第1話 サービス終了の日
最弱職〈テイマー〉と不遇職〈サモナー〉を選び続けた青年・黒瀬悠真。
物語は、十二年間愛したMMORPG〈エルダー・アーク〉が終わる夜から始まります。
世界が終わるまで、あと十七分。
空を覆っていた赤黒い雲が割れ、巨大な世界樹が淡い光を降らせている。
根元に広がる王都は静まり返っていた。いつもなら露店の呼び込みや冒険者の笑い声で騒がしい大通りにも、今夜はほとんど人影がない。
俺――黒瀬悠真は、世界樹を見上げながら、視界の端に浮かぶ表示を確認した。
《エルダー・アーク・オンライン》
《サービス終了まで 00:16:48》
十二年間続いたVRMMORPGが、今夜で終わる。
大通りの端には、運営が用意した記念撮影用の時計台があった。針は現実のサービス終了時刻と連動し、残り時間を秒単位で刻んでいる。
少し前までは、最後の瞬間を見届けようとするプレイヤーで広場も埋まっていた。
けれど、終了一時間前、保存していた装備や金を花火の材料へ変える者が現れた。真似をする者が増え、王都の空を色とりどりの光が覆った。
使い切れない回復薬を初心者へ配る者。ギルドの仲間と記念写真を撮る者。思い出のダンジョンへ向かう者。
最後の過ごし方は、それぞれだった。
俺のもとにもフレンドからメッセージが届いていた。
『ユーマ、まだテイマー牧場にいるのか? 最後くらい闘技場に来いよ』
『十二年間で一度も対人大会に出なかった男が、最後だけ来るわけないでしょ』
『召喚獣たちによろしく。次のゲームでもまた遊ぼうな』
全員へ返事を送り、現実側の連絡先も確認した。
ゲームが終わっても、人間同士の関係は残る。
だが召喚獣たちは違う。
サービスが終われば、彼らと話す方法は二度とない。
「本当に、終わるんだな」
口にしても実感は湧かなかった。
八歳の頃、父親のアカウントを借りて初心者用の安全区画へ入ったのが最初だった。そこから十二年。学校から帰ればログインし、就職してからは眠る時間を削ってでも、この世界へ通った。
剣士や魔法使いとして英雄になることはなかった。
俺が選んだのは、最弱職と呼ばれていた〈テイマー〉。副職業も、燃費が悪いと嫌われていた〈サモナー〉だ。
魔物を捕まえるまで役に立たず、育成には時間と金がかかる。従魔が倒されれば、本体であるプレイヤーには何もできない。強力な個体ほど命令を聞かず、召喚するだけで魔力が空になる。
攻略掲示板では、何度もこう書かれた。
『素直に強職へ転職しろ』
けれど、俺はやめなかった。
弱いスライムにも使い道がある。臆病なコボルトは罠を見抜くのが得意で、気性の荒い竜も好物を知り、根気よく付き合えば背中を預けてくれる。
命令を連打するより、性格を理解して役割を与えた方が、従魔は強くなる。
その発見が楽しかった。
「主殿。残り時間が少ないようです」
背後から落ち着いた声がした。
振り返ると、黒い鱗に覆われた竜人が片膝をついている。俺が最初に古竜まで育てた召喚獣、黒竜ディアスだ。
その隣には、銀色の毛並みを持つ月狼ルカ。俺の肩には、手のひらほどの機巧妖精ティアが座っている。
広場を埋め尽くしているのは、彼らだけではない。
スライム、ゴブリン、ゴーレム、獣、精霊、悪魔、天使、竜。
これまで契約した召喚獣たちが、種族の区別なく集まっていた。
普段なら同時召喚数の制限がある。今夜だけは運営が制限を解除し、所持している仲間を全員呼び出せるようにしてくれたのだ。
ゲームを始めたばかりの頃、俺の召喚枠は一つしかなかった。
最初の相棒は、最低能力値のブルースライムだった。攻略サイトには「序盤で捨てること」と書かれていたが、捨てるという選択肢が嫌で、そのまま育て続けた。
今、広場の先頭で得意げに跳ねている蒼王スライムが、その個体だ。
戦闘では最上位の竜に敵わない。それでも毒の吸収、装備の修復、狭い場所の偵察、仲間の治療と、数え切れない場面でパーティーを救ってくれた。
強さとは攻撃力の数字だけではない。
そう教えてくれたのも、俺の召喚獣たちだった。
「最後くらい、主殿ではなく悠真でいいぞ」
次回「最後のログアウト」。サービス終了まで残りわずか。悠真は、誰もいない〈エルダー・アーク〉で最後の選択をします。
公開初日は第10話まで連続投稿します。最弱テイマー悠真の旅立ちを、ぜひ続けてお楽しみください。




