第8話 瀕死のスライム
「なんで来た! 逃げろ!」
言葉が通じるはずもないのに叫ぶ。
スライムは震えながら俺の前へ出た。
守ろうとしている。
さっき会ったばかりの俺を。
「だったら、一緒に逃げるぞ!」
左腕でスライムを抱え上げる。
ひんやりと柔らかい。見た目より重く、傷から流れる粘液で腕が滑った。
残った炎をネズミたちへ投げつけ、俺は小川へ走る。
毒のせいで足がもつれた。
背後から鳴き声が迫る。
小川を飛び越えようとして、着地に失敗した。膝をつき、スライムを落としそうになる。
それでも抱え直して立つ。
水へ踏み込んだ毒牙ネズミが追ってくる。
俺は川底の石を拾い、片端が尖ったホーンラビットの角へ打ちつけた。
角が割れる。
鋭くなった破片を、先頭のネズミへ投げた。
《〈投擲Ⅰ〉を発動》
今度は外れなかった。
角の破片が肩へ刺さり、先頭の個体が水中へ転がる。後ろの二匹がぶつかり、流れに足を取られた。
俺はその隙に対岸へ上がる。
毒牙ネズミたちは川を渡ろうとしたが、内臓を奪い合っていた仲間の鳴き声に反応し、やがて引き返していった。
「助かった……のか?」
答えるように、腕の中のスライムが小さく震えた。
安全とは言えない。血の臭いを追って、別の魔物が来るかもしれない。
俺は小川沿いを上流へ進み、木の根と岩の間にできた狭い空洞を見つけた。
入口は低く、大型の魔物は入れない。中に動物がいないことを枝で確認し、スライムを奥へ置く。
空洞には枯れ葉が積もっていた。手で掻き分けると、奥の岩は乾いている。毒虫が隠れていないか火の消えかけた枝で確かめ、比較的きれいな葉だけを集めて寝床を作った。
小川の水で布を濡らし、スライムの表面についた泥と血を拭う。
傷へ触れるたび、青い身体が縮んだ。
「痛いよな。ごめん。でも、汚れたままだともっと悪くなる」
治療の知識が正しい保証はない。粘体生物へ布を当てることが逆効果かもしれない。それでも、傷の中へ小石が残っているよりはいいはずだ。
《〈粘体観察Ⅰ〉の習得条件を一部達成しました》
「ここで少し休もう。すぐに薬を探すから」
右手の感覚が薄れてきた。
毒は腕から肩へ広がり、心臓の鼓動まで不規則になっている。
ステータスを見る。
《生命力:六十一パーセント》
《毒牙ネズミの毒:進行中》
《推定猶予:不明》
「不明って、一番困る表示だな」
ゲームなら初級解毒薬一本で治った。
だが収納は空だ。
薬草を探すしかない。
ゲームで初級解毒薬に使ったのは、細長い黄色の葉を持つニガツユ草。湿った日陰に群生していた。
同じ植物が存在する保証はない。それでも何もしないよりはいい。
「ここで待っててくれ」
スライムへ声をかけ、立ち上がる。
青い身体が伸び、俺の靴へ貼りついた。
「一緒に来るのか?」
小さく身体が揺れる。
首を振ったように見えた。
俺を止めているらしい。
「でも、薬がないと二人とも――」
言い終わる前に、スライムが俺の右手を包んだ。
冷たい粘体が傷口へ入り込む。
「何を……」
紫色の毒が、目に見える筋となってスライムの中へ吸い出されていく。
腕の痛みが軽くなった。
代わりに、スライムの青い身体が紫色へ濁っていく。
「やめろ! それ以上吸ったら、お前が死ぬ!」
引き離そうとしたが、右腕に力が入らない。
スライムは毒を吸い続けた。
俺の生命力低下が止まる。
同時に、目の前の小さな身体から力が抜けた。
水のように形を失い、地面へ広がっていく。
「おい、しっかりしろ!」
両手ですくい上げる。
弱い振動だけが返ってきた。
こいつは、俺を助けるために自分から毒を引き受けた。
まただ。
俺は助けるつもりで飛び込み、結局は助けられている。
「死なせない。絶対に」
視界へ、新しい表示が浮かんだ。
《対象との間に相互救命行為を確認しました》
《信頼条件を達成しました》
《対象は契約による生命力共有を求めています》
《固有スキル〈魂約テイマーⅠ〉を使用しますか?》
選択肢は、目の前に一つしかなかった。
次回「魂を結ぶ選択」。救命か契約か。悠真はスライム自身の意思を確かめたうえで決断します。




