第7話 毒牙ネズミの群れ
青いスライムは、両手ですくえるほどの大きさだった。
半透明の身体には何本もの傷が走り、そこから青い粘液が流れ出している。跳ねて逃げようとするたび、身体が崩れそうに歪んだ。
その周囲を、六匹の毒牙ネズミが取り囲んでいる。
ゲーム時代なら、スライムを倒したところで得られる経験値はわずかだった。毒牙ネズミも同じで、わざわざ狩るプレイヤーはいない。
けれど目の前では、数字にすれば価値の低い命が、確かに生きようともがいている。
スライムは傷ついた身体を細く伸ばし、岩の割れ目へ逃げ込もうとしていた。だが傷のせいで粘体を維持できず、途中で身体が引っかかってしまう。
一匹のネズミがその端へ噛みつき、後ろへ引きずり戻した。
別の二匹が進路を塞ぐ。
単なる捕食だ。毒牙ネズミが残酷なのではない。あいつらも腹が減り、生きるために狩っている。
だからこそ、俺が介入すれば、どちらかの生存を奪うことになる。
安全な正解など存在しなかった。
灰色の毛。猫ほどの身体。口元から突き出した二本の牙には、紫色の液体が付着していた。
《毒牙ネズミ》
《危険度F》
《群れ危険度E相当》
「六匹か……」
一匹なら、火を恐れて逃げるかもしれない。
だが群れは別だ。
毒牙ネズミたちは獲物へ夢中で、まだ俺に気づいていない。静かに後退すれば逃げられる。
助けたところで、スライムが仲間になる保証はない。
むしろ傷ついた魔物を庇い、自分まで死ぬ方が馬鹿げている。
そう考えている間にも、一匹が青い身体へ噛みついた。
スライムが甲高い悲鳴を上げる。
脳裏へ、サービス終了直前の光景が蘇った。
水面の向こうから手を伸ばしていた召喚獣たち。
『また、お会いしましょう』
ティアの最後の言葉。
「……やっぱり、無理だ」
俺は燃える枝を大きく振った。
「こっちだ、ネズミども!」
炎が雨で湿った草を照らす。
毒牙ネズミたちが一斉に振り返った。
十二の赤黒い目が俺を捉える。
「しまった。二、三匹だけ来ると思ったんだけどな」
全員が来た。
作戦というほどのものはない。炎で怯ませ、追い払う。それが無理なら小川まで逃げる。
一匹目が飛びかかってきた。
燃える枝を横へ振り、顔を叩く。毛へ火が移り、毒牙ネズミが悲鳴を上げて転がった。
《〈火扱いⅠ〉の習得条件を達成しました》
二匹目が足元を狙う。
〈危機察知Ⅰ〉が頭の奥で警鐘を鳴らし、半歩だけ後退する。牙が靴の表面を削った。
三匹目は背後。
振り返る余裕はない。
俺は火のついていない枝を左手で投げた。狙いは外れたが、地面へ当たった音で相手の動きが止まる。
《〈投擲Ⅰ〉が成長しました》
表示を読む暇などなかった。
残り三匹が左右へ広がる。
狩り慣れている。正面の一匹が注意を引き、別の個体が側面から噛みつくつもりだ。
「俺より、よっぽど連携できてるじゃないか」
その連携を崩す方法を考える。
腰へ下げた葉包みが目に入った。中には解体したホーンラビットの内臓が残っている。食用にする気はなかったが、血の臭いを遠ざけるため持ってきていた。
包みを取り、斜面の下へ放り投げる。
血と内臓が地面へ散った。
毒牙ネズミたちの鼻が動く。
一匹が内臓へ走り、二匹がそれを追った。
「まず三匹!」
残った個体へ燃える枝を突き出す。
炎を恐れた二匹が距離を取った。
だが、最も大きな個体だけは退かなかった。背中の毛を逆立て、まっすぐ飛びかかってくる。
枝を振る。
命中する直前、大ネズミは身体を捻った。
速い。
枝の下を抜け、俺の右手へ牙を突き立てた。
「ああっ!」
焼けるような痛み。
反射的に腕を振ると、大ネズミが地面へ落ちた。
傷口の周囲が紫色へ変わっていく。
《毒状態を確認しました》
《生命力が継続的に低下します》
まずい。
視界の隅に表示された生命力が、少しずつ減っている。
大ネズミがもう一度跳んだ。
俺は避けられない。
その横から、青い塊がぶつかった。
傷だらけのスライムだ。
大ネズミを弾き飛ばし、そのまま地面へ潰れるように落ちる。
次回「瀕死のスライム」。毒に侵されたスライムを救うため、悠真はまだ使い方も分からない力へ手を伸ばします。




