第17話 天才魔法使いリリネ
戦闘を終えた俺たちは、焼けていない木の陰へ移動した。
フォレストウルフの血と火の臭いを放置すれば、さらに強い魔物を呼び寄せる。休む前に最低限の処理が必要だった。
「セレス、周囲の振動を見ていてくれるか?」
『みはり!』
セレスが地面へ身体を広げる。
俺はフォレストウルフから使えそうな牙と毛皮を取り、死体を一か所へ集めた。血のついた土を掘り返し、匂いの強い葉を重ねる。
リリネは木へ背中を預け、黙ってこちらを見ていた。
「何だ?」
「別に。テイマーなのに、ずいぶん手慣れてると思っただけ」
「今日覚えたばかりだ」
「今日?」
リリネが眉を寄せる。
余計なことを言った。
「昨日も少しやった。それより、足を見せてくれ」
「話を逸らしたわね」
「治療が先だ。歩けないと森から出られない」
リリネは納得していない顔だったが、左足を前へ伸ばした。
革靴を脱がせる。
足首が赤く腫れていた。
「折れてはいないと思う。捻っただけだな」
「そのくらい、自分で分かるわよ」
「なら、どうして動けないのに一人で戦ってたんだ?」
「逃げたら、後ろから襲われるでしょう」
もっともな答えだ。
細い枝を添え木にし、布を巻く。俺のシャツはすでに裂きすぎて裾が短くなっていたため、リリネの荷物から包帯を借りた。
彼女の革鞄は、爆発の中心から離れた岩陰に落ちていた。中には水筒、乾パン、薬、小さな調理道具が入っている。
「持ってるなら、先に薬を出してくれ」
「他人に鞄を触らせる趣味はないの」
「助けた相手を信用しろとは言わないけど、せめて治療道具の有無くらい教えてくれ」
「……悪かったわよ」
リリネが顔を背けた。
警戒しているだけで、話の通じない相手ではないらしい。
鞄に入っていた傷薬を俺とセレスにも使う。セレスの粘体へ人間用の薬を直接入れるのは不安だったため、〈粘体観察〉で反応を確かめながら少量ずつ混ぜた。
『にがい』
「薬だから我慢してくれ」
「スライムに味覚なんてあるの?」
「本人は苦いって言ってる」
「本当に会話できるのね……」
リリネがセレスを覗き込む。
セレスも身体の上部へ二つの突起を作り、リリネを見返した。
『むね、おおきい』
「セレス!?」
俺にも届く念話だが、リリネには内容が分からない。
「何て言ったの?」
「傷が治りそうだって」
『ちがう』
「後で話し合おうな」
空が赤くなり始めていた。
足を痛めたリリネを連れ、今から森を抜けるのは危険だ。近くで夜を越すことにする。
「私なら歩けるわ」
リリネが立ち上がり、二歩目でふらついた。
倒れる前に抱き止める。
小さくて軽い――と思ったが、胸元だけは腕へ収まりきらないほど柔らかな重みがあった。
「ひゃっ!?」
リリネが真っ赤になって俺を突き飛ばす。
こちらも怪我をしているため、尻餅をついた。
「何するんだ!」
「どこを触ってるのよ、この変態!」
「倒れそうだったから支えただけだ!」
「もっと支える場所があるでしょう!」
「身長差があるんだから仕方ないだろ!」
「身長の話をするな!」
杖の先へ火が灯る。
「待て、森をまた焼く気か!」
その言葉でリリネが固まった。
俺は両手を上げ、これ以上刺激しないようにする。
「悪かった。触るつもりはなかった」
「……次は気をつけなさい」
火が消える。
どうやら命は助かった。
俺はリリネへ背中を向け、しゃがんだ。
「乗れ」
「嫌よ」
「それなら、ここで魔物に食われるか?」
「自分で歩ける」
「歩けてなかっただろ。日が暮れる」
しばらく言い合い、最終的にリリネが折れた。
「変なところを触ったら燃やすから」
「はいはい」
「返事は一回!」
「俺より年下のくせに、細かいな」
背中へ乗ろうとしていたリリネの動きが止まる。
「今、何て言った?」
「俺より年下だろ。十五、六くらいか?」
次の瞬間、後頭部を杖で殴られた。
「痛っ!」
「二十四歳よ!」
「……え?」
「私は、二十四歳! 成人して七年になる、立派な大人よ!」
次回「私は二十四歳です!」。見た目で子ども扱いされたリリネが、年齢をめぐって盛大に反論します。




