第15話 三人だけの群れ戦
最初に動いたのは、右側のフォレストウルフだった。
地面すれすれまで身を低くし、リリネへ向かって走る。
俺は進路へ割り込んだ。
狼の狙いは負傷しているリリネだ。群れの長が最も弱っている相手を見抜き、他の個体へ指示している。
「セレス、右の狼の前脚を止めろ!」
魂約を通して位置と意図を伝える。
『みぎ!』
セレスが跳ぶ。
狼は空中で身体を捻り、青い身体を避けた。ホーンラビットのように直線的ではない。
着地点を変え、そのまま俺へ牙を向ける。
《危機察知Ⅰ》
頭の奥で警鐘が鳴る。
尖った枝を横へ構え、噛みつきを受け止めた。
枝が軋む。狼の牙が目前まで迫る。
「ユーマ、退きなさい!」
背後でリリネが杖を振り上げる。
魔力のことなど分からないはずなのに、首筋が粟立った。
「待て! 今撃ったら俺ごと焼ける!」
「この程度なら制御できるわよ! 〈ファイアボール〉!」
杖の先に火球が生まれた。
最初は拳ほどだった。それが一呼吸の間に人の頭、さらに樽ほどへ膨らむ。
「全然できてない!」
「う、うるさい! 今日はちょっと調子が悪いだけ!」
「セレス、水!」
セレスが狼の脚へ張りつきながら、残っていた水を吐き出す。
俺は狼を蹴って距離を取り、水で濡れた地面へ身を伏せた。
火球が頭上を通過する。
熱で髪が焦げた。
火球は狙った狼を大きく外れ、後方の木へ命中。幹が爆ぜ、火の粉が降る。
「どこが制御できてるんだ!」
「威力は落としたでしょう!」
「比較対象が森を消し飛ばす魔法ならな!」
口論している場合ではない。
左から二匹目が迫る。
セレスは一匹目を拘束中。俺だけでは間に合わない。
「リリネ! 攻撃じゃなく、あいつの前へ火を出せるか!」
「倒せないでしょう!」
「足を止めればいい!」
リリネは一瞬だけ迷い、杖を低く構えた。
「〈ファイアウォール〉――最小出力!」
狼の前へ火柱が上がる。
最小とは思えない高さだが、位置は正確だった。
狼が驚いて急停止する。
「今だ!」
俺は石を投げた。
額へ命中。倒すほどの威力はないが、狼が顔を背ける。
セレスへ拘束中の個体を離すよう伝える。
離れた直後、セレスから庭園への帰還申請が届いた。意図を理解し、すぐに承認する。
青い身体が光となって消え、狼が一瞬だけ標的を見失った。
自由になった狼が俺へ飛びかかろうとした瞬間、その眼前へセレスを召喚した。
召喚の光に驚き、狼の動きが止まる。
セレスが顔へ薄く張りついた。
『みえない!』
「自分で言うのか?」
狼は視界を奪われ、地面へ身体を擦りつける。
俺は急所へ枝を突き立てた。
一匹目が動かなくなる。
《フォレストウルフを討伐しました》
《格上の敵との戦闘経験を獲得しました》
「一匹!」
「たかが一匹で喜んでる場合!?」
「確実に減らす方が大事だ!」
残り二匹と群れの長が距離を取った。
仲間の死によって、こちらを警戒し始めている。
正面から来なければ、先ほどの方法は使えない。
群れの長が短く吠えた。
二匹が左右の茂みへ消える。
「回り込むつもりだ」
「どうして分かるの?」
「ゲームで狼系の魔物を何千匹も――いや、昔、似た動物を見たことがある」
危うく口を滑らせかけた。
リリネは不審そうに俺を見るが、追及している暇はない。
「セレス、音を聞けるか?」
スライムに耳はない。だが身体全体で振動を感じ取れる。
セレスが地面へ薄く広がった。
『うしろ。ふたつ』
「リリネの左右から来る!」
「分かったわ!」
リリネが杖を構える。
左右を同時に狙おうとして、二つの火球を作り始めた。
どちらも急激に膨張する。
「待て。二つは無理だ!」
「やってみなきゃ分からないでしょう!」
「さっき一つでも失敗しただろ!」
リリネの額に汗が浮かぶ。
魔力は余っている。むしろ多すぎるのだ。
器から溢れる水を止められず、そのまま術式へ流し込んでいるように見える。
俺は魔法を使えない。
だが、召喚獣へ魔力を送った経験ならある。
ゲームでは召喚対象ごとに必要な量が違った。足りなければ召喚できず、過剰に送れば制御に失敗する。
リリネの周囲へ意識を集中する。
空気の中に、赤い光の筋が見えた。
《魔力現象を観察しました》
《体内外の魔力循環を認識しました》
《〈魔力感知Ⅰ〉を習得しました》
次回「炎を制御せよ」。勝利の鍵は大火力ではなく、リリネが苦手としてきた繊細な制御でした。
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