第19話 異世界の常識
朝、目を覚ますと、目の前にリリネの顔があった。
長い睫毛。少し開いた唇。起きているときの強気な表情が消え、年相応――と言うと怒られるだろうが、穏やかな寝顔をしている。
俺の右腕を枕にし、身体を丸めていた。
胸元ではなく、腹の上にはセレス。
いつの間にか三人で一つの塊になっている。
「これ、どうやって抜ければいいんだ」
腕を動かすと、リリネが小さく身じろぎした。
「ん……」
紅い目が開く。
一秒。
二秒。
互いの顔が近いことを理解したリリネの頬が、一気に赤くなった。
「お、おはよう」
「どうして私が、あんたの腕で寝てるのよ!」
「俺に聞くな! 起きたらこうなってたんだ!」
リリネが飛び起きる。
その頭が岩の天井へぶつかった。
「痛ぁっ!」
涙目で頭を押さえる姿に、笑ってはいけないと思いながらも口元が緩む。
「笑ったわね?」
「笑ってない」
「絶対笑った!」
朝から火球を向けられかけた。
簡単な朝食を済ませ、ラティアへ向けて移動を始める。
リリネの足首はまだ腫れているが、杖を支えにすれば歩ける程度まで回復していた。
「ラティアって、ここからどのくらいだ?」
「普通に歩けば二日くらい。私が来た道まで戻れれば、街道があるわ」
「そもそも、どうして一人で森に入ったんだ?」
「魔力安定薬に使う〈静脈草〉を採りに来たのよ。浅い区域で見つけて帰る予定だったのに、魔導方位器が急に壊れて、狼の縄張りへ入ってしまったの」
「あの焼けた場所に落ちてた金属片か」
「高かったのよ、あれ……」
リリネは本気で落ち込んだ顔をした。
高価な道具を失い、薬草も採れず、怪我までしたらしい。助ける前に機嫌が悪かった理由が少し分かった。
「二日……」
食料はホーンラビットの肉と、リリネの乾パンが二日分。水は小川と庭園の泉で確保できる。
問題は魔物だ。
「ラティアまで、フォレストウルフみたいなのが普通に出るのか?」
「あれはグラン森林の浅い場所なら珍しくないわ。群れの長がいたのは運が悪かったけど」
「危険度Dだったな」
俺が口にすると、リリネが足を止めた。
「どうして危険度が分かったの?」
「見れば表示される」
「表示?」
また余計なことを言ったらしい。
リリネには魔物名や危険度の画面が見えていない。
「鑑定系スキルを持ってるんじゃないの?」
「多分、そういうものだ」
「自分のスキルなのに、多分って何よ」
「事情があるんだ」
リリネは横目で俺を見る。
「昨日、森へ来て二日目とも言ったわね」
「忘れてくれてなかったか」
「私、記憶力はいいの」
どこまで話すべきか。
別世界から来たと言って、信じてもらえるとは限らない。危険人物として町へ突き出される可能性もある。
ゲームと似た世界だと知られれば、さらに説明が難しくなる。
「遠い場所から来た。気づいたらこの森にいて、それ以前のことは……うまく説明できない」
嘘ではないが、真実の大半を伏せた言い方だ。
「漂流者か、転移事故かしら」
「そういう人はいるのか?」
「滅多にいないけど、古代遺跡の転移門に巻き込まれた例はあるわ。出身地を言いたくない犯罪者も、同じ言い訳をするけど」
「俺が犯罪者に見えるか?」
「見た目だけなら、森で遭難した間抜けね」
「正直すぎるだろ」
それでも、追及は止まった。
歩きながら、この世界のことを尋ねる。
「まず何から知りたいの?」
「全部」
「範囲が広すぎるわよ!」
「じゃあ、ここがどこなのか」
「アルセリア王国西部、グラン森林。その南端にあるのが辺境都市ラティアよ」
国名を聞いても覚えはない。
《エルダー・アーク・オンライン》にもアルセリアという国は存在しなかった。地形や魔物は似ているのに、国や歴史は違うらしい。
「人間以外の種族は?」
「いるわ。私たちミニア族、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人、魔族。細かく分ければもっと多いわね」
「魔物とも話せるのか?」
「個体によるわ。ゴブリンやオーガにも言葉を理解する個体はいる。でも人を襲う群れも多いから、普通の人は魔物として扱う」
知性があるのに、魔物として討伐される。
単純に善悪では分けられない問題がありそうだ。
次回「スキルは十段階」。数え切れないほど存在するスキルと、その頂点へ至る十の段階が明かされます。




