第6話 生きるための代償
《レベルが1から2へ上昇しました》
《〈投擲Ⅰ〉を習得しました》
《〈回避Ⅰ〉を習得しました》
《〈棍棒術Ⅰ〉を習得しました》
《〈危機察知Ⅰ〉を習得しました》
表示が次々と現れる。
勝った。
それなのに、嬉しさはなかった。
「うっ……」
込み上げてきたものを抑えられず、小川の脇で吐いた。
ゲームでは何万体もの魔物を倒した。素材を集めるため同じ敵を周回し、効率のいい狩場を人へ教えたこともある。
だが、生きているものを自分の手で殺したのは初めてだった。
震えが止まらない。
傷つけられたのだから正当防衛だ、と自分へ言い聞かせる。それでも、枝を突き立てた感触が掌から消えなかった。
しばらく水辺へ座り込み、乱れた呼吸を整える。
「生きるって、こういうことなんだな」
左腕と腿の傷を小川で洗う。冷水が触れるたび、歯を食いしばるほど沁みた。
裂けたシャツの裾をさらに細く破り、腕へ巻く。布は貴重だが、出血したまま歩く方が危険だ。腿の傷は浅いため、汚れだけ落としておく。
《〈応急手当Ⅰ〉を習得しました》
レベルが上がった影響か、先ほどまでの疲労が少し軽くなっている。傷そのものは消えないが、身体の内側にわずかな力が満ちていた。
ステータスを確認すると、生命力、筋力、敏捷がほんの少し増えている。
ただし数値が上がっても、急に戦いが上手くなったわけではない。次に同じ攻撃を受ければ、今度こそ腹を貫かれるかもしれなかった。
誰かが用意した回復薬も、倒した魔物を光へ変えてくれるシステムもない。
空腹は残っている。
死体を無駄にすれば、殺した意味すらなくなる。
俺はホーンラビットの角を木の根から外した。角の縁は刃物ほどではないが、石へ擦りつければ肉を切れそうだ。
ゲーム知識を頼りに腹部へ刃を入れる。
当然、画面の操作一つでは終わらない。
温かい血と、内臓の臭い。途中で何度も手が止まった。それでも肉と毛皮を分け、食べられそうな部分を葉で包む。
《生物の構造を観察しました》
《〈簡易解体Ⅰ〉を習得しました》
《〈血臭耐性Ⅰ〉を習得しました》
《〈刃物代用Ⅰ〉を習得しました》
「刃物代用なんてスキルまであるのか」
数え切れないほどスキルがあるというゲーム時代の設定は、ここでも同じらしい。
火を起こすため、乾いた樹皮と小枝を大木の洞から集めた。真っすぐな枝へ蔓を巻き、弓錐の真似をする。
知識では知っている。だが、実際に火種を作るのは簡単ではなかった。
掌の皮が擦れ、腕が痛くなる。
三十分近く続け、ようやく細い煙が上がった。
「消えるなよ……頼む」
息を吹き込み、乾いた草へ火を移す。
小さな炎が生まれた。
《〈火起こしⅠ〉を習得しました》
串に刺した肉を念入りに焼く。
塩も香辛料もない。硬く、獣臭く、決してうまいとは言えなかった。
それでも、一口ごとに身体へ力が戻ってくる。
俺は食べながら、灰色の契約一覧をもう一度開いた。
「ディアスたちにも、味覚設定があったよな」
ルカは焼きすぎた肉を嫌った。ティアは甘い果物ばかり要求した。ディアスは何でも食べるくせに、料理人の前では味にうるさいふりをした。
思い出すと、胸の奥が痛んだ。
「絶対に探すからな」
灰色の名前へ誓う。
そのときだった。
茂みの向こうから、甲高い鳴き声が聞こえた。
きゅう、きゅう、と何かが助けを求めている。
続いて、複数の生き物が草を掻き分ける音。
俺は火から太い枝を一本抜いた。
先端で炎が揺れている。
逃げるべきだ、と理性が告げる。
腕には傷があり、レベルも2になったばかり。今度こそ勝てる保証はない。
それでも、その鳴き声を無視できなかった。
「様子を見るだけだ。危なかったら逃げる」
自分へ言い訳をして、俺は声の方へ向かった。
そこで目にしたのは、毒牙ネズミの群れに追い詰められた、小さな青いスライムだった。
次回「毒牙ネズミの群れ」。助けを求める声の先で、悠真は小さな青い命と出会います。
公開初日の後半へ入ります。ここまで面白いと感じていただけたら、ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。




