だったが、一瞬だったので気のせいだろうと思った。
「よし、それじゃあ買い物リストを作ろうか。メイ姉もこっちに座ってくれよ。」
誠司はスケッチブックを捲って白紙のページを開いた。
「そうねぇ…あたしは特に欲しいものは無いかなぁ。どうせプレハブが届いたらネット注文で置き配達して貰えるでしょ?」
あまり大っぴらにしたくない品も有るので、芽衣子は個別に注文できるネット注文からで問題ないと思っていた。
「うん?まぁそうだな。そうか、じゃあ置き配用に小さい物置もプレハブと一緒に配達して貰うか。」
プレハブを開けたままにするのも不用心だし、かと言って次朗がいつ来られるのか分からない以上、雨ざらしを避ける為の作として誠司が提案した。
「おい、ちゃんと予算として考えてるか?今うちは全員が無職状態だぞ?日本に帰った時に貯金がゼロというのは考えもんだ。」
確かにそうだと思った誠司はいくつかのカテゴリに分ける事にした。とりあえず3種類。『絶対に必要、有ると助かる、余裕が有れば欲しい』として、庭先で話し合った。
「うーん、『絶対に必要』って最初はそんなに無いかと思ったけど、結構あるなぁ。しかもお金もそこそこ使うぞ。これ。」
スケッチブックに書き出されたリストを見て唸る誠司。
「そうだな。後で金策も考えよう。しかしココには周りに木しかないからなぁ…。」
「金策もそうだけど、ジローにいくら渡すか、いや、渡せるかだなあ。俺はこれくらいなら。」
誠司は貯金の座高を思い出し、使っても問題ない金額をスケッチブックに書き込んだ。
それを見て新之助と芽衣子も書き込んだ。
「おお、これなら結構イケるな。何とかなりそうだ!じゃあ二人とも後で俺の口座に振り込んでおいてくれな。俺からジローにまとめて振り込んでおくから。」
「それ とりあえずの 金額。なんなら あたし もうちょいイケる。」
芽衣子の話し方がおかしかったので、誠司はスケッチブックから目線を上げた。
そこにはコンビニのビニール袋を片手に、サンドイッチをモグモグと食べる芽衣子が居た。
「…メイ姉。それどうしたんだ?」
料理の出来ない芽衣子が作れる訳もないが、パンに挟まれたレタスは新鮮そのものだったので誠司は気になった。
「ん-。たぶんヒロ兄の朝ごはん?」
今度はコーヒー缶を取り出すと、グビグビと飲みだし、プハー!と息を吐く芽衣子の姿は、誠司に『仕事終わりの酒飲みサラリーマン』を彷彿とさせた。
「なんでヒロ兄の朝飯がこっちに…あ!さてはコンテナの検証中にガメたな?!」
「ガメてないでーす。偶然にも送り返すのを忘れただけでーす。いやぁ忘れちゃったなぁ。残念だなぁ。」
絶対に確信犯だと思った誠司だったが、メイの食事を見て空腹を感じていた。
「じゃあ朝飯を作りますか。材料は…。」
何を作ろうかと思った誠司だったが、神父がウサギを持ってきていたのを思い出した。
「あ、ウサギ!忘れてた!!」
「え?ウサギ?…あ、ウサギ!!」
「そういえば神父様から昨日貰ってたな。あれはどうした?」
全員がウサギの存在を思い出した。
「メイ姉が納屋に吊るしてたよな?あれってどう食うんだ?さすがに解体方法なんて俺は知らないぞ。っていうか一晩経ったけど、大丈夫か?」
「あ、それならあたしがやった事あるから大丈夫。だけど、一晩かぁ。そうねぇ…どうだろう。とりあえず見て来るわ。」
納屋へ向かう芽衣子の背中を見ながら、血まみれになるなら何処か余所でやってほしいなぁと誠司は思っていた。
新之助はコンビニのビニール袋の中に雑誌が入っていたのに気付き、取り出して読み始めていた。
「あ、そうだ。親父、さっき借りたリングだけどまた返しておくよ。」
父からリングを借りたままだったのを思い出した誠司はポケットから取り出して渡そうとした。
新之助は雑誌を読みながら左の掌を出した。
「ほい――ん?親父、なにこれ?」
「うん?どうした?」
「いや、この入れ墨。」
誠司が指差したのは新之助の左腕の手首で、そこには無限を意味する記号∞のようなものがゴルフボールサイズで刻まれていた。
記号の中には文字も有ったが、老眼の新之助には読めなかった。
「なんだこれ?汚れか?」
心当たりの無かった新之助は雑誌の印字だと思った。汗か何かで手首に転写されたのだと。しかしどれだけ擦っても刻印が落ちる様子は無い。
「え?入れ墨?」
「いや、そんな物は入れた事が無い。第一、さっきまで無かったぞ?」
新之助はさらにゴシゴシと擦りだした。
「ちょっと誠司!誠司!こっちに来て!」
芽衣子が慌てて戻ってくると、誠司の腕を掴んで連行しようとするが、新之助の手首の刻印を見て一時停止した。
「お父さんのそれ、何?タトゥー?」
「わからん。芽衣子、お前の除光液を借りてもいいか?」
「形は…でも、色と大きさが…え?除光液?うん、化粧台の引き出しに入ってるから勝手に使っていいよ。緑色のボトルで『除光液』って書いてるから。」
新之助はわかったというと、家の中に戻っていった。そんな父を見送る誠司と芽衣子。
「あ、そうだ!ちょっと誠司!納屋まで来なさいよ!」
芽衣子に引っ張られて納屋に行くと、そこにはダンボールに入ったウサギが有った。
「うん、ウサギだね。どうしたの?解体しないの?」
芽衣子の意図が分からない誠司は普通に聞いたつもりだったが、芽衣子は苛立ち始めていた。
「違う!あたしが言いたいのはコレ!ココ!」
どこから持ち出したのか、芽衣子は割り箸でウサギの首元をつついていた。そこには痣が有った。
「誠司。あんた、このウサギ触った?」
芽衣子の顔は真剣そのものだった。




