第16話 炎を制御せよ
視界が変わる。
リリネの小さな身体の中心に、太陽のような魔力塊があった。そこから腕、杖、二つの火球へ、制御しきれない魔力が流れている。
「右の火球を消せ!」
「急に何よ!」
「二つに分けるから流れが乱れてる! 右を捨てて、左だけに集中しろ!」
「魔法も使えないくせに――」
「俺を信じろ!」
狼が茂みから飛び出した。
リリネが歯を食いしばり、右の火球を消す。
暴れていた魔力が一本へまとまった。
「左、今だ!」
「〈ファイアボール〉!」
火球が左の狼へ直撃する。
爆発は起きない。炎が狼の身体だけを包み、地面へ落とした。
「できた……?」
「まだ右がいる!」
もう一匹は俺が止める。
そう考えた瞬間、群れの長が動いた。
俺ではなく、地面へ広がっているセレスを狙っている。
「セレス、帰還しろ!」
『いや!』
「今は拒否してる場合じゃ――」
群れの長の牙がセレスへ届く。
セレスは身体を二つに伸ばし、牙の間から逃れた。だが完全には避けられず、青い粘体が大きく削られる。
痛みが魂約を通じて俺にも走った。
「よくも!」
怒りのまま飛び出しかける。
それでは勝てない。
相手は俺より速く、強い。
俺は足を止め、群れの長の動きを見る。
セレスを仕留めるため再び口を開く。身体が低くなり、後脚へ力が入る。
突進の直前、わずかに右前脚が沈んだ。
「セレス、左へ伸びろ!」
青い身体が薄い帯となって左へ逃げる。
群れの長が追って向きを変えた。
その先には、リリネが出した炎の壁が残っている。
直前で止まろうとするが、セレスが後脚へ絡みついた。
巨体が崩れ、炎の中へ突っ込む。
「リリネ! 威力を上げるな、そのまま維持しろ!」
「命令しないで!」
文句を言いながらも、リリネは魔力を抑えた。
群れの長が炎から飛び出す。
毛皮は焼けたが、まだ生きている。
俺は正面へ立った。
怖い。
それでも今度は一人ではない。
飛びかかってきた牙を枝で逸らす。左腕を爪が裂いたが、致命傷ではない。
すれ違う瞬間、セレスが傷口へ弱酸を流し込む。
群れの長が怯んだ。
リリネの小さな火球が、今度は正確に前脚へ命中する。
俺は尖った枝を両手で握り、首元へ突き立てた。
群れの長が地面へ倒れる。
残っていた一匹は長の死を見て、森の奥へ逃げていった。
《フォレストウルフ・リーダーを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
《ユーマのレベルは3です》
《次のレベルまで、経験値を蓄積します》
《セレスのレベルが3から4へ上昇しました》
《〈魔力感知Ⅰ〉の習熟度が上昇しました》
《〈集団戦闘Ⅰ〉を習得しました》
《〈即席指揮Ⅰ〉を習得しました》
俺のレベルは上がらなかった。それでも、セレスの成長と新しい二つの技能は、三人で生き残った証そのものだった。
緊張が切れ、俺はその場へ座り込んだ。
「勝った……」
セレスが跳ねて膝へ乗る。
削られた部分は少しずつ戻っているが、元より一回り小さくなっていた。
「無茶するなって言っただろ」
『ゆーまも』
「それを言われると弱いな」
リリネが杖を支えに近づいてくる。
「ちょっと、ユーマ」
「怪我は?」
「私じゃなくて、あなたよ!」
リリネは俺の左腕を指差した。
爪で裂かれた傷から、思った以上の血が流れている。
「これくらいなら――」
「黙って座ってなさい!」
小さな手が傷口へかざされる。
「〈ヒートシール〉」
低い熱が傷を焼き、出血を止めた。
「痛っ!」
「助けてもらった借りを返しただけよ」
「もう少し優しい治療魔法はないのか?」
「私は攻撃魔法専門なの!」
胸を張るリリネを見て、焦げた外套の留め具が危険な音を立てる。
俺は慌てて目を逸らした。
少なくとも敵ではないらしい。
だが、魔法の制御を失えば味方まで焼きかねない。
とんでもない相手を助けてしまったのかもしれない。
次回「天才魔法使いリリネ」。戦いを終えた悠真は、口の悪い炎術師の素顔を少しずつ知っていきます。




