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万象テイマーの異世界ログイン  作者: 翠碧ノ人


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第23話 殺せという命令

俺の首筋には短剣。


 正面には、剣を向けた銀狼の女性――フェリナ。


 どちらが動いても、誰かの血が流れる。


「殺せ」


 指輪の男が、もう一度命令した。


 フェリナの首輪に赤い紋様が走る。


「くっ……!」


 彼女の右足が地面を蹴った。


 速い。


 衰弱し、身体中に傷を負っているとは思えない踏み込みだ。


 剣先が真っ直ぐ俺の胸へ伸びる。


「セレス!」


 魂約で命じたのは、攻撃ではない。


『するっ!』


 肩にいたセレスが、首へ短剣を当てている男の顔へ跳んだ。


「なっ、こいつ!」


 青い身体が目と鼻を覆う。


 男が息を詰まらせ、短剣を持つ手を振り回した。


 俺は刃の下へ身体を沈める。


《至近距離の刃物を回避しました》


《〈回避Ⅰ〉の習熟度が上昇しました》


 同時に、フェリナの剣が迫る。


 避ければ、背後にいる男へ当たる位置だった。


 それでいい。


 俺は半歩だけ横へずれた。


 剣先が服を裂き、胸へ浅い線を引く。


 そのまま刃は、見張りの男が持つ短剣を弾き飛ばした。


「ぐあっ!」


 金属音が響く。


 フェリナの金色の目が見開かれた。


 強制された軌道の中で、最後の瞬間だけ刃をずらしたのだ。


《強制された動作と本人の抵抗を観察しました》


《〈動作観察Ⅰ〉を習得しました》


 だが、その抵抗にも代償があった。


 首輪から赤い火花が散り、フェリナの膝が地面へ落ちる。首元の皮膚は黒く焼け、息をするたび肩が震えていた。


《フェリナ・ルーガ》


《生命力:三十一パーセント》


《隷属術式への抵抗により生命力が減少しています》


 命令へ逆らい続ければ、剣で俺を殺すより先に彼女が死ぬ。


 指輪の男はそれを理解しているのか、楽しそうに口元を歪めた。


「獣人は頑丈で助かるぜ。普通の人間なら、三度も逆らえば動かなくなる。高い金を払って仕入れた甲斐があったってもんだ」


「人を道具みたいに言うな」


「道具だろ? 首輪を着けた時点で、持ち主の好きに使える商品だ」


 怒りで視界が狭くなりかける。


 正面から殴りかかるだけなら簡単だ。だが俺が感情に任せれば、首輪の仕組みを知っている相手の思うつぼになる。


 息を吐き、ゲームで難しい契約に挑む前と同じように情報を整理する。


 助けるべき相手はフェリナ。最優先は命令の停止。敵を倒すのは、その後だ。


「今だ、リリネ!」


「人使いが荒いのよ!」


 地面へ置かれていた杖を、リリネが蹴り上げる。


 小さな手で受け止め、先端を指輪の男へ向けた。


「〈ファイアニードル〉!」


 針ほどに絞られた火が飛ぶ。


 男の手を焼き、支配環を弾き飛ばした。


「ぎゃあっ! 俺の指が!」


「手ごと焼かなかっただけ感謝しなさい!」


 昨日、森を焼いた魔法とはまるで違う。


 威力を小さな一点へ閉じ込めている。


 リリネの杖を握る手は震えていた。傷めた足を踏ん張ったせいで額には汗も浮かんでいる。それでも炎は広がらず、支配環だけを正確に撃ち抜いた。


「できたな」


「当然よ。私を誰だと思ってるの」


「昨日は森ごと焼きかけてたけど」


「今それを言う!?」


 怒鳴った拍子に火の粉が膨らみ、リリネは慌てて杖を握り直す。


 緊張していたのは俺だけではないらしい。


 それでも、昨日の失敗から一晩で術を変えた。膨大な魔力を持て余しているだけで、彼女は間違いなく優秀な魔法使いだ。


 だが、支配環が落ちても首輪の光は消えなかった。


「なぜ止まらない!」


 フェリナが自分の腕を押さえる。


 剣を握る手が、再び俺へ向こうとしていた。


 指輪の男は火傷した手を抱えながら笑った。


「一度入れた命令は、果たすまで消えねえ。そいつはお前を殺すか、逆らって首輪に焼き殺されるかだ!」


「最低ね」


 リリネの周囲へ炎が浮かぶ。


「待て。あいつを燃やしても命令は消えない」


「じゃあどうするのよ!」


「首輪へ直接触れる」


「剣を向けられてるのに?」


「だから手伝ってくれ」


 男たちも立ち直っていた。


 一人が弓を構え、太った男が棍棒を手に走り出す。


 残る一人は支配環を拾おうとする。


「セレス、指輪を取れ!」


『とる!』


 見張りの顔から剥がれたセレスが、地面へ落ちた支配環へ飛びついた。


 身体の中へ取り込み、青い核の近くに浮かべる。


「スライムを潰せ!」


 太った男が棍棒を振り下ろす。


 セレスは身体を薄く伸ばし、打撃を避けた。棍棒が地面を叩き、土を跳ね上げる。


『こわい!』


「庭園へ戻るか?」


『やる!』


 意思は変わらない。


「分かった。でも危なくなったら、自分で帰還を申請しろ」


『うん!』


 セレスが男の足首へ絡みつく。


 粘体を踏んだ男は勢いを止められず、顔から地面へ倒れた。


《セレスが〈拘束Ⅰ〉を使用しました》


《〈眷属指揮Ⅰ〉を習得しました》

次回「強制命令を断ち切れ」。悠真はフェリナの心を守るため、支配術式へ魂約の力を差し込みます。

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