第2話 最後のログアウト
「では、ユーマ」
ディアスが顔を上げる。
NPCとは思えないほど穏やかな金色の目だった。
「我らを育ててくださったこと、感謝いたします」
「やめてくれよ。そういうの」
笑おうとしたのに、声が震えた。
「俺の方こそ、ありがとう。お前たちがいたから、十二年も続けられた」
サービスが終われば、彼らは消える。
データなのだと分かっている。高度な会話機能も、好感度に応じた反応も、すべて運営が用意したものだ。
それでも、積み重ねた時間まで偽物になるわけではない。
俺は一体ずつ名前を呼んだ。
泣き虫だったスライム。餌を盗んでは逃げた小竜。命令を無視して俺を庇った狼。百回以上の進化実験に付き合ってくれた精霊。
全員へ別れを告げているうちに、残り時間は三分を切っていた。
機巧妖精ティアが俺の耳を引っ張った。
「ユーマ。笑顔、必要。記録します」
「今撮るのか?」
「今だから撮ります」
ティアが空中へ小さな撮影水晶を浮かべる。
ディアスが人型を解き、広場を覆う黒竜の姿へ戻った。ルカが俺の足元へ座る。小型の召喚獣たちは肩や頭へよじ登り、大型の仲間は後方で翼や腕を広げた。
水晶が三度光る。
《記念画像を保存しました》
その画像を現実へ持ち帰れることだけが、今夜の救いだった。
「うまく撮れたか?」
「はい。ユーマだけ、泣きそうな顔です」
「そこは撮り直してくれよ」
「残り時間が足りません」
ティアは笑った。
設定された表情だとしても、俺には本物と区別がつかなかった。
《サービス終了まで 00:02:51》
「最後は世界樹の下で迎えるか」
召喚獣たちと並び、淡い光を見上げる。
そのときだった。
世界樹の幹に、見覚えのない扉が現れた。
「……イベント?」
サービス終了用の演出だろうか。
目の前にクエストウィンドウが開く。
《特殊クエストが発生しました》
《世界樹の最後》
《受注条件:異なる百種族以上との最大友好契約》
《受注条件:テイマーおよびサモナー系統の最終到達者》
《受注条件:強制契約使用回数ゼロ》
攻略情報では一度も見たことがない条件だった。
迷っている時間はない。
「みんな、付き合ってくれるか?」
問いかけると、無数の咆哮と声が広場を揺らした。
俺は扉へ触れた。
景色が切り替わる。
そこは星空のような空間だった。足元には水面が広がり、その中央に白い光でできた幼木が立っている。
召喚獣たちの姿はない。
幼木から、男女の区別がつかない声が響いた。
『世界の外より訪れし者よ』
『汝は、力なき命を切り捨てなかった』
『汝は、異なる命を縛ることなく、一つの群れとした』
運営が用意した台詞にしては、妙に胸へ響く。
水面に二つの選択肢が浮かんだ。
《終わる世界とともに眠りますか》
《次なる世界でも、命を導きますか》
「なんだ、それ」
後者を選べば、二周目でも始まるのだろうか。
《サービス終了まで 00:00:31》
考える時間はなかった。
俺は後者へ手を伸ばす。
「次があるなら、もちろん行く」
《回答を受理しました》
《ELDER ARK SUCCESSOR――適合者を確認》
「英語?」
《方舟権限への接続を開始》
《警告。中枢応答なし》
《召喚記録を退避します》
《魂紋保存率――九十九・八七パーセント》
見たことのないログが、猛烈な速度で流れ始めた。
ゲームの演出にしては文字が不揃いで、警告音にもノイズが混じっている。
《サービス終了まで 00:00:10》
水面の向こうに、召喚獣たちの姿が映った。
ディアスがこちらへ手を伸ばしている。ルカが吠え、ティアが何かを叫んでいた。
「待て。俺だけなのか?」
彼らのもとへ戻ろうとしたが、身体が動かない。
《00:00:05》
「ディアス! ルカ! ティア!」
《00:00:03》
『――また、お会いしましょう』
ティアの声だけが、はっきりと聞こえた。
《00:00:01》
《対象の魂を緊急転送します》
世界が白く染まった。
ログアウトの表示は、最後まで現れなかった。
次回「レベル一からの再出発」。ログアウトしたはずの悠真が目を覚ました場所は、知っているようで知らない世界でした。




