第13話 森を焼く魔法使い
「今のは魔法か?」
火柱が消えた後も、黒煙が空へ伸び続けている。
自然に起きた山火事とは思えない。爆発の中心だけが、円形に焼けていた。
『こわい』
セレスが俺の脚へ張りつく。
逃げた方がいい。
俺たちは、ホーンラビットを二人がかりで倒せるようになっただけだ。あれほどの爆発を起こす存在と戦えるはずがない。
だが、さっき確かに人の声がした。
「助けを呼んでたように聞こえた」
『いく?』
「危険なら、今度こそ逃げる。セレスも無理だと思ったら、召喚を拒否していいからな」
『いっしょ、いく』
解体した肉を葉で包み、セレスが体内の空洞へ収納する。
〈吸収〉を応用した簡単な収納だ。生き物は入れられないが、肉や小石なら身体の中へ保持できる。
俺たちは黒煙を目印に森を進んだ。
近づくほど焦げた臭いが強くなる。
地面には複数の狼の足跡が残っていた。どれも同じ方向へ進み、途中から人間の小さな靴跡を囲むように広がっている。
逃げている人間を、群れで追い詰めた跡だ。
少し先には杖で土を突いた穴があり、その周囲だけ歩幅が狭くなっていた。叫んだ人物は、爆発を起こす前から足を負傷していたらしい。
「セレス、何匹くらいいるか分かるか?」
セレスが地面へ触れる。
『いっぱい。おおきいの、ひとつ』
「群れの長か」
木の裏に、一匹のフォレストウルフが倒れていた。毛皮の半分が焼け、周囲の土は円形に抉れている。
一撃の威力だけなら十分すぎる。
それなのに追っ手を振り切れていないのなら、術者が狙いを定められないか、連続で魔法を使えないのだろう。
茂みの向こうから、少女の怒鳴り声が聞こえた。
「近づいたら燃やすわよ! 本当に燃やすからね!」
直後、狼の低い唸り声。
脅しは効いていない。
途中の木には炎が燃え移っていた。放置すれば森全体へ広がる。
「セレス、泉の水を出せるか?」
『ちょっと』
セレスが収納していた水を薄く広げ、火の根元へ浴びせる。俺も土をかけ、燃えている枝を折って延焼を防いだ。
《〈消火Ⅰ〉を習得しました》
すべてを消すことはできない。それでも火勢を抑え、先へ進む。
やがて木々が途切れ、黒く焼けた空間へ出た。
中心に、一人の少女が立っている。
いや、少女に見えた。
身長は百四十センチほど。蜂蜜色の長い髪を後ろで束ね、焦げた魔法使いの帽子をかぶっている。
小柄な身体に対し、胸元だけが明らかに不釣り合いだった。焦げた外套の留め具が今にも弾けそうになっている。
右手には、自分の背丈ほどもある杖。
その杖を、六匹のフォレストウルフが取り囲んでいた。
さらに後方には、二回りほど大きな群れの長がいる。
焼けた地面には、すでに二匹の死体が転がっていた。少女一人で八匹以上の群れと戦い、そこまで減らしたらしい。
ただし本人も無傷ではない。
帽子の先端は焼け落ち、頬には煤がついている。左足首だけでなく、杖を握る右手にも浅い噛み傷があった。
肩で息をしているのに、周囲の空気には濃い魔力が渦巻いている。
魔力切れではない。
むしろ、身体から溢れ続ける力を持て余している。
一匹の狼が正面から跳びかかるふりをし、すぐに退いた。
少女が反射的に杖を向ける。
「〈フレイムアロー〉!」
放たれた炎の矢は狼の頭上を越え、後ろの木を貫いた。
狼は最初から攻撃するつもりがなかった。魔法を無駄撃ちさせ、少女の集中が切れる瞬間を待っている。
群れの長が短く吠えると、今度は左右の二匹が同時に距離を詰めた。
少女は片方へ杖を向け、もう片方を追うように身体を回す。負傷した左足へ体重がかかり、膝をついた。
狼の牙が肩へ迫る。
少女は杖の柄を横にして受け止めたが、小さな身体ごと地面へ倒された。
「このっ……離れなさい!」
至近距離で炎が弾ける。
狼は吹き飛んだものの、爆風は少女自身も転がした。
それを見た残りの狼たちが一斉に動く。
《フォレストウルフ》
《危険度E》
《フォレストウルフ・リーダー》
《危険度D》
「来ないで!」
次回「制御不能の炎」。森を焼く少女を助けるため、悠真は暴れる炎そのものへ向き合います。




