第9話 魂を結ぶ選択
「使う。今すぐだ」
《固有スキル〈魂約テイマーⅠ〉を発動します》
《警告。魂約は双方の生命および魂へ影響します》
《契約内容を確認してください》
半透明の画面に、細かな文章が並んだ。
契約者同士の状態確認。感情と位置の共有。獲得経験の一部共有。緊急時の生命力分配。
そして、最も重要な一文。
《魂約は対象の明確な同意がなければ成立しません》
《契約後も対象は命令を拒否できます》
《契約解除には双方の同意、または重大な契約違反の認定が必要です》
ゲーム時代のテイムとは違う。
弱らせて捕獲するのでも、好感度を数値まで上げれば自動成功するのでもない。
一つの命と、対等な約束を結ぶ。
「俺は、お前を助けたい」
形を失いかけたスライムへ語りかける。
「そのために契約が必要らしい。でも、俺の従魔になれって命令するつもりはない。嫌なら断っていい」
返事はない。
当たり前だ。スライムが人間の言葉を理解できるかどうかも分からない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「契約した後も、嫌なことは嫌だって伝えてくれ。俺が間違ったら止めてほしい。お前が行きたい場所を見つけたら、そのときは――」
胸が詰まる。
サービス終了前、召喚獣たちへ別れを言いながら、俺は一度も彼らへ尋ねなかった。
消えたくないか。
別の場所へ行きたいか。
ゲームのデータだからと、選択肢がないことを当然だと思っていた。
「そのときは、一緒に考えよう」
スライムの身体へ掌を重ねる。
「俺と契約してくれるか?」
一秒。
二秒。
青紫色に濁った粘体が、かすかに持ち上がった。
細い突起が伸び、俺の小指へ絡みつく。
《対象の同意を確認しました》
《魂約を開始します》
胸の奥へ、冷たい何かが流れ込んだ。
同時に、視界が消える。
暗闇の中へ落ちたと思った。
だが、そこには無数の淡い光が浮かんでいた。
青い光。赤い光。緑、黄、白。
一つ一つが、誰かの感情であると直感的に理解する。
最も近くにある小さな青い光へ触れた。
言葉ではない思いが、直接胸へ流れ込む。
冷たい。
痛い。
群れから離れ、一人で森を漂っていた記憶。
弱いため、他の魔物から餌として追われ続けた恐怖。
初めて自分の前へ立ち、炎を振るった人間の姿。
逃げてほしかった。
噛まれてほしくなかった。
助けてもらったから、助けたかった。
「そうか。ちゃんと分かってたんだな」
俺の感情も相手へ流れていく。
サービス終了の喪失感。召喚獣たちを置いてきた後悔。森で目覚めた恐怖。
そして、この小さな命まで失いたくないという願い。
隠したい弱さまで、すべて相手へ届いてしまう。それでも不思議と怖くなかった。相手の痛みを受け取るのなら、こちらだけ心を閉ざす契約にはしたくない。
これは従わせるための鎖ではない。互いに背を向けず、生きる方法を探すための約束だ。
相手に心を開けと求めるなら、俺も同じだけ心を渡す。その覚悟がなければ、この糸を絆とは呼べない。
二つの光を、銀色の糸が結んだ。
《魂約が成立しました》
《初回魂約特典が適用されます》
《双方の生命力を均衡化します》
《毒状態を分散します》
現実の感覚が戻った。
「ぐっ……!」
右腕だけではなく、全身が焼けるように痛んだ。
スライムが吸収した毒の一部が、契約を通じて俺へ戻ってきたのだ。
だが、さっきより濃度は低い。
スライムの身体にも青色が戻り、地面へ広がっていた形が少しずつ丸くなる。
《契約対象に仮称を設定してください》
「名前……」
スライムを見つめる。
雨上がりの空を溶かしたような青色。その身体の奥には、星のような小さな光が一つだけ瞬いていた。
ゲーム時代、召喚獣へ名前をつけるときは何日も悩んだ。図鑑を読み、進化先を調べ、響きや意味まで考えた。
けれど今は、一つの名が自然に浮かんだ。
次回「お前の名前はセレス」。魂を結んだ小さな相棒に、悠真が初めての贈り物をします。




