というわけで、第19話
「あの、私には何を話してたかあんまりわからなかったんですけど、とりあえず、あんな家に入れただけで幸せでした。ありがとうございました」
私はムカついていた。
王子の家からの帰り道。付近では、騒がしいとまではいかない心地よい程度の喧騒が鳴り響いていた。
クソ王子が、
せっかく、当事者である私があんなに丁寧に当時のことを伝えてあげたのに、
「まあ、少し参考にさせてもらうかも」なんて言いやがって。
「でも、こっちの街は夜でもこんなに明るいんですね」
「・・・そうですね。こっちには、魔力を伝えるこの魔柱が立っているからですかね」
「いや、ていうか、そういえばイレインさんは何者なんですか?」
「あ、私は勇者の恋人です」
「その、私あんまり勇者っていうのがどういう人なのかわかってないんですよ。魔王がやられたときって、私も普通に大人でしたから、川辺で生活していた頃ですから」
しかし、川辺で生活していた、という言葉を聞くだけで私は吐きそうだ。
口まででてきかけた未消化物を気合で飲み込む。
口をしっかりと開くと臭いでバレるかもしれないので、あんまり口を開かないようにしながら、「この街での生活って、どうなんですか?」と聞いてみた。
「・・・まあ、良くないですよ。・・・お金、返さなきゃダメですか?」
「いや、いいですよ」
返してほしいけど、正直に言えないのが乙女心ってやつだ。
勇者にも、もっと正直に気持ちを言えばよかったかなって未だに思うけどさ、
でも、この気持ちって別に反省すべき気持ちじゃないもんな。
「・・・貧乏なのは、別にあなたの責任じゃないです。なんなら、私に責任があるくらいです。でも、私はあんまりこの世界が好きじゃないんです。汚いものばっかりだし、見たくないものだって色々ある」
アダムは、こちらを見てくる。
段々と、綺麗な街が後ろに遠のいていって、前方には煙の蔓延する人の街が現れる。
「でも、私は彼が守ったこの世界がどんなに汚くても、見たくないものだらけでも、価値があったんだって思いたいんです」
私が少し俯きながらそう言うと、アダムは「すいません、あんまりわかんなかったんですけど」と正直な感想を述べていた。
「いいんですよ。とりあえず、明日には私も違う街に行きますから」
「とりあえず、イレインさんは貴族とか上流階級の出身なんですね?」
「まあ、そうですね」
街の細い路地に入っていく。この細い路地も、一応よくわからない数字の羅列の名前がついているんだろうな。
「私は、これからどう頑張っても貴族になれないんですかね?」
「あ〜、ちょっと難しいと思いますけど、」
まあ、勇者みたいに実力を認められるか。それか、乱世になれば貴族にはなれるかもしれないな。
この世は、馬鹿みたいに弱肉強食なのだ。
でも、この勇者が必死でもぎとった束の間の平和を私は満喫しておきたいのだ。
「・・・あの、どうにか抜け出せませんか?私、もう辛くて、あの新しい小娘がウザくて、護衛なんか引き連れてるし、だって今日みたいな世界があるなんて知らなかったから、知ってしまったらもう元には戻れないんですよ!!」
別に、一日満喫すればそれでいいじゃないか、と言ってやりたいが、彼女は私に泣き落としにかかってきた。
ほんと、どれもこれも全部勇者のせいだわ。
「じゃ、じゃあ、一発そいつらをぶん殴ってあげるから、それでいいですか?あんまり、直接的な手助けをするのは私のポリシーに反するというか、」
私がそういうと、彼女は借金取りにお願いするみたいに「頼みますよ〜」と言って私の腕をベタベタと触ってきた。
「ま、まあいいですけど、それでどうにもならないと思いますよ」
「いいんです。あいつ、年下のくせにイキってるんです。嫌いなんです。ぶっ飛ばしてやりたいんですけど、護衛みたいなの引き連れて、卑怯だってずっと思ってたのに、金持ちの子どもに生まれただけで。どうせ、あの護衛みたいなのだって体売って連れてきたんだわ。所詮はセフレよ。それに、あいつなんてブスのくせにさ、調子乗っちゃってほんとむかつく。マジで、殺してやりたいわ。ほんと、先代の恩とか忘れるくらいあいつはゴミなんですよ〜。マジで、貧乏人貧乏人って言ってきて、ほんとむかつく。あんた、私たちの稼いだ金で暮らしてる自覚あるの?あんたのとこで働いてあげてるのにさ、クソだわ、ほんと」
彼女は、突然グチグチと喋りだした。
私はくだらないと思ってそれを聞きながら、彼女の後ろを歩いていった。
しかし、夜になっても煙がモクモクと出続けていて、工場の中からは機械のガシャガシャ動く音が聞こえてくる。夜中も休まずに働いているのか。
それは、大変なことだ。
でも、私も同じくらい休まずに森の中を歩いているからな。
「ほんと、気色悪いんですよ。あいつ、感謝もせずに、それで会う度にブクブク太ってて、よくそんなんであの護衛たちもあんな醜女の横にいるわ。ほんと、馬鹿みたい!!」
彼女の怒りは当分収まらず、宿に戻ったというのにずっと愚痴を言い続けていた。
そして、私はロビーで彼女の愚痴をずっと聞いていたのだが、突然宿の扉が勢い良く開いた。
そして、確かに彼女の愚痴の通りの太った女がのしのしと入ってきて「早く、金をよこしなさい」とアダムに向かって言ってきた。
しかし、アダムは気が大きくなっているのか「おいごら、ボケブス顔面陥没野郎がよ、てめえ調子乗ってられるのも今のうちだぞごら。てめえのその汚い穴で従えた子分どもなんざ、このイレインさんがボコボコにしてやるって言ってるぞ」と言った。
いや、言ってないです。
勘弁してくれよ、
すると、案の定こういうのはプライドが高かったらしく、突然「こいつのこと、何してもいいわ!!死なない程度に痛めつけてちょうだい!!」と言ってアダムのことを指さした。
すると、扉の外から屈強な男たちが何人か入ってきた。
私は、
はあ、
とりあえず戦闘態勢を取った。所詮はガタイがいいだけの男。私には雑魚同然だわ。
そして、一人目の男が、まさかとは思ったが、何を思ったかわからないけれども、杖を取り出して魔法を使おうとしたのだ。
さすがに、素手で魔法を受け止めるのは危ない。私は急いで短剣を取り出して、アダムを魔法から庇った。
「ちょっと、そいつ誰なのよ?どういうこと、歯向かうつもりなの?あんた、恩を忘れたわけ?」
デブ女が騒いでいる。
しかし、それに負けじと「ぎゃははは、てめえざまあないわ。くそ女!!あんたこそ、また股開いて新しい男捕まえてこないといけないわね!!ざまあ!!あんたには、恩なんか一ミリもないわ!!そっちこそ、こっちが働いてる金をそんな贅肉にされちゃ、働きがいがないってもんよ、クソが」と言い返していた。
なんかわからないけど、私は仲良く出来そうなのにな、と思った。
が、男たちの攻撃はやまない。それに、男がこの狭い中に三人もいる。
私は、特に焦ること無くスペースを上手く使って男たちを撹乱しつつ、一人ずつ確実に仕留めた。
で、男たちは普通に私にやられて倒れていった。残ったのは、この女だけだ。
女は、屈強な男たちがやられてかなり慌てふためいていた。しかし、その体では俊敏に動くことなどできない。
私は女の後ろに回り込んで、後ろから首根っこを掴んで動きを静止させた。
「あっら〜、ぶくぶく太っちゃって、それで動けなくなって、男どもも所詮はあんたのセフレ、ていうかセフレ以下だわ。こんな情けなく負けちゃってさ、馬鹿じゃないのwww」
女はギリギリと歯を軋ませてこちらを睨んできている。
「ぎゃははは!!馬鹿だわぁ!!馬鹿よ!!馬鹿のくせにぶくぶく太ってさ、ほんと、馬鹿みたいだわ!!!」
人を罵倒するときにIQを下げてどうするんだ。せめて、逆にしてくれよ。
「あんた、わかってるの?私が雇ってあげているの」
なにやらごちゃごちゃとうるさくなりそうだったので、私はこのクッション性の高い腹を思い切り殴った。
すると、「オエッ」と言ってその場に倒れ込んだ。
「ハハ!!楽しい!!人生で一番、最高よ!!ばかあああ!!!」
私は、頭を抱えた。このあとどうするつもりなのか、とアダムに聞きたかったのだが、そんな間も無く彼女は自らの主を罵倒し続けている。
このデブ女も、初めて殴られたのだろう。痛みからなかなか起き上がれずにいた。
「あの、そろそろどうするか決めたほうがいいんじゃ、」
「え〜、もうですか?まだ、全然足りないですよ」
はあ、
これは勇者も予想外でしょうね。
勇者が守った平和が、こんなにも悪用されるなんて私ですら予想していなかったわ。
「まあ、あんたもこれで懲りたんじゃないの?」
懲りるわけがないな、と思いつつも私はこのデブ女に聞いてみた。
女は、またもや歯をきりきりと軋ませながらも「もういいわよ」と降参の意を示した。
「ですから、そんな悪口ばっかり言っててもなんにもならないですよ」
しかし、アダムは「ちぇっ」と一昔前の舌打ちをした。
「でも、アダムさんはこれからどうするんですか?」
「こんなとこやめてやりますよ!!」
「でも、仕事とかいいんですか?」
彼女はにっこりと笑ってから「女優になります」と言った。
「・・・いや、女優になるのって大変だと思いますよ」
まあ、あんな金持ちが趣味でクソみたいな演技してるよりはだいぶマシじゃないのかな、と思うがああいうのって友達同士でやりたいだけなんだから、新たに入っていく隙間なんてないと思うんだけどな。
「いや、私女優になります!!今日、感動したんです!!」
「・・・そうですか。まあ、良いことだとは思いますが」
これで良かったのだろうか、と思いつつもあまりここにも長居できない。でも、長居できないにしても風呂には入っておきたいし、さっき演劇の途中で寝てしまっていたらしいが、しっかりと寝ておきたい。
「じゃあ、後処理も頼んでいいですか?」
そういえば、私はデブ女の首を掴んだままだった。
私は、とりあえず外に出てデブ女を全力で投擲した。右足を軸にして、ぐるぐると回転して遠くに飛ばした。まあ、太ってりゃクッションになるだろう。そして、倒れている男たちも同じ様に投げた。
「そういえば、他にお客さんっていないんですか?」
私は手をパッパと払いながら振り返る。彼女は「いるけど、いいんです」と言った。
いるのに、私と演劇を見に行ったりしていたわけか。
大丈夫かな?あんまり、独り立ちさせない方がいいんじゃないか?
「私、ずっとこのままの生活だと思っていたけど、でも、世界ってこんなに広いんだなって思いました。だから、女優になりたいんです」
論理的に正しいかどうかは、今はいいのだろうけど、心配だな。
「私も、勇者みたいに色々な人に夢を与えられるようになりたいです!!」
おそらく、勇者じゃなくて勇者を演じていた俳優みたいに、夢を与えられるようになりたい、ということなのだろう。
彼は私に夢を与えてくれたけど、
残念ながら、それが叶うことはないわけだ。
まあ、彼女がなりたいって言ってるならいいじゃないか。私こそ、無謀な挑戦をしている、というものだ。
「じゃ、じゃあ、頑張ってくださいね。でも、私今日はこの宿で寝ていきたいんですけど、」
「いいですよ。お金も沢山もらったし、美味しいものも食べさせてくれたし、感動できるものも見せてくれましたし」
今思うと、私ってこんなにおもてなしの心を持ち合わせていたのかな?ていうか、普通はもてなされる側だし。
「じゃあ、ごゆっくり!!」
彼女は、満面の笑みのまま奥の方に消えていった。
この街は、魔王軍との戦いを終えて技術が飛躍的に発展した街だ。
そこでは、人々は働いて、その裏で金持ちたちが呑気に生活を送っている。
彼が守った平和に、まだ人々は慣れられないみたいだ。




