第9話 地元の英雄あなたの英雄
私はなかなか状況を理解できずにいたのだが、どうやらこの若い女性はさっきのジジイの奥様らしい。
なんで、ジジイのくせに若い女と結婚しているんだ、と思ったけれども、どうやらあのジジイはああ見えてまだ40歳くらいらしい。
しかし、奥様30代にしてはだいぶお若いですね。旦那様の寿命を吸って生きているようにしか思えない。
ブレンダも、このことを初めて知ったらしい。
ていうか、そもそもブレンダは数年前にここに来たばかりらしいのだ。
先に言っておいてくれよ、と思ったがまあ、最近引っ越してきたなんて旅人の私に言うべきことではないからな。
突然色々な新情報が明かされるのも仕方のないことだ。
しかし、40にしては頭は真っ白だしヒゲもすごいし、
「その、夫は元々この街で守衛をやっていたんです。それで、10年前の魔王軍の攻撃が激化したときも、夫は必死にこの街を守っていたんです」
私とブレンダは、とりあえずリビングの椅子に座らせてもらって彼女から話を聞いた。
彼女の名前はリオットで、さっきのジジイはシャウエンというらしい。
「それで、夫もいつかは魔王を自分の手で倒して見せるって息巻いていたんですよ。だけど、勇者に先を越されたって拗ねているんです」
「あ〜、そうなんですか」
・・・・・
ほんと、しょうもない。
「勇者に魔王が倒されたあと、以前の首長が夫の功績を称えてこの街の首長にしてくれたんです。それで、しばらくしてから他の街では勇者が魔王を撃破した記念の祭りを開くようになったじゃないですか。それで、この街も真似しようと思ったんですけど、夫は自分の祭りをやりたかったらしくて。でも、なかなか言えなかったんですよね」
「あ〜、そんなことがあったんですね。だから、他の皆さんもやけに素直に従っているんですか?」
ブレンダがリオットに聞いた。
「まあ、私は妻としてそんな祭りなんて開いてもらいたくないですけど」
そういってリオットはフフ、と少し笑った。
「そもそも、夫は首長になんてしてもらったんですから、そんな欲張らなくていいじゃないっていつも言ってるんですけどね。やっぱり、皆にもっと褒めてもらいたいみたいで。だから、「なんで、あいつら勇者のことなんて見たこともないくせに勇者の祭りをやろうとするんだ!!この街を守ったのは俺だぞ!!」っていつも言ってるんです。その、私の前ではね」
・・・・・
あ〜、耳が痛い。
私は、とりあえず、下を向いて足をモジモジとさせてだんまりを決め込んだ。
「それで、勇者に嫉妬していたんですか?街の住民を集めて、私も、突然話があるって言われて聞きに来てみれば勇者の悪口ばっかりで、新しいものが受け入れられない老人みたいなもんだと思ってましたけど、年寄りとか関係なく嫉妬していたんですね」
「ほんと、勇者になんか会ったこともないですし、小さい頃なんて弱虫だったんですよ」
そういってリオットとブレンダは笑っていた。
「そ、そんなことは言ってもね、私は、なんとなく旦那さんの気持ちもわかるけどな〜」
「そんな、無理言わなくて大丈夫ですよ。旅人さんってことは、お祭りが目当てだったんでしょ?すいませんね〜、家の旦那が。ひねくれていて、どうもダメなんですよ」
「そ、そんな、ひねくれているからってダメなことないですよ。ていうか、イレインさんって強いんですね。本当に、同じ女性なんですか?」
私は騎士なんだ。
それに、人類を救った影の功労者なんだ。
勇者が魔王城に行っている間、王都の防衛をした。
・・・
まあ、出番はなかったけど、でも、とっても大事な役目なんだ!!
「まあ、ほんと皆さんにご迷惑かけて申し訳なかったです。夫に
もちゃんと言っておきますね。お小遣い減らすって脅しておきます」
リオットがそういうと、ブレンダが「可愛らしいんですね」と言って笑った。
段々と、というか、さっきは本気で殴って申し訳ないです。
しかし、残念ながら私に殴られて気絶しているようじゃ魔王討伐は無理ですよ。
まあ、今はそんなことよりも、どうしても感情移入してしまって困る。
私の乙女心がうねりをあげているのだ。
その、こじらせる気持ちもわからなくはないですから。
でも、えっと、シャウエンさんか。
私、ちょっと頑張りますよ。
「あの、シャウエンさんはこの街を守るために色々と頑張ってくれていたんですよね?」
「まあ、当時は活力に満ちあふれていましたから。でも、あのときから「勇者なんて雑魚だ。俺の方が強いに決まっている」って豪語していましたけどね」
はあ、
まあ、別に悪い人ではないのは確かだ。
そもそも、騎士としての教育を受けているかどうかで戦闘力というのもだいぶ変わってくるものだ。
街や村の一端の戦士が、ものすごく強いなんて、勇者くらいしかいなかった。
やはり、勇者は圧倒的だったのだ。
騎士団長でも、まったく歯が立たないくらい強い。
まあ、伝説は残っていてもその強さを覚えている人はもうほとんどいないからな。
「奥様は、なんでシャウエンさんと結婚したんですか?」
すると、リオットは少し恥ずかしそうにしてから「その、子どもを身籠ったので」と言ってお腹をさすった。
「あ、すいません。その、何かお付き合いする理由というか、どういうところに惹かれたのかな、って」
「ああ、そっちですか、すいません」
そういって、リオットは更に顔を赤らめた。
それにしても、デキ婚かよ。
まあ、別にいいけどさ。子どももどっかにいるのか?
「その、私はほんと、普通の町娘だったというか、彼とは何の接点もなかったんですけど、ある日、まだ魔王軍が健在のときに外で遊んでいたら魔物に襲われたんです。その、言いつけを守らなかったので自業自得ではあるんですけど、でも、その時にシャウエンが助けてくれたんです。私がまだ10歳とか、そんなときでしたかね。それで、好きになっちゃって」
なるほど。
いい出会いじゃないか。
実に微笑ましい。
「それで、勇者によって魔王が倒されて、この街にも魔物が来なくなって、シャウエンが首長になって、その3年後くらいですかね。私は、相変わらず接点もなかったんですけど、シャウエンに告白したんです。それで、お付き合いを始めたというか、」
隣から時折ブレンダの「へ〜」とか「あ〜」とかいう相槌が聞こえてくる。
私は、どうしてもそういうのが気になってしまう性分なのだが、今回は我慢してリオットの話を聞くことにした。
「それで、妊娠したんです。だから、結婚式も挙げて。子どもは、病気で死んでしまって。それで、私も夫もだいぶ落ち込んじゃいましてね。それが、よくなかったというか、決め手になった感じですかね。そこから、若者を毛嫌いするようになったり、褒めてもらえない愚痴を毎日言うようになったりしたのは」
なるほど、
まあ、そりゃ色々と事情はあるだろうな。
ブレンダ以外の住民はそれを知っているんだろう。それに、ブレンダが知らなかったということは、住民だってそれなりにシャウエンのことが好きなんじゃないのか?
だから、我慢して家に籠もっている。
なんとなく、点と点がつながった気がした。
「その、リオットさんは、まだシャウエンさんのことが好きなんですか?」
「ま、まあ、小さい頃からの憧れだったので、好き、というか。嫌いになれないって言う方が合っている気がしますね。その、子どもが死んでしまってから私たちもあんまり仲が良くなくなったといいますか、夫はもう昔のことなのに「街を守ったのに、なんで誰も称えてくれないんだ」ってグチグチいうようになって。前の首長も亡くなってしまったので、褒めてくれる人がいなかったんですかね」
「あ〜、そうだったんですね。それは、大変ですよね」
ブレンダが、実に適当な相槌を打った。
「あの、」
私は色々と思うことがある。
一人でこうして旅をしていて、勇者のことを思い出す。
彼がしてくれたこと、彼が愛してくれたこと。忘れはしないさ。
彼がいたから、彼の好きだったものを好きになってみようと思った。
世界はつまらないと思っていた。
というか、私というもの以外はすべて平凡でつまらないと思っていたのだ。
「いいんですか、このままで」
リオットがゴクリと唾を飲み込んだ。
ブレンダが隣で「あ〜、」とまた適当な相槌を打ったが気にしない気にしない、
意識してはダメだ。
「その、」
どうしようかな〜。
皆を巻き込んでいいですか?この街がこうなったのもあなたにも責任はありますよ、という感じでいくか、
もしくは普通に「好きって伝えないとわかりませんよ」とか「後悔しても遅いですよ」という感じでいくか。
「その、私は、好きな人がいたんですけど〜、それで、その、私、昔は結構変わってるとか言われてたんですよ。それで、」
ああ、完全にミスっている。
話したいことをちゃんと整理したはずなのに、口から出るのはいつも用意していなかった言葉ばかりだ。
ほんと、なんでだろうか。
別に、準備した言葉だって本当の気持ちじゃないか。
「すいません、さっきのは忘れてください」
ブレンダが今度は相槌を打たずにキョトンとした顔をしていた。リオットも同じだ。
「リオットさんが好きなのは、助けてくれたときの王子様的なシャウエンさんのことでしょ?どうですか、そのときと比べて」
私たちの目線が、倒れているシャウエンの方に向く。
「・・・そうですね、あのときの夫に戻ってほしいですけど」
「そうですよね。その、大切な子どもが亡くなってしまうというのがどのくらい辛いかは私にはわかりません。そもそも、どうですか、愛は足りてますか?セックスはしてますか?」
「いや、・・・そんな、・・・まあ、してはいますけど、いつも夫が私のことを乱暴に、」
ああ、
私だって乱暴でもいいから、勇者としておけば良かったっていつも思いますよ!!
「そもそも、嫉妬しいだったんでしょ?シャウエンさんは、いつも満たされていなかったわけでしょ?せっかく、リオットさんがシャウエンさんのことを好きでいるわけだから、好きならさあ、愛を満たしてあげましょうよ」
「愛を満たすって言われても、」
「恥ずかしがらずにさ、愛してあげなよ」
そうだな。
まさしく、私もそうすべきだった。
勇者のことが、好きだったんだ。
あまりにも普通のことで、自分では認めたくなかったけど、どうしようもなく彼のことが好きだったんだ。
「その、もう私たち30代ですしなんか今更普通のことをするのって恥ずかしいと思いますよ。でも、あなたは、せっかくシャウエンさんのことが好きなんだから、今だって変わらずに好きでいる数少ない人なんですから、認めてくれない街の人たちの代わりにちゃんと愛してあげてください」
私は、リオットの目をまっすぐと見つめる。リオットはときどき耐えられなくなって目を逸らしながらも、チラチラと私の方を見てきて「そうですね」と小さくつぶやいた。




