第10話 お前の名前はセレス
「セレス。お前の名前は、セレスだ」
青い身体が、ぽよんと跳ねる。
《名称〈セレス〉を登録しました》
《契約個体:セレス》
《種族:未成熟ブルースライム/詳細不明》
《段階:Ⅰ》
《状態:重度衰弱/毒》
《感情:安堵/心配/空腹》
「空腹なのか?」
セレスが小さく揺れる。
不思議なことに、それが肯定だと分かった。
《契約を通じた感情理解を確認しました》
《〈簡易念話Ⅰ〉を習得しました》
頭の中に、弱い感覚が届く。
『ゆ……ま……?』
音ではない。
俺の名前を尋ねている。
「ああ。俺はユーマだ。よろしくな、セレス」
『ゆー……ま』
まだたどたどしい。それでも、異世界へ来て初めて返ってきた自分以外の声だった。
「まずは毒を治そう」
契約によって状態を詳しく確認できるようになった。
毒の進行は遅くなったが、消えたわけではない。生命力も均衡化によって四割程度まで戻っただけだ。
このまま休んでいても、いずれ二人とも力尽きる。
俺は立ち上がろうとした。
『あぶ……ない』
「大丈夫。遠くには行かない」
セレスを肩へ乗せようとする。
柔らかい身体が首筋へ触れ、ひんやりして気持ちいい。だがセレスには身体を維持する力も残っておらず、そのままシャツの中へ流れ落ちそうになった。
「わっ、待て待て!」
慌てて受け止め、葉と蔓で簡単な袋を作る。そこへセレスを入れ、胸元へ下げた。
《〈即席道具作成Ⅰ〉を習得しました》
空洞の外へ出る。
雨は止んでいたが、空は暗い。日没まで一時間もないだろう。
ニガツユ草に似た植物を探す。
黄色く細い葉。湿った場所。独特の苦い匂い。
小川沿いを歩き、似た草を見つけては観察する。最初の一株は葉の裏に赤い斑点があり、近づいただけで〈危機察知〉が反応した。
《レッドスポット草。摂取時に麻痺の可能性》
「危なっ」
二株目は匂いが甘すぎる。三株目は葉の形だけが違った。
毒のせいで視界が揺れ始める。
焦るな。焦れば判断を間違える。
ゲーム知識だけを信じず、葉を擦り、匂いを嗅ぎ、虫が食べた跡を探す。
四株目。
黄色い葉を折ると、透明な汁と強い苦味のある匂いがした。根元には小さな青い虫が集まっている。
《植物の特徴を一定以上理解しました》
《〈薬草識別Ⅰ〉を習得しました》
《キバドク消し草》
《弱毒の中和作用を持つ。過剰摂取時には嘔吐、発熱を引き起こす》
「名前は違うけど、これだ!」
葉を必要な分だけ摘み、空洞へ戻る。
石で葉を潰し、小川の水を少量混ぜた。本当なら煮沸したいが、火を起こし直す時間も体力もない。
まず自分の舌へ一滴だけ乗せる。
ひどく苦い。舌先にわずかな痺れがあるが、危機察知は反応しなかった。
半分を飲み、残りをセレスへ与える。
「飲めそうか?」
セレスが薬液を包み込み、ゆっくり吸収する。
《〈簡易調合Ⅰ〉を習得しました》
《毒状態の減衰を確認しました》
即座に治るわけではない。それでも生命力の低下は止まった。
緊張の糸が切れ、俺は壁へ背中を預けた。
「助かった……」
セレスが袋から這い出し、俺の膝へ乗る。
青い身体が弱々しく上下している。
契約を結んだからといって、元気になるわけではない。傷も毒も本物だ。互いの命を繋いだ分、片方が無茶をすれば、もう片方まで苦しむ。
「契約って、便利な力じゃないんだな」
『いや……?』
「嫌じゃない。ただ、責任が重いと思っただけだ」
セレスへ指を伸ばす。
小さな突起が伸び、指先へ触れた。
《契約個体との接触を確認》
《〈毒耐性Ⅰ〉を習得しました》
《〈粘体理解Ⅰ〉を習得しました》
《〈弱酸耐性Ⅰ〉を習得しました》
《〈眷属状態確認Ⅰ〉を習得しました》
さらに、新しい表示が現れる。
《初回魂約の成立により、固有スキル〈幽界サモナーⅠ〉の機能が解放されました》
《召喚亜空間〈幽界庭園〉へ接続しますか?》
「幽界庭園?」
意味を確認しようと表示へ触れる。
次の瞬間、空洞の岩壁に青白い扉が浮かび上がった。
扉の向こうには、夜の森ではあり得ない光景が広がっている。
柔らかな陽光。
小さな泉。
風に揺れる一面の草原。
そして草原の中央に立つ、芽吹いたばかりの白い幼木。
サービス終了直前に見た世界樹と、よく似た姿だった。
《幽界庭園・第一領域を確認》
《管理者候補――ユーマ・クロセ》
《契約住民――セレス》
《ARK RELAY――応答なし》
最後の一行だけが、激しいノイズとともに明滅した。
次回「幽界庭園」。新たに開いた扉の向こうで、セレスと悠真を待つ不思議な居場所が明らかになります。
公開初日の投稿はここまでです。明日は第11〜15話を公開し、第16話以降は毎日1話更新します。続きが気になりましたら、ブックマークや★評価で応援していただけると嬉しいです。




