第10話 俺の愛した人
「・・・手伝うかい?」
冒険の途中、森の中の道を歩いていると突然ゴブリンの集団に襲われた。
まあ、野良のゴブリンだろう。大して数もいない。俺は自分に飛びかかってきたゴブリンを倒したあと、イレインに声をかけたのだが、彼女は「ギャーッ!!!」と叫びながらも「大丈夫だって、」と必死にこちらに訴えてきていた。
まあ、実力的には彼女にとっても楽勝なはずだが、彼女は極度の潔癖なのだ。
彼女はゴブリンからただただ逃げ回っていた。
別に、俺が倒せばいいじゃないか。俺だってキミがそこまで弱いとは思っていないよ。
それで、俺は彼女が逃げ回っているのを見ていたのだが、そこからどうにかして彼女は汚れないようにゴブリンを倒して、なんとか解決した。
「あのさ、魔王だって汚いと思うよ。臭いかもしれない」
「魔王討伐の旅の途中でそういうこと言わないでよ!!」
まあ、彼女を魔王のところまで連れて行くつもりはないけどな。
「ほんと、魔物って最悪だわ。汚いし、鳴き声も気持ち悪いし。それに、わかってるわけ?自然は汚いものばかり」
「そりゃ、汚いのもあるけどそういうもんだし、そんなこと言ってたら魔王を倒せないからね」
「とりあえず、水ちょうだい」
そういって彼女が俺に手を差し出してくる。
「あのさ〜、貴重な飲み水なんだけど、」
「は?病気になったらそれでおしまいよ!!それに、汚いのは無理なの。あんたの貧弱かつ鈍感かつ豪放磊落な感性を私に押し付けないで!!私は、次元が違うんだよ。だから、感性も違うの!!」
困ったものだ。
仕方なく、俺は彼女に水筒を差し出した。
「ありがとう。ちょっと、向こう向いてて」
「え、トイレか?」
「違うわよ。手を洗うとこなんて見られたくないから」
「別にいいじゃん。トイレなんだろ?」
「なにそれ、そんなに気になるならトイレじゃないっていう証拠を見せてあげるわ」
というわけで、俺はわけもわからず彼女が手を洗う場面を見させられた。
さっきは見るなって言ったのに、
正直、俺にとっては魔王よりもよっぽど彼女の方が手強い相手だ。
だって、まったくわかんないんだもん。
「じゃあ、行きましょう。昼間のうちに進まないと間に合わないわ」
「どうせ、夜中も歩くんだろ?別に休んで明日歩けばいいじゃん。一緒に寝ようよ」
俺がそういうと、彼女は「あんたみたいな汚いところでも平気で寝れるような人とは一緒に寝れない」と言った。
悪口を言われたはずなのに、なんでこんなにもダメージがないのだろうか。
仕方なく、俺は彼女の後ろについていった。
「あのさ、食べ物って不思議じゃない?」
「不思議って、前から言ってる自然を飲み込んでいるみたい、とかそんな話かい?」
「私が同じ話を何回も繰り返すようなボンクラだと思っているわけ?」
「その通りじゃないか」
「違うわ!!私たちって、食べ物を食べるときにスプーンとかフォークを使うじゃない」
何の話なんだ。
「それに、食べ物で手がベタベタしたら洗うでしょ?」
「まあ、そうだね」
「それって、食べ物が汚いからじゃない?」
「なんでそうなるのよ」
なぜかわからないけど、彼女の口調が一瞬俺にも移っていた。
「口に入れるものって、結構汚いと思わない?」
「汚かったら口には入れないだろ。綺麗だから、口に入れるんだ」
「だって、フ◯ラチオとかク◯ニとか口でやるじゃない」
はあ、
キミは騎士の生まれのお嬢様だろ?
どこでそんなことを習ったんだい?
「それに、人によってはスカ」
「それ以上はダメ。もっとさ、騎士の娘なんだから上品にいこうよ」
俺は彼女がそれ以上喋る前に、話を止めた。
「品はあるわよ。そっちが過剰に反応するからでしょ?」
過剰に反応させてもらうよ。
キミの、その強気なところとかは好きだけど、なんのためらいもなく俺ですら躊躇するような下ネタを言われるのはまた別だ。
「でさ、話戻すわよ」
「戻るんかい!!」
「話戻すけど、」
なんか反応してくれよ、と思うが彼女には常識が通じないからな。
「だから、口に入れるものって汚いんじゃないかなって思ったの。それに、私たちだって普通によだれとか垂れてきたら拭くでしょ?」
「そうだけど、キミがさっき言ってたのとは話が別だよ」
「そんなことないわよ!それじゃなかったら、私は食べることにすらいつものように拒否反応を示してもいいはずだわ」
「それはそうかもしれないけど、食べ物は焼いたり乾燥させたり色々あるだろ?」
「私、食べ物を触りたくないもの。その、中から出てきた汁とか気持ち悪いじゃない。つまりね、口って手ですら触らないようなものを触るときに使うわけ」
「あっそ」
「・・・なんか思わないわけ?」
「・・・何が?やめてもらいたいとしか思わないよ。せっかく、俺はキミのことが好きなのに」
そこまで言ったところで、俺は何かに気がついた。
これ、もしかして俺に嫌われたくてやってるってことか?
まあ、普通の男なら嫌だろうな。
「もしかして、俺に嫌われようとしてるの?」
「な、なんでそうなるわけ?ほんと、あんたみたいな平凡な感性じゃダメなんだわ!!もっと、感度上げておきなさいよ!!」
わからないけど、彼女はそういうと拗ねてしまった。
は?
わかんねえよ、マジで。
その、
俺の彼女のことを好きな気持ちは、彼女が俺の目の前で何をしようが変動することはない。
しかし、一緒に冒険をしているとストレスが溜まって仕方がない。
「あのさ、なんか暑いな〜、服脱いじゃおうかな」
突然、彼女がそっぽを向きながらそんなことを言ってきた。
「でも、ここで脱いだら自然の汚い空気がキミの体に触れちゃうんじゃないか?」
自然の汚い空気ってなんだよ、と自分で言っておいて思ったのだが、俺がそういうと彼女は目を大きく見開いてから口を抑えて先に走っていってしまった。
そして、俺が歩いて追いかけると、
案の定、彼女は木の幹に絶対に自分の手が直接触れないように布を一枚挟んでから幹に手を付けてゲロっていた。
まあ、詳しいことは彼女のためにも言わないよ。
潔癖過ぎてね、あらゆるものが汚く見えて仕方ないらしい。
俺は、あまり機嫌が良くないとはいえ、彼女のことが心配だったので彼女の背中を撫でた。
「あ〜、・・・」
彼女は、口の周りを自分の腕で拭っていた。
俺はそれを見て、そっちの方が汚いと思うけど、と思ったのだが、彼女は特に気にする様子がない。
手にも、その、汚いものが色々とついていた。あんま、しっかりと想像しないでくれたらそれでいいから。
とりあえず、彼女はそういうことを想像するだけでも吐いてしまうような人なのだ。
「あのさ、これ見てよ」
彼女は木にもたれかかったまま、下を指さした。
俺は、一瞬つられて見てしまいそうになったが、彼女の真意に気がついたので急いで後ろを向いた。
「これでも、口が綺麗って言えるかしら?」
「それはずるいだろ」
「じゃあ、やっぱり、私の言った通り、・・・」
はあ、
彼女が木の幹にもたれかかったまま「オエッ」と言っている。彼女はまだ気分が悪そうだったので、俺は彼女の背中を撫でながら寝ずにその場で一晩を明かした。
なんかな、
一緒に旅をすればもっとロマンチックなことになると思っていたんだ。
俺のことを好きになってもらう前に、まずはこの世界のことを好きになってもらう必要があるかもな。




