第22話 鎖につながれた銀狼
銀狼の耳がわずかに動く。
「……断る」
かすれた声だった。
それでも、はっきりとした拒絶がある。
「まだ自分の立場が分かってねえらしいな」
男が指輪をはめた手を持ち上げた。
黒い首輪に赤い紋様が走る。
「ぐっ……!」
女性の身体が跳ね、鎖が激しく鳴った。
声を押し殺そうとしているのに、牙の間から苦痛の息が漏れる。
「やめろ!」
立ち上がりかけた俺を、リリネが全身で押さえた。
「今出たら全員に囲まれる!」
「でも、あれは――」
「奴隷の首輪よ。命令に逆らった相手へ苦痛を与える呪具。無理に壊せば、着けている本人が死ぬ」
その説明で、頭へ上った血が一瞬だけ冷えた。
首輪を壊せば助かるわけではない。
術者を倒しても、安全に解除できる保証はない。
「奴隷は、この国では認められてるのか?」
「刑罰奴隷と契約労働はある。でも、王国の登録紋も監督官の封印もない。あれは違法よ」
「なら、助ける」
「簡単に言わないで。相手は四人。私は足を怪我してるし、広い場所で魔法を使えば、あの人まで巻き込むかもしれない」
「だから考えるんだ」
力で勝てないなら、仕組みを崩す。
ゲームでテイマーを続けてきた十二年間、何度もそうしてきた。
俺は首輪へ意識を集中する。
《奴隷の首輪》
《希少度:禁制》
《隷属術式:第Ⅱ段階》
《機能:苦痛/強制命令/逃亡阻害/破壊時生命侵食》
《所有権接続先:支配環》
《警告:対象の魂へ未登録の損傷を確認》
表示を読んだ瞬間、吐き気がした。
契約という言葉を使っているが、そこに同意はない。
魂を鎖で縛り、恐怖と痛みで従わせているだけだ。
「ユーマ?」
「首輪と、あの指輪がつながってる。命令を出してるのは、格子の前にいる男だ」
「鑑定したの? こんな距離から?」
「詳しい話は後だ。リリネは指輪を狙えるか」
「小さな火なら。でも外したら、手ごと焼くわよ」
「それでいい」
「よくないでしょう!」
小声で怒鳴られた。
そのとき、セレスから鋭い感覚が届く。
背後。
振り向くより先に、冷たい刃が首筋へ当てられた。
「動くな」
見張りの男だ。
眠り煙に紛れて回り込んできたらしい。
「鼠が二匹。いや、青いのを入れれば三匹か」
リリネが杖を向けようとする。
だが男の短剣が、俺の皮膚を浅く切った。
「魔法使い。杖を捨てろ。こいつの喉が開くぞ」
「……卑怯者」
「褒め言葉だな」
リリネは歯を食いしばり、杖を地面へ置いた。
野営地の男たちがこちらへ気づく。
指輪の男が、面倒そうに立ち上がった。
「旅人か。女の方は高く売れそうだな。ガキに見えるが、身体は悪くねえ」
「私は二十四歳よ!」
「そこに怒るのか?」
「うるさい!」
いつもの調子に聞こえるが、リリネの指先は震えていた。
俺の首へ刃がある以上、炎を使えない。
檻の中で、銀狼の女性が顔を上げる。
金色の瞳が俺たちを見た。
「……逃げろ」
苦痛に耐えながら、それでも俺たちを心配している。
指輪の男が笑った。
「ちょうどいい。商品が使い物になるか、最終確認をしてやる」
支配環を檻へ向ける。
「命令だ。そこの男を殺せ」
首輪が赤く光った。
銀狼の女性が喉を反らし、声にならない悲鳴を上げる。
鎖が外され、檻の扉が開いた。
「嫌、だ……」
「殺せ」
「私は……誰も、殺さない!」
拒むたび、首輪の光が強くなる。
ついに女性の右手が、意思に反して腰の剣へ伸びた。
抜かれた刃が、震えながら俺へ向けられる。
金色の目には怒りでも殺意でもなく、悔し涙が浮かんでいた。
俺の視界に、彼女の状態が表示される。
《フェリナ・ルーガ》
《種族:白銀狼獣人》
《状態:衰弱/裂傷/隷属/強制命令への抵抗》
《魂の意思:拒絶》
魂約が、彼女の声なき声を拾っている。
戦いたくない。
誰も傷つけたくない。
なら、やることは一つだ。
「セレス。リリネ」
俺は首へ刃を当てられたまま、セレスには魂約で、リリネには視線で合図を送る。
「あの人じゃない。まず、首輪の命令を止めるぞ」
次回「殺せという命令」。隷属の首輪が発した非情な命令に、フェリナの身体が意思を裏切ります。




