第21話 血痕の先の檻
茂みの奥へ続く血痕は、まだ新しかった。
紫色の布切れを吐き出したセレスが、落ち着かない様子で身体を震わせている。
『ち、こっち』
「追えるのか?」
『うん』
セレスは地面へ薄く広がり、草の隙間を滑るように進んだ。
俺も後を追おうとしたが、外套の裾をリリネに引かれる。
「待ちなさい。人間が複数いるって言ったでしょう」
「怪我人もいるかもしれない」
「だからって正面から近づくの? 相手が盗賊なら、助ける側まで死ぬわよ」
正論だった。
俺一人ならともかく、リリネは足を痛めている。セレスも昨日の戦いから完全に回復したばかりだ。
けれど、このまま立ち去ることもできない。
「様子だけ確認する。危険ならラティアで助けを呼ぶ」
「町まで二日よ。その間、怪我人が生きていればいいけどね」
「つまり、リリネも気になってるんだろ」
「私は状況を説明しただけ!」
声が大きい。
俺が唇へ指を当てると、リリネは顔を赤くして口を閉じた。
セレスが見つけた痕跡を、一つずつ確認する。
大人の靴跡が四人分。うち一人は踵が深く沈んでいる。重い荷物を背負っているか、誰かを引きずっているらしい。
それとは別に、裸足に近い足跡が一人分あった。
爪先が人間より長く、歩幅も大きい。しかし何度も膝をつき、血を落としている。
《人型種族の足跡を比較しました》
《〈足跡追跡Ⅰ〉を習得しました》
新しい感覚に従うと、踏まれた草の向きや土の乾き方から、相手が通った順番まで見えてくる。
「四人が、一人を囲んで歩かせていた」
「そんなことまで分かるの?」
「多分な。足跡の小さい男が先頭で、重い男が最後。真ん中の一人だけ裸足だ」
「護送……いえ、この街道から外れる理由がないわね」
リリネの声が低くなる。
血痕を追って三百メートルほど進むと、甘ったるい煙の匂いが漂ってきた。
頭がぼんやりする。
セレスが俺の靴へ飛びつき、そのまま足を這い上がった。
『へんな、けむり』
「吸わない方がよさそうだ」
袖で口元を覆う。
リリネは小瓶から黄色い粉を取り出し、俺と自分の鼻の下へ塗った。
「眠り苔を燃やした煙よ。長く吸えば身体が動かなくなる」
「こんな街道の近くで?」
「普通の旅人は使わないわ」
《微弱な睡眠毒への抵抗を確認しました》
《〈睡眠耐性Ⅰ〉を習得しました》
すぐ先に、糸のようなものが光っている。
足首の高さへ張られた細い金属線。その先は、木の上に吊られた空き缶へつながっていた。
踏めば音が鳴る仕掛けだ。
「罠がある。俺の足跡を踏んでくれ」
「私を子供扱いしてないでしょうね」
「怪我人扱いだ」
「それも腹が立つわ」
文句を言いながらも、リリネは俺のすぐ後ろをついてきた。
セレスを先行させる。
魂約を通じ、湿った土、煙、金属、そして知らない人間たちの匂いが断片的に伝わってくる。
視界までは共有できない。それでもセレスが感じた形を、頭の中で組み立てられた。
《契約対象から複数の感覚情報を受信しました》
《〈感覚共有Ⅰ〉を習得しました》
木々の向こうに、小さな野営地がある。
焚き火を囲む男が三人。木へ寄りかかり、周囲を見張る男が一人。
全員が剣か弓を持っていた。
そして野営地の中央には、鉄格子を載せた荷車がある。
「檻……?」
思わず声が漏れる。
「静かに」
今度はリリネに口を塞がれた。
荷車の檻は、獣を運ぶには奇妙な形をしていた。中に座れる程度の高さがあり、格子には外から布をかけられる金具が付いている。その金具には、道端で見つけたものと同じ紫色の布が裂けたまま残っていた。
その中で、誰かが身体を丸めていた。
破れた革鎧。傷だらけの長い脚。泥と血で汚れていても分かる、白銀の髪。
髪の間から、狼に似た三角形の耳が伸びている。
「獣人……」
「白銀狼族よ」
リリネが息をのむ。
檻の女性は両手を鎖で縛られ、首には黒い金属の輪をはめられていた。
腰から伸びた銀色の尻尾は力なく床へ垂れ、その先に乾いた血がこびりついている。
男の一人が木の棒で格子を叩いた。
「いつまで寝たふりしてやがる。次の宿場まで歩いてもらうぞ」
次回「鎖につながれた銀狼」。檻の中にいた銀狼の獣人フェリナと、悠真の視線が初めて交わります。




