第11話 幽界庭園
岩壁に浮かんだ青白い扉の向こうで、草原が風に揺れている。
俺は膝の上のセレスと、扉を交互に見た。
「入っても大丈夫だと思うか?」
『わか……ない』
「だよな」
契約したばかりのスライムへ判断を求める方が間違っている。
だが、俺たちは二人とも毒と傷で弱っていた。この森の空洞より、扉の向こうの方が安全に見える。
少なくとも毒牙ネズミが潜んでいる気配はない。
表示へ意識を集中する。
《召喚亜空間〈幽界庭園〉》
《現在段階:Ⅰ》
《管理者は接続地点に出入口を作成できます》
《契約住民は庭園への帰還を申請できます》
《契約住民を現世へ出現させるには、管理者による召喚、または固定召喚門が必要です》
《すべての召喚は対象の同意を必要とします》
最後の一文を読んで、少し安心した。
この空間を使えばセレスを閉じ込められる、という能力ではないらしい。
「セレス。嫌だったら、すぐに戻ろう」
『いっしょ』
「ああ。一緒に入る」
セレスを胸元の葉袋へ入れ、扉へ足を踏み出す。
膜を抜けるような感覚があった。
次の瞬間、雨上がりの森の匂いが消える。
暖かい。
空には太陽らしき白い光が浮かんでいるが、眩しさはなかった。草原は直径百メートルほどで、その外側は白い霧に覆われている。
中央には小さな泉と、芽吹いたばかりの白い幼木。
幼木へ近づくと、灰色だった契約一覧が一度だけ明滅した。
ディアス、ルカ、ティア。名前の色は戻らない。それでも《魂紋反応:微弱》の表示が、外にいたときよりほんの少し強くなっている。
「この場所は、お前たちにも繋がってるのか?」
幼木は答えない。
けれど完全に失ったわけではないという希望だけは、昨日より確かなものになった。
背後を振り返ると、森の空洞へ続く扉が残っていた。
「ここが、幽界庭園……」
草へ触れる。
柔らかく、一本ずつ感触がある。土を掘れば湿り気があり、小さな虫まで見つかった。
映像だけの偽物ではない。
セレスを袋から出すと、青い身体を震わせながら泉へ近づいた。
「待て。飲める水か確認してからだ」
指先を水へ浸し、〈水質観察Ⅰ〉を使う。
《幽界庭園の湧水》
《飲用可能》
《弱い魔力回復効果》
《治療効果はありません》
「そこまで都合よくはないか」
毒を消してくれる奇跡の泉ではなかった。
それでも安全な水はありがたい。セレスは泉の縁から身体を伸ばし、水を少しずつ吸収した。
俺も両手ですくって飲む。
冷たく、味はほとんどない。飲み終える頃には、空になっていた魔力がわずかに戻っていた。
キバドク消し草の効果も現れ始め、毒状態の表示が少しずつ薄くなっている。
「今日はここで休もう」
木の近くへ草を集め、横になる。
セレスが俺の胸へ乗ってきた。
冷たい身体が、毒で熱を持った肌に心地よい。
『ゆーま、いたい?』
「少しな。でも、セレスよりは元気だ」
『いっしょ』
「そうだった。生命力を分けてるんだから、無理はできないな」
魂約を結んだことで、互いの状態を大まかに感じ取れる。
セレスが不安になれば胸の奥が冷たくなり、安心すると柔らかな温かさが伝わってくる。
命令を送る機能もあるが、正確には「意図を伝える」だけだ。従うかどうかはセレスが決める。
試しに、少し意地の悪い検証をしてみる。
「セレス。泉から離れて、あっちの石まで行ってくれるか?」
『いや』
即答だった。
「どうして?」
『つかれた。ここ、いい』
「分かった。休もう」
《契約対象が指示を拒否しました》
《魂約に異常はありません》
拒否されても痛みや罰はない。
「うん。その方がいい」
『いい?』
「嫌なことを嫌って言えない契約なら、しない方がましだからな」
意味をすべて理解したかは分からない。
それでもセレスは嬉しそうに二度跳ね、俺の胸へ落ちた。
目を閉じる。
次回「スライムは弱くない」。セレスの力を借りた初めての共闘で、二人の可能性が試されます。
本日は第15話まで連続投稿します。悠真とセレス、そして新たな出会いをお楽しみください。




